森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

279 カーマイン(敬称略)

公開日時: 2022年1月18日(火) 19:00
文字数:3,558

 突如現れたウィンドウに映し出されたのは、長い髪をかっちりとオールバックに固めた、どことなく邪悪さの漂う笑みを浮かべた壮年の男性だった。

 ザ・悪者といった風体だ。

 

 

『ヒルマ姫はワシルアン領内に入ったのか? ……そうか、ふふふ。これで、帝国へのいい土産が出来る』

 

 

 悪者顔のカーマイン殿下が満足そうにほくそ笑む。

 

「……誰としゃべってるんでしょうか、この人? おっきな独り言ですかね?」

「いや、対面に報告者がいるんだろ? そっちの音声を拾ってないだけで」

「ヒルマ姫。彼は結構独り言をしゃべるタイプの人なんですか?」

「聞けよ、ゆいな。相手がいるんだって」

「いえ、芥都さん。一人っ子の人は独り言が多くなりがちなんだそうですよ」

「三兄弟の次男だよ、こいつは!?」

 

 人の話聞いてた!?

 ワシルアン王が長男、この悪人顔のカーマインが次男で、ヒルマ姫の思い人のライデン殿下が三男なの!

 で、長男と三男は反帝国派で、このカーマインはなんとか帝国に取り入ろうとしてるの!

 

 そんな、謂れのない『さみしい子』疑惑をかけられているとも知らず、カーマインは画面の中でなおもしゃべり出す。

 

 

『しかし、あの小娘……ただ帝国に渡すだけではもったいないな。顔こそ幼く色気のかけらもないがあの胸元……いや、おっぱいはなかなかのものだ』

 

 

「……なんで言い直したんですかね、この人?」

 

 ゆいなの目がじとっと湿り気を帯びて、嬉しそうにおっぱいを思い浮かべるカーマインを見ている。

 うん、触れないでおこう。触ると損するヤツだ、これ。

 

 

『何を隠そう、私は以前よりあの娘を気に入っていたのだ。いや、あの大きなおっぱいの娘を。いや、あの娘の大きなおっぱいをな!』

 

 

「これは独り言ですか? それとも報告者とやらに言って聞かせているのでしょうか?」

 

 俺に聞かないで!

 知らないし、知りたくもない。

 どっちにしても、かなり恥ずかしい男だな、カーマイン。

 

 

『何を隠そう、あの娘に着せたいがために我が軍にビキニアーマーを導入したのだ! ビキニアーマーの開発には、そういう意図が隠されていたのだよ、ふはははは!』

 

 

「……なぜ得意げなんでしょう、彼?」

「お願い、こっち見ないで」

 

 なんか同類に扱われてる気がして不愉快極まりない。

 でもなぜだろう、きっぱりと否定しきれない自分がいる。

 

 

『帝国はあの娘の血さえ手に入ればいいのだ。その前に、あの娘をどうしようが文句は言うまい……ぐふふふ……私の館に連れ込んで、たっぷり可愛がってやる…………むふっ、むちゅちゅちゅっ、でゅっふっほふっ!』

 

 

「ヒルマ姫、モテモテですね」

「こちらを見ないでくださいまし」

 

 盛大なしかめっ面で顔を背けるヒルマ姫。

 目尻に涙が浮かんでいる。嫌悪感丸出しだ。

 

「……聞きたくありませんでした、殿下のこのような本音を」

 

 がっくりと項垂れるヒルマ姫。

 外交で何度も顔を合わせてはいたのだろうが、こんな本音は初耳なのだろう。

 ……こんな本音が本人の耳に届いていたら、この男相当ヤバいけどな。

 

「ライデン殿下と結ばれた暁には、彼が義理の兄に……」

「芥都様、戦場では何が起こるか分からないものですわ。たとえ王族であろうと、それは例外ではございません。ね? そうですわよね?」

 

 わぁ~お。

 可愛い顔して「始末しておしまい」って命令を出してくる。

 そのしたたかさ、やっぱりヒルマ姫も王族なんだなぁ。

 

 

『あの娘の血は帝国にくれてやる! だが、あの娘の乳は私がいただく!』

 

 

「なんかうまいこと言ったつもりになってますよ、ヒルマ姫」

「黙りなさいヘソ丸。そしてその不快な画面を消してくださいませ」

「いや、これは全部見るまで消えないんだ、残念だったな」

「そんな……殺生です、芥都様……」

 

 見るに堪えないとはまさにこういうことを言うのだろう。

 ヒルマ姫が画面に背を向け完全にあっちを向いてしまったが、この画面は全員が見られるようになっているため、向こうを向いたヒルマ姫の前に小さな画面が出現した。

「ぴぃっ!」とヒルマ姫が鳴いて、画面をぺしぺし叩いている。

 そんなことしても消えないんだけどな。

 

 

『カーマイン殿下!』

 

 

 ヒルマ姫のおっぱいを思い浮かべてだらしない顔をさらしていたカーマインのもとへ、一人の兵士が駆け込んでくる。

 

『レスカンディの谷に不審な馬車が!』

『行商人か?』

『それが……コンペキア王国の紋章が刻まれていたようです』

『なんだと!?』

 

 

 なんだとー!?

