一同は企画推進部に戻ってから、高須と美幸の濡れた髪や服を軽く乾かし、その時点で終業時間も過ぎていた事から、若手組は会社近くの居酒屋へと繰り出した。しかし座敷に上がると早々に、美幸の泣きながらの訴えが始まった。
「……ひっ、酷いですぅぅっ、皆、……逃げてぇぇっ」
「それは本当に悪かった。藤宮さん達があのタイミングで戻って来るとは、夢にも思わず」
「かちょ……、こ……、怖かったんですからねぇぇぇっ!?」
「そうだろうな……」
「本当に分かってるんですか!? 分かってないでしょう、かかりちょうぅぅっ!!」
「……うん、分かってる。分かってるから、少し落ち着こうか?」
途切れ途切れの状況説明を何とかし終えた美幸は、城崎の胸倉を掴んで盛大な揺さぶりつつ、泣き叫んで訴えた。それを間近で見ながら、城崎はこの状況下にあまり相応しくない事を考える。
(何か……、こういう泣き顔も結構可愛いしそそるよな……。いや、今はそんな事を言ってる場合じゃなくてだな……)
自分自身を叱咤しつつ、もう一人の被害者に目をやると、その高須は瀬上と理彩に挟まれて、手の中のグラスを見下ろしながらボソボソと呟いている所だった。
「……それで、ブチブチブチッと。あの清川部長の頭髪が毟られる音が、耳にこびり付いて離れなくて…………。なんとなく、俺の頭も薄くなってる様な気が……」
「気を確かに持て、高須! 確かに色々衝撃的だったかもしれんが、錯乱するな!」
「そんな心配は、後三十年は大丈夫だから! しっかりしなさい!」
「はは、そうですか……。うん、それなら良かった……」
そう言って乾いた笑いを漏らしている高須を見て、城崎は本気で頭痛を覚えた。
(駄目だ、下手したらこの二人、週明けから仕事にならないかもしれない……)
そんな危機感を覚えた城崎は、取り敢えず二人の真澄に対する恐怖感を和らげようと、口を開いた。
「その……、藤宮さん?」
「仕事、舐めてました」
「は?」
「スキルと愛想と気力と根性があれば、何とでもなると思っていました」
未だ涙目ながら、いつの間にか泣き止んで唐突に始まった美幸の話に、城崎は取り敢えず応じてみる。
「……それだけ揃っておれば、大抵は何とかなると思うが?」
「私には冷酷非情さが欠けてました。あそこまで完膚無きまでに清川部長を叩きのめす事は、今の私には到底無理です」
(傍若無人さは有ったがな……)
身も蓋もない事を考えながら城崎が黙り込むと、美幸はそれには構わず顔を上げ、力強く宣言した。
「もう負けません。課長の『あれ』を間近で見させて貰った上は、どんな事があっても動じない自信があります! 今後例え何があっても、課長に食らいついて離れません!」
「えっと……、大丈夫、なのか?」
一応確認を入れてみた城崎だったが、ここで少し離れた所に居た高須が勢い良く叫んで駆け寄り、開けたばかりのビール瓶を美幸に向かって差し出す。
「良く言った藤宮! あれを見てそんな事が言えるお前は、真の勇者だ。さあ飲め!」
「ありがとうございます。私の気持ちを本当に分かってくれるのは、もう高須さんだけですっ!!」
そう叫びつつ涙ぐんで大ぶりのグラスを差し出す美幸を、城崎はもはや止めようとはせず、静かにその場を離れた。
「おう、俺達は二人きりの戦友だぜ。今日は飲むぞ! この店の酒、全部飲み尽くしてやる!」
「賛成です!! お姉さん! もう、ありったけ持って来て~!!」
そう叫んで一気飲みの勢いで飲み始めた二人を見て、城崎と瀬上が深い溜め息を吐き出す。
「高須……」
「あいつも、疲れが溜まっていましたからね……」
「すみません! できるだけ静かにさせますので!」
慌てて店員に向かって頭を下げている理彩を横目に見ながら、瀬上が城崎に囁いた。
「係長。他の皆さんは体力が尽きて帰宅されましたが、『二人だけ怖い思いをさせたのは申し訳ないから、今日の飲み代は俺達も出す』と言付かっています」
「分かった。月曜に均等割りの金額を出す。取り敢えずここは俺が全額支払っておくから、お前も飲め」
「そうさせて貰います」
疲れた表情の瀬上のグラスにビールを注ぎ足した城崎は、変なテンションになっている高須と美幸の様子に気を配りつつ、自身も泥酔しない程度に、酒を煽る事にした。
そして美幸が派手に飲みだして約三時間後。
城崎は藤宮邸の玄関で、これ以上は無いと言う位、気まずい再会を果たす事になった。
「……それで? 律儀に家まで送り届けてくれるのは感心だが、できる事なら潰れる前に、美幸ちゃんを止めて欲しいものだなぁ? 城崎」
「誠に申し訳ありません」
泥酔してしまった美幸を城崎から受け取った秀明は、笑顔のまま痛烈な皮肉を口にした。それに深々と頭を下げながら謝罪の言葉を口にした城崎を即行で追い払い、腕の中の義妹を見下ろしながら、楽しげに呟く。
「柏木産業は、なかなか楽しい職場のようだな」
その不気味な笑みの裏側にある物を、未だ誰も気付いていなかった。
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