森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

302 大司祭ミラの神殿

公開日時: 2022年2月16日(水) 19:00
文字数:4,026

 魔導都市カダルコには、人っ子一人いなかった。

 

「こっちも無人です」

「家屋の傷みはさほどではないの。人がおらんよぅになって、まだそう日は経っておじゃらぬか……」

 

 簡素な造りの家々が並んでいるが、それらはすべて空き家となっていた。

 薄っすらと埃は積もっているが、朽ち果てているという感じではない。

 人がいなくなってから、長くても数年というところだろうか。

 

「街には誰もいないようですし、神殿へ行ってみましょう」

 

 ヒルマ姫が街の最奥にそびえる神殿を見つめて言う。

 おそらく、この街に生存者を期待するのは無意味だろう。

 

 無人の街を歩き、神殿を目指す。

 

 

 

 大司祭ミラの神殿。

 

 

 

 大賢者ザッハ亡き後、魔法都市カダルコを守り続けた大司祭ミラ。

 一体、彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。

 

「やっぱり、ここにも人はいませんね」

 

 鼻を鳴らして、ゆいなが言う。

 シャルに視線を向けるが、首を横に振られた。

 目を凝らすティルダも、人の気配は捉えられずにいるようだ。

 

 索敵トップスリーの探知に引っかからないってことは、本当に人はいないのだろう。

 

「大司祭ミラがいなければ、神聖魔法『ムーンライト』は手に入らないな」

「困ったわね。ベッドの下とかに隠されていないかしら?」

「そんな、芥都さんがエッチは本を隠すような場所にはないですよ!?」

「隠してねぇわ!」

 

 俺の隠し場所は本棚の裏だ。

 

「おい、こっちに部屋があるぞ」

 

 一人でズンズン奥へ進んでいたキースが俺たちを呼ぶ。

 そこは小さな部屋で、簡単な寝具と簡素なデスクがあるだけだった。部屋の一角に、水浴びをする場所なのであろうタイル張りの箇所があった。カーテンで仕切れるようになっている。

 

「ここは、ミラ様の私室かもしれませんね」

「え、大司祭なのにこんな部屋に住んでるのか?」

「うふふ、芥都様。司祭様は贅沢を好まれない方々なのですよ」

 

 大司祭ともなれば、それはそれはゴージャスな部屋に住んでいるのだと思っていたが、ここら辺では清貧こそが美しいとされているようだ。

 ヒルマ姫が感銘を受けたように、その簡素な部屋を眺めている。

 

「余計なものを持ち込まず、常に神と向き合い、祈りを捧げる。さすが、大司祭ミラ様ですわ」

 

 つまんなそうな日常だな。

 だから嫌になって出て行ってしまった、なんてことはないだろうか?

 

「芥都さま、ベッドの下に書物を見つけました」

「なに!? ちょっと見せてくれ!」

 

 そうだよな。

 司祭と言えど人間だ。俗世に触れたい時だってあるに違いない。

 俺は本棚の裏派だったが、やはり最大勢力はベッドの下派だ。

 さぁ見せてもらおうか、大司祭様の俗に汚れた趣味とやらを――

 

「日記、のようですね」

 

 ――汚れていたのは俺だった。

 

「……そうか」

「なんであからさまにしょんぼりしてるんですか、芥都さんは、もう!」

「なんだと思ったのかしら? 聞きたくもないけれど」

 

 ゆいなとアイリーンが呆れて肩をすくめている。

 だって、ゆいながさっきあんなことを言うからさぁ。もしかしたらあるかもって思っちゃったんだもんよ。

 半分はゆいなのせいだろ、これ。

 

「で、日記には何が書かれておるのじゃ?」

「見てみますね」

 

 プルメが日記を開き、各々が覗き込む。

 それは、単調な日々を綴った業務日誌のようなものだった。

 

 

