とりあえず教室に戻ると、暁 光の姿はなかった。
やっちまった、と内心呟いたが、どうしたものか。
とりあえず荷物を取って、適当に校内を散策することにした。
校外に出ていってしまっていたら諦めるしかないということで、いろんな教室を当ってみた。
しかし、どの教室にも彼女の姿はなかった。
今日は諦めるか、と思って下駄箱に向かう途中で、図書室の中が見えたので目をやると、暁 光がいた。
やっと彼女のことを見つけられたと思ったが、ここで難題があることをすっかり忘れていた。
そう、どうやって話しかけるかだ。
こんなに学校に来ていないやつに、唐突に話しかけられたら、驚くだろうし、近づけそうにない。
そもそも、あの人と話したことはほとんどないんだ。
でも、彼女の心の近くに行かないと、彼女を幸せにすることは無理なのは自明だ。
そこで僕は試案を重ねたのちに、一つの方法を思いついた。
それは、彼女の隣で勉強をして、話しかけるというものだ。
これなら、受験生として当然のことだから、怪しまれないだろう。
そう思った僕は、おもむろに図書室に向かった。
しかも、幸い図書室には彼女しかいないみたいだった。
これなら、多少恥ずかしいことを言っても、外にはもれなくて済む。
そんな訳で彼女の隣に座ろうと思ったが、やはり恥ずかしかった。
だから、隣ではなく、あえて前に座ることにした。
前なら、相手の姿が見えにくく、意識しないで済む。
それに、話しかけやすそうだったからだ。
席について、勉強道具を取り出そうとしたら、先に向こうから話しかけてきた。
「うちのクラスの、どなたでしたっけ」
本当に記憶されていなかったとは。
しかもうちのクラスの人ってのは、朝来ていたからであって、覚えてはいなさそうだった。
「#八雲__やくも__# #蓮__れん__#だよ
ここ一カ月ぐらい来ていなかったけどね」
「あぁ、あの八雲って人だね
たしか頭いいんだっけ」
なんでそう思われているのだろう。
あんまり頭いいなんて思われる部分が思いつかない。
「そんなに悪くは無い程度だよ」
「それじゃあ、この問題解いてくれない?」
そう言って出てきたのは、県内でも、国内でもトップクラスの私立の過去問だった。
あれ、彼女ってこんなに頭いいんだっけ?
まあ、問題が数学で、しかも図形の問題だったので、少しだけ考えてみた。
頭の中で補助線を引いたら、なんとか答えを出すことはできた。
「解けはしたけど、どこから説明したらいい?」
すると、彼女は驚いた顔で、
「この問題が解けたの?!」
と心底踊らいたように言ってきた。
これぐらいなら溶けて当然だと思うけど。
とか考えていると、
「この問題、受験者の中でも解けたの数人とかいう難問なんだよ
ほかの問題はなんとか自力で解けたんだけど、この問題はできなかったんだよ」
そんなに難問だったのか。
意外と暗算だけで解ける問題だったので、そんな問題とは思わなかった。
「じゃあ、この問題の解き方教えて」
そう言われたので、丁寧に補助線の引き方から、教えてあげた。
説明すればするほど、質問が出てくるので、彼女も相当頭いいのだと思う。
なんせ、僕の教え方は、とりあえず絶対に答えは出るけど、理由が適当な場合が多い。
そのため、ほとんどの人はなぜそれで解凍できるのか理解できないのだ。
今回もそんな感じだったのだ。
ほとんど直感的に、やってみただけだったのだ。
そんな僕の教え方を一回で理解できるしつつ、質問できるほど、スムーズに理解できるのは、ほんとに感心した。
彼女の質問のほとんどは、なぜその考えになったのかばっかだったけど。
「という感じにやれば解けるよ」
僕の悪いくせなのだが、答えを言いたがらない。
解き方は説明しても、肝心の答えは言わずに、あとは頑張って、にしてしまうのだ。
一応理由もあって、きっと本人が解いた方が、実感があると思ったのと、自分の計算力のなさだ。
どんなに頑張っても、計算ミスのために、残念な間違え方をしてしまう。
計算ミスは仕方がないとしてしまうのが良くないのだろうか。
考え方さえあったいればいいと思う。
なんて考えてると、彼女の方は必死に僕の方法で問題を解いて、答え合わせをしていた。
「それで、いくつになった?」
「24√5」
なんとか今回はあっていたみたいだ。
「他になにか聞きたいこととかある?」
「もう大丈夫。
今日解く予定だったこの回の、ほかの問題は解き終わってるから
それよりも、八雲くんは暇?」
「暇だけど?」
「八雲くん、将棋できる?」
家にいた頃には、本も買ってやっていたほどなので、得意だった。
「まあまあできるよ」
「じゃあさ、将棋しようよ」
確かに雲行き的にはそうだったかもしれないけどさ。
受験生がこの時期に将棋やるの?
それでほんとに受かるの?
なんて思ってしまったが、彼女のためならと思って、OKした。
「いいよ
まあ、そんな期待しないでね」
すると彼女はどこからか、碁盤と駒を取りだした。
「自分の分は並べてね」
そう言って、僕らは各々コマを並べた。
「君、何月生まれ?」
「7月7日だよ
七夕生まれ」
「私は6月生まれだから、こまら私が振るでいい?」
「もちろん」
そう言うと、彼女は歩を5つ取り、振った。
3つが表で、2つが裏だった。
「それじゃ、私が先手ね」
久しぶりにやる将棋だったが、感覚は残ってたみたいで、順調に進められた。
最初こそ、かなりの接戦だったが、後半はずっとやりたい放題だった。
相手に気づかれないように、駒を進め、
「王手」
「え、ちょっと待って
しかもこれ詰みじゃないの」
「そうだね
これで僕の勝ちかな」
「もう1回
今度は八雲くんが先手」
そうして始まった第2回戦だった。
今度は、終盤までかなりの接戦だった。
しかも、何度も王手をかけられて、ヒヤヒヤしたが、どうしても中途半端だったので、ギリギリ詰むことはなかった。
防衛戦を続けていると、いくらか駒が揃ってきたので、一気に攻めた。
攻めにほとんどコマを回していた彼女は、受けきれるほどの駒がなく、あっけなく詰みに持ち込めた。
「むー」
それから五分ほど彼女は御立腹の様子だった。
そうこうしていると、
「キーンコーンカーンコーン」
と、チャイムが鳴り響いた。
2年までは、この後は部活動に行くのだが、3年生はもう部活はない。
まあ、そもそも僕は部活に入っていなかったので、変わらないが。
どちらにせよ、急いで立ち去らなくちゃ行けない。
「この続きはまた明日」
いつの間にやら帰りの支度を済ましていた彼女は、そう言い残して、立ち去った。
彼女に続くように、僕も図書室をあとにした。
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