それからは皆で飲んで食べながら、普通に仕事に関する事や世間話などをして過ごした。
美幸は由香とも角突き合わせず、それなりに大人の対応をして店を後にし、城崎に自宅まで送って貰いながら、色々と話し込む。
「今日は本当にご馳走様でした。でも係長、ちゃんと食べてましたか? 蜂谷ったら、片っ端から食べまくるから……。全く、場を弁えないのと空気を読まないにも程があるわ」
本気で怒りながら美幸が口にすると、城崎が庇う様に言い出す。
「あいつも悪気は無いんだから。気になった事は、これからも美幸が注意してやってくれ。れっきとした先輩だしな」
そう言って困った様に城崎が微笑んだ為、美幸は言葉に詰まりながらも、自分自身に言い聞かせるように応じた。
「う……、ま、まあ……、確かに蜂谷はれっきとした後輩ですし、面倒を見るのは仕方が無いですよね。ええ、頑張ります」
「頼む。渋谷さんは自分の事で精一杯で、他人の事に構っている余裕は無いだろうしな」
「確かにそうですよね」
最寄駅からの道を並んで歩きながら、そう同意を示した美幸だったが、ふと疑問を覚えた事を口にした。
「渋谷さんと言えば……、今日は何だかいつもより、大人しかった気がしますね。城崎さんが一時的にも本社から出るなんて話を聞いたら、それこそ『ドサ回りご苦労様です』とか、嫌みの一つもぶつけてくるかと思ったんですが」
それを聞いた城崎は、少し考え込んでから推測を述べた。
「う~ん、三田村さんの話を聞いて、身につまされたとか? 移動する時に見た個人データでは、確か彼女も地方出身だし、家族構成も両親だけだったような気がする」
「そうなんですか? じゃあ一人娘とか?」
「そこまでは分からない。ただ俺達の年代だとまだ親世代は元気だが、十年二十年後にはどうなっているか分からないしな。俺は地元に姉が残っていて親と同居しているから、比較的安心していられるが」
それを聞いて、美幸がしみじみと言い出す。
「確かに、不安かもしれませんね。遠くに親だけで暮らしているとなると。それを考えると、私は恵まれてますよね。実家が都内だし、姉夫婦が同居していて後々も心配要りませんから」
「そうだな。東京の大学に入学する為に上京して、そのままこっちで就職するってパターンは多いと思うし」
「うん。その分も、他の人より頑張って仕事をしないと。仕事を続けたくても、どうしようもない事情があって辞めなきゃいけない状況に陥る人もいるんだなあって、今回の話で実感できました」
真顔で美幸が口にすると、城崎も少々強張った表情で応じる。
「そうだな……。今後は国内の労働人口が減少するのは明らかだから、有能な人材には少しでも長く勤務して欲しいと言うのが、企業の本音だ。その対応策として立ち上げた部署だから、ここであっさりコケるわけにはいかない」
そこで微妙に空気が重くなったのを感じた美幸は、なるべく気分を明るくしようと声を張り上げた。
「大丈夫ですよ! 城崎さんならできますって! むしろ城崎さん以上に上手くできる人なんて、存在しませんから!!」
「そうか?」
「はい! 城崎さんが居なくても、二課の事は全然心配要りませんから、向こうでも頑張って下さい!」
「……そうだな」
美幸の激励に、苦笑いしながら微妙な反応をしてきた城崎を見て、美幸は一瞬(あれ?)と考え込み、すぐに慌てて付け足した。
「あのですね、別に城崎さんが居ても居なくても変わらないとか、幾らでも替えが利くから大丈夫とか、全然寂しくないし寧ろ清々するとか、そういう事を言っているわけじゃなくてですね!?」
「分かった。分かったから。そう興奮するな」
「はぁ、すみません……」
必死になって弁解してくる美幸を見て、城崎は笑いを堪えきれずに吹き出し、苦笑しながら宥めた。そして面目なさげに謝ってから、美幸が声をかける。
「ええと、勿論城崎さんがニ課から抜けるのは寂しいですし、戦力的にも不安ですよ? 皆、口には出さないだけで」
「ああ、分かってる。『行かないでくれ』と言われたいとは思ってないさ」
「でも困った事が有ったりしたら、これからも相談に乗って貰っても良いですか?」
「勿論、構わないが? と言うか、勤務場所が変わっても、プライベートで何か変える必要があるのか?」
ちょっと不思議そうに尋ね返された事で、美幸は安堵して言葉を返した。
「そうですよね~! じゃあ異動前後はさすがにバタバタしているでしょうから遠慮しますが、落ち着いたら電話とかメールしても良いですか?」
「その時期でも、電話やメールならいつでも構わないけどな。落ち着いたら仙台に遊びに来るか? 俺の派遣期間は、三田村さんが両親の介護をしながら入所先を探してお願いするまでになるから、どうしてもある程度纏まった期間になるだろうし、色々調べておいて案内するから」
