そびえ立つ石造りの城壁は、平らな草原を駆け抜けてきた私達に、とても巨大で威圧的な印象をあたえる。
ただ私の体が前よりもだいぶ、平均的な基準からも小さいからそう感じるだけかもしれないけど。
ウィンボスティー
四大陸でも一番大きな土地、風の大陸の王都の一つ。
巨大で威圧的な壁の内側に広がる光景もまた壮大だ。
数多くの石造りの建造物に、大通りには人の波。
広い。でっかい。
この巨大な街並みのどこかにタチがいる。
「まずは酒場じゃろうが…何軒あるのかのう?」
私の前を歩いている、白くてフワフワの物体が一つため息をつく。
ユニちゃんの見繕った服を着ているズーミちゃんだ。
街中を探索するうえで変装を必要としたのだが、余りにふわふわフリフリが全身を覆うその姿は、逆に目立ちまくっている。
とはいえ、体の大部分を隠すのが必須条件で、協力者が乙女好きな以上「歩くわたあめ」みたいな結果は必然であった。
「たしかに、大変そうだけど…。あと一歩なはずだもん!頑張ろう!」
私の体は今までで一番「しょぼい」
旅の疲れはなかなか取れないし、そもそもの体力がない。
前回と同じく、能力も才能もない、何にも無しのナナ。その縮小版。
それでも、ここに来るまでに寄った村や出会った人たちの話が、裏付けという気力を沸かせた。
変態神抱き女は、ウィンボスティーに確かに滞在していると…!
胸の騒めきが抑えきれず、はやる気持ちが抑えきれない。
抱えたチビユニちゃんも震えプルプルしている。闘志で。
再会が待ち遠しいのは私と一緒だけど、秘める思いは正反対。
「…ナナ。思いのほか早く見つかるかもしれんぞ。」
「どういうこと?」
自分の頬を叩き、疲労の抜けない体に活を入れる私に、ズーミちゃんが指し示す。
その指の先では女性が二人、興奮気味に会話をしていた。
「タチ様…今日も素敵だったわよ!霜降り亭でお食事なさってたわ。」
「えっ!?城下のキデルにお泊りなはずでしょう?」
「なんでも兵隊さんと揉めて、最近は霜降り亭にいらっしゃるみたいよ。」
「うそ!…またキスしてもらいに行こうかな…。」
「ムリムリ。まわりに変なのが沢山いたもの。顔が死んでる黒尽くめと、全身緑色の女となんかチビが。」
「なにそれ…恐ろしい…。」
もう一言。なにそれ怖いと呟いて、二人は人混みへと消えていった。
「…いたな。」
「…いたね。」
なんかもっとこう、ここまでの道乗りもあったし、へとへとになりながら酒場と宿を何軒も駆け巡り、ついに二人は…!!
的な事を想像して気力を振り絞ろうと思ってたんだけど…。
まぁいい!何はともあれだ!
「霜降り亭の場所聞いてくるね。」
「うむ。たのむ。」
* * * * *
余りにもあっさりと、苦労せずに霜降り亭は見つかった。
直後に話しかけた男性が「お前もか?」と呆れられながらも、教えて貰えたから。
二階建ての酒場付き宿屋の扉をくぐる。
中では場所通り。何組もの人がまだ昼下がりだというのに、酒を手にし談笑を繰り広げていた。
広い店内の一組だけを避けるように、酒場の日常がそこにある。
階段そばのテーブル。
そこだけを避けて。
「タチ!!!!!」
入口からまだ一歩も進んでいないのに、私は叫んでいた。
避けられたそのテーブルに向かって。
見知った顔三つと、風の化身が居るそこに。
私の声に店内の全員が振り返り「またか…」と一瞬で興味を失う。
タチ以外の全員が。
「ナナかっ!!!」
何知らない女とキスしてるのさ!って平手の一つでもお見舞いしてやる計画は、両腕を広げ立ち上がるいつも通り過ぎるタチの姿で瓦解した。
勝手に走り出した両足に筋力などなく、倒れこむようにタチの胸に吸い込まれる。
「タチだ…!タチだ…!良かった生きてた…。」
ずっと拭えずにいた、タチの首が飛ばされた光景。
大丈夫、エロ話を撒き散らかしていると言われても、消えなかった不安。
それが今実態で、質量あるタチに抱き留められて消し飛ぶ。
「ナナ…ナナだな!きっとナナだ!!!」
タチはタチの声とタチの顔で、嬉しそうに私を抱きしめる。
前と体が違うせいで受ける感覚はちがうけど、しっくりくる感じは同じだ。
でも「きっと」って何さ!
