オリエンテーションから1週間後の入学式。
我が校は男子校ではあるものの、女子部も存在している。そのため、1つの学年で2,000人ほどの生徒を擁するため、入学式などの催事には敷地内のホールを使用する。
このホールは相当なもので、実際のところは学生身分が気軽に使うような設備ではないのだが、その感覚麻痺は大人になってからでないと残念ながら分からない。
◇
入学式ではホールでの席順が決まっていて、出席番号順に並んで座っていくことになっている。
教室でその番号を各自確認してからホールへ向かうのだが、クラス単位で移動すること10分。外部から入学した生徒は、あまりの敷地の広さなどに面食らうに違いない。内部から進学した僕らですら「へぇ、こうなってるんだ」「こんなところにこんな場所が」と知らないことだらけなのだから。
移動中は特にアイツと関わることなくホールへたどり着いた。中学までの人数なら二階席までで収まっていたため座ったことがなかったが、今回は初めての三階席だった。
ワクワクして「うわー」と前の端まで行ってみたのだが、あまりの高さにちょっと足がすくんでしまって
「あ、ちょっと怖いかも...」と少しフラフラとした瞬間、後ろから抱き抱えられるように身体を支えられた。
「怖ぇならこんなところから見下ろすんじゃねぇよ、危ねぇだろうが」
抱き抱えられるまま首だけ振り返ると、少し見上げるくらいの高さにソイツの顔があった。ニヤニヤもせず、意地悪そうな顔もせず、真剣な顔をしていた。
「どれくらいの高さなのかなと思ったんだけど、どちらかと言えば高い所苦手だった...」と振り返りながらソイツの腕を払おうとしたのだが、何故かあまり力が入らず、僕は倒れ込むようにしてソイツの胸の中に顔を埋めてしまった。ソイツは僕が足から崩れないようにと気を遣ってくれたのか、腰を支えてくれていた。
ち、ちが...力が入らなくって...
早く離れなきゃと思っても身体が言うことを聞いてくれず、ようやく離れることが出来たのは数秒後だった。
周りから見たら完全に勘違いされそうな状況になってしまっていることが恥ずかしすぎて「ごめん、、」と顔を真っ赤にした僕はそそくさと席を探しに行った。
思っているほど周りの注目を浴びてなさそうで安心したし、席もすぐ見つけられた。アイツにはちょっと悪いことしちゃったけど大丈夫かな。
と考えているのも束の間、左隣に座ったのはソイツだった。
え、出席番号順ですよね...?
「は?何でここ座ってんの?」
「あいつが席代わってくれって言うから仕方なく代わってやっただけ」
「いや、代わってくれなんて絶対言われてないよね?バレたら怒られるよ?戻りなよ」
「大丈夫だって。あ、始まりそうだからもう無理だな」
何なのですか、この人は...僕と友達になったつもりでいるのか?いや、むしろもう僕とコイツは友達になっているのに、僕がそれをただ認めてないだけですか?コイツの考えてることが全然読めない......
式は学園長の挨拶から始まり「なぁ、あれヅラかな?」「長過ぎじゃね?」「なぁ、眠くなってきた」と耳元でいちいち話し掛けてくるコイツは、無邪気な子供のようだった。
あ、そうか。コイツは悪気があって言ってるわけじゃなく、子供みたいなもんなんだ。だからこうやっていちいち話し掛けてくんのかな...鬱陶しいけど。
僕もそうだけど、知らない人間同士がクラスメイトなわけだし、もうちょっとコイツに向き合ってやってもいいのかな...
そんなことを考えていた僕は、気が付くとアイツの肩に頭を乗せていた。
あろうことか、僕は居眠りをしていたようである...何故こんな失態を...
校歌斉唱となって目が覚めたのだが、コイツもタチが悪い。居眠りした時点ですぐに起こせっつーの。てか肩に頭乗っかったら嫌だろ、普通は。いい奴なのかバカなのか、まったく...
◇
式が終わり、生徒は教室へ戻ることになるのだが僕の脚は痺れていた。
長時間座っていて座り方が悪かったのか、下手に動かすことができない。触ると「ビーーン」となるアレだ。
他の生徒が席から立ち上がって戻っていく中、僕は立つことが出来ずにそのまま痺れが収まるのを座ったまま待っていた。
左に座っているコイツは何かを察したのか、まだ座っている。
「行かないの?」
「あぁ、今出ても混んでるだろ。もう少し空いたら行く」
足が痺れてるの中々収まらないけど、このままだと一緒に教室戻らないといけなくなるな...さっきのアレもあったし、ちょっと気まずいからここは我慢して立つか...
そう考えた僕は「じゃあ先に行くね」と言って席を立った。痺れてるけど我慢すれば歩けそうだ。うん、大丈夫。
、、と同時にアイツも席を立った。そして「ほら」と、手のひらをこちらに差し出す。
「まだ行かないんじゃないの?」
「気が変わった。多分もう空いてきてるだろ。ほら」
「ほら」
手のひらを差し出して何かを催促される。
「飴?何か欲しいの?」
「ちげぇよ、バカ。手だよ、手出せよ」
「え、大丈夫だし...」
「手出さねぇなら、お前のこと抱っこして連れてくぞ?」
ひぇー、さっきの抱き抱えられたのですら恥ずかしかったのに、抱っこなんてされてるのを他の人に見られたら生きていけない、、手くらいなら別にいっか...
左手を掌の上に乗せると、コイツはしっかりと手を握って横を向きながら僕を誘導してくれた。
まるでお姫様をエスコートする王子様のように。
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