コンペキア王国の馬車は頑丈らしく、多少の矢にはびくともしないらしい。
本来なら、安全な場所に馬車を置いて、敵を蹴散らしてから連れてくるのがいいのだろうが、今はそんなに人員がいない。
ヒルマ姫と馬車を守るにしても、三人は残さなければいけない。
そんなに戦力を割くことは出来ないので、ヒルマ姫には馬車にこもってもらって、戦地を駆け抜けてもらうことになった。
「本当に大丈夫でしょうか? ヒルマ姫」
「大丈夫にするしかないだろうな」
「……はい。そうですね」
不安はある。
だからといって立ち止まる訳にはいかない。
ヒルマ姫を残し、俺たちは全員馬車を降りた。
馬車のまま前進しようとしたら、また見えない壁に阻まれたのだ。
こちらが出撃準備を終えるまで、この透明の壁は消えない。
ターン制はなくなっても、ステージ制は健在らしい。
なら、俺がカーマインの居城を制圧すればこのステージが終わるのだろう。
ターン制が廃止され、全員が一斉に出撃する。
そして、敵と出会えば各人がそれぞれ戦闘を開始する。
なんだか、『フレイムエムブレム』ではなく『温玉ヒーロー』に変更されたようだ。
『温玉ヒーロー』はリアルタイムSLGとして人気を博した『フレコン』のソフトだ。
行き先を指定しておけば、キャラたちが勝手に移動していく。
しっかりと指揮、監視をしておかないとどんどん戦況が変化していく、息つく暇もないスリリングな戦況がプレーヤーを引きつけた名作だ。
なら、それぞれに明確な指示を出しておいた方がいいか。
「サクラ、馬車に乗れるか?」
「やってみるであります」
先ほどは見えない壁に阻まれたが、ステージが始まった後であれば馬車に乗り込めるようだ。
「大丈夫であります。これでヒルマ姫様をお連れできますね」
馬車を連れて行くにしても、御者はいるからな。
サクラならそれに打って付けだ。
「サクラ。お前は馬車とヒルマ姫を守ってくれ」
「了解したであります!」
サクラは重い鎧のせいで移動速度が遅い。
なので、馬車に乗せて移動させた方がいい。
頑丈な馬車に頑丈な御者。
この組み合わせはなかなか崩せまい。
「ティルダとシャクヤクは敵の攪乱を頼む。砦のそばへ行き、援軍をおびき出せそうなら引っ張り出してきてくれ。集結させず、なるべく戦力を分散さるんだ」
「はい。やってみます」
「どーんと任せといて」
「ただし、弓には気を付けろよ」
特効が生きているかどうか、まだ確認は取れていない。
弓はペガサス騎士に特効を持っている。攻撃力が三倍になるのだ。当たれば一撃で墜とされることもある。
「タイタスは先走るな。……つってもたぶん無理だろうから、うまくやれ」
「んふ、ご期待通りに☆」
こいつは、シャルのこととなると見境がないからな。
シャルを助ける前に無茶をして戦場に散ることはないだろう。
「プルメはアイリーンについて、状況に応じてみんなの回復を頼む」
「はい。がんばります!」
「アイリーン。プルメを頼む」
「分かったわ。でも、必要だと思えば前線に出るからね?」
「あぁ。ピンチの時はよろしくな」
「任せなさい」
アイリーンとプルメはあまり前に出過ぎないポジションにいてもらう。
この二人は守備力が低い。
ステータスが廃止されたとはいえ、いや、ステータスが廃止されたからこそ、この二人は守りが弱くなっている。
もともと戦闘向きじゃないからな、アイリーンとプルメは。
「ゆいなとエビフライは、俺と一緒に敵陣に突っ込むぞ」
「はい! 任せてください! ……ふっふっふっ、腕が鳴ります」
ダガーを手ににやりと笑うゆいな。
おい、やめろやめろ。悪役っぽく見えるから。
ってこら、ダガーの刃をぺろって舐めるんじゃない。それは完全に悪役の仕草だぞ。
アイリーンも、「なるほど、あぁいうのは攻撃すればいいのね」とか言わないの。今のゆいなは確かに悪役っぽかったけども。
「私が先行しますので、取り逃がした兵をお二人にお任せするのです」
エビフライがタルタルに跨がり槍を掲げる。
……エビフライの愛馬の名前がタルタルって、やっぱその名前どうなんだって思っちゃうよなぁ…………いや、エビフライって名前もどうかと思ってるけどな、今もなお。
タルタルは純白の毛並みを持つ美しい馬だ。
引き締まった筋肉がしなやかに波打ち、走る姿が美しい。
おまけに頭がよくて度胸がある。
名前以外は非の打ち所のない名馬なのだ。
故に、惜しいっ!
