〇ティルダ〇
朝目覚めてその光景を見た時、私は思わず笑ってしまいました。
あまりにも、可愛らしくて。
「……テメェ、どこで寝てやがるんだ?」
「みゅう?」
おぼろげな影が、キース様と同じ毛布に包まって、キース様の膝の上で眠っていました。
「さっさとどけ!」
「みゅう!」
毛布からつまみ出されて、不機嫌そうに鳴くおぼろげな影。
なんだか、とても保護欲を掻き立てられます。
「……ちっ」
あ、今の舌打ち……
ふふ、キース様も、そんなに不快には思われてないようです。
「お前……あんな幼女を布団に引きずり込んで……」
「いかがわしい想像をするな、阿呆が!」
「ぼぃんもぺたんもどっちも好物か!?」
「貴様と一緒にするな!」
芥都様と楽し気に会話をされ、使用した毛布をきちんと畳んでゆいなさんへと手渡されます。
「助かった。町に着いたら新しいものを買って返す。それまでは、また頼む」
「別にいいですよ。使うために買ったものですから。あ、でも毛布は名前を書いて各個人専用にしますので、ティルダさんの匂いをくんかくんか出来るとか考えないでくださいね?」
「考えるか! 貴様はあの阿呆に影響され過ぎだ! 少し離れて歩け」
シャル様やタイタスさんとは、まだ若干の距離を感じますが、芥都様とゆいなさんはキース様と積極的に会話を、特にあのようなご冗談を言って笑ってくださいます。
なんだか、キース様が受け入れられているようで、私はとても嬉しいのです。
「みゅう」
「あら、どうしました? お腹が空きましたか?」
「みゅう!」
「……どんだけ食うんだ、こいつは?」
キース様がおぼろげな影を見て、げんなりとした表情を見せます。
「どんだけ」とは? 彼女はそんなに食いしん坊ではないと思うのですが。
「あそうだ。キース、昨日のおにぎり食ったか?」
芥都さんが嬉しそうにそう切り出しました。
……あぁ、そういえば、ちょっとしたイタズラが……
実は、キース様に用意された二つのおにぎりのうち、片方はとても酸っぱい梅干しというものが入っていたのです。
酸っぱい梅干しの中でも特に酸っぱいものが。
「お前が食ってひっくり返るところを見てやろうと思ったんだけどさぁ、もう食っちまったか?」
からからと、イヤミなく笑う芥都様。
その芥都様の足元におぼろげな影が近付いていき――
「みゅっ!」
「痛っ!? 蹴られた! なんか蹴られた!?」
――小さな足で芥都様のスネを蹴りました。
なんだか、とても怒っているように見えました。
そして、そのままキース様のもとへと歩いていき「みゅー……」っと、キース様の脚にしがみついたのです。
「えっ、なんか俺メッチャ嫌われた? すげぇショックなんだけど!?」
「……貴様がしょうもないことをするからだ。自業自得だ」
どうやら、あの酸っぱい梅干しは、キース様ではなくおぼろげな影の口へ入ったようです。
……キース様、ご自分の食事を分け与えてあげたのでしょうか?
いつの間に。
……でも、そうですか。キース様が、そんなことを……うふふ。
「準備が出来たらさっさと出発するぞ」
「みゅうっ!」
荷物を担ぎ上げたキース様に、おぼろげな影が抗議の声を上げました。
脚にしがみつくおぼろげな影の顔を見つめて……
「……飯を、食ってからな」
キース様はそうおっしゃいました。
☆キース☆
「やっぱり、『みゅうちゃん』ですよ!」
「ゆいなはセンスがおじゃらぬのぅ。ここはずばり『橡』がよいのでおじゃる」
「『ペッたん』とか、どうでしょう☆」
「黙れタイタス」
「では、『やがてぼぃん』ちゃん」
「ふむ……一考の価値があるな」
「ないですよ! 唾棄です、そんなもん!」
賑やかに騒ぐ連中は、不気味な影の名を決めているらしい。
「なんでもいいが、遅いぞ貴様ら!」
雨が上がったと言えど、またいつ降り出すか分からない。
さっさと下山して町でも探すべきだというのに、連中はちんたらと歩いてやがる。
「仕方おじゃるまい。橡の歩みが遅いのでの」
「みゅうちゃんですよ、シャルさん」
「お兄ちゃんが抱っこしてあげましょうか、ペッたん★」
「じゃあ俺、変質者を捨ててくる係やるわ」
「あぁ、もう!」
分かりきっていたことだが、結局不気味な影を連れていくことになった。
芥都のナビゲーターは「みゅうちゃんをお家に返してあげましょう!」などと意気込んでいる。そこまで付き合いきれるか。
町に着いたら適当な施設に預けてしまえばいい。
我慢できるのはせいぜいそこまでだ。
……だが、こうも進行が遅れるのでは話が変わる。
こちらの我慢の限界も近い。
なので。
「俺が連れていく」
不気味な影を小脇に抱えて、さっさと歩き出す。
「みゅう~♪」
自分が足手まといになっている自覚がないのか、不気味な影はどこか楽し気な声を漏らす。
……チッ。のんきなやろうだ。
「幼女誘拐事件だ!」
「んふ、ようこそこちらの世界へ★」
「しかし、あの男ほど子守にそぐわぬ顔をした者もおらぬじゃろうのぅ」
「ティルダさん、たまにはびしっと言った方がいいですよ? 『それはキモい』って」
「い、いえ、私はそのようなことは……」
「いいからさっさと来い!」
こいつらは、真面目にこの世界のくだらないゲームを攻略する気があるのか?
俺は、このゲームを攻略して、神をも殺せる力を得るのだ。
そのためには、どんな犠牲だって――
「みゅう」
小脇に抱えていたはずの不気味な影が手を伸ばし、俺の体をよじ登って、頭を撫でてきた。
小さな手で、不器用に。
なんのつもりだ?
「みゅい」
「……ちっ。貴様の知ったことじゃねぇよ」
「みゅ~うっ」
「やかましい、この顔は生まれつきだ」
「みゅっ、みゅっ」
「……言ってろ」
まとわりつくように移動して、不気味な影は結局俺の肩に落ち着いた。
肩車という、ガキが好む格好だ。
「なぁ、今あいつ、会話してなかったか?」
「可愛い鳴き声と、気味の悪い独り言が偶然マッチしただけかもしれませんよ?」
「ワタシも、お人形遊びをする時は、よくあんな感じになりますよ★」
「タイタスよ。その人形は没収じゃ、なんかキモイから」
何をごちゃごちゃ言ってやがる。
こいつが「怒ってる?」とか「顔が怖いよ」とか「笑ってた方がいいよ」とか言うから、貴様の知ったことじゃないと言ったまでだ。
……あれ?
こいつ、言葉……しゃべってたよな? 今?
そういや……
そもそも、俺たちはなんでこいつのことを『幼女』だと思い込んでいるんだ?
こいつは実体のはっきりしない、輪郭がおぼろげな影でしかないというのに……
「……貴様は一体何者だ?」
「みゅい?」
……今度は、何を言っているのかまるで理解できなかった。
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