「本当ですか! 是非!」
「分かった。調べておく」
嬉々として頷いた美幸に、城崎も笑顔で応えた。
(うん、そうだよね。何か話を聞いてからもやもやとしてたけど、職場が別になっただけだし、別に変わりないよね? 私は私の仕事を、これまで通り頑張ろうっと)
妙にすっきりした気分になった美幸が、上機嫌で最後の角を曲がって藤宮家の門が見えて来た所で、そこで何やら喚いている男が居る事に気が付いた。
「……だから! お前じゃ話にならないって言ってんだろ! さっさとここを開けるか美実を出せ!」
微かに聞こえてきたその声に、城崎は反射的に美幸を背中に庇おうとしながら呟く。
「何だ? 酔っ払いか不審者か?」
「いえ、そうじゃなくて……」
「あ、おい、美幸?」
何やら呟いたと思ったら、自分の横をすり抜けて美幸が駆け出した為、城崎は慌てて後を追った。するといち早くその男の至近距離に到達した美幸が、驚いた様に声を上げる。
「やっぱり小早川さん! どうしたんですか?」
「げっ!?」
近づいた事で相手の顔がはっきり認識できた城崎は、記憶にあるその顔を見て一言呻いてピタリと足を止めた。すると美幸の声を耳にして、インターフォンの端末から視線を移した男が、笑顔で美幸に声をかける。
「美幸ちゃん? 今、帰って来たのか? 助かったよ。ちょっと中に入れて欲しいんだが……。って、まさか城崎? お前、何でこんな所に居るんだ?」
「あれ? 二人は知り合いですか?」
懇願してきた次に、美幸の背後を見て怪訝な顔になったかつての先輩に向かって、城崎は深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しています、小早川先輩」
「あ、そう言えば小早川さんは大学時代からの秀明義兄さんの友人ですし、同じサークルの城崎さんとも知り合いだったんですね?」
「ああ、そうなんだ。ところで美幸ちゃん、城崎とはどういう関係?」
好奇心を隠す事無く尋ねてきた義兄に、美幸は素直に言葉を返した。
「城崎さんは、私の所属課の係長です」
するとどうやら門の外の様子をそのまま聞いていたらしい秀明の声が、インターフォンのスピーカー越しに聞こえてくる。
「それと“一応”、美幸ちゃんとお付き合いしているみたいだがな。美幸ちゃん、お帰り。夕方美実ちゃんが、子供達と猫を連れて帰って来ていてね」
どう考えても面白がっている様にしか聞こえないその声に、城崎は本気で頭を抱えたが、それを聞いた美幸は、呆れ返った視線を小早川に向けた。
「また夫婦喧嘩ですか……。『喧嘩するほど仲が良い』って言葉は、美実姉さん達の為に存在するみたいですね。年に一回のペースって、多いのか少ないのか分かりませんが」
「はは、面目ない」
苦笑いした相手に、(本当にしょうがないなぁ)と諦めつつ、美幸は城崎に向き直って改めて義兄を紹介した。
「城崎さん、小早川さんは私の三番目の姉の結婚相手なんです」
「ああ……、会話の内容で分かった。それじゃあ、また明日」
「はい。送って頂いてありがとうございました」
「ちょっと待った。ここでお前と会ったのも、何かの縁。これから飲みに行くぞ」
必死に小早川と視線を合わせないようにしながら、美幸に短く別れを告げて立ち去ろうとした城崎だったが、そんな彼の腕をがっちりと掴みながら、小早川が宣言した。それを聞いた城崎が、僅かに顔色を変える。
「これからって……、先輩は何やら大事な用事がおありですよね?」
「いや、あいつはへそを曲げたらなかなか直らないからな。今日はもう良い。さあ、行くぞ! 可愛い義妹の美幸ちゃんとの事を、色々聞かせて貰おうか」
「いえ、別にお話する程の事は何も」
「全く秀明の奴、こんな楽しい事を俺に話していなかったとは許せん!」
そして上機嫌な小早川に引きずられる様にして、城崎が角の向こうに消えるのを見送っていると、中から出て来たらしい秀明が、門を開けて姿を現した。
「美幸ちゃん? 城崎と淳は?」
その場に義妹一人しかいないのを見て、秀明が不思議そうに尋ねてきた為、美幸は困った様に説明した。
「それが……、小早川さんが拉致して行きました」
「……そうか。じゃあ入ろうか」
「はい」
笑いを堪える表情の秀明に促され、美幸は家の中に入ったが、(結構飲んでいた様に見えたけど、大丈夫かしら?)と城崎の翌日の体調を心配した。
案の定、翌朝城崎は生気の無い顔つきで出社し、それを見た他の面々は(よほど仕事の事で心労が溜まっているんだろうな)と涙を誘われたが、真実を知っていた美幸だけは(美子姉さんと美実姉さんに頼んで、小早川さんに制裁決定!)と即決し、密かに姉達に向けてメールを打ったのだった。
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