「早速だけど、みんなに一つ、頼みがある」
強制できるようなことじゃないので、これはあくまでも、お願いだ。
「どのスキルを誰に振るか、俺に決めさせてほしい。誓って、自分一人だけ得をしようだとか思っていない。悪いようにはしないから」
「ボクは構わないよ」
「オレも。桐春に任せる」
睦琴と桐春は了承。話がスムーズで助かる。
「アタシも別にいーけど、なんだっけ、【状態異常無効】の副作用ってやつ」
「スキルを所持した本人にとって、生理的に受けつけない姿になる?」
「うん、それはちょっちヤバたにえんかなーって。アタシの場合だと、ヘビとかミミズとか、ウネウネしたものになる可能性大、みたいな?」
「まあ、そうだよな。そのあたりも一応考えてるから、心配すんな」
鬼ヶ島じゃなくても、このスキルだけは御免被るって意見が普通だろう。俺だって嫌だ。
要確認だけど、選ばなくてもいいという選択肢があるなら、迷わずそうする。
「わたしは、きりはるくんが選んだものなら、どんなスキルでも構わないわ!」
「川尻さんと同意見です。私は元より死んだも同然の身。不動くんの采配に委ねます」
「川尻……。先生……」
この二人、天使と女神か。
『呼ばれた気がしました』
「呼んでねーよ。勝手に湧いてくんな」
『ふん、わたしだって、あなたと口を利きたくなんてないです。でもそろそろ《掃き溜めの世界》に行ってもらわないと困るんですよ。わたしも暇ではないので』
自分の都合で喚び出して、この言い草。自己中の極みだな。
「口を利きたくないって意見には賛成だ。無駄話はやめておこう」
『そうしてください。で、誰にどのスキルを与えればいいか決まりました?』
「その前に」
『あーもー。なんですか!?』
「先生を召喚したことについてだ。これはそっちのミスだろ。フォローは何もなしか?」
至極真っ当なことを言っているはずなのに、女神は面倒臭そうに嘆息した。
『何を言うかと思えば、女神にミスなどあり得ません。もし現状に不利益を感じているのだとしても、それはその人の運命だったのです』
「小学生でも使わないような言い訳だな」
『別に意地悪をしているわけではないのですよ。わたしが用意したスキルには、わかりやすく言いますと、異世界行きのチケットと、現地での言語適応機能が付いているんです。つまり、スキルを持っていないと、異世界に渡れないんです』
となると、スキルを受け取らないという選択肢はないわけか。
この場にいる人間は、俺、睦琴、聖士郎、川尻、鬼ヶ島、そして久慈林先生で6人。
しかし、残っているスキルは5つしかない。
「だったら、スキルをもう一つ増やしてくれたらいいだろ」
『それはできません。ただでさえ、体験学習で相当の力を使っているんです。ここからさらに神の力を分け与えてしまうと、わたしは創造主としての神格を保てなくなります』
「知るか。我が身可愛さで、そっちの不手際のしわ寄せを他人になすりつけるとか最悪だな。神様のくせに、どんなブラックだ。お前の神格とか、こっちはどうでもいいんだよ」
『どうでもいいということはないでしょう。全ての世界に悪影響が出ますよ?』
「くそみたいな体験学習を設けなけりゃ、神の力ってのにも余裕があったんじゃないのか? ずいぶんとお粗末なやりくりだな。家計簿でもつけたらどうだ?」
『全を優先する場合のメリットと、個にかまけるデメリットでは到底釣り合いが取れません。人間一人の存在を異世界に通すのは、あなたが想像する以上に膨大な力が必要なんです』
「先生にはなんの罪もないんだぞ。可哀想だとは思わないのか?」
『そう思うなら、あなたが代わってあげればどうですか?』
後ろで久慈林先生が、首を全力で左右に振っている。
「他に方法はないのか?」
『ありません。これ以上食い下がるようなら、今すぐ彼女を消去しますからね』
正論で責任を追及してもダメ。情に訴えかけてもダメ。
モノの考え方というか、精神構造が根本的に俺たちとは違うんだろう。
「与えられるスキルは、異世界行きのチケットみたいなものだって言ったよな?」
