森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

003 四妖精との別れ

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2021年7月14日(水) 18:01
文字数:3,687

「「「「神への暴言は慎めー、ヘソコンー!」」」」

「誰がヘソコンだ!? テメェらの仕業だろうが!」

 

 引っ張り取ってやろうかと思ったが、ヘソと完全に一体化していて取れそうもない。

 俺、こんな状態で【神々の遊技台】に向かうのか?

 つか、これが武器か?

 

「こんなもんでどうやって戦えっつうんだよ?」

「自分を操作する」

「神の力は、人の力を凌駕する」

「不可能が可能になる」

「あとは試してみる」

 

 妖精たちが口々に言う。

 自分を操作って……

 

「こうすりゃいいのか?」

 

 巨大なブロックの前に立ち、十字キーの『↑』を押してみる。

 

「うおぉ!?」

 

 勝手に体が動き、先ほどはピクリともしなかったブロックがズズズッと簡単に動いた。

 どんどん前進し、5ブロック程移動したところで動かなくなった。

 

「たしかに、こいつを使えば通常以上の力が出せるみたいだな」

 

 3メートル四方の巨大ブロックなんか、人力じゃどうやったって動かせるはずがない。

 しかし、このコントローラーで自分を操作すれば、それが可能になるのだ。

 

「……自分を操作ってのが、なんだか変な感じだけどな」

 

 何はともあれ、ダンジョンの中に入ることが出来た。

 これで探索が可能になるはずだ。

 

 俺はダンジョンを1ブロック分戻り、十字路を左へと進む。

 定規で引かれたように縦横がぴったりとそろったダンジョンの壁と天井。そして等間隔に並んだ柱は、まさにゲームの中の3Dダンジョンを彷彿とさせた。

 ダンジョンには分岐点が多く一見すると入り組んでいるように見えたのだが、実際歩き回ってみると構造はとても単純なものだった。

 長方形の部屋の中に壁と柱で簡単な迷路が存在し、その中に動かすことが出来る巨大ブロックが数個存在しているようだ。

 この構造は……

 

「『倉庫作業員』だな」

 

 かなり古くからある定番のゲームで、エリア内のブロックを指定の場所へ移動させるパズルゲーム、それが『倉庫作業員』だ。

 ブロックを動かす順番を間違えると詰んでしまう、単純ながら頭を使うゲームだ。

 ただ、倉庫作業員は3Dダンジョン視点ではなく、エリア全体を俯瞰で見るゲームだ。どの順番でどこにブロックを移動させればいいのか、3D視点では分かりにくい。

 

「なぁ、これ俯瞰視点で見れないのか?」

「切り替えは可能ー!」

「ただしその間操作は不可能ー!」

「ゲームによって異なる選択肢ー!」

「セレクトボタンでお好きに切り替えー!」

 

 よく分からないが、とりあえずセレクトボタンを押せば視点が切り替わるらしい。

 ヘソから延びるコントローラーのセレクトボタンを押してみる。

 すると、目の前の景色がグルンと回転し、俯瞰からの視点へと切り替わった。

 ……びっくりした。地面がめくれあがったのかと思った。思わず頭を抱えて蹲ってしまった。

 

 切り替わった画面を眺め、ブロックの位置と指定の場所を確認する。

 

「ん~……あ、ダメだ」

 

 俯瞰で見ると、単純なダンジョンの構造がはっきりと確認できた。

 難易度はそれほど高くないようだが、最初のブロックを突きあたりまで押してしまったことで、このゲームは詰んでいた。最初のブロックが邪魔で、その後ろのブロックが動かせなくなってしまっていたのだ。

 

「なぁ、これってやり直し出来るのか?」

「出来る」

「ただし」

「一機減る」

「芥都が一人死ぬ」

 

 いや、俺が一人死ぬって……

 

 あたりを見渡すと俯瞰になったダンジョンの左上の方に、俺をコミカルにデフォルメしたようなアイコンがあり、その隣に『×01』という数字が浮かんでいた。

 残機はあと1機あるのか。

 

 こういうゲームの場合、『残機×00』が存在するので、一回はやり直しが出来そうだ。

 

「ちなみに、残機がなくなるとどうなるんだ?」

「残機がなくなると大変」

「もうおしまい」

「この世の終わり」

「残機がなくなると――」

 

 声を潜めた妖精たちに、嫌な予感が掻き立てられる。

 こくりと喉が鳴る。

 

 残機がなくなると――

 

「「「「1面からやり直しー!」」」」

「どーでもいいわ! つか、これが1面だろうが!」

 

 たいしたペナルティはなかった。

 すっげぇほっとした。

 

「んじゃあ、もう一回やり直しで頼む」

「それじゃあ、自爆ー!」

「弾け飛べー!」

「もしくはー!」

「スタートボタンとセレクトボタンの同時押しー!」

「ほい、スタートとセレクト同時押しっと」

 

 仰々しく騒ぐ妖精を無視して、スタートボタンとセレクトボタンを同時に押す。

 ダンジョンの上に『GIVE UP!』という赤い文字が表示されて、元の画面に戻る。

 最初に見た、3D視点の、巨大ブロックに通路が塞がれている光景だ。

 

