「どう思った?」
一通りのスキル説明を受けた俺に、睦琴が期待するような目で確認してきた。
「聞く限りじゃ、ゴミくそスキルだけど、ちょっと面白いことを思いついた」
「面白いこと?」
「まあ、可能かどうかは検証次第だな。おいおい話す」
「そうか、楽しみだ。やはり桐春は、ボクとは着眼点が違うようだね」
希望的観測を多分に含んだ感想ではあるけど、睦琴は安心したように表情をほころばせた。
その後、俺たちは腰を下ろして円陣を組み、今後について相談することにした。
スキルをボロくそに貶された女神は不貞腐れ、離れた所で一人膝を抱えている。
「まず確認しておきたいんだけど、ここにいるみんなは異世界に行っても、しばらくは行動を共にするってことでいいのか? 先行した連中に追いつきたいって考えてる人は?」
質問した俺は当然のことながら、先に行った奴らと合流するつもりはない。仲間として受け入れられるとは思えないし。かと言って、こいつらを無理に引き留める権利もない。
「ボクは桐春と行動するよ。親友だからね」
睦琴ならそう言ってくれると思っていた。ただ、なんとなく〝親友〟にトゲがあったように感じたのは気のせいだろうか。
「オレも、お前らと行く。向こうは息が詰まりそうだ」
平時は何をするにも気だるそうな聖士郎だけど、先の体験学習でも証明されているように、いざという時は、その身を挺してでも仲間を守ろうとする勇気がある。そんな聖士郎が一緒にいてくれたら心強い。
「わたしも! 今度は、わたしがきりはるくんを守るわ!」
「川尻、何度も言うけど、気にする必要はないからな?」
「わかっているわ……。でも、わたしがきりはるくんの傍にいたいの!」
「お、おう」
恩義を感じているだけで、深い意味はないだろう。だとしても、一瞬ドキリとさせられる。見た目幼女といえど、これを女子に言われてトキめかない男がいるだろうか。
「アタシは、恋姫が行くところについてくだけだしー」
「そよぎちゃん、嬉しいけど、わたしのことより、自分を大事にしなきゃダメよ!」
「優しいぃぃ! まぢエモい! 尊死する!」
「そよぎちゃん! 今はフザケている時じゃないのよ!」
「ぴえん」
鬼ヶ島と川尻って全然タイプ違うし、話が合うと思えないのに、ずいぶん仲がいいんだな。
「先生はどうします?」
意向を尋ねると、久慈林先生は困ったように微笑んだ。
「私は……行けません。大人の枠は無いみたいで。だから、ここに残ります」
――転送の準備は30人分しかないんです。
――先生は、この場に置いていきましょう。
体験学習が始まる前に、女神が言っていたことだ。
元の世界に、元の暮らしに帰すわけでなく、この何もない世界に放置する。行きつく先は、自ら命を絶つか、餓死――いや、水すら無い場所だ。それより先に脱水症状で死ぬ。
気づいていた睦琴は沈痛な面持ちで目を伏せ、他の奴らは遅まきに事態を理解したらしく、悲壮感を漂わせていった。
自分のことだ。久慈林先生が、これを想像していなかったはずがない。
よく見ると、彼女の身体は微かに震えていた。腕を組んでいると見せて、自身の肘の辺りをぎゅっと握りしめている。決して表には出すまいとしているけど、その仕草は、幼い子どもが大人にすがりついているように見えた。
ここに残る。
怖くないわけがないのに。その台詞を、どんな思いで口にしたのか。
俺たちが生徒で子どもだから。自分が教師で大人だから。
笑って見送ろうとしている。
「私のことは心配しないでください。何もできない代わりに、皆さんの無事を祈っています」
久慈林先生は、俺が心から尊敬できると感じた初めての大人だ。
死なせたくない。
「その必要はありません。先生も連れていきます」
「連れていくって……え?」
結果はどうであれ、俺は一度、久慈林先生を見殺しにした。
それについての後悔はない。でも、全身を有刺鉄線で締め上げられるような罪悪感がある。
幸い、なんて死んでも思わないけど、こうしてやり直すチャンスを得た。
俺はただのガキで、成績は平均がいいとこ。腕っぷしに自信があるわけでもない。部活動に打ち込むでもなく、学校生活を漫然と過ごしてきた。胸を張れるようなものは一つもない。
そんな奴の言うことに、どれほどの信憑性が伴うだろう。戯言と思われるかもしれない。
それでもだ。
