「こむすめ。」
「…ふぁぃ?」
アルケー湖を眺めながら、木の根を椅子代わりに朝食を食べていたところ、ズーミちゃんに声を掛けられた。
「ちょっと話がある。」
クルミの入った黒パンをよく噛んで飲み込む。改まってなんだろう?
「まだ、タチ帰ってないけどいいの?」
旅支度をしてくる。
そう言って昨日の夜出かけてから、まだ帰らない。
「いないほうが都合がよいのじゃ。」
確かに。いた方が都合のいいのは今の所、戦闘時ぐらいだけど。
「お主、古い聖地の場所を知っている事といい…源を見切れ掴める事といい…」
…困った。そういうお話か。
最後の一口様にとって置いたバターをパンにつけ、かじる。
「そうとう信心深いパンテ教信者じゃろう?なぜタチと一緒におる?」
「えっ…え~っと…。」
クルミの触感と広がるバターの濃厚感…。あと私の動揺!
ズーミちゃん察しが悪くって助かった。
「出会ってしまった。というか…二人の喧嘩に巻き込まれてずるずると…」
そもそも、ズーミちゃんとタチの戦闘時に偶然居合わせてしまっただけなのだ。
友人なわけでも、目的を共にする旅仲間でもない。
「タチはお主をそうとう気に入っとる。」
「手元寂しさで、胸触りたいだけだと思うよ?」
「それでもお気に入りじゃ。お主は神殺しを願っているわけじゃあらんだろう?」
「まったく!全然!」
むしろ御免こうむりたい。
「そこでお願いじゃ。タチからあの剣を奪う手伝いをしてもらえんか?」
「!」
「パンテオンに向かうという事は、ここから北へ向かい港から船で風の大陸へ渡るのじゃろう?」
「たぶん?ごめんね。私、地理とか国とか詳しくなくって。」
覚えたいのだけど、すぐ忘れてしまう。地名とか国名とか。食べ物の名前は覚えられるんだけど。
「風の大陸に入られると、わらわにはどうにもできん。他の化身に剣を取られた事がバレて怒られるのは嫌じゃ!」
嫌だよね。怒られるの。殺されるのも嫌だけど。主に痛いのが。
「奪うってどうするの?」
「具体案はまだないが…港までの間、エサと一緒の旅だ、隙の一つもできよう。」
「エサって…私?」
手伝いという名の囮作戦。
下心が口から洩れてしまい焦るズーミちゃん。
「み…水の大陸にいるうちは、わらわがついておるから!時にナナ、お主はそもそもなんで旅をしておったのじゃ?聖地巡礼じゃなかったのじゃろう?なにが目的だったのじゃ?」
露骨な話題変化をさせられたけど、なんか可哀想なので指摘しないでおこう。
あまり指摘するとまたプルプルしちゃうだろうし。
「食べ歩き。」
「……そうか。…良い目的じゃの。」
あっ…ちょっと見下された。すっごい充実して、新しい出会いに、驚きや幸せを感じる旅なんだけど!
「いいよ。協力しようズーミちゃん。」
スッと手を差し出す。
このまま聖地についても、神に戻った瞬間、グアァァーやられたー!ってなるのはごめんだ。
「助かる!これで一抹の光が見えてきた…!」
すがる様に両手で私の手を握り返してくるズーミちゃん。
そうとう怒られるの嫌だったんだろうな…。
「水の大陸にいるうちに尻拭いして、化身達…いや。神様にバレんようにせんと!まずはナナを使って…」
ブツブツとつぶやきながら、計画を練る気弱なスライム。もうお母さんにはばれてるのよ…。
そう言いたい気持ちは抑え、青く大きなアルケー湖を眺める。
どうしたものか…。私も策の一つぐらい練らないと。
「なんだ、私を除けてピクニックか。」
二人の背後にタチがいた。
背負った大きな鞄に、目一杯荷物が詰め込まれている。
「い…いつの間に!?」
なんの気配も感じなかった。
ズーミちゃんは体内をプルプル震わせスライムリアクションをかましている。
「今さっきだが?なんだ内緒話でもしてたのか?」
会話は聞かれてなかったようだが、野生の感が恐ろしい。このままだとボロが出そうだ。
「な、な、な、なんでもあらんよ!ナナと日向ぼっこしとったんじゃよ!!日光浴じゃよ!!」
だめだ、ズーミちゃんからボロボロする。というか既にしている。
「朝帰りとは思ってなかったけど、何を買ってきたの?」
ここは私が、同盟者としてカバーしないと。
「あぁ。普通に二人分の旅支度と…」
テラリ。あれ?なんかタチの肌質が妙に良い…。
「それと夜の店で――」
「ありがとー!ありがとー!荷物たくさんで大変だったでしょ?どうして一人で行くって言ったかも良くわかった!」
なんとなく察していたけど…ダメ人間め!
「安心しろ味見だけだ、今私はナナに興味津々だぞ!」
「だいじょーぶ!だいじょーぶだから!もうこの話はここまで!」
「なにをそんなに動揺している?もしかして…一緒に来たかったのか!」
激烈に勘違いをしている。行きたくないし!別にタチがどこでナニしてても関係ないし!
「すまないな。ナナ。だがお前の事はじっくり一対一で楽しみたいのだ…。」
本当に申し訳なさそうに頭を下げるタチ。
「謝罪はいらないから、もうこの話はおしまい!」
未だ、ちょっと苦手なのである。その手の話題が。
人間に転生するぐらいだから、生命の営みとして、興味はあるんだけど…。
なにぶん、神の在りようとは程遠い行為。動物的というか生物的というか…。
十三回も人間してると嫌悪は殆ど消えたものの、まだ恥ずかしいさはある。
「ズーミちゃんも一緒に来てくれるんだって。旅支度品ちょっと増やさないとかもね。」
これからタチと旅をするというのに、いちいち気にしていたら斬られる前に、心労で死んでしまう。
流そう流そう。
「わらわもおるよ!」
精いっぱい気丈に手を挙げて、存在をアピールするズーミちゃん。
プルプルはもう治まっている。
「ズーミも来るのか?」
「わらわの大陸じゃ!わらわがついていれば大安心じゃろう!」
「…構わんが、覗くなら気を使えよ?」
根に持ってたんだ。ズーミちゃんの部屋での事。
「わかっとる!ひっそりとじゃろ。」
だいぶ仲良さそうに見えるけど、一応敵だよね?水の化身。
こうして、神殺しの剣奪取&聖地に向かう旅が始まった。
不安しかないけど。
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