森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

277 美女三景

公開日時: 2022年1月15日(土) 19:00
文字数:3,752

「帝国は、我が国の龍石を奪い、ダッドノムトを強化して再び世界を征服しようと目論んでいるのです」

 

 その野望を阻止しなければと意気込むヒルマ姫。

 

「おかしくはないですか?」

 

 タイタスが、ことさら冷たい声で言う。

 

「帝国にもダッドノムトがいたのでしたら、そちらの国土にも龍石が眠っているはずではないですか?」

「暗黒龍は、龍の神様に封印されましたので」

 

 封印されたダッドノムトの魔力は、大地へは溶け出していない、と。

 

「ですので、帝国は姫様の聖龍の血をもって暗黒龍の封印を解き、その力を得ようとしているのであります」

「な、なんだか、急に話が壮大になってきましたね……」

 

 ゆいながごくりと唾をのむ。

 確かに。

 夕飯のころまでは、帝国もまだ攻めてこないでしょう~くらいのお気楽さだったはずだ。

 

「そんな危険な国があるのなら、近隣諸国で協力して、さっさと滅ぼしておけばよかったのでは? 怠慢だと思います」

 

 プルメがヒルマ姫にきつい口調で言う。

 そう思うのが普通ではあるが。

 

「出来ませんでした。暗黒龍の力を失ってもなお、帝国の――ユーロルアの力は強大だったのです。

 

 ドラゴンの力をなくしてもなお強力な帝国。

 本当に、近隣諸国が同盟を組んで、かろうじて、なんとかギリギリ抑え込んでいた状態だったわけか。

 

「近隣諸国の希望は、我が国の龍石でした」

 

 強力な龍石が発掘されれば、その力をもって帝国を退けられる。

 近隣諸国もそれを望んでいたのだろう。

 

「でも、私は……」

「姫様は、この国の美しい景色がお好きなのであります」

「だからね。国中を掘り返して自然を破壊するような発掘作業はやめようって考えなんだよ」

 

 その考えに賛同したのが、サクラたちテンプルナイツなのだろう。

 龍石に頼らない統治方法。防衛力。

 それが、騎士団の拡充、増強だったわけだ。

 

「ですので、自分もまともなドラゴンを見たのはアノ森の中が初めてでありました」

 

 サクラはクリュティアのドラゴン姿を見て腰を抜かしていた。

 ダッドノムトの暮らしていた土地に住んでいようと、サクラたちの世代は実物を見たことはないらしい。

 

 見たことがあるのは、ヒルマ姫の癒し系ドラゴンくらいなのだとか。

 そりゃビビるわな。

 

「おそらく我が国の判断が、近隣諸国の焦りを生んだのでしょう……」

 

 ヒルマ姫たちは、自国の自然を守ることを選んだ。

 だが、龍石の力に期待を寄せていた近隣諸国はそれに納得していなかったのだろう。

 

「お父様がお亡くなりになれば、いよいよ我が国の求心力は落ち、帝国に抵抗する手段を失うと、そう思われてしまったのでしょう」

 

 そうして、ナヤ王国が寝返った。

 ナヤ王国が生き残るにはそれしかないと判断したのだ。

 

「ナヤ王国が寝返った以上、この国に閉じこもっていてもいつか蹂躙されるでしょう」

「その通りであります姫様! こちらから乗り込み、ヤツらの牙をへし折ってこそ、コンペキア王国に平和が訪れるのであります!」

「あたしもその意見に賛成。幸い、今は心強い味方がいてくれるしね」

 

 シャクヤクとサクラが俺たちを見る。

 

「そうですね。……芥都様。どうか、よろしくお願いいたします」

 

 ヒルマ姫が改めて頭を下げる。

 

「俺たちの目的と、お前らの望みはたぶん合致してると思うんだ」

 

 俺たちも、帝国を倒し王国を守れと言われている。

 だから、こいつらの頼みに全面的に協力するつもりだ。

 

「だが、国を空けて平気なのか? 留守の間に攻め込まれたら……」

「それは大丈夫なのです!」

 

 ヒルマ姫の私室に、俺たち以外の声が割り込んできた。

 バン! と、力強く扉を開け、一人の女性が入室してくる。

 

 年のころはサクラたちと近しいか?

 

「あなた方がナヤの騎士たちを追い払ってくれたおかげで、テンプルナイツの一部を救出できたのです。数は少ないですが、彼らに任せておけば城の警備は大丈夫なのです!」

 

 丸い眼鏡のフレームをくいっと持ち上げて少女がこちらへと歩いてくる。

 姿勢が綺麗で堂々としており、それでいてしなやかな気品を感じさせる、美しい歩き方だ。つい視線が釘付けになってしまう。

 


「私は、サクラやシャクヤクと並び称されるテンプルナイツの美女三景が一人――」

「え、なに、『美女三景』って」

 

 話の途中だったが、とても気になったのでサクラに聞いてみる。

 

「いえ、あの……自分は気恥ずかしいのでやめていただきたいのですが……シャクヤクや彼女は、その立ち居振る舞いが美しいことから騎士団の中でそのように呼ばれているのであります」

 

 サクラが耳を真っ赤にして教えてくれる。

 