慰めなんかじゃなく、本気の意志を言葉にする。
「今度は絶対に助けます。だから、俺たちと生きてください」
もう目を背けない。二度と見捨てたりしない。
久慈林先生だけじゃない。俺のために残ってくれた、睦琴、聖士郎、川尻、鬼ヶ島。
こいつらの人生をバッドエンドになんかさせてたまるか。
俺が全員まとめて幸せに、ハッピーエンドに導いてやる。
ややあって、久慈林先生から力が抜けていき、組んでいた腕が解かれた。
生徒の前だからと張りつめていた緊張の糸が切れたんだろう。ふるる、と肩が震える。
こらえて。こらえて。
目に溜まっていた大粒の涙が、ぽろりとこぼれた。
「………………不動くん……」
「はい」
「……私も…………連れ……くだ……さぃ……」
「喜んで」
最後の方は声がかすれていたけど、生きたいという意志、ちゃんと受け取りました。
「みんな、これからよろしくな」
「こちらこそ。よろしく頼むよ、リーダー」
睦琴が何か言い出した。
「リーダー?」
「ボクたちは運命共同体。パーティーだ。パーティーにはリーダーが必要だと思うが?」
「そうかもしれないけど、なんで俺なんだよ。お前の方が頭いいだろ」
「桐春の言う頭がいいとは、勉強ができる奴のことだろう? 学校の成績と頭の回転の良さは別物だ。咄嗟の判断力や、味方を指揮したりする能力はボクにはない。アドバイザーあたりのポジションが性に合っている」
「俺にはリーダーの資質があるって?」
「普段なんの取り柄もなく冴えない主人公が、異世界で驚きの発想力と行動力を発揮するのは王道中の王道じゃないか。桐春はやればできる子だよ。やらないだけで」
さらっと普段の俺がディスられた。
「一応訊くけど、聖士郎はパスだよな?」
「わかってるなら訊くな」
この話に自分は無関係だと言いたげに、聖士郎は「くぁ」と欠伸をした。
「鬼ヶ島は?」
「指揮とかまぢ無理。全部『うぇーいww』でおけまる?」
「いいわけあるか。なしよりのなしだ」
こいつあれだ。『めいれいさせろ』が面倒で、常時『ガンガンいこうぜ』を選ぶタイプだ。
「川尻はどうだ? 老若男女に好かれそうだし、案外リーダーに向いてるんじゃないか?」
「ダメよ! わたしは四月生まれで、たぶんみんなよりちょっとだけおねーさんだろうけど、学級委員とかやったことないもの! おねーさんだけど!」
「学級委員なんて、俺もやったことないですけど」
「そうだろうけど!」
「そうだろうけど?」
「でもね、わたしもふどーくんはリーダーに向いていると思うわ。わたしを庇ってくれた時、すごくカッコ良かったもの! だから、美男美女のむつことちゃんとせーしろーくんの友達でいることに引け目を感じる必要なんてないわ! 自分をブサイクだなんて言わないで!」
言った覚えないです。
「推薦してくれるのは嬉しいけど、無難に、こういう場合は先生でいいんじゃないかな」
涙が止まったばかりの人に引率を押し付けようとするのも、どうかと思うけど。
助け舟を求めるも、久慈林先生はふるふると首を横に振った。
「私は生徒たちの自主性を尊重します」
「そですか」
やべえ、他に候補者がいない。
了承を待たずに、睦琴からリーダー就任の拍手が飛んできた。
「ふふ、有埜は女子に興味がないから、実質、桐春のハーレムと言っても過言ではないね」
「マジでーちょーうれしい(棒読み)」
「ちなみに、自分で言うのもなんだけれど、ボクは初期の段階からでも比較的攻略しやすい、チョロイン設定になっているよ?」
「だから言ってんだろ。俺は、お前のことを女子だとは――……」
思っていない、と言いかけた言葉が途中で止まった。
脳裏に、ホブゴブリンに捕えられた時の、あられもない睦琴の姿が思い浮かぶ。
あの時に見た睦琴は、生涯の友だなんだと言っても、やっぱり女子で……。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「それで、任せてもいいのかな?」
「他に立候補する奴はいないんだろ」
「ふふ。よろしく頼む。存分に、秘められた才能を開花させてくれ」
「へいへい」
異世界で生きていく覚悟はしたけど、俺がリーダーね……。
こっちは覚悟を決めたというより、諦めに近かったと思う。
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