 

「ヒルマ姫……まさか、紋章隠してないのか?」

「は、はい。そう言われてみれば」

 

 敵の領地に乗り込むんだから、何かしら隠蔽しとけよ!

 ……まぁ、どっちみち戦闘は避けられなかっただろうけど。

 これ、試練だし。

 

 

『姫を追いかけてきたか……ふん、小癪な! 砦に兵を潜ませておけ。連中が通り過ぎたところで挟み撃ちだ』

『はっ!』

 

 

 兵士が立ち上がり、駆け出す。

 カーマインは室内に一人になると、また口角を持ち上げる。

 

 

『愚か者どもめ。このレスカンディに罠が張られているとも知らずに。……くくく、ちょうどよい。自国の兵の無残な亡骸を目の当たりにすれば、あの跳ねっ返りの姫もおとなしく私に従うだろう。抵抗が無駄だと悟れば、あとは……むふふふっ! 総員、配置につけ! 賊を迎え撃つぞ!』

 

 

 そんな、カーマインの言葉とともに映像は途切れる。

 

「……罠、モロバレですね」

「変なところで優しいな」

 

 ゆいなが呆れ顔で息をつく。

 敵にすればとんでもないことだろうな、自室での会話がまるごと盗聴されていたなんて。

 試練の難易度は上がったが、こういう部分ではゲームの名残を感じる。

 クリアをさせるつもりはあるようだ。

 

「……で、結局、あの部屋にはあの悪人顔しかいなかったのよね?」

 

 黙ってことの成り行きを見守っていたアイリーンが口を開く。

 

「じゃあ、最初のはやっぱり独り言だったんじゃないのかしら? そうでなければ、そこにいたはずの人間が完全に無視されていることになって不自然だわ。やっぱり、あの悪人顔は独り言が大きい残念男なのよ」

「どーでもいいな、その分析!?」

 

 男にはな、誰もいない自室で「……ふ、ついにここまで来たか」とか、ラスボス的な演出に浸って台詞をしゃべっちゃう時があるんだよ!

 きっと、さっきの場面はたまたまそういうところだったんだ。黙って見過ごしてやれよ。なんでか俺まで恥ずかしいよ。

 

「芥都様、姫様!」

「今の画面、見てたよね?」

 

 馬車が止まり、御者台にいたサクラとシャクヤクが馬車の中へとやって来る。

 

「……えぇ、バッチリ見ていましたよ」

「あ……なんっていうかさ、ヒルマ……ご愁傷様」

 

 シャクヤクがヒルマ姫の頭を撫でてやっている。

 まぁ、あれはキモいよなぁ。本人にとっては堪らないだろう。

 

「この先に罠があると言っていましたが、どうされますか? このまま進むでありますか?」

 

 このまま進めば、このレスカンディの谷で挟み撃ちにされる。

 安全に進むなら、一度引き返し別のルートをとるべきなのだろう。

 だが――

 

「このまま進みましょう」

 

 ヒルマ姫が、俺が思っていたのと同じ決断を下す。

 

「今引き返せば、シャルっぺの行方が分からなくなりますし、ワシルアン王国で私を知る者に見られれば人違いだとバレてしまいます。一刻の猶予もありません」

「だよね。バレたらヤバいよね……」

 

 シャクヤクが眉根を寄せて、深刻そうに呟く。

 

「シャルっぺ、おっぱいないし。あのおっぱい殿下にどんな仕打ちを受けるか……!」

「なんの心配を、っていうか、どこに不安を抱えてんだ!?」

「でも、ティルダちゃんだったら『それはそれで』ってなると思うんだ。でも、シャルっぺとゆいなじゃ……」

「な~んで、今わたしまで含めたんですかシャクヤクさん!? どの口が言ってるんですか!?」

 

 と、乳無き戦いを繰り広げるゆいなとシャクヤク。

 

「申し訳ありませんが、少し黙っていただけますか?」

 

 タイタスが笑顔で言う。

 物凄く苛立っているというのが、はっきりと分かるどす黒い笑顔で。

 

 そうだよな。

 シャルの身に危険が迫ってるんだ。お前にとっては、他の誰よりも一大事だよな。

 

 タイタスはゆっくりと立ち上がり、一同をぐるりと見渡した後、厳しい目つきで口を開く。

 

「シャル姫のちっぱいは、あれで完成形の芸術品です!」

「お前もちょっと黙れ」

 

 論点、そこじゃないだろう!?

 

「おっぱいの大小はどうでもいいんだよ!」

「どうしたの芥都!? 死ぬの!?」

「嫌です、芥都さん! わたしを一人にしないでください!」

「芥都さま、お気を確かに!」

「全力の心配をありがとう。お前ら全員ぶっ飛ばすぞ」

 

 俺だって、おっぱいを二の次にすることはある!

 滅多にないだけで!

 

「とにかく、シャルの救出を最優先とするためには、罠と分かっていてもこのレスカンディの谷を突っ切るしかない」

 

 その場にいる全員の顔をぐるりと見渡す。

 

「……ついてきてくれるな?」

「「「はい!」」」

 

 

 全員が、なんの躊躇いもなく返事をくれた。

 

 

 

 

 

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