森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

【挿話】嘆きの森のかくれんぼ【前編】

公開日時: 2020年10月16日(金) 18:15
文字数:4,988

『♪か~くれんぼするも~の、こ~のゆ~びと~まれ~♪ ……でないと、目玉をほじくるぞぉぉぉおおおおお!』

 

 枯れ枝を踏み折り、鬱蒼と茂る森の中を懸命に走る。

 

「かっ、芥都さん……っ、あ、あれは、一体、なんなんでしょうか!?」

「知るか! だが……あいつに見つかっちまったら、とんでもないことになっちまう。それだけは確実だ!」

 

 決してはぐれないように手をつないで、歩調を合わせて走り続ける。

 

 なんでこんなことになったのか。

 どうすればこの『ゲーム』が終わるのか。

 

 俺は、事の始まりをもう一度思い返していた――

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 それは、タイタスのこんな言葉から始まった。

 

「この先には、嘆きの森という場所があるようですよ」

 

 始まりの町『アルケア』を出発して数時間。

 昼食を兼ねた休憩をとっている時の雑談だった。

 

「なんでも、その森には『鬼』が住んでいて、森に迷い込んだ旅人を食べてしまうのだとか。捕まった者たちのすすり泣く声が、夜風に乗ってアルケアの町にまで聞こえてくることがあるそうです」

「それで、嘆きの森ってわけか?」

「はい☆ ちょっとヤンチャなメンズが度胸試しで夜中に訪れたりしているそうですよ」

 

 心霊スポットかよ。

 どこの世界にもいるんだな、そーゆー人種は。

 

「そこで、物は相談なんですが。……行ってみませんか?」

「パスだな」

「おやぁ? もしかして、芥都さん……怖いのですか?」

 

 あぁ、そうだな。

 確かに怖いよ。

 

「心霊スポットで『きゃー!』って幼女に抱き着かれたい下心が見え見えの変質者の存在がな!」

 

 そんな危険人物と幼女をそんな場所に連れて行けるか!

 

「そんな、滅相もない! ワタシはシャル姫に抱き着かれたいだなんてこれっぽっちも思っていませんよ」

「本当かよ……」

「ワタシはただ純粋に、シャル姫のおもらしが見られれば僥倖だと!」

「想像以上に重症だな、お前は!?」

「ただひたすら純粋に!」

「お前は二度と『純粋』って言葉を使うな! 『純粋』が汚れる!」

 

 とんでもない重症患者だ。

 早急に隔離する必要がありそうだ。

 

「なんじゃ、行かぬのか? 麻呂なら平気でおじゃるぞ」

「えっ!? おもらしを見られても平気なのか!?」

「ヴぁっ!? バカを申すな、この戯け者! 麻呂がそのような粗相を仕出かすはずおじゃらぬじゃろうが!」

 

 真っ赤な顔で怒鳴り散らし、腕組みをしてそっぽを向く。

 眉毛が吊り上がっているが、顔が真っ赤なので怖さよりかわいさが勝ってしまう。

 

「麻呂はオバケなど怖ぅおじゃらぬ! それだけじゃ」

 

 ……『オバケ』って表現を使うヤツは、もう高確率で心霊現象が苦手なヤツだよ。

 

「か、かか、芥都さん」

 

 そんな話をしていると、ゆいながぷるぷる震えながら俺の袖を掴んできた。

 

「芥都さんは、そ、そんなくだらないところ、興味ないですよね? ね? ねっ!?」

「……お前、怖いのか?」

「そ、そんなことないですよ!? 優秀なナビゲーターは、どんな場所であれ果敢に挑む度胸と柔軟性を持ち合わせているものです! 芥都さんが怖くて夜中にトイレに行けない時も、いつだって付き添いを引き受ける覚悟は出来ています!」

 

 そんな覚悟は捨ててしまえ。頼む予定などこの先一生ないから。

 

「他の転移者は行くのかな、そういう場所?」

「さぁ、どうでしょう? オバケと関わってもいいことなんかありませんし、お布団から足を出せなくなりますし、行かないんじゃないんですか?」

「……なに? 布団から足を出して寝ると引っ張られるとか思ってんの?」

「にゃぁあああ!? こわっ、怖いこと言わないでくださいよ! こ、ここ、今晩お手洗いに行けなくなったらついてきてもらいますからねっ!」

 

 いや……それはそれで……なんか、ドキドキしちゃうんだけど……

 

「い、いいけど?」

「思春期ですか!?」

 

 理不尽だ!