『言いましたが?』
「例えばの話だけど、身長が3メートルくらいあって、体重が300キロ以上ある人間でも、同じチケットで異世界に送れるのか?」
『いえ、そこまで規格外のサイズだと、さすがに無理です。別途力を注ぐ必要がありますね。でもそんな人間は、最初から選別の対象外にしています』
なるほど。チケットというよりも、要は重さと大きさで配送費用が変わってくる郵便切手に近いわけだ。魂とか、よくわからんものが出てきたらどうしようかと思ったけど、それなら。
「提案したい。さっき紹介されたスキルの一つを、2つに分けることはできないか?」
ウチのクラスで一番大きいのは、ゴブリンに射殺されていた最初の犠牲者、前迫大樹だ。
身長は185センチってところか。体格もいいし、体重も80キロ以上あるだろう。
一番小柄な川尻に、この場にいる女子をあと一人足しても、まだ前迫の方が嵩張るし重い。
『2つに分ける? それってまさか、能力の性能を半分にしてしまうということです?』
「そうなるな」
きっぱり頷くと、女神は猫が匂いを嗅いだ時に見せるフレーメン現象みたいに、ぽかーんと口を半開きにした。
『あなた、自分で散々ゴミだと言ったくせに、さらに弱体化させようと言うんですか?』
「人命優先だ」
『わたしとしては、人命より、魔物を駆除するという使命を優先していただきたいのですが。1人の命と世界の重み、比較するまでもないでしょう?』
手前勝手な意見を押しつけんな。
反射的に飛び出しそうになった罵声を、すんでのところで抑え込んだ。
「これも言ってたよな。スキルの性能を均等にしてしまったら、強い魔物には勝てないって。それって、俺たちが選べるスキルは残りカスで、大して期待なんかしてないってことだろ?」
『期待に大きな差があるのは確かです』
この野郎……。残りカスってところも否定しやがらねえ。
「そんなスキルの性能を半分にしたところで、そこまで戦力ダウンになるか? 逆に、人手を増やした方が、能率は上がると俺は思うけどな」
『そういう見方もできなくはないですが、うーん……』
考えるということは、不可能ではないってことだ。そして女神は〝メリット〟なんて言葉も口にした。つまり、メリットさえ提示できれば、交渉の余地はある。
『いいえ、やはり認められません。下々の願いを安易に叶えてしまっては、わたしを唯一神と崇めるカワイイ信徒たちに示しがつきませんから』
「そう言わず、話だけでも聞いてくれ」
『断じて却下です』
「聞いてくれるなら、今までの非礼を反省し、改心して敬虔な信徒になってもいい」
『…………本当に?』
「じっちゃんの名にかけて」
『んもーう、仕方ありませんね! 特別に、あなたの提案を呑みましょう』
それまでの仏頂面が嘘のように、女神の表情に喜色が浮かんだ。
こんなこともあろうかと、存在を消されかねない危険を冒してまで暴言を吐き続け、女神の好感度を下げまくっていたわけだけど、まさか一発OKが出るとは。耳を傾けてもらう対価になれば儲けもの、くらいに思っていたのに。この女、その場の気分で生きていやがる。
『言っておきますけど、別に、あなたに信徒になってほしいからじゃないんですからね』
ツンデレは大好きな属性のはずなのに、こいつがやると腹立たしさしかない。
だが、考えていたもう一つのメリットを提示する必要がなくなった。女神は気づいていないようだし、変に期待されたり、逆に危険視されたりしても面倒だ。こっちは隠しておくか。
『特例は、この一回だけです。あとはもう、いかなる要望も受け付けません』
「わかった。いえ、わかりました」
『それと、約束は約束。守ってもらいます。ちゃんと反省もしてくださいね』
「もちろんです」
女相手に「この野郎」とか「くそ野郎」とか言っちゃったけど、誤用だ。「野郎」は男に使う言葉なんだから。ちゃんと「くそ女」と言うべきだった。反省反省。
あとな、信徒になるとは言ったけど、お前の信徒になるとは一言も言ってないから。
『ふふ、やっと敬語を使ってくれましたね』
