かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第四十二話 誰が神を慰めるのか。

公開日時: 2020年10月7日(水) 06:14
文字数:3,712



 瓦礫の山の中。夜を迎える。

 黒衣の男は無事に体をつなげ、指をならし現れた黒馬と共に消えた。


 必ず帰ってきます。

 そう言い残して。


 私はタチに沢山抱かれた。

 タチに触られていると、自分の中身を強く感じる。

 感情なのか、心なのか、魂なのか…。

 感じているのは肉体なのに、自分の中身が揺さぶられる。


 誰に向けてかもわからないけど「ごめんなさい」と繰り返し謝る私に、タチはずっと「良い子だ」と返してくれた。


 愛してる。大好きだって。ずっと、ずーっと伝えてくれた。


 私は涙が枯れるまで泣いて、必死にタチにしがみ付く。

 何もかも忘れて、今だけを感じていたいという願いと。

 自分は神様なんだって、自責。

 どうしてこうなってしまたんだろう。という不安で。


 私の中で沸き乱れる、ぐちょぐちょした感情と、快楽に溺れながら。

 夜空の下、タチに包まれて、声を上げる。


 

 ちなみにストレちゃんは空気を読んで、私たちのいる小屋の跡地じゃなく、離れた馬の所で寝てくれてたみたい。

 本当いつも、申し訳ない。今度3人で美味しいものをたくさん食べようね。


「タチと居るとね…どんどん弱くなっちゃう。こんな泣き虫じゃなかったもん。」

 崩れた小屋の中、ひっぱりだしたベッドの上で、いつものタチ枕に頭をのせて目尻を拭う。

「ナナは頭が悪いな。そこも可愛いが。」

「…なんで?自分の変化に戸惑うのは普通でしょ?」

 素っ裸で寝そべる二人。

 タチが、乱れて汗で張り付いた私のおでこの髪を整えてくれる。


「強弱とは相対だろう?ようは比べっこだ。」

「うん。」

「なら答えは明白だろうに。ナナが弱いのではない、私が強いだけだ。」

「…なるほど。」

 乱れ毛を整え終わったタチが、おでこに一つキスをくれる。

 不正解者にも優しい強者だ。

 

「私はドンドン強くなるから、ナナがドンドン弱くなるのも当然だろう?」

「…ダメな気がするけど納得しちゃう。」

「散々思い知らされて、まだ抵抗するつもりか?体は素直だぞ、頭一撫でで負けを喜ぶ。」

「撫でられなくても、負けてるもん。」

 タチの唇に人差し指で触れる。

 卑猥ひわいなのに、私を説き伏せる呪文を吐き出す魔法の唇だ。


「良い子だ。それでいい。何度も何度も教えてやる。私が上で、お前が下だ。」

「そうやって、神だって打ち負かすつもりだったんだ?」

「予定は変更だ、こんなに可愛い神は殺すに惜しい。…しかしそうかナナが神か…。」

 自分で振ってしまった話題に、少し後悔する。

 私が何者かなど関係なく、今は「タチの下」として可愛がって貰えてたのに。


「妙にひかれた理由はそれだったのだろうな。」

 ズキリ。胸の奥がちょっと痛む。

 

「私が…神だったから、タチは私が気になったんだよね…。」

 聞かなければいいのに、でも言葉が唇から抜け出してしまう。


「要因は色々あるだろうが、それが大きかったのだろうな。」

 タチはいつだって素直だ。隠すことも、恥じることもしない。

 その強さが、私の弱さを引き立てる。


「きっかけがそれでも、私がナナを愛してる理由は神だからではない。ナナが悪魔でも、魔物でも、好きなものは好きだ。」

「…うん。」

 わかっている。わかっているのに、ちょっと不安になる。

 もし、私が本当にただの人間だったら、タチはここまで優しくしてくれたのだろうか?

 私に興味をもってくれたのだろうか?


