半月の探偵

知識と推理力は全てを凌駕する。さあ、事件の幕を引くとしよう
山田湖
山田湖

絵の中の少女

公開日時: 2021年8月9日(月) 19:05
文字数:1,470

「なんだ、この絵?」

 東雲が絵を冷蔵庫に立てかける。少しずつ絵がずり落ちていくが、それも摩擦によってすぐに止まった。

 東雲が引きづり出し、立てかけられた絵には、ベットに横たわる茶髪の少女と瓶に入った白い薔薇が描かれており、絵の知識がそこまでない彼でも、相当絵が達者な人物が描いたものだということが分かった。


 彼と東雲の2人が準備室から絵が出てきたという驚きと、絵が放つ美しい迫力に気圧され、机のことなんてほったらかしにして惚けていると、「ちょっとー、いつまで時間かけてんだよー」と五十嵐が家庭科準備室に入ってくる。だが、若干不機嫌さを帯びたその声は、目線が絵に移るにつれて尻すぼみになり、次に来るであろう文句は、今の準備室を支配する沈黙へと溶けていく。そして、先にいた二人と同様、絵を見てそのまま固まってしまった。この絵には、見る者を圧倒する何かがあると、ぼんやりした頭で彼は考えた。歴史的絵画には及ばぬものだとしても、この絵には描いた者の、一瞬を永遠の中に閉じ込める執念が詰まっているように思える。


 そのまま準備室を沈黙が支配していたが、ようやく「準備してた時にはなかったよな……?」と絞り出すような声で東雲が口を開けた。

「ああ、無かった、はずだよなあ」

 少し話し出すと鎖がどんどんほどけていくように、脳がすっきりしていくのが分かった。それと同時に、様々な疑問が彼の頭の中をよぎっていく。

「まず、誰が、どのタイミングで、何のために入れたかが重要だ」

「お、5W1Hですな」

「まあ、そんなとこだ」

 まず、彼は絵を間近で観察してみることにした。まず全体を俯瞰し、次に細部を見る。

「多分、絵の具の劣化の具合から言って10年は経っているものだろうな。重ね塗りしたような形跡が見られないから、補修もされてない。ただ、ほこりが付着してないのを見るに、乾燥中は相当気を使っただろうし、保存状態も虫食いが見られないから良好だ」

「ほお、なんか探偵みたいだな」

 東雲が茶化してくるのを受け流し、彼はさらに絵をじっくり見る。すると、絵の中の少女の、長袖を着て露出面積が少ない腕の皮膚に、薄っすらと茶色の斑点が描かれていることに気づく。

「絵の少女は、病気だったのか」もし、そうであれば彼の感じた、この絵を描いた者の執念も納得できる。

「だとすると、多分この絵を描いたのはこの少女に限りなく近い人物かもね」

「まあ、そりゃあなあ」

 そのまま、3人で考え続けても新しい発見は無かった。それどころか、脳内の思考が堂々巡りしてきた気がしてくる。やはり、灰色のコートを着ないと、自分で納得するような推理はできないらしい。彼が若干諦めの境地に入りつつあると、あまりに準備室から出てこないことを不思議に思ったのだろう。外にいた帆波が部屋に入ってきた。

「ちょっとー、みんなどうしたの……。ん? 絵?」

「そう、絵」帆波の疑問に五十嵐が答える。すると、帆波は絵の鑑定士のように「ん~」と唸りながら、絵に近づいていく。それを見た彼と五十嵐と東雲は帆波と絵から少し距離を取った。帆波はそのまましばらく絵、というよりは描かれた少女の顔をじっと見ていると、突如として「あ!」と何かを思い出したように手を叩いた。


「どした?」

「いや、この絵の中の女の子、見たことあるなーて」

「え!?」

 もし、そうだとすればこの絵を準備室に置いた人物に一歩近づけるかもしれない。突然の天啓に、考えがループしていた彼は迷わず飛びつく。

「で、誰なんだ?」

 彼の問いに帆波は絵の中の少女を見やりながら答えた。



「桜ノ宮涼子、私たちの1個上の先輩よ」

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