 

「けれど、なぜそのような森が放置されておじゃるのかのぅ?」

 

 腕組みをして、シャルが小首を傾げる。

 

「鬼や物の怪など、転移者が好んで退治しに行きそうなものでおじゃるがのぅ」

「うま味のあるドロップアイテムでもありゃ、俺も討伐しに行ってもいいが、ただの心霊スポットだからだろ?」

「アイテムの有無は分かりませんが……」

 

 訳知り顔でタイタスがその森の成り立ちを説明する。

 

「そこには、かつて小さな村があったそうなんです。ですが、ある時村で流行はやり病が蔓延し、村民は全滅。放置された村は植物に侵食され、あっという間に森になった……という話でした。ですので、ウィルスを警戒して近付かないのかもしれませんね」

「……そんな場所に誘うんじゃねぇよ」

「でもですね、ワタシは純粋に……っ!」

「はい、『純粋』禁止!」

 

 そんなに見たかったか、シャルのおもらし!?

 度し難い! 度し難いぞ、タイタス!

 

「とにかく! そんな危険な場所に転移者を連れて行くなんて、プレーヤーとして恥ですよね! 恥! わたしはそんな恥ずかしいナビゲーターにはなりたくないです! なので、そんな怖い森には行きません、絶対に!」

 

 後半で本音が駄々漏れだぞ、オイ。

 

「それより見てくださいよ、芥都さん。アルケアの町で携帯用甘味を買ったんですよ。干し芋と干し柿とドライフルーツ各種!」

「また、いろんなもん干したなぁ」

「なんじゃ? 麻呂への献上ならいつでも許可してやるでおじゃるぞ?」

「食べたきゃ自分で買ってくださ~い!」

「なんでじゃ!? パーティじゃろう!? 仲間じゃろう!? 半分から八割ほど寄越すのじゃ!」

「どんだけがめついんですか、シャルさん!?」

 

 そんな風に賑やかに出発して、地図を頼りに草原を歩いていたはずなのに……

 

 日が傾いてきたころ、俺たちはどういうわけか、ソコにたどり着いてしまった。

 

 

 

 ぉぉぉぉおおおおぉぉぅ………………

 

 

 

 森を吹き抜けてくる風が、嘆きのような音を響かせる。

 

「……なぁ、これ。嘆きの森じゃね?」

「おかしいですねぇ。どこかで道を間違えたんでしょうか?」

「わ、わわ、わざとじゃないでしょうね、タイタスさん!? わざとだったらぶっ転がしますよ!?」

 

 ゆいなが興奮している。

 相当怖いらしい。

 

 まぁ、確かに不気味ではあるよな……

 

「なに、問題おじゃらん。来た道を引き返せばよいだけでおじゃる」

 

 シャルがくるりと踵を返し――声を上げた。

 

「……なんでおじゃるか、これは?」

 

 その声に、俺たちも一斉に振り返る。

 そこには――

 

「……嘘だろ?」

 

 ――目の前に、嘆きの森が広がっていた。

 

 いやいや、おかしいだろ。

 嘆きの森を見ていて、引き返そうって振り返ると目の前に嘆きの森って……

 

「もしかして、誘い込まれた――の、かもしれませんね」

「ど、どどど、どういうことですか!? どうなっちゃうんですか、わたしたち!?」

「落ち着くでおじゃる、阿呆犬ゆいな

「悪意満載の当て字やめてください!? そういうの分かるんですよ、ナビゲーターの翻訳能力で! 見透かしちゃうんですからね!」

 

 そんなもんまで分かるんだ。

 ……しょーもない能力だな。

 

「とにかく、引き返すのが無理なんだったら、進むしかないんじゃないか?」

「じょ……じょうだん、です、よね? 芥都さん?」

「怖いなら、ゆいなはここに残っておじゃれ。麻呂ら三人で行ってくるのじゃ」

「一人で残る方が怖いに決まってるじゃないですか!? 行きますよ! その代わり、絶対そばから離れないでくださいね! 一人にされたら泣きますからね!?」

 

 なんだろう。

 ゆいなって……女の子なんだなぁ。

 ヤバ。ちょっと「守ってやんなきゃ」って思っちまった。

 

「安心しろ、ゆいな」

「けど……」

「俺がついてる」

「…………はい。芥都さんと一緒なら…………耐えられます」

「よし」

 

 さすが、優秀なナビゲーターだ。

 行く時はちゃんと腹を括れる。

 

 正味の話、引き返せない以上突破する以外道がないのは確定しているんだ。

 ここに出るのが本物の鬼だと想定して、そいつを撃破しなければ先には進めない仕様なのだろう。

 

 すごろくゲームで言うところの強制イベント、全員ストップマスってところだな。

 

「俺たちが揃ってりゃ最強だ。だろ、敏腕ナビゲーター?」

「くす……っ、はい!」

 

 ゆいなの顔に笑みが戻った。

 ゆいなはやっぱりそうでなくちゃな。

 

「では、行くでおじゃるぞ。皆、麻呂からはぐれぬよう、しっかりと後に続いてまいれ」

 

 意気込むシャルが真っ先に森へ入り、付き従うようにタイタスが森へ踏み込んでいく。

 一度視線を交わして、ゆいなと同時に森へと足を踏み入れる。

 すると――

 

「あれ? シャルさんたちは?」

 

 シャルとタイタスの姿がどこにもなかった。

 そんなバカな。

 だって、三十秒も開けずに森へ入ったんだぞ?

