俺がここへ至るまでの話を、牢獄の中にあった自分の服を着込んでぷりぷり怒っているゆいなに語って聞かせた。
裸だったのは俺のせいじゃないのに、ゆいなは今も不貞腐れて壁際で膝を抱えてこちらを涙目で睨んでいる。
「……芥都さんのエッチ、思春期、発情期」
スケッチとワンタッチだろ、エッチの後に続くのは。誰が発情期だ。
指摘してやったのに怒られるというのは理不尽極まりない。
だったら、指摘せずずっと観賞していた方がよかったってのかよ。……もうちょっと見とけばよかったな。くそっ。
「……親以外、誰にも見せたことないですのに……」
「大丈夫だよ。見てないから、……そんなには」
ぺたーんとした胸元は、結構脳裏に焼きついているけれども。
「……ホントですか?」
「あ、あぁ。薄暗かったし」
「…………」
「それに、犬耳の方が気になってたし」
「…………」
「特に目立つような膨らみもなかったし」
「やかましいですよ!?」
むきー! と、牙をむいて慎ましい胸を両腕で隠す。
それから、変に意識したのか、服の裾を引っ張って肌を隠そうとするゆいな。全然隠れてないが。
ゆいなが着ている服は、太もも丸出しのホットパンツとへそが覗きそうな短めのシャツに軽そうな上着という活発な服装で、ゆいなによく似合っていた
ただまぁ、こういう状況で肌の露出が多いと、非常に気まずいんだけどな。
「こほん……」と、咳払いをはさみ、「とりあえず、これからどうするのか考えないとな」と話題を逸らすと、ゆいながまだほんのりと赤い顔で「そうですね」と同意を示す。
不服そうな表情は隠せてないけどな。
「お話を聞く限り、芥都さんはかなりイレギュラーな方法でここへやって来たようですね」
曰く、本来ならばナビゲーターが異世界へ赴いて、神によって選出された転移者を神々の創りし遊技台【ルードシア】へと招待するのだとか。
「招待状だけが送られたことや、異空間での準備工程なんて聞いたことがありません」
四人の妖精に導かれたあのゲーム空間は、【神々の遊技台】関係者にとっても異例なことのようだ。
「そもそも、わたしたちのような神に仕える者がナビゲーターとなって迎えに行かなければ、異世界の人間はこちら側へ来ることなど出来ないはずなんです」
しかし、俺は単身でここへやって来た。俺だけがイレギュラーな方法で。
あの招待状にも書かれていたとおり、俺は特別ってことになるだろう。
「つまり、俺はスペシャルゲストってわけか?」
「手違いじゃないですかね?」
うわ、こいつムカつく。バグ扱いかよ。
俺の剣呑な視線を気にする様子もなく、「ふむふむ」などと呟きながら招待状を開いて内容を確認するゆいな。
尻尾がゆっくりと左側に振られる。
あの尻尾の動きは、緊張や不安の表れだ。
どのジャンルのゲームもマスターせずにはいられない俺は、数年前にプレイした愛犬育成ゲーム『ワンダフルもふもふ』も完全攻略している。
そこで得た知識をもってすればこんな犬っ娘の考えていることくらい手に取るように分かるのだ。
ゆいなは今、戸惑っている。
手紙の内容に。
このイレギュラーな状況に。
「有り得ないことだらけで、……正直戸惑いますね」
な? 俺の犬を見る目も捨てたもんじゃないだろ?
「それで、イレギュラーな俺はちゃんとそのゲームに参加出来るのか?」
招待されて門前払いとか、そういう扱いはやめてもらいたいもんだが。
「おそらく大丈夫だと思います。わたしが責任を持ってルードシアまでご案内します」
「ちなみに、ここから遠いのか。ルードシアまでは?」
「はい、果てしなく。でも、瞬間移動しますのですぐですよ」
若干誇らしげに言って胸を張るゆいな。
ナビゲーターになるってのはそんなに名誉なことなのだろうか。随分嬉しそうだ。
「ここは、芥都さんのいた世界を含め、どの異世界とも異なる神々の世界、【真界】と呼ばれる世界なんです」
ゆいな曰く、この【真界】にはそれぞれの異世界を創造した神々が棲んでおり、神でもない生命体には認知すら出来ない高次元空間なのだとか。
感覚的に『宇宙』みたいなものかと思ったのだが、もっと高次元的でもっともっと崇高な空間なのだそうだ。……へぇ、そーかよ。もう、よく分かんねぇよ、そこまで行くと。
そして、この【真界】には三つの『場所』が存在する。
一つは、神の棲む【神の国ポリーティア】。
二つ目に、ゆいなたち神に仕える者が棲む【使者の国アポストリア】。
そして三つ目が、神々が創り給いし【神々の遊技台ルードシア】。
妖精たちが言っていた『神に仕えし使者の国』ってのがこの場所、アポストリアらしい。
ゆいなによれば、ナビゲーターを連れていない転移者であってもルードシアとアポストリアを行き来することは不可能ではないらしいのだが、異世界から【真界】へ来ることは事実上不可能で、考えられないことなのだそうだ。
つくづくイレギュラーってわけだ、俺は。
なおも、ゆいなの説明は続く。
「ルードシアには、いくつもの国が存在し、そこには神でも我々使者でもない生命体『神ではない者たち』が暮らしています」
「わざわざそんなもったいぶった言い方しなくても、人間でいいんじゃないのか?」
「人間とも、少し違うんですよ」
人間というのは、異世界を創造した神が生み出した生命体であり、神の加護を受ける存在なのだそうで、つまり『神ではない者たち』というのは、神の加護を受けない存在――
「辛辣な言い方をすれば、命に価値のない者たちなんです」
ゲームの中のNPC、またはモブキャラ。そんなイメージだろうか。
