森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

プロローグ

001 『神々の遊技台』への招待状

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2021年7月14日(水) 18:01
文字数:3,840

「『カイザー・オブ・バトラーズ』ワールド大会! 本年度の王者は、日本代表、日比谷ひびや芥都かいと!」

 

 そんな内容が流暢な英語で宣言される。

 対戦者シートに座っていた、本物の格闘家と見紛う筋肉の金髪兄ちゃんがガクリと項垂れる。

 ワールド大会のくせに妙にケチ臭いクッションの椅子から立ち上がり、盛り上がる観客に向かって右腕を高く掲げる。歓声が一層大きさを増す。

 

 世界的に人気を誇る格闘ゲームの世界大会で、俺は優勝した。

 

 だというのに、酷く空しい。

 心が空っぽだ。

 

 あぁ、早く日本に帰ってお茶漬けが食べたい。

 

 

 

 実家へ帰るとすぐさまワールド大会の優勝トロフィーを床に放り出し、ベッドへと倒れ込む。

 疲れた。

 精神的にくたくただ。

 

 部屋をぐるりと見渡せば、何十個ものトロフィーが目につく。すべてゲーム大会の優勝トロフィーだ。

 制覇した大会は数えきれない。

 中学在学時から数々の世界大会にも参加して優勝を勝ち取ってきた。その界隈ではちょっと名の知れたプロゲーマーになっていた。

 

 最後に対戦ゲームで負けたのは、たぶん……小学校のころかなぁ。

 

 不意に、視線がキャビネットへと向かう。

 その中には、歴代のゲーム機が無数に収納されている。

 

 立ち上がり、キャビネットの最上段を開けると、そこには俺が初めて買ってもらったゲーム機、『スーパーフレンドコンピュータ』通称『フレコン』がしまわれている。

 今ほど美麗なグラフィックもなく、迫力のサウンドもなく、操作性もチープで、ちょっとした衝撃でバグり、セーブデータも脆弱ですぐ消える。

 けれど、すごく夢中になれた。

 同じゲームを飽きるまでプレイして、飽きてもプレイして、時間が経つのも忘れてゲームにのめりこんでいた。

 

 特に、『フレコン』最盛期に発売された対戦型格闘ゲーム『ドラゴンファイター武闘伝2』は、毎日クラスの連中と集まって延々とプレイし続けた。

 勝ったり負けたりしながら、自分たちの腕を競い合った。

 

 俺にとってのゲームと言えば、この『フレコン』だった。

 世界大会が終わるたびに、無性にプレイしたくなって仕方がない。

 

 そして今日も、俺は十年以上前に発売された古臭いゲーム機に手を伸ばす。

 日に焼けて少々黄ばみ、コントローラーを叩きつけた時に出来た大きな傷が残る『フレコン』。……シューティングでどうしてもクリア出来ない面があって、イライラをそのままぶつけちゃったんだよなぁ。あの頃は若かった。うん。九歳だったし。

 

 そんな過去の恥ずかしい思い出に肩をすくめて『フレコン』を引っ張り出すと、はらりと見慣れない黒い封筒が落ちてきた。

『フレコン』をキャビネットに戻し、落ちた黒い封筒を拾い上げる。

 表には『日比谷芥都様』と宛名が記されているが、裏面には差出人の名前がない。

 溶けた蝋で封がされた、どことなく高級そうな封筒。

 

「……なんだこれ?」

 

 思い当たることはないが、とりあえず封を開けてみる。

 その中に記されていたのは――

 

 

 

『拝啓 日比谷芥都様

  貴殿を素晴らしいゲームへ『特別ゲスト』としてご招待いたします。

 

 つきましては、【ご自身の最も得意とする武器】と【ナビゲーター】をご自身で手配し、【神々の遊戯台】へお越しください。

 

 このゲームの優勝者には『どんな願いも一つだけ叶えられる』権利を贈呈いたします。どうか奮ってご参加くださいますよう。

 

 お会い出来ることを楽しみにしております――敬具』

 

 

 

 胡散臭……っ!?