 普通なら、すぐ目の前に背中が見えるはずだ。

 迷うも何も、木、一本分の距離しか進んでいない。

 

「……そういう森、ってわけか?」

「か、芥都さん……」

 

 森の力で引き離されたと考えるのが妥当か。

 ゆいなと話されるのは致命的だ。

 なにせ、俺の【神技】はゆいながいなければ使えないのだから。

 ゆいなと離れ離れになったら、俺の戦力はゼロになる。

 

「ゆいな、手をつないでいくぞ」

「は、はい! ちょうどとてつもなく怖かったので是が非でもお願いしたかったところです!」

 

 いや、怖いからじゃなくて、はぐれないためになんだが……

 まぁいいや、結果が同じなら。

 

「絶対に離すなよ」

「離しませんとも! 死んだって離しません! 芥都さんのそばに一生居続けてやります!」

 

 …………ん。

 それはそれで、ちょっと違う意味に聞こえて、恥ずいんだが。

 

「じゃ、じゃあ、行こうか!」

 

 気を引き締めて、不気味な森の中を前進する。

 日が完全に落ち、森の中は真っ暗になった。

 ゆいなが用意していたランタンのおぼろげな灯りを頼りに、黒に染まる森の中を進む。

 墨汁をぶっかけたような黒さだ。

 

 時折、風に乗って「ぉぉぉぉお……」と嘆きのような音が聞こえ、不気味さをいや増しに増している。

 まるで、本当に『鬼』と言われるような、得体の知れない何かが潜んでいるような……

 暗闇の先で、こちらをじっと窺っているような……

 そんな不気味さを感じる。

 

「ゆいな、匂いで分からないのか? この森に何かが潜んでいないのかどうか?」

「すんすん……そうですね。とりあえず、怪しい匂いはしませんね」

「獣とか、魔獣とかは?」

「獣も魔獣もいそうにないです。生き物の匂いは一切しません」

 

 それはおかしくないか?

 こんな深い森に、生き物が一切いないなんて。

 

 かつてここにあった村で発生したというウィルスの影響、なのか?

 

「シャルさんたちの匂いもしないので、何か不思議な力で阻害されているのかもしれませんね」

「そう考える方が妥当か……」

 

 とにかく、シャルたちと合流するのが先決だな。

 そんなことを思った時、夜の風に紛れるように不気味な歌が聞こえてきた。

 

 

『♪か~くれんぼす~るもの、こ~のゆびと~まれ♪』

 

 

 ゆいながビクッと体を震わせ、俺にしがみついてくる。

 不気味な声を聴きたくないと主張するように、ゆいなの耳がぺたんと寝ている。

 

 不気味な歌は延々と同じフレーズを繰り返している。

 ぐるぐると森の中を回っているように聞こえ、どこから声がしているのか判別が出来ない。

 ドルビーサラウンド5.1chじゃあるまいし、こんな場所で立体音響なんぞ求めちゃいないんだが……

 

「か、芥都さん。匂いは分かりませんが、音の出所なら、さ、探れるかもしれません」

 

 ぎゅうぅうっ! と、俺の袖を掴みながら、震える声でゆいなが言う。

 

「おいおい、大丈夫かよ?」

「へ、平気です! わたしは、芥都さんの、ナビゲーター、です、から」

 

 そして、力いっぱい掴んでいた俺の袖から手を離し、目の前の木のそばまで歩いていく。

 膝ががくがく震えて、まっすぐ歩けていない。

 

「ゆいな、あんま無茶はするなよ……」

「大丈夫ですって。わたしが、ちゃ~んと頼りになるところ、見ていてくださいね」

 

 木の幹に手をついて、こちらを振り返ったゆいなは真っ青な顔で懸命に笑顔を作ろうとしていた。

 

 

 

 その、すぐ後ろから――

 

 

『♪か~くれんぼするも~の、こ~のゆ~びと~まれ~♪』

 

 

 ――巨大な『鬼』が顔を覗かせた。

 

 ゆいなが手をかけている木よりも大きな巨体を折り曲げ、屈んで、ゆいなの顔を覗き込むように。

 

 

『……でないと、目玉をほじくるぞぉぉぉおおおおお!』

 

 

「ゆいな、こっちだ!」

「ぅきゃあ!?」

 

 ゆいなの手を握り、俺は走り出した。

 振り返らず、不気味な声から逃げるように。

 

 

『♪か~くれんぼぉぉぉぉおおおおおおおお!』

 

 

 さっきまでとは違い、今度は明確に追いかけてきていると分かる『鬼』から、全力で逃げるために。

 

 

 

 

 

後半へ続きます


ちなみに、

「かくれんぼするものこの指とまれ」の後に

「でないと目玉をほじくるぞ」とは続きません。

別の歌から引っ張ってきたものです。

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