そして昼休みの時間帯に入り、美幸は初期研修中に意気投合した面々と一緒に昼食を食べる為、一階ロビーに向かった。
「あ、来た来た、美幸~、ここよ!」
名前を呼ばれて視線を動かし、出入り口付近に立っていた男女三人の所に美幸は小走りで走り寄り、待たせた事を謝った。
「ごめん、お待たせ」
「大丈夫よ、じゃあ行きましょうか」
そうして男女四人で社屋の外に歩き出したが、幾らも行かないうちに美幸が素朴な疑問を呈した。
「ねえ、皆、配属初日で色々忙しないんじゃないの? 研修中みたいに社員食堂で食べれば良いのに、どうしてわざわざ外に出るわけ?」
「あのね、社員食堂だと周りで誰に聞かれるか分からないでしょ? 少しでもあんたの顔が知れ渡る様な危険性は避けたいのよ。社内で白眼視されたくないでしょう?」
「危険って、何が?」
些かうんざりとした口調で晴香が説明したが、美幸がキョトンとして尚も尋ねると、後ろから総司が如何にも言いにくそうに口を挟んだ。
「あのさ、藤宮……。お前が企画推進部二課を希望してるって聞いた時は、事情を知らなかったから『お互い頑張ろうな』とか言ったけどさ」
「今日先輩に聞いたら、相当ヤバそうだぞ? あそこ。大丈夫だったのか!?」
「大丈夫だったのかって、だから何が?」
総司に続いて隆が血相を変えて問い質してきた為、益々怪訝な顔で問い返した美幸を見て、晴香が疲れた様に溜め息を吐いた。
「本当に無頓着って言うか強心臓って言うか、一般人とは違うわね」
「失礼ね。私はごくごく普通の一般人よ?」
「取り敢えず食べながら話しましょう」
そこで三人は色々言いたい事を飲み込み、近くのベーグルのカフェへと入った。
それぞれ好みのベーグルサンドと飲み物を注文し、それを乗せたトレーを受け取って四人がけの席に落ち着くと、まず一口食べて咀嚼してから、美幸が話を再開させる。
「それで? 二課って何か問題が有るの? 課長は美人で有能だし、係長以下部下の人達は揃って親切だけど?」
「ああ、課長と係長と、お前が入るまで一番下だった今年三年目の人は大丈夫だ。それ以外が最悪なんだよ」
「えぇ~? 皆、優しそうなおじさんばかりだったわよ?」
思わず美幸が反論すると、正面に座っている隆がいきなり吠えた。
「それは見かけだけだっ! 大体課長、係長より年配者がぞろぞろ揃ってるって所で、年齢構成がおかしいと思わないのか?」
「それだけ課長と係長が有能で、追い越しちゃったって事でしょう? 柏木産業って年功序列じゃなくて、実力主義って本当だったわね。さっすが私の課長!」
ウキウキと真澄を自慢しつつ、能天気にベーグルにかぶりついた美幸を見て、他の三人は揃って溜息を吐きつつ項垂れた。
「……あのね」
「誰がお前のだって?」
「課長と係長が有能なのは認める。だけど他のおっさん達は、揃って会社のお荷物で面汚し連中なんだよ」
「何それ?」
隆が吐き捨てる様に告げた台詞に、思わず美幸が瞬きして視線を向けると、横から晴香が言い難そうに説明を加えた。
「あまり以前の事を蒸し返したく無いけど、今言った人達は過去に問題を起こした人達ばかりなのよ。私も今日知ったんだけど」
「問題ってどんな?」
「社内不倫や贈収賄とか取引会社へのリベート強要とか、資金の使い込みとか接待時の傷害事件とか……。ちょっと耳にしただけでもこれだけ」
「へえ……、実際にそういう事する人って、いるのねぇ」
「『いるのねぇ』じゃないだろ!?」
「もっと他の感想は無いのかよ……」
晴香に視線を合わせながら、しみじみと感心した様に呟いた美幸に、隆が呆れて声を荒げ、総司は思わず遠い目をする。晴香は美幸の反応など一々気にしない事にして、冷静に説明を続けた。
「陰で会社が動いて、どれも表沙汰にならずに済んだらしいんだけどね? 本社内や全国の支社でそれなりの役職に就いていた有能な人達ばかりだったのに、当然役職を解任された上窓際リストラ社員リストに載って、自主的退職を待たれていたそうよ」
「それなのに、どうして二課に居るの?」
「柏木課長が二課の課長に就任した時に、元々居た二課の社員を一課と三課に振り分けて、自分の下に引っ張ったんですって」
「どうして?」
その美幸の素朴な疑問に、晴香は小さく肩を竦める。
「それは課長さんに、直接聞いてよ。とにかく、そんな前科ありありの人達の中に放り込まれて大丈夫かと心配してたんだけど、大丈夫みたいね」
「と言うか、藤宮以外にあそこに入って平気な人間、存在しない様な気がしてきた」
晴香の呟きに総司が諦めた様な台詞で応じたが、ただ一人隆だけは諦めずに、美幸に翻意を促した。
「藤宮! 今からでも遅くないぞ! 転属届を出さないか? やっぱり色々不味いと思うぞ!? そんな産業廃棄物処理場みたいな職場! 柏木産業の掃き溜めだぞ! 別名面汚しリストラ課だぞ?」
「加えて、柏木課長は社長令嬢だけど、仕事上は冷酷非情でそんな部下をこき使って業績を上げてるって噂されて『柏木の氷姫』の異名を持っているし、それをフォローしてる係長もガタイが良くて目つきが鋭くて『ブリザード発生器』って呼ばれているしな」
取り敢えず総司も隆の説明に付け加えたが、予想に違わず美幸は微動だにしなかった。
「そんな人達を使いこなしてるなんて、柏木課長はやっぱり凄いわぁ~。益々尊敬しちゃった~」
そう満足気に呟きながら、中空を見据えつつ再びベーグルを頬張った美幸に、総司と晴香はもう何も言わなかった。そして一人むきになっている隆を、宥めにかかる。
「駄目だ。お前、もう黙ってろ」
「本人が納得してるんだから良いじゃない」
「いや、だけどなぁっ!」
「だって絶対あんたの話、右から左に抜けてるもの」
「良いんじゃないか? 本人が幸せなら」
「さぁっすが、私の課長~」
「……………」
周囲の心配を余所に、ひたすら能天気に食べ続ける美幸を見て、他の三人は本気で、彼女の行く末を案じた。
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