瓦礫の山の中。夜を迎える。
黒衣の男は無事に体をつなげ、指をならし現れた黒馬と共に消えた。
必ず帰ってきます。
そう言い残して。
私はタチに沢山抱かれた。
タチに触られていると、自分の中身を強く感じる。
感情なのか、心なのか、魂なのか…。
感じているのは肉体なのに、自分の中身が揺さぶられる。
誰に向けてかもわからないけど「ごめんなさい」と繰り返し謝る私に、タチはずっと「良い子だ」と返してくれた。
愛してる。大好きだって。ずっと、ずーっと伝えてくれた。
私は涙が枯れるまで泣いて、必死にタチにしがみ付く。
何もかも忘れて、今だけを感じていたいという願いと。
自分は神様なんだって、自責。
どうしてこうなってしまたんだろう。という不安で。
私の中で沸き乱れる、ぐちょぐちょした感情と、快楽に溺れながら。
夜空の下、タチに包まれて、声を上げる。
ちなみにストレちゃんは空気を読んで、私たちのいる小屋の跡地じゃなく、離れた馬の所で寝てくれてたみたい。
本当いつも、申し訳ない。今度3人で美味しいものをたくさん食べようね。
「タチと居るとね…どんどん弱くなっちゃう。こんな泣き虫じゃなかったもん。」
崩れた小屋の中、ひっぱりだしたベッドの上で、いつものタチ枕に頭をのせて目尻を拭う。
「ナナは頭が悪いな。そこも可愛いが。」
「…なんで?自分の変化に戸惑うのは普通でしょ?」
素っ裸で寝そべる二人。
タチが、乱れて汗で張り付いた私のおでこの髪を整えてくれる。
「強弱とは相対だろう?ようは比べっこだ。」
「うん。」
「なら答えは明白だろうに。ナナが弱いのではない、私が強いだけだ。」
「…なるほど。」
乱れ毛を整え終わったタチが、おでこに一つキスをくれる。
不正解者にも優しい強者だ。
「私はドンドン強くなるから、ナナがドンドン弱くなるのも当然だろう?」
「…ダメな気がするけど納得しちゃう。」
「散々思い知らされて、まだ抵抗するつもりか?体は素直だぞ、頭一撫でで負けを喜ぶ。」
「撫でられなくても、負けてるもん。」
タチの唇に人差し指で触れる。
卑猥なのに、私を説き伏せる呪文を吐き出す魔法の唇だ。
「良い子だ。それでいい。何度も何度も教えてやる。私が上で、お前が下だ。」
「そうやって、神だって打ち負かすつもりだったんだ?」
「予定は変更だ、こんなに可愛い神は殺すに惜しい。…しかしそうかナナが神か…。」
自分で振ってしまった話題に、少し後悔する。
私が何者かなど関係なく、今は「タチの下」として可愛がって貰えてたのに。
「妙にひかれた理由はそれだったのだろうな。」
ズキリ。胸の奥がちょっと痛む。
「私が…神だったから、タチは私が気になったんだよね…。」
聞かなければいいのに、でも言葉が唇から抜け出してしまう。
「要因は色々あるだろうが、それが大きかったのだろうな。」
タチはいつだって素直だ。隠すことも、恥じることもしない。
その強さが、私の弱さを引き立てる。
「きっかけがそれでも、私がナナを愛してる理由は神だからではない。ナナが悪魔でも、魔物でも、好きなものは好きだ。」
「…うん。」
わかっている。わかっているのに、ちょっと不安になる。
もし、私が本当にただの人間だったら、タチはここまで優しくしてくれたのだろうか?
私に興味をもってくれたのだろうか?
