森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

305 神の試練

公開日時: 2022年2月19日(土) 19:00
文字数:3,990

 目の前に光の玉が出現する。

 直系2メートル程度の、人が一人すっぽりと入れそうな光の玉。

 

 ただし、温かみを感じるような穏やかなものではなく、バチバチとスパークをまき散らす危険な香りがプンプンする光だ。

 指一本でも触れれば感電死してしまいそうな気がする。

 

 

『ナビゲーター諸君。この中に入ってごらんよ。君たちの命を魔力に変換し神武に注ぎ込んであげよう。大丈夫だ、何も死ぬと決まったわけではないさ。神武が修復されるまで生き抜けば君たちは生還できる! いわばこれは、君たちと神武のどちらの生命力が強いかの勝負だよ! 神武よりも強ければ君たちは生き残れる! ただし、神武以下のしょーもない生命力しか持ち合わせていないクズナビゲーターはさっさと消滅してしまうかもね。さぁ、君たちの命は優秀かクズ以下か!? 試してみればいいよっ、あはっ♪』

 

 

 ふざけんなよ……

 

「ゆいな! こんなヤツの言うことなんか聞かなくていいからな!」

「そうでおじゃるぞ、タイタス! 神武などなくとも、麻呂たちで暗黒龍を退治してやれば仕舞いでおじゃる」

「ティルダ、これは命令だ。その場所を動くな」

「アイリーン、あんたもアホなこと考えたらアカンで? ナビゲーターがやれっちゅうんやったら、ウチがやるさかいに!」

 

 俺たちの焦りを、神が楽しんでいる。それがはっきりと分かる。

 焦る……焦るよ、当たり前だろう!

 だってよ、あいつは、あいつらは……

 

「大丈夫ですよ、芥都さん!」

 

 バカが付くほどに――

 

「わたしはこんな試練には負けません!」

 

 ――俺たちのことを第一に考えてしまうナビゲーターなんだから。

 

「それに、芥都さんがそばにいれば、きっと支援効果も発揮されます。わぁ、そう考えたら圧勝する未来しか見えませんね!」

「ゆいな、バカなことは考えるな! いいか、神の魔力が必要ってんなら、どっかそこら辺にいる転移者から【神器】を奪ったっていいんだ!」

「ふふふ。そんなこと、芥都さんに出来るわけないじゃないですか」

 

 くすくすと笑うゆいなの顔に、なぜか泣きそうになる。

 

「芥都さんならきっと、【神器】を奪おうとしたその転移者に感情移入しちゃって仲間にしちゃって、抱え込んでる悩みを一緒に解決してあげちゃうに決まってます。仲間の【神器】を奪うなんて、芥都さんには出来っこないじゃないですか」

 

 そこまで、俺のことを分かっているなら……

 

「そこまで、俺のことを分かっているなら、分かるだろう? ……俺が、一番嫌がることを」

 

 俺が最も恐れていることを。

 

「はい。自惚れかもしれませんけれど、分かります」

「なら――」

「でもですね、芥都さん」

 

 その時のゆいなの笑顔は、悔しいくらいに綺麗で。

 

 

「わたし、やってみたいんです。芥都さんのお役に立てるって信じてる、このわたしの自信がどこまで通用するのか。わたし、芥都さんのためならなんだって出来ちゃう気がするんです」

 

 

 ……バカヤロウ。

 そんな顔で、そんなこと言うなよ。

 

 止められなくなるじゃねぇかよ……

 

「信じてください、芥都さん。わたしは必ず生きて戻ります」

「ワタシもほぼ同じです」

「うふふ、全部言われてしまいましたね」

 

 タイタスとティルダがゆいなの隣に並ぶ。

 

「……愚か者」

「…………ちっ」

 

 シャルもキースも、いい笑顔でこちらを見る二人に何も言えないようだ。

 

「ゆいなたちだけじゃ心配ね」

 

 アイリーンが笑って言う。

 なんで笑うんだよ、こんな時に。

 

「ズバッと神武を修復して、私たちが必要だってとこ見せつけてやるわ」

「アホっ、そんなことせんでもあんたらは――」

「オカン、ありがとね。いつも守ってくれて」

 

 向かい合う母娘。

 これは、娘が初めて母親に見せる、わがままなのかもしれない。

 

「このままでいいと思ってた。当たり前に守られて、それが心地よくて、オカンがいてくれるってことが嬉しくて……けどね、この試練で、私ほんのちょっとだけど力を得たの。試練が終われば消えちゃう、借り物の力かもしれない。けれど、それでも私は嬉しかったの。私の力が、私が、誰かのために戦えるってことが。守られるだけじゃなく、私が守れるんだってことが」

 

 最強のナビゲーターに守られ、少女から今まで育ってきたアイリーン。

 一人ぼっちになった後も、どこかできっとクリュティアに寄りかかっていた部分があるのだろう。

 それを自覚しているからこそ、今アイリーンは一人で立とうとしている。

 

「今度は私、オカンを守れるくらい強くなってみたい」

 

 危険を承知で、『逃げない』という選択をした。

 これは試練だ。命まで取られるはずがない。そんな小さな希望にすがる気持ちと、あの神の悪辣さに不安が湧き上がってくるどうしようもない恐怖と、仲間を信じたいという思いが、ぐるぐると頭の中で回る。

 

「やめろ」と言いたい。

 信用していないわけじゃない。

 けれど、たまらなく……怖い。

 

「ゆいな」

 

 心臓がどうにかなりそうなほど暴れ狂い、めまいと吐き気に酔いそうになりながら、たった一人の相棒に向かって俺が投げかけた言葉は、自分でも驚くような内容だった。

 

 

 

「任せたぞ。絶対帰ってこい」

 

 

 

