「はぁ」
と、私は朝っぱらからため息をついた。
それは、全くもって八雲くんが起きないのだ。
今日は塾があることを知っているはずなのに、起きてくれない。
朝ごはんをの準備もできないから、本当に困る。
「もう仕方ないか」
と言い残して、彼にメールを送り、家を出ることにした。
今はまだ朝の八時なのだ。
しかし、塾が入っているので、どうしても行かなくてはならない。
塾は駅の近くにあるので、そんなに遠くはないが、冬はなるべくなら外に出たくない。
どうしても寒いのには耐えられないのだ。
冬の朝なんて、年中を通していちばん寒い時間帯だ。
できれば家で八雲くんと勉強していたい。
八雲くんのせいで、時間が押してしまっているので、どうしても駆け足になってしまう。
でも、駆け足だと、風邪が入り込んで寒い。
我慢するしかないのだが、なんとかして欲しい。
ギリギリ塾の授業には間に合った。
実際、もう授業なんて名ばかりの、問題を解くだけの時間なのだ。
特に、私はこのクラスではかなり頭がいいほうだ。
常にトップを維持していて、上のクラスとも常に張り合っている。
なんで上のクラスに行けないかと言うと、公立志願だからだ。
目標は公立高校なので、問題傾向の関係上、このクラスに留まるしかなかったのだ。
だからこそ、あまり家でも勉強せず、八雲くんと話してばっかなのだ。
どうせ席に座っていれば時間はただただ過ぎていく。
塾の先生は、時々解説やら先生の蘊蓄やらを挟むだけで、殆どは問題演習だ。
何とかそれを、半分寝ながらやりすごして、授業の終わりになってしまった。
こんな感じの授業が続くと、なんで塾に金を払ってるのかわからなくなってしまう。
これなら、八雲くんと家で勉強していた方が、遥かに効率がいい。
八雲くんな解説している時の姿はかっこいいと思う。
教え方は、かなり下手な方で、相当色んなことを知っていないと彼の話にはついていけない。
なんというか、初心者に厳しいタイプの感じだ。
でも、教えている時の八雲くんの姿は、思わず見とれそうになる。
こんな感じで、頭の半分で問題を解きながら、半分は別のことを考えていた。
たった2時間だが、昼休みまで寝ないでたえ切った。
ほとんど先生の話は耳に入らないし、問題も解けていないが、寝てないだけいいと思う。
昼ごはんは、人と話したくないので、少し外で食べている。
と言っても、コンビニでコーヒーを買って、イートインで、持ってきた弁当を食べるのだ。
ちゃんとコンビニのものも買っているし、一応人が多い時は使わないようにしている。
これからまだあと、4時間近く授業が残っている。
いっその事なら、帰ってもいいと思うのだが、あとから面倒くさくなのでやめておく。
彼が来る前に、授業に受けないで、家で勉強していたら、電話がかかってきたことがある。
とにかく授業に来いと言われて、面倒くさかったので、電話を切ったが、ある意味トラウマになった。
だから、塾には最低限行かなくては行けない。
それに、親の金で行っているので、休むのは申し訳なくなってしまう。
まあ、ご飯の時ぐらい、無駄なことは考えるのはやめようと思い、コーヒーを一気に飲み干すのだった。
それから、程なくしてコンビニを出て、塾に向かった。
午後は、午前と違い、理系の授業だった。
どちらかと言うと理系よりの頭脳なので、理系の方が授業が楽だ。
しかし、理系の先生は、私のことが嫌いなので、良く変な問題を当てられる。
難しい問題やら、変なところをつく問題やら。
こんなことになった理由は、主に私の授業態度なんだろう。
理系の先生が所謂ウザイタイプの先生で、よく喧嘩を売ったのだ。
喧嘩と言っても、解き方についての論争で、私考案のものと、先生考案のもので、激突するのだ。
先生が解説している最中に、話をぶった斬って私の解き方を解説するのだ。
何がしたいということは無く、上のクラスにあげれない負けよしみだった。
大抵の場合は、私の意見の方が正しいので、1度間違えるとネチネチ言われるのだ。
それでも懲りずに続けている私も私だとは思う。
簡単な方法があるのに、使わない理由はないというのが私の意見だ。
私の意見は、ほかの分野と結び付けて、強引に解くことが多く、発想が難しい。
でも、思いついてしまえば、簡単に解けてしまう。
こんな私でも、八雲くんの意見はすごいと思う。
彼の意見は、私の方法を遥かに超える解き方が多い。