『本日は快晴。

 朝の祈りの後神殿の清掃。

 民と共に祈り。

 食事をいただく。

 日が沈む前に神殿の清め。

 祈りを捧げ就寝。』

 

 

 ずっとこんな感じだ。

 天気の前に日にちらしき数字が書かれているが、何月何日って表記じゃないからそれがいつなのか俺には分からない。

 

「基本的にお祈りと神殿の清掃ばかりですね。変化があるのは毎日の天気くらいのようです」

 

 プルメが少し先まで日誌をめくり確認する。

 特に何も情報はなさそうだ。

 

「あ、お庭にお花が咲いたようですよ」

 

 日誌に現れたそんな変化に、プルメが表情を和らげる。

 その笑顔が曇ったのは、さらに数日分日誌が進んだ時だった。

 

「お花が枯れたようです。不吉の前触れだと、大司祭さまは記述されています」

 

 さらにページをめくる。

 不穏な気配は日増しに強くなっているようで、日誌に書かれる内容が増えていく。

 どれも「不吉だ」「胸騒ぎがする」「空が恐れている」など、ネガティブなことばかりが。

 

 

 そして、その日はやって来る。

 

 

『皇帝がカダルコに侵攻してきた』

 

 

 美しかった筆致は乱れ、その日の日誌は数ページに及んでいた。

 

 

 

 突如皇帝が侵攻してきて、無抵抗な民を襲い、神殿を強襲した。

 他の司祭に促され、自分だけが隠し部屋へ身を潜めた。

 外から悲鳴が聞こえる。

 神殿が踏み荒らされる。

 

 

 震えている筆致は恐怖からか、怒りからなのか……

 身を潜めたミラは、その時の状況を以下のように書き綴っていた。

 

 

 彼らは『ムーンライト』を狙っているらしい。

 

 三つの神武ともども、決して渡すわけにはいかない

 自分を逃がしてくれた民たちのためにも皇帝の思い通りにさせてはならない。

 

 民の声が聞こえなくなった。

 私の守るべき者たちがいなくなった。

 もはやこの肉体はいらぬ。

 

 この肉体と引き換えに、カダルコに結界を張る。

 皇帝の悪行を止められる、選ばれし者たち以外には決して入れぬ結界を。

 大賢者ザッハ様の予言にあった、ヒルマ姫と十四人の楕円卓の騎士たち。

 彼らに託す、私のすべてを。魔導都市カダルコのすべてを。

 

 私は待つ。

 予言の者が現れるのを。

 この地で、選ばれし者たちへ神聖魔法と神武を授けよう。

 

 そして、使命が終われば皆のもとへ行って謝ろう。

 最悪を想定しきれなかった己の不甲斐なさを。

 平穏が続くほど、世界は甘くない。

 私は甘かったのだ。

 世界を、人を、信じ過ぎてしまったのだ。

 

 必ず会いに行くから、それまで待っていてくれ、私が愛した民たちよ。

 

 

 

 プルメが音読した内容に、俺たちは何も言えなかった。

 ただその時のことを思って、悼む気持ちをそっと捧げた。

 

「結界を張って、帝国の兵はこの町の外へと追いやられたのでしょうか」

「おそらくな」

「町への被害が少なかったのは、誰もこの町に入れなかったからなんですね」

 

 帝国兵がのさばる時間が長ければ、見つからない大司祭ミラを探して辺り一帯が荒らされ、破壊され尽くしていただろう。

 そうならなかったのは、大司祭ミラが結界を張ったからだ。

 

「おのれの身可愛さに結界を張ることを躊躇わなければ、町の者も多少は救えたでしょうに」

「それは違うでおじゃるぞ、タイタスよ」

 

 トゲのある口調でタイタスが言うが、それをシャルが否定する。

 

「守らねばならぬものがあったのじゃ、大司祭ミラには。本来なら、そのような物を投げやってでも民を守りたかったでおじゃろうに……」

「そうだな。民に身を隠せと言われ、それに逆らえなかったミラってヤツの心情を思うと……同情したくなるぜ」

 

 何か、自身に重なるところでもあるのか、シャルとキースが物悲しげな表情で言う。

 

 俺も、シャルやキースが言う通りなのだと思う。

 日誌によれば、大司祭ミラは神聖魔法『ムーンライト』と『三つの神武』というものを守っていた。

 おそらく、大賢者ザッハから授かったものなのだろう。

 

 それを、しかるべき者へ託すことが大司祭ミラと、この魔法都市カダルコが存在する意味だったのだ。

 

 だが、日誌の文面を見る限り、ミラという人は少々精神が未熟だったようだ。

 司祭としての責務を全うすることに迷いを持ち、おのれの使命よりも、すぐそばにいる大切な者たちを守りたいと願った。

 結局、民たちの願いと決意を受け入れ、最期の時まで使命を全うしたようだが――

 

 

「本当は、結界なんか張らず、人を拒んだりせず、この町で民たちと平和に暮らしていたかったんだろうな」

 

 

 大司祭としては未熟なミラ。

 そういう未熟さは、人間らしさとか温かさと言い換えることが出来る。

 それをなくした完璧主義者より、大司祭ミラの方こそがよっぽど素晴らしいと、俺は思う。

 

「でも、あの……この日誌の通りだとしたら」

 

 ゆいなが耳を垂らして呟く。

 

「……大司祭ミラは、この結界と引き換えに肉体を失ったんですよね?」

 

 肉体を失えば人は死ぬ。

 魂だけで生き続けるなんてことは出来ない――普通は。

 だが、ここは【神々の遊技台】だ。

 普通じゃないことが普通に起こる、そんな世界だ。

 

「大丈夫だ」

 

 俺は、ある種の確信を持って言う。

 ずっと気になっていたんだ。

 でも、それはそういうもんかなとも思っていた。

 

 レスカンディの渓谷で、俺は話したんだ。こいつらに。

『フレイムエムブレム』では、敵にいるキャラも味方になることがあるって。

 それの見分け方は顔の良し悪しだ、なんてこともな。

 

 ゲームでは、そうして仲間が次々に増えていった。

 

 だが。

 この試練の間、敵からこちらに寝返るキャラはいなかった。

 旅を続ける中で増えた味方は、みんな最初から仲間だった者たちばかりだ。

 それ以外の仲間は、サクラ、シャクヤク、エビフライのコンペキア三人娘のみ。

 

 そして、気付けば俺たちは帝国へ乗り込み、皇帝と戦うための武器を手に入れようとしている。

 ゲームなら、ラストステージ直前ってところだ。

 

 

 ここまで来れば、もう今さら仲間は増えないだろう。

 

 

 だからこそ、おかしいことが一つある。

 

 

 仲間がもっと増えるのであれば、「そういうものだ」と納得することも出来たが、仲間が増えないのであればそれはとてつもなく違和感を生む事象となる。

 

 正直冷や冷やしていた。

 もしそれが、最悪の結末――デーゼルトで味わったなんとも言い難い侘しさの再来になるのではないかと。

 

 でも、そうか。

 そういうことかと、ほっとした。

 

「なぁ、お前ら、気付いていたか?」

 

 俺を見つめる仲間たちに笑みを向ける。

 ヒルマ姫と、信頼できる十四人の仲間たちに。

 

 

 

「ヒルマ姫を除いて、俺たちは――十五人いるってこと」

 

 

 

 そう。ヒルマ姫と、俺と、十四人の仲間たち。

 

 

 この結界の中に入れるのが、ヒルマ姫と十四人の楕円卓の騎士のみなのだとしたら、この中に紛れ込んでいるもう一人は、それ以外でこの結界の中に入れる人物。

 

 

「そんなの、あんたしかいないよな――なぁ、大司祭ミラ」

 

 

 俺が名指しした人物は、唇を曲げ愉快そうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

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