「ふざけんな! 納得できねぇぞ、頭腐ってんのか、あのクソ社長―――っ!!」
「ちょっ……、おい、藤宮落ち着けっ! 俺が社長なわけないだろう!!」
「なんっで課長が、謹慎処分受けなきゃなんねぇんだ、コラ! この因業オヤジ!!」
「お前っ、仮にも勤務先のトップをそこまで言うか? ここが社外だとしても、もうちょっと理性を強固にしろ――!!」
月曜の昼には、隆からのおせっかいを鼻であしらった美幸だったが、その二日後にはとても看過できない出来事が企画推進部二課に勃発し、若手組は暴発寸前の美幸を連れて終業後に居酒屋に繰り出した。
少しでも周囲への迷惑が少ないようにと個室を頼んだが、高須の喉元を締め上げての美幸の絶叫に、大して違いは無かったかと他の者達が項垂れる。しかし美幸が泥酔した挙句の暴言には皆共感する所がある為、むやみに宥める事はせずに放置していた。
「……酔いが醒めたら、この勢いで社内で暴れなかったのを、誉めてあげるべきかしら?」
「本当は暴れたかっただろうからな。明日何か甘い物でも買ってやろう。ところで係長、今回の事をどう思いますか」
美幸達を横目で見つつ瀬上が真顔で問いかけると、それまで静かに酒を飲んでいた城崎が、酔いなど微塵も感じさせない動作と口調で応じた。
「社内規定に基づいた処分では無いし、表立っては単に課長が有休を取得するだけの話だ。課長の経歴に一切傷は付かないし問題は無い。だから俺が、どうこう言う筋合いでは無いな」
「確かにそうですがね」
部下となってからの期間は短いが、それでも城崎の台詞をその通りに受け取れなくなっている程度に敏い瀬上が尚も探る様な視線を向けると、城崎が苦笑いしながら付け加える。
「加えて社内向けに、それをこの前の騒動の責任を取る意味での『自主的謹慎』とさり気なくアピールする事で、反社長派を筆頭とする不穏分子を抑えようって腹だろうな。社長としては」
「あの課長の父親だけあって、人が良さそうに見えて相当な狸ですよね」
思わず瀬上が遠慮の無い感想を述べると、城崎はどこか遠い目をしながら呟く。
「それを課長も分かっているから、大人しく従う事にしたんだろう。まあ確かに明日から休むといきなり言われて、流石にちょっと動揺したがな」
「……ご苦労様です」
反射的に瀬上と理彩が声を揃えると、城崎が失笑してから真顔になって話題を変えた。
「仕事だから仕方がないさ。……それにここだけの話だが、月曜日に浩一課長から『先週の金曜日、姉のプライベートに関わる事で揉め事があって姉の様子が尋常じゃなかったから、職場でも少し注意して欲しい』と、朝一番で社内メールが入っていたんだ」
「何ですか?」
「よりにもよって、問題山積のこの時期に」
「詳しい事は教えて貰えなかったがな。元々課長は有休取得率が著しく低い上最近は休日出勤も多かったから、この際無理にでも取って貰う方が良いだろう」
真剣な表情で結論を述べた城崎に、眉を顰めていた瀬上と理彩も、納得した様に頷く。
「確かに、課長はこういう事でも無いと、有休を取りそうもありませんから」
「きっかけは不本意でしょうが、これで課長が気分転換できれば良いですね」
「全くだな」
「ところで未だに納得できないらしい、『あれ』をどうします?」
そう言って理彩が指差した先に視線を向けた城崎と瀬上は、揃って溜め息を吐いた。
「……なっんで、よりにもよって明日からなのよ! 今度の土曜日は課長の誕生日なのに、都内を出てどこぞで謹慎中だなんて! 会社は休みでもサプライズで自宅に押し掛けて、盛大にお祝いしようと綿密に計画を練ってたのに!! 仕事教えて貰う前に係長に課長の誕生日を教えて貰って、春から心待ちにしてたのに、悔しいぃぃっ!!」
「お前そんな事考えてたのかよ!? 少しは課長の迷惑を考えろ!!」
高須に向かって理不尽な怒りをぶつけている美幸の姿に、三人は本気で頭を抱えた。
「藤宮は責任を持って俺が送って行くから。しかしこの時期に課長が謹慎に入る事になったのは、不幸中の幸いだったな……」
「係長、仕事を教える前に何を教えてるんですか?」
「そもそもどうして課長の誕生日を把握してるんです?」
そんな呆れ気味の突っ込みに、城崎が若干後ろめたそうに応じる。
「……偶々、課長との会話で話題に上がった時の事を覚えていて」
「因みに係長の誕生日を聞かれたりとかは」
