帰りを待つ二人娘を残し、迷うことなく水玉を飛び出す。
水をかく私の手足は前回よりさらに力強い。
なにせ私だ。「神殺し」で「今を愛す女」タチ。
水中の景色を楽しむ事もなく一直線。
再び剣へと手を伸ばした。
片腹痛い。
この私の我に影響を与えようなどと…!
(誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやる…!)
水圧とは別の、薄汚くて、卑しい圧力が伸ばした右手に入り込む。
指先が黒くなり、手の甲、二の腕までの血管がブチブチと音をたて千切れてく。
(面白い!面白いぞ!)
帰りを待つ、かわいい二人も私の戦いを見ている。それもまた、たまらない。
無念、喪失…なるほど怒りの感情の次はそういう感じで私の心を揺さぶろうというわけか。
自分の心が感情の荒波にもまれていく。
くだらない。私は負けない。私は強い。私はエロい。
(見ていろ!私の勇士を!)
背中を押す二人の視線が熱い。
あきれ返った冷たい視線なような気もするが、私に届くころには何もかもが熱く燃え上がるのだから、結果的には熱線だ。
(貴様もだ!神殺し!)
じっとりじっとり柄へとにじり寄る。
混じりまざった負の感情を流し込まれ、神経が損傷し、激しい痛みが体を襲う。
(私のモノになれ!私の…!)
どんなに汚い感情を押し込まれようと、心を掴んで乱されようと、私の湧き上がる熱はとどまることをしらない。
むしろ燃え上がる。
(帰ったら抱いてやろう、ズーミもナナも全部全部!)
私は全てを愛せる。もっともっと全力で打ち負かしに来い。
(お前にも見せつけてやるからな…神殺し!)
強い気持ち。強い思いは必ず勝つのである。
私は黒々とした剣を手に取り、勝利の雄たけびを上げながら腕を掲げた。
一方その頃、ナナ達はというと。
「あちゃ~まずいの…手に取りおった…」
額に手をあて目をつぶるズーミちゃん。
私たち二人の全力での応援もむなしく、神殺しはタチに組み伏せられてしまった…。
「あ…あぁ~…あぁ…!」
あんな化け物が、神殺しを手に入れてしまった絶望に。
私の波乱が近づいた悲しみに。
うめき声がだだ漏れる私。
「どうしよう…他の化身に怒られてしまう…神様すまぬ~!」
「すまぬじゃすまない…すまないよ~!!」
してやったり顔でこちらに泳いでくるタチ。
やだ。だめ。そんな物騒なモノ持って帰ってこないで。
「まてまてタチ!わらわそれ近寄れんし…あれ?」
ザプン。
勝者タチ様が水玉にご帰還である。
神と神の仲間には御法度の剣を持って。
「犯ったぞ!!」
戦利品を再び掲げるタチ。しかし少し剣の様子がおかしい。
「…なんか灰色になってない?」
真っ黒だった刀身が少し白みがかっている。
「圧も消えておるな…?」
ツンツンとズーミちゃんが剣をつつく。神の眷属である化身が触れている。
ということは、剣の持つ独自の力が消失した?
「そんな…!まさか…死んだのかお前!?」
タチが愕然と剣を見る。死ぬとかあるの…?それ?
「もともと生きとらんじゃろ。」
「力任せに屈服させたからな…こう絵にすると頭を掴んで強引に後ろから…」
なにか例えに色がまじってるのが気になるが、神殺しが無力化されたのなら私にとってとても喜ばしい。
「やっぱり、それぞれの意志とか気持ちとか大事にしないとね…!」
自分の強引さを悔やむタチにお説教をくれてやる。
良かった。本当に良かった。絶望の淵に希望ありだ。
「負けるな!神殺し!お前はその程度じゃないだろう!」
剣を向かって声をかける。とっても怪しい絵面だけど、全然受け入れる。
だって一難去ったもん。いいよいいよ。たくさんしゃべりなさい。
剣と。
「私と戦ったお前はもっと薄汚く粘り強かったじゃないか!!」
まるで戦地で相まみえた好敵手への言葉だ。
「…ひっ!?」
ズーミちゃんが悲鳴を上げ、私の体がビクンと跳ねる。
剣が黒さを取り戻してる…!
「良い子だ。やればできる子だ!そうでないとな!」
満足げにうなずくタチ。
「ちょっとまって!そんなことある!?」
膝がガタガタと怯えて笑うのが止まらない。
神への恨み。禍々しい圧力…。
とっさにズーミちゃんにしがみ付いてしまう。
「そうじゃそうじゃ!さっき死にかけてたじゃろう!なんでそうなるんじゃ!最初からずっとデタラメじゃ!!」
怒られずに済む道が見えたはずのズーミちゃんも、剣の圧に気おされ涙目で私と抱き合い縮こまる。
「なんでといわれても…気のものだろうしな。」
軽い!確かに、そもそも人の意志で力の宿った剣だけど…!
「とはいえ・・・元気はないようだ。」
剣が力を取り戻したのは一瞬で、スゥゥと黒味が引いて圧が消える。
「死んだ…というより引きこもった感じじゃったのか…?」
「のようだ。激しいぶつかり合いだったからな。少し休ませてやろう。」
「のようだ。じゃない。それじゃ困るよ!」
ズーミちゃんと二人抱き合ったまま声を荒げる。
「なぜだ?意思や気持ちは大事なのだろう?大切にしてやらんとな。」
「う゛っ…」
ちゃんと聞いてたのか、私の説教。
他人を尊重する姿勢…それはとっても大切だ…でも。でも!
「そう怯えるな。乗りこなしてやるさ。」
使いこなされたら困るの!あなたの目的も剣の思いも成就した日には…!
(神殺しの剣…これで斬られたらどうなるんだろう…?)
今は圧が消えているが、目に入るだけで、心臓が冷える。
滅茶苦茶痛そうなのはもちろん。本当に死ぬのだろうか?
つまり人のように神様も終わるのだろうか?
今この体で斬られたら、転生を断ち切るぐらいはされそうだ…そしたらどうなるのだろう?
「手間取らせた、次はナナの目的地だな。パンテオンだったか?共に行くぞ。」
「う…うん」
もっともっと手間取ってほしかったですけど…。
何にしてもだ。今の私じゃわからないことだらけ。元に戻ってみないと。
そのためにともかく聖地へ…
「神殺しと旅か…ゾッとするの。」
そうなんだよズーミちゃん。しかも私標的の神様なんだよ。
水の化身と、神と、神殺しを持った人間が、水面へと浮上していく水玉の中でよりそう。
宿敵のような、仲良しのような不思議な関係…。
「狭いからな。狭いから。」
行きと同じく、タチの手に握られているのは私のムネだけどまぁいい。
剣を握られるよりは…
「上にあがったら、今度こそ抱いてやるからな。今の私は無敵だぞ。」
やっぱり良くない。色々どうにかしないと!
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