好きな男子に話しかけられた女子みたいに無邪気な顔をされ、思わずほだされそうになる。
こいつはたぶん、他人の心の機微を学ぶ機会がなかったんだろう。
やれ創造主だ、唯一神だと崇められるだけで、窘める者が周りにいなかったに違いない。
それを思うと、ほんの少しだけ腹立たしさとは別に、憐れみを感じる。
だからと言って、あり余るムカつきを鎮火させることなんて、できるはずもないが。
『そうだ、ついでと言ってはなんですが、他の皆さんも、この機に入信してはどうでしょう? 今なら特典として、わたしと握手する権利をつけてあげてもいいですよ』
女神の寝言に対し、俺の後ろで聖士郎がぽそり、「いるかよ、ドブスが」と吐き捨てた。
「女神様。今、この有埜聖士郎が、女神様の悪口を言いましたよ。ドブスって。こいつにも、俺にやったみたいに神の雷の設定を付けといた方がいいんじゃないですか?」
「ちょ、オイ、桐春!?」
俺の告げ口に、驚愕の面持ちで聖士郎が腰を上げた。
上から押さえるジェスチャーで「心配するな」と伝える。当然、考えあってのことだ。
『ふふ、ドブスですか。二度目はないですが、今は気分が良いので、一度だけ許しましょう。明らかに嘘だとわかるものでしたし、男性にまで妬まれてしまう美貌を持ったわたしにも非がないとは言えませんから』
「面白い冗談ですが、付けておくべきでしょう。でないと、女神様が聞いていないところで、絶対にまたドブスって言いますよ。ブスブスドブス、超ブス、くそブス、くたばれドブスが。よくもこんな目に遭わせてくれやがったな、地獄に落ちろウ●コブスって」
見た目はともかく、こいつの性格が超ドブスであることは間違いないし。
『そ、そこまで言うのでしたら……』
釈然としない様子ながらも、女神は俺にしたのと同様の処置を聖士郎にも施した。
「それじゃ、俺の指定するスキルを2つに分けてください」
『いいでしょう。付属の言語適応機能に関しても、問題なく働くようにしてさしあげます』
「ありがとうございます。で、スキルの割り振りですが、まず俺には――――」
俺、睦琴、聖士郎、川尻、鬼ヶ島、そして最後に久慈林先生へとスキルが行き渡った。
采配の意図を説明していないため、当然どよめきが起きたが、これで転移の準備が整った。
ここで女神が、思い出したように「そうそう」と言った。
『【状態異常無効】の副作用である変異ですが、現地に降りると同時に発現します。高確率で、地を這う害虫あたりになるかと思いますので、他の人がうっかり踏み潰さないよう気をつけてくださいね。まあ、そんなことでは潰れませんし、死ぬこともありませんけど』
ジョークのつもりらしく、女神は笑える要素皆無の台詞をおかしそうに言った。
誰もリアクションを取らないことに気まずさを感じたのか、女神が咳払いを一つして冷えた空気をリセットした。
『それでは、転移を始めます』
一転真面目な態度を見せた直後、俺たちの足元に、野球場のナイター照明で使えるレベルの超強力LED投光器を灯したみたいな凄まじい光が溢れ出した。元から白かった世界が、机や椅子の残骸、人も全て飲み込んで、本当に白一色に染め上がっていく。
眩しさに視力を奪われる中、仰々しい台詞だけが聞こえる。
『女神に選ばれし、栄えある代行者たちよ。これから先、あなたたちには数々の苦難が訪れるでしょう。ですが、あなたたちには女神より授かったスキルがあります。体験学習での経験を活かしなさい。既に発った者たちと比べる必要はありません。どんな些細な働きであっても、神に尽くさんと傾注する限り、わたしはあなたたちに期待しています』
最後の最後まで自分本位な戯言を口にした女神の声が、次第に遠退いていく。
『お行きなさい。《掃き溜めの世界》での活躍を祈っています』
活躍? 知ったことか。
俺の頭にあるのは、異世界で生き抜くことだけだ。仲間を一人だって欠けさせやしない。
これが最後とばかりに、俺は万感の思いを悪態に乗せる。
「じゃあな、くそ女」
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