「変えられぬモノを恥じるな。ナナはナナだ。だから巡り合えた。もしも私に精力が溢れていなかったら?などなんの意味がある。」

「でも、私は神だから。どこまでが自分か考えちゃうの。」

「どこまででも構わん。お前が良い子でいたから、私のそばにいられる。」

「全然良い子じゃないよ…。ずっと隠して、自分のタメだけに行動して…。逃げて、頼って。」

「誰の基準でだ?神か?私にとってはナナは良い子だ。それでいい。他がどう思うかなど知らん。」


 タチは…どこまでも「我」の人だった。先とか後とか、周りとかなく。

 さっき言ってた、強さだってそう。タチの強さは相対じゃない。

 たった一人でもきっと強い。絶対的な強さ。


「私にとっては最高に都合の良い子だぞ?刺激的で、可愛らしくて、意地らしくて、愛らしい。」

 言葉の並びだけ聞くと、ひどく虐げた暴言にも聞こえるが、私には、私にだけはとっても嬉しい褒め言葉。

「…都合の良い子になれてる?」

「最高にな。この世で一番愛おしい。」


 あぁ。私は、この人を忘れる事などできないのだろう。

 例え、例え神に戻ったとしても。長い月日が流れたとしても…。


「…どうしよう。戻りたくない。神様とかやめたくなっちゃう。」

 ぎゅっとタチの体にしがみ付く。

「戻る必要があるのか?」

「それは…でも、私は神様で、存在するときから、そうであったんだもん。誰かがちゃんとしておかないと…。」

「その結果、今私に抱かれている。それだけだろう?」

「戻りたくない。ずっとずーっとタチと一緒にいたいけど…。」

「ならそうしろ。」


「でも!私がいないせいで不満をもってる人や、不幸になってる人がいたら…世界を見渡せるのは神様だけ…だからイトラだって…!」

 タチの胸に顔をうずめたまま、くぐもった声で不安をぶちまける。


「見渡せたからどうだというのだ?人間全てが幸福だった時などあるまい。お前が神であった時でもだ。ならば、責を感じ胸を苦しめるのは思い上がりだぞ?神だってやめたい時はやめればいい。」

「でも!…でも!!私はタチよりもずっと年上で、みんなが生まれるずっと前から…それこそ世界が始まるその時から存在してたのに!」


「だからこうして私がいるのだろう?良くやったぞ。おかげで私はナナを抱きしめて、愛しさで胸が焼け焦がれている。」

 憎らしいほど、タチの事が好きになってしまっていて。

 しがみ付いた私の両手は彼女の体に食い込み、重なった個所から血を流す。


「元をたどればお前に行きつくのかもしれないが、みなそれぞれに意志を持つ。私だって元は母と父が作り出した。」

 タチは私に負けないぐらい強く体を抱きしめ、優しく頭を撫でてくれる。ゆっくりゆっくり。

 いつもの通りに。


「顔も知らん父が母に注ぎ、母は受け止め私が作られた。それまで一片たりとも私の物などこの世になかったが、今私は私だ。ママの思い通りに動くこともないし、自由に生きてる。両親を否定することだってもちろんできる。感謝することもな…。」

 タチの熱い体温と、心臓の鼓動が聞こえる。

 今この瞬間を生き。私に言葉を向けてくれる彼女を感じる。


 私の延長などではない、確かな他者を…。


「私の内から溢れる気持ちでだ。私のママだって同じだろう。母の母も、母の母の母もどこまでたどってもそうだ。みな意志を持つ。お前のモノじゃない。だから責など感じるな。始めたのがお前だとしても、全ての責などあるわけないだろう?」

「私…神様なんだよ?…ただの人間じゃないの。」

「人間をなめてもいいが、私をなめるなよ?私はお前になど祝福されんぞ。」

「どうして…タチ…。」


 やっぱり。やっぱり。タチと居るせいで、泣き虫になる。

 枯れたはずの目元から、溢れるはずの無い涙が湧き出てくる。

 全部。全部タチのせいだ。彼女の起こす不思議な魔法で私はこうなってしまったんだ。

 きっと彼女が存在するから、私は人になりたいって思って、肉体を得て――


「私とお前は違う。だからわかりあうタメに抱かせろ。愛してるんだ。私はナナより強い。だから私の言う事を聞け。私が死ぬまでで良い。」

「…やだぁ。考えたくないよぉ…。」


 そう、もう一つの。最大の不安。

 こんなに好きで、こんなに頼りになって、こんなに素敵な人を。

 

 いつか、必ず失ってしまう時が来るという恐怖…。


「なら考えるな。」

「でも考えちゃうよ!色んな事いっぱい!人間の私ではなんにもわからないのに!怖いよ!不安だよ!!」

「私が抱いてやる。私を信じて私に惚れていればいい。」


 タチがきつく私を締め上げる。

 体から空気が抜け、心から苦しみが絞り出される。

 私の一切が零れてしまわないよう、タチは唇を重ねながら。


 長い。長いキスだった。

 息継ぎをしなければこのまま死ねるほどの。


「…タチは私より神様みたいだね。」

「お前が望むなら変わってやってもいい。」

 優しく優しくおでこにキスがされる。

 出会ってからの短い期間で何度キスされたことだろう。

 

「不甲斐ない私より、そのほうがいいかもね…。」

「不甲斐ないのもいいではないか、元々その程度の存在なだけだ。」

「…うん。そうかも。」

「だがな、私に最高に愛された女はナナだけだぞ?」

なじられながら、自信もてって言われてるのかな?」

 激しい心の動きと泣く事に疲れた私は、へにゃへにゃの笑顔でタチにお返しのキスをする。


「私のモノだ。と言っている。自身なんてなくてもいい、私が持ってる。不安でも構わん、私が食べてやる。どれもこれもナナから溢れたものなら好物だ。」

「うん。うん。」

 私が、神である私が、味わう事など想像もしてなかったであろう気持ち。

 仕える心と、慰められる喜び…。


 ずっとずーっとこのまま…今だけが続いてくれれば…。



「やはりあなたは相応しくない。」

 一筋の光が、声と共に天から舞い降りた。


「たかだが人間一人、しかも神殺しの女に言いくるめられる。」

 懐かしい。私の最初で最古の他者。


 光の化身イトラ。

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