猪娘の躍動人生

篠原皐月
篠原皐月

6月(3)複雑な敗北感

公開日時: 2022年3月19日(土) 21:35
文字数:3,111

 色々な思惑が絡み合う社内選抜コンペを、数日後に控えたある日。

 企画推進部二課では会議室の一つを借り受け、定時を過ぎてから課内コンペを行う事になった。


「それでは、これからオプレフト国内独占販売権コンペティションに向けての、課内選抜選考を実施します。公平を期するために、村上さんと林さんと加山さんに、誰の発表内容が一番良いのか判断して貰います」

 清人が正面でそう告げると、発表する四人は真顔で頷く。

「分かりました」

「それで構いません」

「それでは年齢順に、蜂谷君から発表して貰おうか。その次に藤宮さん、高須君、渋谷さんの順で」

「はい。宜しくお願いします!」

 そしてやる気満々で蜂谷がノートパソコンにデータをセットし、発表準備を整えていくのを見ながら、美幸は闘志を燃やしていた。


(さあ、いよいよ本番。と言うか、これは単なる最初の一歩に過ぎないわ。絶対この仕事を、ものにしてやる!)

 そして微妙な緊張感が満ちる中、テンパり気味の蜂谷の発表が始まった。


 それから約四時間後。

「その……、美幸?」

「……何でしょうか?」

「今日、課内コンペだった筈だから、電話してみたんだが……」

 電話したものの、最初の挨拶の後は黙りこくっている相手に、城崎が控え目に声をかけてみると、美幸の消え入りそうな声が返ってきた。


「…………駄目でした」

「ええと……、それは残念だったが、また次の機会があると思うし……」

「…………」

 一応慰めの言葉をかけてみた城崎だったが、無反応だった為、不審に思ってある可能性を口にしてみる。


「まさか……、蜂谷に決まったわけじゃ無いよな?」

 しかしそう口にした途端、美幸が盛大に怒鳴り返してきた。

「何を馬鹿な事を言ってるんですか! 怒りますよ!?」

「すまん! だが、落ち込み方が普通じゃない気がしたものだから、もの凄い番狂わせで蜂谷が選ばれたのかと思って!」

「渋谷さんに決まりました」

 慌てて弁解するとボソッと言い返された城崎は、思わず真顔になって考え込んでしまった。


「それは……、蜂谷とは違う意味で、予想外だったな。美幸から見てどうだった?」

「……完璧でした」

「そんなにか?」

「はい。商品展開と購買層分析。流通経路と販売網の確保。販売コンセプトの確立。その他にも外す所無く、確実に全てを押さえた上で時間内に纏めて、有望な提案をしていました」

「そうか。美幸がそこまで言うのなら、本当に文句の付けようが無かったんだろうな」

 幾ら気に入らない人間でも、美幸がその人間の粗探しまでして貶すタイプでは無い事を理解していた城崎は、感心した様に呟いた。しかしそれに触発された様に、美幸が悔し気に声を荒げる。


「それで逆に悔しいんです! 何なんですか、あれは? これまで営業三課では、目立った実績は上げていなかったって言う話だったのに!」

「確かに、予想外だな……。そんなに青山課長の目が節穴だったとは。あの人はできる部下に仕事をさせて、実績を平気で横取りする人だぞ。彼女が仕事ができる人間と思っていたら、手放さない筈なのに」