 

「なんだこれ? どっからこんなもんが?」

 

 まったく心当たりがない。

 けれど、俺に宛てた手紙であることは間違いないようだ。

 

【神々の遊技台】……?

 つまり、どこかのゲーム大会への招待状というわけか。

 けれど、日付も会場の場所も記載されていない。

 

「【神々の遊技台】に来いって言われてもなぁ……どこにあるんだよ?」

 

 そもそも、何のゲームで戦うんだ?

【ナビゲーター】ってなんだよ?

 武器持参って、サバゲーか何かか?

 

 分からないことが多過ぎる。

 だが――

 

「おもしれぇじゃねぇか」

 

 最近のゲームには飽き飽きしてんだ。

 誰でもクリアできるように落とされた難易度、懇切ご丁寧に示されるクリアへの道筋、爽快感ばかりを追い求めた派手なエフェクトに頼った安定型のバトル。

 そんなんじゃなくて、もっとこう、「こんなもんクリア出来るきるわけないだろう」って製作者を殴りに行きたくなるくらいの難易度の鬼ゲーをクリアした時のあの爽快感。あぁいうのを味わわせてくれよ。

 

「【神々の遊技台】を名乗るなら、それくらい期待してもいいよな? 失望させるなよ」

 

 俺は、真に面白いゲームをプレイしたい!

 

「どこのどいつが寄越した手紙か知らねぇが、面白い! その挑戦、受けて立ってやるぜ!」

 



 そう言った瞬間、ふっ――っと、世界が暗くなった。




 見慣れた自室の風景は一瞬で消え去り、すべてが黒一色で塗りつぶされる。

 

「なんだこれ? どうなってんだ!?」

 

 あたりを注意深く見回していると、ふいに「ぶつっ」という音がして、黒い世界に一瞬白い線が走った。

 ……なんだか見覚えのある光景だ。

 

 そんなことを思っていると、どこからともなく8ビット音楽が流れ出す。

 パルス波二音と三角波一音の三和音に、ノイズのリズム。『フレコン』の前身機種『お友達コンピューター』通称『トモコン』時代の、いわゆるピコピコ音だ。

 

 安っぽい音楽と共に、黒の世界いっぱいに精一杯努力した感をにじませるドットの荒い文字がデカデカと表示される。

 

 

 

 

【LUDUSIA PREPARATION】

 

 

 

 

 全部大文字……なんか、時代を感じる。

 

「るーどしあ? プレパレーション……『準備』、か?」

「そのとーりー!」

 

 背後から突然声が聞こえて「うぉっ!?」っと声が出た。

 振り返るとそこには、四体のちびっこい何かがいた。

 

 驚いたことに、連中は古いゲームのキャラのようなドット絵だった。

 緑色の髪をした妖精と、赤い帽子の妖精、青い衣をまとった妖精と、茶色い木槌を持った妖精――らしき者たちだ。

 

 ……ドット絵? ドット絵だよな、これ。

 なんでドット絵が3Dになって、動いてんだ?

 

 若干パニックに陥っている俺の前に、四人の妖精はずらりと並び、次々に口を開いた。

 

「われわれ は あなた が」

「ルードシア へ」

「たびだつ ため の じゅんび を」

「てつだう もの たち です」

 

 固有名詞以外、全部ひらがな!?

 耳で聞いているはずなのに、確実にひらがなで話していると理解できてしまう上に、若干理解しにくい!