「瀬上さん、言わずもがなの事を言ったら駄目ですよ」
「…………」
思わず無言になった城崎が再びぐい飲みを取り上げたが、ここで美幸が声を張り上げた。
「よぉぉっし、こうなったら、私なりの方法で課長の誕生日を盛大にお祝いするわよ!! あんたなんかに邪魔はさせないんだからね!?」
「邪魔なんかするかっ!! 勝手に何でもやってろよ!!」
美幸に指を差されつつ宣言された高須が吠えるのを見てから、理彩が何気なく男二人に顔を向けて問いかける。
「でも……、三十過ぎの女性の誕生日を祝うのって、微妙じゃありません? 止めさせた方が良いでしょうか?」
「その判断を俺に振らないでくれ……」
「俺もパス。微妙過ぎる」
「まあ、藤宮なら何をやっても笑い話で済みそうですから、ここは傍観しておきましょうか」
二人から同様に顔を逸らされてしまった理彩は、小さく肩を竦めつつ美幸を見やってそう結論付けた。
※※※
そんなこんなで土曜日を迎えた美幸は、朝食を済ませてから早速自室で準備を始めた。
「よし、準備オッケー。課長の携番は……、と」
携帯とクラッカーを片手にまとめて持ち、アドレス帳から真澄の番号を選択して発信する。そしてスピーカー機能にしておいてからベッドの縁に携帯を置き、相手の応答を待った。そしてそれほど間を置かずに、携帯から聞きなれた声が伝わってくる。
「はい、柏木ですけど。藤宮さんどうし」
「GoodMorning&HappyBirthdayです、かちょーっ!!」
真澄の声が聞こえたとほぼ同時に、美幸は携帯に顔を寄せて声を張り上げつつ、至近距離で勢い良くクラッカーの紐を引っ張った。必然的に発生した結構な音量の破裂音に驚いたのか、若干間が空いてから電話の向こうから、驚いた様な反応が返ってくる。
「藤宮さん……、知ってたの?」
「はいっ! 仕事を教えて貰うより先に、係長に教えて貰いました!」
意気揚々として告げた美幸だったが、何故か電話の向こうでは沈黙が続き、美幸は不思議に思って問いかけた。
「課長、どうかしましたか?」
それで気を取り直したかの様に、真澄の声が返って来る。
「いいえ、何でもないわ。わざわざ電話してくれて、ありがとう」
「いえ、課長が最近お疲れ気味って言うのもありますが、何となく気持ちが沈んでいらっしゃる気がしましたので、一つ景気づけにやってみました。自宅にいらっしゃるなら押し掛けたんですが、旅行中ですから残念です」
心の底から残念がりながら美幸が述べると、電話越しに苦笑する気配が伝わる。
「藤宮さんにまで気を遣わせてしまって、申し訳なかったわ。きちんと気持ちを切り替えて、月曜には出社するから。来週からこれまで以上にビシビシこき使うから覚悟しててね?」
「それこそ望む所ですから、首を長くしてお待ちしてます! それでは失礼します」
そうして通話を終わらせた美幸は、自分の首尾に満足した。
「うん、完璧。課長の様子もそんなに変わった事は無かったし、週明けから改めて頑張ろうっと」
しかしそこで複数の人間の足音が荒々しく近づいて来たと思ったら、美幸の部屋のドアが叫び声と共に乱暴に開けられた。
「美幸! 今の音は何!?」
「どうした美幸!」
「美幸ちゃん、何事だい?」
「ゆきちゃん、だいじょうぶ~?」
父親は勿論、同居している姉夫婦一家まで血相を変えて部屋に押し入って来た為、美幸は予告なく派手にクラッカーを鳴らしてしまった事に気が付いた。そして慌てて弁解する。
「あ、あはは、お騒がせしました。何でもないから。大丈夫だからねっ!」
その台詞より先に、美幸の手の中にあった物と床に散らばった色取り取りの紙テープや紙片を認めた一同は、容易に状況を察して呆れ顔になった。
「朝からクラッカーを鳴らしたの? 別に誰の誕生日でも無いでしょう?」
「それはそうなんだけど……、ちょっとね」
小さく笑って肩を竦めた美幸に、世話焼きの長姉の美子が顔を顰める。
「全く。少しは周りの事も考えなさい」
「はい、すみませんでした」
「美幸ちゃん、後から一緒に遊ぼう?」
「うん、良いわよ」
そうしてぞろぞろと皆が安堵して部屋を出て行き、その際に姪と遊ぶ約束をさせられた美幸だったが、その時視界の隅に美野を捉えた。しかし何も言わないまま、美野はその場を後にした。
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