 左上の方へ視線を向けると、俺のアイコンの隣の数字が『×00』になっていた。

 確かに残機が減っている。

 だが、ルールが分かればこの程度のパズルなんか簡単に攻略できる。

 

 試しに俯瞰視点に切り替えて十字キーを操作してみたのだが何も起こらなかった。

 俯瞰視点のままでは移動できないらしい。

 

 3D視点にもどして、コントローラーで自分を操作する。

 俺の周りに見えないバリアーが張られているかのように、巨大ブロックは俺に触れる前に押し出されていく。手で押さなくてもブロックが動くため、コントローラーを握りっぱなしでも問題はない。

 

「ただ、左右がメンドクサイんだよな……」

 

『→』を押すと体が右回転するのだ。

 右に行こうと思ったら、『→』を押して方向を変えた後『↑』で前進しなくてはいけない。

 俯瞰型ゲームのように『→』で右に移動できるのではなく、あくまで3D視点型ゲームのような操作性らしい。

 

 このヘソコンは、確かに人智を超えた力が出せるようだが、レトロゲームのような古臭い縛りが存在するようだ。

 操作性は、やっぱり新しいゲームの方がやりやすいよな。まぁ、なんだか懐かしくて嫌いじゃないけども。

 

 ちょいちょい俯瞰視点に切り替えてブロックの動線を確認しつつ、俺はこのリアル『倉庫作業員』をクリアした。

 すべてのブロックを指定の位置へ移動させると、ダンジョンの最奥に扉が出現した。

 

「こんぐらっちゅれーぃしょーん!」

「おめでとー!」

「ゲームクリアー!」

「たいしたもんだー!」

 

 四妖精が俺を祝福してくれる。

 そして、扉の前へと先導してくれた。

 

「この扉の先に、ナビゲーターがいる」

「芥都に相応しいナビゲーターがみつかる」

「【神々の遊技台】で共に戦う仲間」

「気に入らなければ戻ってやり直し」

 

 この先にいるというナビゲーターに会って、気に入らなければやり直せるという。

 正直、50面くらいまで延々とやらされると思っていたので、1面クリアで終了したことに拍子抜けしていたくらいだ、やり直しくらい余裕だ。

 これは、よく吟味して最良のナビゲーターを選ぶ必要があるだろう。

 

「けどたぶん、芥都はもう戻ってこない」

「きっと気に入る」

「芥都に最適なナビゲーター」

「神様お見通し」

 

 出口の扉の左右に分かれて、妖精たちが口々に言う。

 神様チョイスのナビゲーターが待っているらしい。期待が高まる。

 

「この先が、【神々の遊技台】ってところなのか?」

「まだ違う」

「この先は神に仕えし使者のいる国」

「そこにナビゲーターがいる」

「【神々の遊技台】へは、ナビゲーターが連れて行ってくれる」


 神に仕えし使者のいる国、か。

 随分ともったいぶってくれるじゃないか。

 どんなヤツが待っているのか、楽しみになってきたぜ。


「とりあえず、一度見てくるわ」


 気に入らなきゃ戻ってきていいらしいし、気楽な気持ちで行ってやろう。

 扉に手をかけて振り返ると、妖精たちが一列に並んで俺を見ていた。

 

「バイバイ、芥都」

「ここでサヨナラ」

「けどきっと、またどこかで会える」

「ここではないどこかで」

 

 妖精たちの言葉に、なんとなくだけれど、俺もそんな気がした。

 ナビゲーターが気に入らなければ戻ってくることになるので、あんまり畏まった別れの挨拶はやりにくい。

 けれど、世話になった感謝くらいは伝えておくべきだろう。

 

「ありがとな。じゃ、行ってくる」

「「「「健闘を祈るー!」」」」

 

 四妖精がそろってバンザイする。

 妖精たちに見送られて、俺は大きな扉を開いた。

 

 扉の向こうは真っ白な空間だった。

 何も見えない。何もない。

 きっと、ここに飛び込めばまた別の空間へ放り出されるのだろう。

 

 意を決して空白の空間へ足を踏み入れる。

 真っ白の空間に入ると、体が徐々に薄らいでいく。

 しかし、消えるという恐怖はなく、このままどこかへ移動するだけなのだと理解できる。

 

「芥都、またね」

「またどこかで」

「再会希望ー!」

「その日のために我々様の名前、覚えておいてー!」

 

 消えゆく体で振り返ると、妖精たちが一人ずつ両手を上げて、自分たちの名前を教えてくれた。

 

「アリー!」

「オリー!」

「ハヘ゛リー!」

「イマソリー!」

「名前ちょっと足りてねぇだろ!?」

 

 そんなツッコミは、真っ白い空間に消えていき、ちゃんと伝わったのかどうかは判別できない。

 

『あり』『おり』『はべり』の次は『いまそかり』だよ!

 名前、四文字までしか入力できないとか、昔のRPGかよ!?

 しかも『゛(濁点)』を一文字とカウントしてたし!

 あぁ、もう! 最後までツッコミどころしかない妖精たちだったな、もう!

 

 

 

 少しの心残りを抱えつつ、俺は次なる空間へと飛ばされた。

 

 

 

 

 

登場レトロゲーム元ネタ解説


倉庫作業員:『倉庫番』

言わずと知れた名作ゲーム。名前をもじるのに苦労しました。

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