「藤宮、調子はどう……」
「あら、城崎さん、今日は」
「やあ、奇遇だな、城崎」
ドアから顔を覗かせた城崎は、病室内に上司夫妻の姿を認めて固まった。しかしにこやかに声をかけられて、瞬時に腹を括って挨拶する。
「お久しぶりです、課長。課長代理もご一緒でしたか」
「ええ。清人が一緒に行って、藤宮さんにお見舞いに渡したい物があるからと言って、付いて来たのよ」
「見舞い?」
真澄の言葉に城崎は何気なく視線を動かし、美幸の手の中にある包みと封筒を見て、僅かに顔色を変えた。
「悪い、ちょっと借りるぞ!?」
「え? 係長?」
何故か勢い良く封筒を取り上げて勝手に封を開け、中身を取り出した城崎を、美幸は唖然として見上げた。対する城崎は、取り出した物を目にするやいなや顔が真っ青になったが、すぐに怒りの為か紅潮した。
「……やっぱり。あんたって人はぁぁぁっ!!」
「うん? どうした城崎。早く藤宮に返さないか」
「……っ!?」
(え? 何かスナップ写真っぽく見えたけど)
鋭く睨み付けつつ清人に怒声を放った城崎だったが、清人に促されて反射的に美幸を見下ろし、彼女と目が合った瞬間激しく動揺した。そして次の瞬間、何を思ったか封筒を放り出して写真を細かく引きちぎり、纏めて飲み込む。
「か、係長!?」
「城崎さん、どうしたの!?」
どう見ても乱心したとしか思えない城崎の行動に、女二人は度肝を抜かれたが、何とか写真の残骸を飲み下した城崎は、清人の胸倉を掴み上げてベッドとは反対側の壁まで彼を引きずって押しやり、低い声で恫喝した。
「あんた……、ふざけるのも大概にしろよ?」
身長差の関係で、般若の形相の城崎に見下ろされつつも、清人は余裕の笑みで返した。
「成長したな、城崎。俺に向かってそんな口がきける様になったとは」
「まだ他にも、持って来てないだろうな?」
「今日は一枚だけだ。まあ、お前の必死さに免じて、暫く封印しておいてやるさ。お前を本気で怒らせたら、真澄の仕事に差し支えるからな」
「地獄に落ちろ、このドS野郎」
「生憎と、男には好かれないんだ。閻魔大王に入口で追い返されるのが関の山だな」
離れた壁際で、ボソボソと言い合っている二人の会話は当然美幸達の耳には届かず、二人は怪訝な顔を見合わせた。
「何を話してるんでしょうか?」
「さあ……、でも、ろくでもない内容じゃないかしら?」
「同感です」
そしてデート中だと言う事で、真澄達が早々に引き上げた後は、室内に美幸と城崎だけが残された。
「……係長、何だか凄くお疲れの様ですが、大丈夫ですか?」
「ああ、何とか」
「さっきの写真ですけど……、はぁぁっ!?」
ぐったりとベッドサイドの椅子に腰掛け、俯き加減の城崎に美幸は尋ねてみたが、その瞬間勢い良く顔を上げた城崎に両肩を掴まれ、起こしてあったベッドに押し付けられた。
「……見たのか?」
怖い位真剣な顔付きで確認を入れられた美幸は、慌てて勢い良く首を横に振る。
「いいいいえっ!! 写真みたいだなって思いましたが、何が写っているかまでは!」
「本当か?」
眼光鋭く睨み付けられながら念を押された美幸は、必死になって言い募る。
「はい! 天地神明にかけて、これっぽっちも見えませんでした!!」
「そうか、それなら良いんだが……。本当に、どこまで祟るんだか……」
そして気が抜けた様に肩を掴んでいた手の力を抜いたと思ったら、両手を背中に回した城崎に抱き付かれてしまった美幸は、いつの間にやら目の前にいた義兄を見て、思わず遠い目をしてしまった。
(いえ、あんまり良くないと思うんですけど? ちょっと離れて頂けませんか?)
その思いを声に出そうとした瞬間、その人物から冷え切った声がかけられた。
「城崎、お前ここで何をしている?」
途端に城崎がビクッと硬直してから、恐る恐る振り返りつつ声を絞り出す。
「お邪魔……、しています」
「答えになっていないが?」
「…………」
そして無言で見つめ合う事数秒。その均衡を破ったのは秀明だった。
「ちょっと顔を貸せ」
「……はい」
踵を返して廊下に出て行く秀明の後を追い、城崎は出て行った。それを見送って秀明と一緒に来たらしい美子が、おかしそうに笑う。
「あらあら、お邪魔しちゃったわね。ごめんなさい、美幸」
「私は別に良いんだけど」
そこで早速美子は着替えの入れ替えや、備品やお見舞いの確認などを始めたが、手持ち無沙汰になった美幸は、先程貰った包みを何気なく開けてみた。
(色々腹が立つし、得体が知れない人だけど、あの人が書く本って読み応えあるのよね)
何となく自分に言い訳しつつ、ページを捲って斜め読みを始めた美幸は、その内容の意外性に、軽く目を見張った。
(へえ? これはオフィス物で、主人公はOLか。東野薫は、こういうのは初めてだよね。ひょっとした、柏木産業での勤務経験から、書いてみたのかしら?)
そして何となく楽しくなりながら確認を続けた美幸だったが、すぐにその顔から表情が抜け落ちる。
(この主人公……。この上司とか、同僚とか、先輩とか、後輩とか……)
そして本を持ったままプルプル震えていた美幸だったが、数分もしないうちに本を片手で持ち上げ、力一杯向かい側の壁に投げつけつつ絶叫した。
「ふっざけんなぁぁーっ!! 私はこんな考えなしで傍若無人で猪突猛進な、傍迷惑女じゃ無いわよっ!!」
「美幸。壁に本を投げつけるなんて、非常識な乱暴者のする事よ? それにどんな事が書いてあるのかは分からないけど、そんな事をしていると、中身を否定できないんじゃ無いかしら?」
しかし美子にやんわりと窘められた美幸は、歯軋りしつつそれ以上文句を口にする事を堪えたのだった。
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