「変えられぬモノを恥じるな。ナナはナナだ。だから巡り合えた。もしも私に精力が溢れていなかったら?などなんの意味がある。」
「でも、私は神だから。どこまでが自分か考えちゃうの。」
「どこまででも構わん。お前が良い子でいたから、私のそばにいられる。」
「全然良い子じゃないよ…。ずっと隠して、自分のタメだけに行動して…。逃げて、頼って。」
「誰の基準でだ?神か?私にとってはナナは良い子だ。それでいい。他がどう思うかなど知らん。」
タチは…どこまでも「我」の人だった。先とか後とか、周りとかなく。
さっき言ってた、強さだってそう。タチの強さは相対じゃない。
たった一人でもきっと強い。絶対的な強さ。
「私にとっては最高に都合の良い子だぞ?刺激的で、可愛らしくて、意地らしくて、愛らしい。」
言葉の並びだけ聞くと、ひどく虐げた暴言にも聞こえるが、私には、私にだけはとっても嬉しい褒め言葉。
「…都合の良い子になれてる?」
「最高にな。この世で一番愛おしい。」
あぁ。私は、この人を忘れる事などできないのだろう。
例え、例え神に戻ったとしても。長い月日が流れたとしても…。
「…どうしよう。戻りたくない。神様とかやめたくなっちゃう。」
ぎゅっとタチの体にしがみ付く。
「戻る必要があるのか?」
「それは…でも、私は神様で、存在するときから、そうであったんだもん。誰かがちゃんとしておかないと…。」
「その結果、今私に抱かれている。それだけだろう?」
「戻りたくない。ずっとずーっとタチと一緒にいたいけど…。」
「ならそうしろ。」
「でも!私がいないせいで不満をもってる人や、不幸になってる人がいたら…世界を見渡せるのは神様だけ…だからイトラだって…!」
タチの胸に顔をうずめたまま、くぐもった声で不安をぶちまける。
「見渡せたからどうだというのだ?人間全てが幸福だった時などあるまい。お前が神であった時でもだ。ならば、責を感じ胸を苦しめるのは思い上がりだぞ?神だってやめたい時はやめればいい。」
「でも!…でも!!私はタチよりもずっと年上で、みんなが生まれるずっと前から…それこそ世界が始まるその時から存在してたのに!」
「だからこうして私がいるのだろう?良くやったぞ。おかげで私はナナを抱きしめて、愛しさで胸が焼け焦がれている。」
憎らしいほど、タチの事が好きになってしまっていて。
しがみ付いた私の両手は彼女の体に食い込み、重なった個所から血を流す。
「元をたどればお前に行きつくのかもしれないが、みなそれぞれに意志を持つ。私だって元は母と父が作り出した。」
タチは私に負けないぐらい強く体を抱きしめ、優しく頭を撫でてくれる。ゆっくりゆっくり。
いつもの通りに。
「顔も知らん父が母に注ぎ、母は受け止め私が作られた。それまで一片たりとも私の物などこの世になかったが、今私は私だ。ママの思い通りに動くこともないし、自由に生きてる。両親を否定することだってもちろんできる。感謝することもな…。」
タチの熱い体温と、心臓の鼓動が聞こえる。
今この瞬間を生き。私に言葉を向けてくれる彼女を感じる。
私の延長などではない、確かな他者を…。
「私の内から溢れる気持ちでだ。私のママだって同じだろう。母の母も、母の母の母もどこまでたどってもそうだ。みな意志を持つ。お前のモノじゃない。だから責など感じるな。始めたのがお前だとしても、全ての責などあるわけないだろう?」
「私…神様なんだよ?…ただの人間じゃないの。」
「人間をなめてもいいが、私をなめるなよ?私はお前になど祝福されんぞ。」
「どうして…タチ…。」
やっぱり。やっぱり。タチと居るせいで、泣き虫になる。
枯れたはずの目元から、溢れるはずの無い涙が湧き出てくる。
全部。全部タチのせいだ。彼女の起こす不思議な魔法で私はこうなってしまったんだ。
きっと彼女が存在するから、私は人になりたいって思って、肉体を得て――
「私とお前は違う。だからわかりあうタメに抱かせろ。愛してるんだ。私はナナより強い。だから私の言う事を聞け。私が死ぬまでで良い。」
「…やだぁ。考えたくないよぉ…。」
そう、もう一つの。最大の不安。
こんなに好きで、こんなに頼りになって、こんなに素敵な人を。
いつか、必ず失ってしまう時が来るという恐怖…。
「なら考えるな。」
「でも考えちゃうよ!色んな事いっぱい!人間の私ではなんにもわからないのに!怖いよ!不安だよ!!」
「私が抱いてやる。私を信じて私に惚れていればいい。」
タチがきつく私を締め上げる。
体から空気が抜け、心から苦しみが絞り出される。
私の一切が零れてしまわないよう、タチは唇を重ねながら。
長い。長いキスだった。
息継ぎをしなければこのまま死ねるほどの。
「…タチは私より神様みたいだね。」
「お前が望むなら変わってやってもいい。」
優しく優しくおでこにキスがされる。
出会ってからの短い期間で何度キスされたことだろう。
「不甲斐ない私より、そのほうがいいかもね…。」
「不甲斐ないのもいいではないか、元々その程度の存在なだけだ。」
「…うん。そうかも。」
「だがな、私に最高に愛された女はナナだけだぞ?」
「詰られながら、自信もてって言われてるのかな?」
激しい心の動きと泣く事に疲れた私は、へにゃへにゃの笑顔でタチにお返しのキスをする。
「私のモノだ。と言っている。自身なんてなくてもいい、私が持ってる。不安でも構わん、私が食べてやる。どれもこれもナナから溢れたものなら好物だ。」
「うん。うん。」
私が、神である私が、味わう事など想像もしてなかったであろう気持ち。
仕える心と、慰められる喜び…。
ずっとずーっとこのまま…今だけが続いてくれれば…。
「やはりあなたは相応しくない。」
一筋の光が、声と共に天から舞い降りた。
「たかだが人間一人、しかも神殺しの女に言いくるめられる。」
懐かしい。私の最初で最古の他者。
光の化身イトラ。
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