 

「なぁ、もうちょっと普通にしゃべれないか?」

「けんとう します ぜんいん しゅうごう」

 

 緑の妖精が声をかけると、横一列だった妖精たちが動き始める。

 個別に動けないのか、先頭の妖精の後に続くように移動を始める。

 俺を含めて五人が縦一列になった時、真ん中の二人がぴこぴこと点滅して、移動速度が若干落ちた。

 

 ……処理落ちしてんじゃねぇよ。

 

 俺から離れて何かを話し合ったらしい妖精たちは、一斉にこちらへと向き直り、ひらがなの文字で声を上げる。

 

「では 16 びっと に なります」

 

 16ビットといえば『フレコン』と同じくらいの性能だ。

 これで多少はマシになるだろう。

 

 そう思った瞬間、目の前がまた真っ暗になった。

 そして「ぶつっ」という音がして、幾分豪華になった電子音が流れ出す。

 

 

 

 

【LUDUSIA PREPARATION】

 

 

 

 

「見た! さっき見たから! ちょっとグラフィック綺麗になったね!」

 

 先ほどよりもカラフルになり、陰影がつけられ華やかで読みやすくなったタイトルロゴが浮かんでくる。

 

「そのとーりー!」

 

 そして、先ほどよりも画像が鮮明になった四人の妖精がぴこぴこと動きながら登場する。

 無駄に回ったり、腕を振り上げたり、ジャンプしたり、体を揺らしたりしている。

『トモコン』じゃ出来なかったことが『フレコン』では出来るんですよって技術を見せたいがための無駄な演出! 『フレコン』初期のゲームでやたらと見かけたよ!

 

「我々は、あなたが――」

「ルードシアへ旅立つための準備をする者たちだろ!? 聞いたっつうの!」

 

 無駄な動きを入れるせいで遅々として進まない会話を打ち切る。

 

「セリフ取った……」

「ないわー……」

「萎えるわー……」

「しょげるなしょげるな! 悪かったから!」

 

 セリフが言えなかった妖精三人が膝を抱えていじいじし始めてしまった。

 さすが16ビット、表情も豊かだな、漢字と句読点も使えるし。すごくコミュニケーションが取りやすい。

 

「それで、お前たちは何の準備を手伝ってくれるんだ?」

「…………」

 

 返事がない。

 完全にしょげている。

 ……しょうがねぇなぁ。

 

「わ、わぁ~! どんなことが起こるんだろう、楽しみだなぁ~!」

「楽しみ?」

「そう思う?」

「思っちゃう感じ?」

「感じ感じ! 先の展開、超知りたい!」

「「「「では教えてあげましょうー!」」」」

 

 四妖精が両腕を上げて楽しそうに声を上げる。

 よかった、機嫌が直って。準備段階で躓くわけにはいかないからな。

 

「芥都は準備が足りない」

「芥都はナビゲーターいない」

「芥都は武器持ってない」

「我々が芥都にそれを与える」

 

 順々に声を上げる妖精たち。

 ……なんだろう、こんなチミッ子どもに呼び捨てにされると、ちょっとイラッてするな。

 つか、招待客なんだから相応にもてなせってんだよ。

 

「呼び捨てにすんな。ちったぁ敬え」

「それも一理あるなー」

「あるかもなー」

「それじゃ言い直すー」

「我々様が芥都にそれを与える」

「そこじゃねぇよ、敬うとこ!?」

 

 で、結局俺は呼び捨てじゃねぇか!

 ……もういいや。

 

「で、何をすればいいんだ、俺は?」

 

 俺の問いに、妖精たちは互いの顔を見合わせて、にこりと笑った。

 

「「「「我々とゲームで勝負しろー」」」」

 

 

 

 

 

登場レトロゲーム元ネタ解説


スーパーフレンドコンピューター(フレコン):『スーパーファミコン(スーファミ)』

お友達コンピューター(トモコン):『ファミリーコンピューター(ファミコン)』


ドラゴンファイター武闘伝2

『ストリートファイター2』『侍スピリッツ』『餓狼伝説2』『超武闘伝2』辺りをミックスしたイメージです。

なんとなく、格闘ゲームは『2』でブレイクしたイメージがあります。


おっと、『侍スピリッツ』『餓狼伝説2』はスーファミじゃないじゃんとか、聞こえません! あーあー!

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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