彼の場合は、独学で高校の数学まで勉強しきっているので、特殊な公式が多く出る。
その度に、公式について解説してもらうのだが、彼はちゃんと公式を理解して使っているのだ。
公式を多用して問題を解く人に、公式が使える理由を聞いても教えてくれないことがある。
それは、本人もなぜ公式が使えるのか理解していないのだ。
この塾の先生もそのタイプで、この形の問題はこうすればいいとしか教えてくれない。
私も、それでいと思ってた時期もあるが、今はそれではダメだと思っている。
公式は、ちゃんと理由を知っていれば省いたりして楽に解けることもある。
それに、理由を理解していないと高校になったら使えないと再三彼に言われた。
高校の勉強を独学でやった人に言われると、さすがに説得力があった。
おかげで、彼に会ってからは新しいアイデアが浮かびやすくなったと思う。
塾の先生にとっては、この上なく迷惑な事だとは思うが。
自分が前々から考えて作った解き方を、凌駕するものがすぐに出てしまうのだ。
こうしていると、少しだけ理系の授業が楽しみになってくる。
今日はどんな問題が出て、どんな解き方が思いつくのだろうか。
こんなことを考えながら始まった今日の理系の授業だが、至っていつも通りだった。
先生が新しい公式を披露している最中に、簡単な公式からその公式を作ってやったりもした。
わざわざ先生が、相似を使うように誘導している問題に対して、1度も相似を使わずに解いたりもした。
しかも、今日の授業で、私は1回もミスをしなかったのだ。
だから、先生はただやられっぱなしという感じに終わってしまった。
少し可哀想にも思ったが、ウザイのが悪い。
一応帰る際にも、彼に連絡しておいた。
授業中に気づいたことがある。
それは、今の私の思考の、大半を占めているのが彼だということ。
授業中に、何を考えるにしても、彼の顔が脳裏に浮かんできた。
しかも、今だと彼の顔が直視出来なさそうだった。
彼のことを考えるだけで、顔が火照っているのがわかる。
なんなんだろうか、この気持ちは。
ただ、ひとつ言えることは、この気持ちは絶対に彼には知られたくないということだった。
あと、今の私には、彼についてわかることがある。
それは、彼は私に何かしらの嘘をついているということだ。
何となく嘘をついているような気がするのだ。
彼の親のことや、彼のからだについてのことで。
でも、きっと問いつめても教えてはくれないだろう。
だから、これから私は、彼のその秘密を知るために、もっと彼に信頼されるようになろうと思う。
そうしたらきっと教えてくれるはずだから。
そもそも、彼をうちに招いたのは、2つぐらい理由がある。
1つは、用心棒代わりだ。
今の家には、親もいないので、何かあっても家を守ることは出来ない。
だからといって、わざわざ人を雇うのも大変なお金がかかってしまう。
そこで、ちょうどよく家も食事も無さそうな彼が現れたのだ。
体格的には、少し心もとないが、身長があるので大丈夫だろう。
2つめに、話し相手が欲しかったのだ。
家に帰っても、お帰りの一言もかけてもらえない。
電話をかければ親とも話せるが、仕事があるだろうし、時差もあるので難しい。
妹はずっと入院していて、面会に行かないと話せない。
だから、彼のように話が出来る人が欲しかったのだ。
こんなふうに、かなり自分勝手な理由で家に読んでしまったと思っている。
だから、あまり彼の秘密とかは探れないのだ。
気になることはいっぱいあるが、なかなか聞けるような立場にない。
だからこそ、彼に信頼されないといけないのだ。
気づいたら、家の前まで来ていた。
全く、考え事をしていると、周りが見えなくなってしまう。
気をつけなきゃなっていつも思っているけど、なかなか身にならないなぁ。
「ただいま」
「お帰り」
こうやって「おかえり」って言って貰えるのは何ヶ月ぶりだうか。
きっと彼は知らないだろうけど、とても幸せな気持ちになった。
こんなふうに、帰ってきたら出迎えてくれる人がいることが。
だから、もっと彼のために頑張りたくなる。
今日も明日も、彼のために家事を頑張ろうっと。
そして、いつか彼の秘密を全部教えて貰える日まで、続ける。
そう心に誓い、いつも通りの準備を済ませて、キッチンに向かうのだった。
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