「「「ぅぉおおおおお!」」」
遠く、カーマインの居城から低い声が響いてくる。
「敵も進軍を開始したようであります!」
サクラがウィンドウを見つめながら声を上げる。
このウィンドウ、どうやら馬車のところでのみ見られるようだ。
俺の前には出現していない。
つまり、本陣に残った者には前線の者の様子が見えるってことだ。
シャルかクリュティアがいれば『念話』で正確に指示が出せるかもしれないな。
俺も『念話』を使えるが、俺は前線に出るからな。
なんにせよ、早いとこあいつらを救出したいもんだ。
「ソシアル騎士の軍団、目視したなのです! 敵数、八騎!」
ソシアル騎士が八騎か。
俺とゆいなとエビフライでは厳しいが……
「タイタス、援護を頼むぞ!」
「ご期待に沿ってみせます☆」
レイピアを構えてこちらへ向かってくる一団に向かい駆け出す。
エビフライが先行し、いち早く敵集団にぶつかる。
「はぁああ! 奥義・怒鱗駆突きぃ!」
エビフライの持つ槍から、凄まじい威力の突きが繰り出される。
すごい!
でも!
その技の名前、絶対『ドリンク付き』って読むよね!?
え、なに? エビフライとちょっとかかってる感じ!?
「さすがエビフライね」
ペガサスのマルちゃんに跨がり、シャクヤクが口笛を鳴らす。
「テーショク流槍術の免許皆伝だけはあるわ」
「ん? もしかして、エビフライってその家の娘?」
「そうよ。彼女の名前はエビフライ・テーショクっていうの」
で、そのテーショク流の奥義が『怒鱗駆突き』だから、続けて言うと、『エビフライ定食(ドリンク付き)』か。
ふざけてんのか!?
「あぁ、エビフライさんが囲まれてしまいます!」
「大丈夫よ、ゆいな! 見てなさい――」
シャクヤクが指さす先で、エビフライが槍を頭上に掲げて両手で振り回す。
そうして、気合いと共に槍を振り抜く。
槍の切っ先が大きな弧を描き、エビフライを取り囲むソシアル騎士たちをなぎ払う。
「テーショク流奥義・期汎無量っ!」
ご飯無料!?
なんて嬉しいサービス! いいね、その定食!
「うわぁぁああ!」
ご飯無料で敵がなぎ倒されていく!?
「そのサービスには太刀打ちできないよ~!」みたいな感じで!?
「……この国に、義務教育と同時に名付けのセンスを教えてやりたい」
「まったくね。ふざけた名前ばかりだわ」
「いや、お前は言うな、アイリーン」
この国だけじゃなかったな。
もうこの【神々の遊技台】自体がネーミングセンスを見失っている世界なんだろうよ、きっと。
「けど、エビフライさん、強いですね!」
「あぁ、他二人より頼りになりそうだ」
「かっちーん!」
エビフライの活躍を褒めたら、シャクヤクが眉毛をつり上げた。
「言っとくけどね、エビフライとあたしやサクラは同じくらいの実力なんだからね! ううん、僅差であたしが一番かも!」
ペガサスの上で細身の槍を構え、マルちゃんの首を軽く叩く。
合図をもらったマルちゃんが翼を大きく広げ、ぐんぐん空へと駆け上がっていく。
「そこで見てなさい! 残りの騎士たちを一掃してきてあげるから!」
言うが早いか、シャクヤクはマルちゃんを駆って流星のような速度で敵の集団へと突っ込んでいく。
「喰らいなさい! あたしの必殺技――」
一瞬、シャクヤクの姿が太陽の中に紛れて消えた。
かと思った次の瞬間には、ペガサスが直滑降で落ちてくる。
空から、ペガサスに跨がった少女が降ってくる。
そして――
「シャクヤクすんごい突きぃぃい!」
――ダッサい技名を叫びながらその場にいた騎士たちを吹き飛ばした。
ペガサスのマルちゃんは地面に墜落する寸前で体の向きを変え、優雅に空へと戻っていく。
「どんなもんよ!」
こちらに向かってドヤ顔をさらすシャクヤクに、思ったままの感想を告げておく。
「うん、技名がダサい」
「はい。すっごくダサいです」
「なんでよ!? 三日悩んで付けた名前だよ!?」
「うわぁ、エピソードもダサい」
「三日の集大成がアレとか……時間の浪費も甚だしいですね」
「あんたたち二人とはセンスが合わない! ぷん!」
シャクヤクが不機嫌顔で空へ上っていく。
合ってたまるか、そんなセンスと。
あと、たぶん――
このステージが終わったら、サクラに怒られると思うぞ。
お前の任務は砦の増援部隊の攪乱なのに、居城の兵に突っ込んでいって……
命令違反に厳しいからなぁ、サクラは。
シャクヤク、ご愁傷様。
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