「シャクヤクは、立ち姿が楚々として美しく、スタイルもよくて、どのような場面にも映えるのです。だから、立ち姿が美しい女性は『まるでシャクヤクのよう』と言われているのであります」

「そうそう。『立てばシャクヤク』っていえば、この国では結構な誉め言葉なんだよ」

 

 にししっと、得意げに笑うシャクヤク。

 確かに、シャクヤクは黙って立っていれば美人だ。

 騎士故に、姿勢も美しい。

 ただ、プロポーションがいいかは保留だな。引っ込むところは引っ込んでいるけれど……出るべきところも引っ込んでいるし。

 

「そんでね、サクラは座っている姿が美しいって言われてるの。『座ればサクラ』ってね」

「いや、『牡丹』だろ、そこは」

 

 立てば芍薬、座れば牡丹って言うんだよ。

 二個目ですでに間違ってんじゃねぇか。

 

「でもサクラの座り姿はすごいんだよ。どっしりしていて存在感あって、まるで岩みたいだって」

「それ誉め言葉かなぁ!?」

 

 女の子に対して、「座ってると岩みたいだね」って?

 それで嬉しいのか?

 

「いやはや……お恥ずかしいであります」

 

 満更でもなさそーだー!

 

 まぁ、いいんだけど。本人がいいなら。

 

「ってことは、彼女は歩く姿が美しいって言われてるのか?」

「正解! さすが芥都、女の子のことよく分かってるね」

 

 シャクヤクから、正解のご褒美なのかウィンクをもらった。

 女の子のことを分かっているというか、そういう言葉があるからな。

 

 きっと、この眼鏡の少女は『ユリ』とか『アイリス』とか、そういう名前なのだろう。

 まさか『ユリノハーナ』とかいうふざけたモノじゃないとは思うけれど……いやでも、サクラのファミリーネームはンボーだからな……ないとは言えない。

 

「それで、君の名前は?」

「エビフライなのです!」

「思ってもみない角度から攻めてきたな!?」

 

 どーゆー発想でそうなった!?

 

「あたしたち、三人合わせて『立てばシャクヤク、座ればサクラ、歩く姿はエビフライ』って言われてるんだよ~、ねぇ~」

「なのです」

「で、あります……お恥ずかしい」

 

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花だよ!

 歩く姿はエビフライって、なんじゃそりゃ!?

 

 っていうか、娘になんで『エビフライ』って名前を付けたんだ親!? 両親! そして親族一同! 誰か止めてやれよ!

 

「ちなみに、この名前……お気に入りなのです!」

 

 うわぁ、目がキラキラしてらっしゃる。

 気に入ってるならいいかな。

 本人が気に入ってるなら、何も問題ないよね。

 

「エビフライが王宮を守ってくれるのでありますか?」

「ううん。国の守備はタンポポと睡蓮に任せたのです」

「あぁ、あの二人ならなんとかしてくれそうね」

「頼もしいであります」

 

 タンポポと睡蓮というのは人名らしい。

 笑顔の似合う小柄な女の子と、涼しい微笑を湛える美女が脳内に浮かんでくる。

 

「どちらも2メートル超えのムキムキメンズだから、任せておいて安心なのです!」

「デケェなチキショウ!」

 

 名前負け!

 いや、本体勝ちか!?

 まぁ、防衛を任せるには安心だけどね!

 

「魔法の光を浴びなかった騎士が十数名いるのです。でも、ナヤ王国の重装騎士団に見つかり、地下牢へ幽閉されていたのです」

 

 その連中が、今地下牢から出てきて王宮の守備に就いたらしい。

 

「守備は彼らに任せて、私も共に行くのです!」

 

 エビフライが眼鏡をくいっと持ち上げて、きりっとした表情で言う。

 

「それに私は、お客人が連れ去られるのを目撃したのです。連中を追うなら、私は不可欠なのです!」

 

 シャルが連れ去られるところを目撃したというエビフライ。

 それは是非ついてきてもらわないとな。

 

「我が国のトラブルに巻き込んでしまって申し訳ないのです……ですが、こちらも必死なのです。私たちは全力で協力をするのです。ですから、お力を貸してほしいのです!」

「もちろんだ。一緒に帝国を討とう」

「はい! よろしくなのです!」

 

 手を差し出すと、力強く握り返してくれる。

 

 まぁ、巻き込んでしまったのはこちらかもしれない。

 これは俺たちに課せられた試練だ。

 

 もしかしたら、エビフライやサクラたちも試練の中の『キャラ』なのかもしれない。

 ――そう思っていたのだが、サクラは傷を負った時、こいつは確かに血を流していたのだ。

 切られても血が出ずに、倒れた後消えてなくなる敵キャラとは明らかに違う。

 

 そして、今握り込んでいるエビフライの手の温もり。

 偽物だとは思えない。

 

 

 ならば、こいつらは――

 

 

『試練』にうってつけの国だからと、神様の手で争いの渦中に巻き込まれた被害者なのかもしれない。

 

 

 なんにせよ、難易度が跳ね上がった以上、俺は全力でこいつらもこいつらの国も守ってやろうと思う。

 そう決めたらあとは行動あるのみだ。

 

「それじゃあ、シャルたちを取り戻しに行くぞ!」

「はい!」

 

 気合いを入れ、俺たちはヒルマ姫の寝室を後にした。

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート