うっすらと、東の空が明るくなっていく。
今、御者台には、サクラとアイリーンが座っている。
「アイリーン。気持ちは分かるが、あんまり無茶はするなよ」
もともと、体が丈夫な方ではないアイリーンだ。
長時間御者台の上で、まだ肌寒い風に当たり続けているのはつらいだろう。
「分かってる。……でも、ごめん」
それでも、アイリーンはただ前を向いて一言呟くだけだった。
サクラが無言で目配せをくれる。
「自分が見ていますから」と。
「じゃ、頼むな」
サクラに言って、荷台へ戻る。
巨大な馬車は、御者台への行き来もスムーズだ。
ホント、船旅みたいな快適さだ。
荷台に戻ると、ゆいなが温かいミルクを差し出してくれた。
「ライデン殿下から、馬車の中でも使える小型のかまどをいただいたんですよ」
それは、少々原始的なコンロのようなものだった。
ただ、炎は出ていない。
じんわりと赤く輝く石が複数取り付けられている。
「これは、火龍の力が宿る火龍石です。龍石は、このような使用法こそが理想的だと、私は思うのですが……」
ヒルマ姫が説明をしてくれる。
龍石という資源を持つコンペキア王国。
そして、ライデン殿下のいるワシルアン王国は、本来その龍石を加工してこのような役立つ魔導具を作る技術に長けた国なのだそうだ。
だが、龍石をワシルアン王国ではなく帝国へ持ち込めば、それは強大な兵器へと姿を変える。
今、ミルクを温めているこの温かい光が、街を焼く炎に変わるのだ。
「帝国には渡せないな、この力は」
俺の言葉に、ヒルマ姫は嬉しそうに微笑んで「……はい」と呟いた。
まだ薄暗い道をガタゴトと馬車は進む。
早朝の出発ということもあり、馬車の中では多くの者が仮眠を取っている。
ジラルドやムッキュは熟睡していそうだが、キースやシャルは目を閉じているだけかもしれない。
それでも、今起き上がっているのは俺とゆいな、それとヒルマ姫とエビフライだけだ。
「私は、サクラにもしものことがあった時に御者を代われるように、なのです」
と、エビフライはスタンバイをしている。
もっとも、御者を続けられないくらいの何かがサクラに起こるなんてもってのほかだけどな。
「芥都さんも、少しは休んだ方がいいのです」
エビフライが毛布をくれる。
俺とゆいなに。
促され、俺とゆいなも少しまぶたを閉じて体を横たえる。
興奮しているように気持ちがはやる。
とてもじゃないが眠れそうにない。
クリュティアがそこにいる。
もうすぐ会える。
だが、そのクリュティアは敵かもしれない。
目を覚まさせる方法は必ずあるはずだ。
これが『フレイムエムブレム』をベースにした試練である以上、必ず。
アイリーンと話をさせれば、きっと目を覚ましてくれる。
だが、これはゲームではない。
ターン制も撤廃され、近付けば問答無用で攻撃される。
……我を忘れたクリュティアとの戦い。
アイリーンを無事にクリュティアの前まで連れて行くってのは、結構難易度が高そうだ。
クリュティアは強いからな……
これまで、幾度となく俺たちを守ってくれたクリュティアの青いブレス。
それがこちらに向かって吐き出されるかと思うと……おっかないな。
少し、体が強張った。
それを感じ取ったのか、隣で横になるゆいなの手が俺の手に重ねられた。
「……大丈夫です。クリュティアさんは優しいですから、きっと……帰ってきてくれますよ」
寝息のようなささやき声。
その言葉には返事をせず、ただ毛布の中のゆいなの手を強く握り返した。
それから、俺は少しだけ眠ることにした。
「芥都様、砦が見えてきたであります!」
サクラの声に、眠っていた馬車の中の者たちも目を覚ます。
「敵も早起きなようでおじゃる」
「ですね、迎え撃つ準備は万端なようです」
シャルとゆいなが馬車から顔も出さずに言う。
シャルは気配を、ゆいなは匂いや音を頼りに判断したらしい。
ティルダとシャクヤクのペガサス騎士コンビが馬車を出て行く。
空からの視察だ。
エビフライは御者台へ向かい、馬を停める間に隙が出来ないようサクラのサポートをする。
俺たちはその間に戦闘の準備を済ませておく。
タイタスが窓から顔を出し、鼻をすんすんと鳴らす。
肩をすくめ残念そうな顔で窓を閉める。
「近くに水場はないようです」
あれば、その水を使って砦全体を攻撃できたのにと漏らす。
ワシルアン王国は、タイタスとはほとほと相性が悪い国のようだ。
川辺での戦いでは、シャルが敵を一掃しちまったからな。タイタスの出番はなかったし。
「芥都様、上空から確認しましたが、クリュティアさんの姿は見当たりません」
人の姿で砦の中にいるのだろうか。
「みんな、お願い。オカンを救出するために力を貸して。……もう、離ればなれになるのは嫌なの」
アイリーンが俺たちに向かって頭を下げる。
その行為を笑う者はもちろん、拒否する者は当然いない。
まぁ、こんなへそ曲がりはいたけどな。
「ちっ。お前のためじゃねぇ。俺たち全員の目的だ。いちいち気にするな」
「キース……、ありがと」
「……ふん」
窓から車内を覗き込んでいたティルダが、そっぽを向くキースを見てくすくすと笑っている。
ティルダの隣からシャクヤクが顔を出し、状況を伝える。
「敵はすでに陣形が整っているわね。ちょっと遠いけど、この辺に馬車を停めて攻め込みましょう」
砦にはダッドノムトがいる。
その事実がシャクヤクたちに恐怖を与えている。
ヒルマ姫を危険な場所へ連れて行くわけにはいかない。
ヒルマ姫はライデンの城に残ってもらうつもりだったのだが、ヒルマ姫本人がそれを固辞した。
自分は最後まで俺たちに付き合うのだと。
コンペキア王国の姫にして聖龍の血を受け継ぐ自分には、その義務があると。
その瞳に宿る意志を見れば、強引に置き去りにすることは出来なかった。
サクラたちが命に代えても守ってみせると、俺たちを説得してきたこともあり、ヒルマ姫の同行を認めた。
……そこに戦力を割かれるのは痛いんだが、まぁ、仕方ない。
「それじゃあ、ヒルマ姫の守りはサクラとシャクヤクで頼む」
「いえ、自分は最前線でみなさんの盾になるであります!」
「あたしは最前線で敵を蹴散らす槍になるわ!」
「こら、命に代えても守るって話はどこいった?」
めっちゃヒルマ姫を残していく気じゃねぇか。
「馬車番は、そこのザンスさんと頼れるパラディン様でいいじゃない」
ジラルドとムッキュに任せて大丈夫か?
「つか、ムッキュの株、なんでそんなに上がってんの?」
「なぜも何も、パラディンというのは我々騎士の憧れの存在であります」
「努力だけじゃなれないすごい職業なのよ!」
「私も、ムッキュ殿には一目をおいてるなのです」
コンペキア三人娘がきらきらした目でムッキュを見ている。
カーマインのいた娼館に捕らわれ、それ以降一切見せ場のなかったジラルドとテッドウッドのことは虫けらを見るような目で見ているのに。
「パラディン、おまけにもふもふであります!」
「うん! すっごい抱き心地のよさ!」
「頼れ、そして癒やされるなのです!」
強さと見た目で大人気らしい。
まぁ、分かるけども。
そもそも、なんでムッキュがパラディンなんだっつー話だよな。
馬に乗るイメージも、槍術に長けているイメージもないんだが……いきなりの上級職だ。
なんか、ムッキュだけすげぇ贔屓されてる気がする。
「ちなみに、ジラルドは職業なんになってる?」
「拙者は『盗賊』ザンス」
盗賊。
素早さは高いが、攻撃力防御力がともに低く、戦闘には向かない。
おまけに魔法抵抗も大したことがないから、どの職業の敵にも狙われる不遇な職業。
他の職業より秀でている点はというと、宝箱を開ける特技を有していること。
基本的に、盗賊とは味方キャラの経験値稼ぎのために殺される敵チームの雑魚キャラなのだ。
うむ。
「ジラルドは神様にも嫌われてるんだな」
「そんなことはないはずザンス!? ……って、『にも』って!? 他に誰に嫌われてるザンスか、拙者!?」
いや、そんな。
「俺、面と向かって『お前のことが嫌いだ』とか、酷いこと言えない」
「言ったようなものザンスよ、その発言は!? もう結構長い付き合いザンスよ、拙者たち!? もう少し心を砕いてもバチは当たらないはずザンス!」
えぇ~……
別にこれといった思い入れもないんだけどなぁ、お前には。
「それでは、我も残ろう」
テッドウッドが名乗り出る。
……前線に出るのが怖いってんじゃないだろうな?
「我は魔法使いなのだが、どうにも手持ちの魔導書は威力に乏しくてな。【特技】が使えるのであれば、我は『ゲレイラ』を使おう」
ゲレイラは、テッドウッドが最初から持っていた魔法で、威力はデカいのだが発動までに物凄く時間がかかってしまう広範囲殲滅魔法だ。
確かに、ゲレイラをメインに使うなら、敵がひしめく前線に連れて行っても役には立たないな。
「もし、敵がこの馬車を襲撃してきた際、我では接近戦に難がある。よって、ジラルド殿にも残ってもらい、姫君の命は我らで守り切ると誓おう」
「では、私も残ります」
「いや、プルメの回復魔法は必要であろう。危険ではあるが、どうか芥都殿たちの助けになってやってほしい」
プルメの目が据わる。
「……ではしっかりと覚えておいてください、テッドウッドさま。指一本たりとて容赦はしません――」
「うむ。我らの命に代えても、姫君には指一本触れさせぬ!」
違うぞ、テッドウッド。
『お前が』ヒルマ姫に指一本触れちゃダメなんだぞ?
分かってんのかねぇ……
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