命に価値のない者たち……か。
「随分とお偉いお方様みたいだな、神様ってのは」
「えぇ、それはもう……けど、人間様も相当にお偉いお方様なんですよ、あの場所では」
陰りのある表情で、歪に笑ってみせるゆいな。
「神に選ばれた特別な存在だという自負もあるのでしょうね。神ではない者たちも、そしてわたしたちナビゲーターも、人間様にとってはただの駒でしかないんですよ。使い捨ての」
俺を責めるつもりは毛頭ないのだろう。言葉に含まれる棘は、どこか遠くの別の誰かへ向けられているような気がした。
あっちこっちから集めてこられた転移者って連中が、ルードシアで好き放題暴れまわっているのかと容易に想像が出来て、胸が悪くなった。
「でも、どんな卑劣な手段も、ゲームに勝つためには必要なんです」
利用出来るものは利用して、必要ないものは見捨てていく。それがルードシアでの常識だと、ゆいなは言う。
そうしなければ他の転移者たちに先を越されると。
だがな。
「それは違うぞ、ゆいな」
他人を蹴落とし利用しなきゃ勝てないなんてのは、三流の発想だ。
絶対的に有利なライバルの、その上を行く力を身に付けてこその主人公じゃねぇか。ヒーローってのは、そうあるべきだ。
「かっこいい勝ち方をしなきゃ、ゲームは楽しくないだろう」
俺の話をきょとんとした顔で聞いていたゆいなは、「くすっ」と吹き出して、「絶対損する性分ですね、それ」と、楽しそうにくすくすと肩を揺らした。
「けど、なんだかいいですね、そういう考え方。芥都さんを見ていると、なんだか楽しい気分になります。ちょっと考えが甘いなって感じもしますけど、……うん、わたしは好きですよ」
お、おぉう……
いかんぞ、ゆいな。それはいかん。
はにかみながらそんなこと言われたら勘違いしちゃうだろうが。
俺はな、ガキの頃からずっとゲームばっかりやってきて、青春的爆発というか、弾けるパトスというか、生物学的本能というか、そういうものを発散させる機会があまりなくて、思春期を卒業するタイミングを失してしまっているのだ。
つまり永世思春期と言ってもいい!
ちょっと優しくされると舞い上がっちゃうから、思わせぶりな態度は控えてもらおうか。
惚れちゃうぞ、コノヤロウ。
「迷っていても始まりませんね。前向きに行動しましょう」
数秒前まで見せていた不安げな表情を霧散させ、明るい声でゆいなが言う。
「まずはゲームを戦い抜くための武器――【神器】の確認をしましょう。芥都さんの武器を見せてください」
当たり前のように言うってことは、やっぱり武器を持っているのが当然なんだろうな。
神が選んでくれたことにちょっと感謝しつつも……アレを見せるのかぁ……
「どうかしましたか?」
「あぁ、いや、まぁ……」
ためらっていても仕方ない。
見た目はちょっとアレだが、こいつは人智を超える凄まじいパワーを授けてくれる武器だ。
うん、恥ずかしがることはない!
堂々と見せてやろう!
「俺の武器は、これだ!」
服の裾をまくると、ヘソからコントローラーがぷら~んと垂れ下がった。
「ぶはっ!? なんですか、それ!? お、おなかから、なんか変なものが……っ、ぷくすっ! ぷーくすくすくす!」
めっちゃ笑われた!?
くそぅ、恥ずかしいっ!
「俺だってなぁ、好きでこうなってんじゃないんだぞ!? 神様に押しつけられたのがこれなんだよ! えぇい、泣くほど笑うな!」
ひとしきり笑い転げた後で、目尻の涙を拭いながらゆいなが尋ねてくる。
「それで、あの……、これって、どうやって攻撃するんですか?」
「これか? これはこうやってぴこぴこ~って」
ゆいなに見えるように、格闘ゲームの超必殺技のコマンド入力をしてみせてやる。
俺レベルになると、どんなコントローラーであろうとも百発百中で発動させることが出来るのだ。
「これで、どかーんと派手な技が出るんだ」
「え……っと、出てません、けど?」
「そりゃ実際には出ねぇよ」
「へ……?」
あの空間でプレイしたパズルゲーム『倉庫作業員』の時のように、勝手に体が動くのかと思ったが、現在はコントローラーを操作しても俺の体が動くことはない。
おそらく、このコントローラーを使うにはある特定の条件が必要なのだろう。
『倉庫作業員』のような感じで格闘ゲームの中に入り込めれば、きっと俺は無敵の格闘家になれることだろう。……おぉ、楽しみ過ぎる。
期待に胸膨らませる俺とは対照的に、ゆいなの顔色がどんどん悪くなっていく。
どうしたんだ?
「す、すみません。ちょっと芥都さんの世界の情報を集めてみますね!」
そう言って、ゆいなは黒い招待状の封筒を見つめ、そして人差し指でこめかみを押さえて念じるようにまぶたを閉じた。
「そんなんで分かるのか?」
「はい。ここに、芥都さんの世界のコードが書かれていますので、今【真界】に問い合わせて情報を………………地球!?」
バッと目を開き、ゆいなが俺の方を見る。
「なんだ? 地球を知ってるのか?」
「え、えぇまぁ。いろいろと有名なので……」
へぇ。地球って神様の世界でも有名なんだ。
「特に、『魔法も使わず他人任せの奇妙な発展をしたちょっと残念な世界』として……」
「残念な世界!?」
どういうことだ?
地球のどこが残念だっつうんだよ!?
登場レトロゲーム元ネタ解説
ワンダフルもふもふ:
元ネタはありません。昔DSかなにかで、タッチペンで仔犬を撫でまわすゲームがあったような?
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