 思わず本音を漏らした城崎だったが、それを聞いた美幸が嫌そうに問い返してきた。


「……なんかサラッと、ろくでもない事を聞かされた気がするんですが?」

「事実だからな。そうなると、彼女は企画推進部に来てから本領を発揮した事になるし、引き抜いた課長代理の手腕は流石だな」

「結局、そこに行き着きますよね……。うあぁぁっ、二重の意味で腹が立つ!!」

「吠えるな。ここは有望な戦力が加入したと、素直に喜ぶ所だぞ?」

「う……、はい」

 そこで美幸が素直に頷いた為、城崎は苦笑いしながら話を進めた。


「それで、渋谷さんの発表内容で進める事になったと思うが、誰かサポートやフォロー役の人が付く事になったんだよな? 彼女はコンペ経験は無かったと思うし」

「はい。慣れている林さんと加山さんが指導役に付いて、細かい点を修正したり練習したりする事になりました」

「それなら安心だな。美幸が完璧と認めた位の出来だ。二人にフォローして貰えれば、社内選抜どころか、本契約も楽に取れるんじゃないか?」

「……そうですね」

 まだ若干暗い声の美幸に、城崎は溜め息を吐いてから電話越しに言い聞かせた。


「気持ちは分かるが、良い経験をしたと思った方が良いぞ? それをこれからどう活かしていくかが大事なんだからな?」

「はい、そうですね。次は絶対、負けませんから!」

「ああ、その意気だ」

 最後はいつもの調子を取り戻した美幸に、城崎も笑いを誘われ、それからは楽しく幾つかの話をしてから通話を終わらせた。しかし再び静かになってから、城崎は言いようのない不安に襲われる。


(でも……、美幸の言葉じゃないが、なんとなく引っかかるな。あの性悪男、また何か企んでいるんじゃないのか?)

 しかしそれを確かめる術を持たないまま、城崎は事態の推移を見守るしかなかった。


 ※※※


 その後、課内で改めて発表の準備を進め、社内コンペ当日、由香は清人と加山に連れられて、コンペ会場になっている会議室へと出向いた。

 そして課に残っている者達が、なんとなくそわそわしながら彼らの帰りを待っていると、終了予定時間を少し過ぎて、三人が部屋に戻って来る。


「あ、課長代理、渋谷さん、お帰りなさい」

「社内コンペの結果はどうでしたか?」

 口々に結果を尋ねてくる部下に、清人は笑顔で報告した。


「彼女のプレゼンテーションが最も優れていると、満場一致で認められました。柏木産業からは二課がメインで、オプレフトのコンペに参加する事になります」

「やったな、渋谷さん!」

「でもうちがメインと言うのは、どういう意味ですか?」

 喜びの声と共に、瀬上が不思議そうに尋ねると、清人が穏やかな口調で付け加える。


「海外事業部第二課の発表もなかなかでしたから、それを適正に評価しつつ『こちらの渋谷は他部署から移動してきたばかりで、これまで殆ど実績を出しておりませんので、できればそちらの胸をお借りしたい』と持ちかけたんですよ。そうしたら先方にも喜んで頂けて、とんとん拍子に話が纏まりまして。両課共同プロジェクトになりました」

「そうですか……」

 相変わらず笑顔ではあったが、その話の裏にある物を悟って、瀬上は勿論、他の者達も微妙に顔を引き攣らせた。 


(『両課合同』って……、除外された営業三課は立場が無いぞ)

(しかも渋谷さんが営業三課からうちに異動した事は、社内に知れ渡っているし)

(営業三課では実績無かったけど、うちで抜擢されたって形になるよな)

(あの万年課長係長コンビ、これで完璧に詰んだんじゃないか?)

 しかし誰もそんな物騒な事は口にせず、それを誤魔化す様に笑顔で由香に声をかけた。


「おめでとう、渋谷さん」

「これから大変だと思うけど、頑張って」

「え、ええ。頑張ります」

 そしてどこか暗い表情で頷いてい由香を見て、美幸は少し意外に思った。


(なんか随分殊勝な態度じゃない? てっきり鼻高々で威張り散らすと思ってたのに)

 ちょっと拍子抜けだと思いながらも、それらしい理由を考えてみる。

(今回の社内コンペは社内でも結構話題になってたし、審査をするのは営業系の部長達や専務クラスだった筈だし、さすがに緊張したのかしら?)

 今夜は早速城崎に電話で結果を報告しようと、美幸はぼんやり考えた。それからすぐに終業時間になった為、帰り支度を始めた美幸だったが、ここで自分のスマホにメールが届いていたのを確認した。


(清香さんから? だけど、何だろう、これ……)

 確かに以前アドレス交換をしていた相手ではあり、何回か個人的に顔を会わせてもいるのだが、この時の送信されてきた依頼文に、美幸は首を傾げた。しかしその指示通りに、物を揃えて退社した。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート