やや走り気味に正門まで走ると、運のいいことに先生は誰もいなかった。
普通ならここで先生に捕まり、色々話されるのだが、そうならなくて済んだ。
そのまま、慣れで駅に着いてから思い出したのだが、家がない。
金なら残っているが、宿に泊まるのも気が引けた。
とはいえ、ホームレス生活も、誰かに見られたら終わりだ。
とりあえず、自分の家の最寄り駅に行った。
それからかれこれ数時間、ベンチに座ってカバンに入っていた参考書やらを解いていた。
特にやることもないし、暇つぶしが目的だ。
気がつくと夜になっていて、そろそろ寝床を探さないといけない時刻になってきた。
それでも、どうするか決めかねていると、
「八雲くん?!」
暁さんの声が、どこからか響いてきた。
「暁さん?!」
「どうしてここに?」
「いや、色々あるんだよ
うん」
「その中身は後で聞くとして、今は何してるの?」
と言って、僕の横に座ってきた。
意外に積極的で、ちょっと対応しにくかった。
「今ある問題をずっと解いてた
それより、暁さんは?」
「塾の帰りだよ
ここ家の最寄り駅だし」
あれ、学校に通ってた頃でも見てない気がするんだが。
もし、前からこの駅を使っていたとすれば、毎日同じ駅を行き来しておきながら、ほとんど話さなかったのだろうか。
「八雲くんはこれからどうするの?
家に帰るの?」
僕は悩んだ。
家がないことを打ち明けるべきなのかを。
打ち明けないことのメリットが、特にないと思ったので、伝えることにした。
「実は家がなくってね」
「え、どういう状況なの?」
まあ、当然な驚き方をした。
普通の中学生が、唐突に家がなくなることはないからね。
「ほら、僕ってずっと入院してたじゃん」
「そうだね」
「僕が入院している間に、親が海外に転勤しちゃってさ
親は、僕があの家に帰ることは無いだろうと思って、売っちゃったんだって
お陰様で家がないんだ」
「私の親も海外赴任しているよ
まあ、私の親は家は売らなかったけどね
それじゃあ、どうするの?」
「それで、今ちょうど悩んでいたんだ
適当な宿に泊まるぐらいの金ならあるけど、無駄遣いしたくないって感じ」
「だったらうち来ない?
うちは、かなり広い方だし、親がいないから、部屋も余ってるし」
一瞬何を言っているのか理解できなかった。
普通の女子なら、男を家には誘わないだろう。
しかも、今日になってやっと名前を知ったような男だよ。
お人よしにもほどがあるんじゃないだろうか。
それに、泊まらせてもらうのも気が引けるので、疑問形で返しておく。
「そう?」
「うん
それに、前まで妹がいたんだけど、今はもう1人で寂しいんだよね」
彼方のことは、知ってはいたけど、知らないふりをしておいた。
離したことのないような人に、家族のことを知られていたら驚きだろう。
「妹さんは?」
「色々あってね
今は病院にいるよ」
「そうなんだ
じゃあ、本当に暁さんの家には、誰もいないの?」
「そうなるね
だから、今1人でつまんないんだよね
話し相手としても、将棋の相手としても、ちょうどいいなあ、って思ったんだよ」
なるほど
家に一人でいるのは、つまらないだろうなあ。
それに、空き巣や強盗などに、怯えながらの生活は辛いだろうなあ。
だからこそ、僕のことを快く迎えようとしてくれたのか。
こう考えてみると、僕が彼女の家に泊まることに、両者メリットだらけなのかもしれない。
だから、ここで断るのは、相手のやさしさを踏みにじるものだと感じて、了承することにした。
「本当に泊まってもいいんだね」
「もちろん
それじゃあ、家に案内しようか」
「分かった」
そう言うと、彼女はベンチから立ち上がって、僕の家があった方とは反対方向に歩き出した。
僕もそれについて、ベンチを立った。
こっちの街については、ほとんど知らなかったけど、あんまり怖くなかった。
もともとの好奇心と強さが働いたみたいで、この町について知りたくなった。
「そう言えばさ」
と、僕は切り出した
「ん?」
「家ってここからどれくらいの距離にあるの?」
家から駅までの距離は僕にとって、大切なことでもあった。
あんまりに遠いと、歩いていけるか不安だ。
「だいたい、徒歩で15分くらいかな」
「結構近いんだね」
僕の家から、最寄り駅までは30分は絶対にかかっていたので、15分は近く思えた。
まあ、これが普通の感覚かはわからない。
「そう?
周りの人だと、10分の人とかいるよ
うちはまあまあ遠い方だと思うけど」
「そうなのかな
僕の家からだと30分はかかるからさ。
すごい近いと思ったんだけど」
「それは遠すぎない?
遠くても20分ぐらいだと思ってたよ」
もう、ここで不毛な言い争いをする意味はないと思って、話題をシフトさせた。
口げんかで険悪な雰囲気になるのは、この状況だとしたくないことだった。
「そんなもんなんだ
そういや、暁さんって部活何やってたの?」
「ソフトテニス部だよ
せっかくだから、中学から始めてみたんだ」
「そうだったんだ
総体には出たの?」
「もちろん出たよ
3年生だしね
準決勝で負けちゃったけどね」
準決勝まで出られるほど強いとは知らなかった。
「うちの女テニってそんな強かったんだ」
「知らなかったの?
うちの女テニは、県内でもかなり強いことで有名なんだよ
個人だと優勝した子いるしね」
あれ
本当にそんなに強かったっけ。
全く部活とかやってなかったから、全然知らなかった。
県内有数の強さなのに、生徒が知らないって#可笑__おか__#しくない?
でも確かに、よく女テニは表彰されてた印象はあったけど。
「八雲くんは何部だったの?」
「僕はどこにも所属はしてなかったかな」
事実、ちゃんとした入部はしていなかった。
「そうなんだ
背が高くて、痩せてるなら運動部は大歓迎だっただろうけど
それも、入院とかのせいなの?」
「そうだね
どうしても参加率が低くなってしまうからさ
それに、部活に入らなくても、練習に参加はできるしね」
そう。
僕は、勝手に部活に入り浸っていたんだ。
「それズルくない?
ちゃんと入部した人は1種目だけでさ、入部してない人は何してもいいみたいなの」
「その代わりに、大会参加とかできないし、4時半以降は練習も出来ないしね
僕みたいな人にはちょうどよかったよ
適度に参加して、休んでも何も言われないし」
「確かにそうだね
八雲くんは何を1番やってた?」
「僕はバレーボールだったかな
高身長なのがすごい得なスポーツだからね
あとは剣道部にも行ってたかな
剣道は少しだけ経験があったから、やってたかな」
「どっちも身長でなんとかなりそうなものだね」
というと、暁さんが急に、横にいる僕から、前に視線を移した。
「なんて言ってたら、そろそろ着くよ」
「ほんとに15分で着いちゃったなぁ」
「でしょ
これだったら登校も楽になるんじゃない」
「すごい楽になるよ」
「ほら、ここが私の家」
「すごい大きくない?
なんか豪邸みたいになってるけど」
「まあまあに大きいとは思うよ
元々はもっといっぱい人が住んでたからね
親戚とかもここにいたんだよ」
「今はもう居ないの?」
「両親が海外に行く頃に、みんな自分の家を買ったんだ
おかげでこの家にはもう居ないんだ」
「なるほどね」
「それじゃ、ここが玄関だからね
少し入り組んでるから、間違えないように」
「お邪魔します」
そう言って、僕は彼女の家に1歩踏み入れた。
感想は、玄関から綺麗に整えられていて、しかもとても広かった。
僕が住んでた家とは、比にならなさそうだなと思った。
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