LEFT OVERS

木野裕喜
木野裕喜

第1話 絶望への序章

公開日時: 2020年9月4日(金) 20:00
更新日時: 2020年9月20日(日) 13:54
文字数:4,196

はじめまして、木野裕喜(きのゆうき)と申します。

TSが大好きです。

いつか異世界やVRMMOのように、TSがWEB小説の主流になればいいなと思っております。

登場は少し先になりますが、もちろん本作にもTSがあります。

それまでどうか、お付き合いいただけますと幸いです。

 今から約一万年前。

 百を超える世界を管理することに、創造主たる女神テラは疲弊していた。

 万物は、ただそこに在るだけで液体に沈むおりのように、魔素と呼ばれる不純物を生む。

 魔素の蓄積を放置しておくと、やがてはグラスから水があふれるが如く、洪水であったり、地震であったり、噴火であったり、様々な形で世界を蝕む災害を引き起こす。世界を健やかに保つためには、神が定期的に魔素を取り除かねばならない。


 だが――


『死ぬほど面倒くさいです! 神だから死にませんけど!』


 と、女神は憤る。

 個々の世界に干渉し、魔素を処理してまわるのは、膨大な時間と労力、そして視野の広さを必要とする。過去には取りこぼしも発生した。その結果、修復不可能な損傷を与えてしまい、破棄せざるを得なかった世界もある。

 そこで女神は、ある妙案を思いついた。


『大きなゴミ箱を作りましょう』


 数が多くて目が届かないのであれば、たった一つの世界に、全ての魔素が集まるようにしてしまえばいい。

 一括で処理した方が、遥かに効率的だと考えた。

 大量の魔素を抱え込むことになる世界に、平穏など訪れようもないことを知りながら。

 えあるゴミ箱の役目を課せられた世界は掃き溜めの世界ディスカリカと名付けられた。


 時は流れ、されどまだ数千年は昔。

 効率化に味をしめた女神テラは、さらなるオートメーション化を求めた。


『魔素の出力を変えて、自然災害ではなく、魔物という形を取らせるのはどうでしょう』


 ディスカリカに生息する種にとっては酷だろうが、災厄を常態化させておくことで、世界にかかる負担は最小限で済む。さらに神の能力を分け与えた代行者をディスカリカに常駐させ、処理に当たらせるのだ。上手く機能すれば、神の労力は格段に軽減される。


 代行者に選ばれるのは、分け与えられる能力の種類などの関係で、一度に30名とされた。代行者が全員死亡した後、数ある世界の中から女神の気まぐれにより再び選ばれる仕組みだ。


 気まぐれとはいえ、一応の選定基準がある。

 治安の良い環境で育ち、犯罪行為を禁忌とする者が割合的に多い民族から心身共に若い者を選ぶこととする。同じく割合的な話になるが、そうした者の多くは権力欲や支配欲が乏しく、種族差別を嫌い、神の力を与えると、世界を平和に導かんと使命感を抱く傾向にあるからだ。 


 代行者をディスカリカに送り続けて二千年が経った頃。

 ストレスフリーな自動化に左団扇かと思えば、その真逆。女神の不満が爆発していた。


『代行者、簡単に死にすぎなんですけど!?』


 寿命ではなく、主に魔物との戦いで。

 争いに縁遠い者たちを選んだ弊害か、代行者の大半は、致命的に危機意識が欠如していた。知能の低い小動物ですら、本能で感じ取れる彼我ひがの力量差が想像できない。与えられた能力を過信し、低レベルのうちから無謀な戦いに挑み、そして呆気なく命を落としていった。


 苦肉の策として、女神は代行者を現地へ送る前に、体験学習チュートリアルを設けようと考えた。

 魔物を恐れよ。

 魔物を憎悪せよ。

 あらゆる手段を用いて魔物を駆逐せよ。

 この意識を骨の髄にまで叩き込むため、まずは神の力を与えず、ありのままの状態で魔物と対峙させることにした。非情に見えるかもしれないが、全ては代行者の生存と活躍を慮った、神の慈悲なのだと女神本人は主張する。


 そして現在。

 新たな代行者たちが、女神の独断によって選ばれ、召喚された。


『はじめまして。わたしは創造主の女神テラと申します。突然ですが、ここにいる皆さんには今から異世界の魔物と戦っていただきます』


 こうべを垂れることもなければ、了承を得ずにび出したことへの謝罪もない。

 当然だろう。神に後ろめたさなど微塵もないのだから。

 神とは、乞うものではなく、一方的に与えるものだ。それが救いなのか、地獄を見るほどに厳しい使命なのか。相手が求めているのか、拒絶しているのかは考慮するに値しない。


『あ、驚かれましたか? ですが皆さんは、とっても、と~っても運がいいんですよ。矮小な人の身でありながら、神の仕事を手伝える権利を得たのですから。これほど名誉なことは他にありません。おめでとございます』


 パチパチと軽快に手を叩く女神の歓迎を受けているのは、若い人間たち。

 女神の高いテンションについていけず、一様に言葉を失い、呆然としている。


『今回の代行者は地球ティエラの……えーと、ニホンという国からお越しですね。皆さん同じ学校の、いわゆるクラスメイトという関係だそうですから、各々の自己紹介は割愛しちゃいます』


 戸惑いからくる生徒たちの沈黙を、女神は己に対する畏敬と捉えて気を良くした。

 そんな女神が、「おや?」と何かに気づいた。


『1人だけ大人の方が混じっていますね。あー、なるほど……。先生も一緒に召喚しちゃっていましたか。ということは、ここには今、31人いるわけですよね。うーん、困りました。転送の準備は30人分しかないんです。かと言って、元の世界に戻すわけにもいきませんし』