 こんな危険に、ゆいなを向かわせる。

 身動き一つ出来ないくせに、「きっと大丈夫に違いない」なんて希望的観測に縋りつく。

 決して楽観視しているわけじゃない。

 泣き出さないように歯を食いしばるのに必死だ。

 

 

 もしゆいなを失ったら――もうゲームなんかどうでもいい。

 

 

 

 

 

 何があっても神を殺す。

 

 

 

 

 俺の隣からも、似たような気迫が漂ってくる。

 シャルもキースも、そしてクリュティアも、相棒に笑みを向けながら、どこかに存在してこちらを見ている神を睨みつけている。

 

「じゃあ、芥都さん。いってきます」

 

 コンビニにでも行くように軽い口調で言って、ゆいなが光の玉に向かって歩き出す。

 腹を決めたのだと思った。

 

 けど、耳が寝ている。

 怖がっている。

 尻尾が体に巻き付いている。

 不安の表れだ。

 

「行かなくていい」「やらなくていい」と言いたかったが、その前にゆいながこちらを向いて微笑んだ。

 それだけで、言葉は封じられた。

 

 

「芥都さん、信じてくれて、ありがとうございます」

 

 

 そんな、ともすれば別れのセリフのような言葉を残して、ゆいなは光の玉に飲み込まれた。

 アイリーンも、ティルダも、タイタスも、それぞれの相棒に言葉を残し光の玉へと踏み込んでいく。

 なんて言ったのか、聞き取れなかった。

 ゆいなの声だけが、耳の中に残っていた。

 

 

 そして、四人全員が光の玉に飲み込まれ――

 

 

 

 

 

 するっと出てきた。

 

 

「あれ!?」

「え!?」

「……おや、これは?」

「どうなっているのかしら?」

 

 ゆいなが、ティルダが、タイタスが、アイリーンが、光の玉の向こう側で驚き目をくりくりさせている。

 見送った俺たちもぽかーんだ。

 

 なんだ?

 どういうことだ?

 

 

『あ~ぁ、みんなあっさり入っちゃうんだもんなぁ、正直まいっちゃったよ』

 

 

 つまらなそうな声がして、俺たちの体が解放される。

 突然動くようになった体を制御できずにつんのめり、危うく転びそうになる。

 

 辺りを見渡すが、やはり神の姿はなく、ただそこに存在しているという雰囲気だけが漂ってくる。

 

『あ、ちなみに冗談だからね、命と引き換えに~なんて』

 

 

 はぁっ!?

 

 

『もっとビビッて泣き出したりするかと思ったんだけど……残念』

 

 

 神はあくまで楽しんでいるのだ。

 この状況を。

 俺たちの反応を。

 

 

『ま、人が死んだらきっとこの後ギスギスしちゃうだろうし、そんな空気でゲームやっても面白くないしね』

 

 

 言い訳するように呟いて、そして妙に聞き覚えのある言葉を口にした。

 

 

『ゲームは心から楽しめなきゃ意味がないからね』

 

 

 それとまったく同じ言葉を、俺は聞いたことがあった。

 そして、その後にはこう続くのだ。

 

 

『それに、ゲームはエンターテイメントであるべきだ。喜びも悲しみも、怒りや絶望なんてものまで体感させてくれる。その素晴らしさを共有したかったのさ』

 

 

 だから、悪ふざけをしたのだと、そんな言い訳をする。

 

 あれはそう。

 あいつが……幼馴染が約束を破って、俺とのゲームをすっぽかした時だ。

 俺は頭にきて、家に帰るなりベッドにもぐりこんで、不貞寝して、今日はもう絶対ゲームなんかやるもんかって意地になって――

 寝落ちをして、どれくらい経ったころか、部屋の窓を叩かれた。

 

 目を開ければ、そこに幼馴染がいて、窓を開けろってジェスチャーをしていて。

 

 気付けば空はすっかり真っ暗で、こんな夜中に他人ん家の屋根によじ登るなって呆れて、それ以上に約束すっぽかしやがってって怒って……

 そしたら、幼馴染が言ったんだ。「悪かった。けれど理解してほしい。これだけの時間がボクには必要だったんだよ」って。

 理由は教えてくれなかったが、準備をするのに相当な時間を要したのだと言っていた。

 やるべきこととしがらみを片付けて、真っ新な状態で俺と――「君と向き合いたかった。君とのゲームは、ボクの人生そのものだ」って。

 大仰に。小学生がだぜ? 変わり者だった。

 そして言ったんだ。『ゲームは心から楽しめなきゃ意味がないからね』と。

 

「お前、まさか――」

 

 

 幼いころ、ずっと聞いていたはずの声が思い出せない。

 こんな声だっただろうか。

 けれど、こんなまどろっこしい物言いをするヤツを、俺は他に知らない。

 

 

『さぁ、クリアは目前だよ、諸君』

 

 

 俺の質問をかき消すように、大きな声が脳内に響く。

 

 

『この先は、もう干渉しない。本当だ、神に誓おう。まぁ、ボクがその神なんだけどね』

 

 

 一人で言って一人で笑う。

 何が面白いのか、笑いのツボが謎なところもそっくりだ。

 

「お前――」

 

 ノドに圧迫感があり、声が出なくなる。

 

 

『謎解きはクライマックスで、だよ。芥都』

 

 

 少しだけ寂しそうに言って、神は俺との会話を拒む。

 

 

『君たちがこの試練を乗り切った暁には、今度はボクが直々に君たちと遊んであげるよ。約束しよう』

 

 

 試練に打ち勝てた者だけがその資格を有する、とでも言いたげだ。

 

 

『それじゃ、君たちと遊べる日を楽しみにしているよ』

 

 

 ふっと空気が変わり、――神が消えた。

 

 

 

 

 

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