 召喚された者たちの存在は、元の世界では既に無かったものとして書き換えられている。

 関わった者たちの記憶、生きてきた軌跡は全て、真空に新たな空気が流れ込むかのように、別な形で整合性を取ってしまっているのだ。存在し得ない者を強引に戻そうとすれば、世界はバランスを崩し、魔素の蓄積と同じく世界に害をもたらす。それでは本末転倒だ。

 良い案が浮かんだのか、女神が「うん」と一つ頷いた。


『仕方ありません。先生は、この場に置いていきましょう』


 満面の笑みを湛えながら下された決断は、慈悲の欠片もないものだった。

 この何も無い場所――水はおろか、無機物、有機物の一切が存在しない、白いだけの空間に置き去りにする。死刑宣告と、なんら変わりない。


 詳細は語られない。それはパニックを恐れたり、生徒たちの士気を心配したからではなく、ただ説明するのを面倒に思ったからであった。放置という選択すら、手ずから処分する手間を省いただけのことである。

 イレギュラーな31人目の問題は片付いたものとして、女神は先を続けていった。


『――というわけで、皆さんには後程ディスカリカに渡っていただきます。え? この場所は違うのかって? はい、ここはまだ目的地ではありません。皆さんに魔物との触れ合い体験をしてもらうため、わたしが簡易的に作った極小の世界です』


 そう言って腕を横薙ぎに払うと、少年少女の周囲に、石のレリーフが何十枚も出現した。

 緩やかにたゆたう一枚一枚に、異なる生物のイラストが名称付きで描かれている。


『さあ、好きな魔物を選んでください』


 生徒たちの間で相談する素振りはなかったので、意図せず無意識にだろう。状況を理解しているとは言い難い少女の一人が、目の前に浮かんでいた一枚に触れてしまった。


『はい、選びましたね。ふむふむ、Goblinゴブリンですか。なかなかに良い選択だと思いますよ。ちなみに、この体験学習チュートリアルですが、ルールのようなものはありません。善行蛮行、一切の行いを認めます。とにかく全身で魔物という存在を体感してください』


 現時点では、憎悪は当然のこと、まだ誰も恐怖を感じるには至っていない。

 代わりに、得体の知れなさを前にして、例外なく困惑の色に染まっている。


『時間制限はありませんが、数を半分まで減らした時点で終了としましょうか。それまでは、何があっても中断しませんので悪しからず。美しい女神なのに厳しいと思われたでしょうか。ですが、これは全て、皆さんのためを思ってのことなのです』


 絡ませた両手の指に口づけをするようにして、女神は代行者たちを慈しむ。

 それは福音ふくいんというよりも、冥福を祈っているようでもあった。


『あ、そうそう。一度だけ神の火を行使できる魔法の杖を授けておきましょうか。一介の術士が使うには過ぎた代物ですが、現地へ送る前に魔法を体験しておいて損はないでしょう』


 ぽん、と女神が両手を合わせると、先端に丸い深紅の宝石が付いている以外に飾り気の無い杖が、地中から湧き出るようにして少年少女たちの中央に出現した。


『杖に意識を向けると説明書が表示されます。ご確認を。一本しかないですので、誰が使うか皆さんで決めてください』


 【テラの杖(火)】

 女神テラの慈悲と情熱によって作り出された魔法の杖。

 一度だけ 《神の火》を撃ち出せる。

 射程距離は20メートル。

 火力は約10,000℃。

 効果範囲は着弾点の半径5メートル。

 ※火傷には充分注意しましょう。


『重ねて申しますが、この場にいる皆さんは、とてつもない幸運に恵まれたのです。数多あまたある世界から神の目に留まった、選ばれし代行者なのです。それがいったいどれほどの確率によるものなのか、もはや数字で表す意味を成しません。その奇跡をもたらしたのは、このわたし、女神テラ女神テラなのです』


 熱の入った演説で、女神はしきりに己の名を連呼し、幸運を訴えかけた。


『信仰とは、神への信頼。強制するようなものではありません。しかし、こうして神の威光を目の当たりにしたことで、皆さんが、たとえ無神論者であったとしても、この瞬間に信仰心が芽生えてしまったのは、無理からぬこと。わたしはその責任を取りましょう。愛の深さに時は関係ないように、信仰にもまた同じことが言えます。本来であるなら、信徒一人一人の信仰が神に届くことなどありませんが、女神テラの名において、皆さんの祈りは全て監視、もとい、受け止めると、ここに約束いたします』


 まくし立てるように女神は言った。意見を求める必要はない。

 何故なら、これは神の啓示なのだ。感謝し、崇め敬う以外の選択肢などあろうはずがない。


『さあ、敬虔けいけんなる信徒たちよ。祈り、備えなさい。そして励み、尽くしなさい。世界のために身を捧げられることを誇り、喜びとしなさい。わたしはいつでも、皆さんを見守っています』


 つぅ……。

 と、温かい涙を一筋流した女神は、ゆっくりと後光に飲まれるようにして姿を消した。


 今この時より、新たに選ばれた代行者たちによる物語が紡がれてゆく。

 ただし、それは異世界の魔王を倒し、世界を平和に導かんとする冒険譚などではない。

 ましてや、女神による世界救済劇を、感動と祝福でつづる神話でもない。

 これから始まるのは、神の手に余る掃き溜めを浄化せんと、掃除人としての責を強いられた少年少女の、過酷で残酷な悲話である。

 殺し、殺され、恐怖と絶望の渦中で憎悪と侮蔑がひしめく惨劇の舞台が幕を開ける。



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