「またそう言って…何人毒牙にかけるつもりだ!貴様は不貞を働きたいだけだろう!」
抱き合う私とタチの横、懐かしの銀髪、ストレが水を差してくる。
あぁ懐かしい!泣き顔適合者のストレちゃん!
「不貞ではない!毎回ナナだと思ってつまみぐいしているのだ!それに一線はこえてない!」
「接吻《せっぷん》は一線を越えている!」
「挨拶だ!確認だ!舌までだ!!それに今回のこの子は絶対にナナだ!」
…あれ?なんかもっとこう、感動的な…。
私の頭越しに言い合いが始まった。いつもの、しょうもない奴が。
「なぜ最初に情報で確かめんのだ!一緒に旅した記憶とか、それこそフル族の話とかで確認すればいいだろう!毎度毎度、弄んだあとに――」
「言葉など誤魔化しがきく!確かめるには体が一番だ!」
「貴様の話だと、そのチビ様の体が違うモノになっているのだろう!!」
「…わん!!!」
タチを責め立てるストレに、なぜか犬返事で参加する黒衣の男。
かつて私達の追手で、タチに上下真っ二つに切られたあの人である。
姿かたちは依然と同じだが、いったい彼になにがあったのだろうか??
一人感動の再開をはたした私を置いて、変わらぬ日常が続けられた。
「他のお客様の迷惑になってはいけませんよ。少し抑えてください。」
さらにその上、風の化身ナビがエプロン姿でお盆を持ち、店員よろしく給仕をしている。
なんか色々待って欲しい。頭の整理が追い付かない。
あと私の感動の再開を返して欲しい。
「はいこれ。フレミルク。まだお酒は早いでしょう?他のテーブルにお酒を回したら戻ってく来ますから。大人しくしていてね。」
「なぜタチのやらかしをナビ殿が…!」
「うるさい!お前が口出しすることじゃない!だろうポチ?」
「うぅ~~わん!!」
タチは私を抱きしめたまま、口論を続ける。
さりげなく体を触りながら。
「…」
なんだろう。もっとロマンチックで悲恋の後の再会なはずで…。
なんだろう。毎夜、最後の別れの焼き付きが脳裏に浮かび、タチの生死が不安で仕方がなかったのに…。
「えっとあの!さすがに感動の場面だと思うんですけどっ!!!」
さっきまでの切なく、しめやかな思いはどこえやら、湧き出たムカツキで声を張り上げる私。
だってこいつら…!特にコイツ!!私の気持ちもわからずにっ…!
「まずはキスだ!!それでわかる!!私は私のやり方で確かめる!!!」
「ちょっ――。」
タチは…しばらくぶりでもタチだった。
離れていても、何処にいても、ただただ彼女の想いのままに、迷いなく。
前よりもだいぶ縮んだ私の背に合わせ、少し屈んで唇を重ねる。
ジンジンジワジワ、触れ合ったところから何かが溢れて頭中、体中に広がった。
安心か、喜びか、言葉にできない、ともかくあふれるべきものが、あふれた。
「…ナナ。あぁ…ナナなんだな。」
「…うん。」
ゆっくりと離れた唇。
真っすぐ見つめられ、真っすぐに返す。
あぁ。何度も交わしたこの視線、確かに目の前に生きたタチがいる。
我慢できるわけがない、それは泣いちゃうさ。
「良い子だ。ナナ。ちゃんと私の元に来れたな。」
「うん…。うん。」
いつもの通りに抱きしめ、頭を撫でてもらう。
良かった、本当に良かった。
さっき湧いて出た憤りなんて食い散らかされる。
「まったく…わらわの友人を泣かせるでない。」
「ズーミ!お前も来たのか!」
「久しいな。…こら。暴れるな。」
泣きじゃくる私を抱くタチと、怒り狂うユニちゃんを抱くズーミちゃんも再会を果たす。
まさかまたこの3人が一緒にいれるなんて…。
神に戻ろうと旅をしていた時の事を思うと信じられない。
「ま…まさか、このふわふわがタチの言っていた水の化身…。では本当にこの子供がチビさま!?」
「わん!?!?」
いつものタチガール出現と思っていたであろう二人が、私の方をまじまじと見た。
そう、とくと見よ。私こそが真のタチガールである。
「あぁ!チビ様!よくぞお戻りに…!チビ様だけが私の主様です…!もう私は国にも、王にも使えることができぬ身になりました…!どうか、どうかチビ様だけは私を捨てないでください!!」
「わん!わん!わん!」
私よりも派手に泣き崩れ始めたストレと、相変わらず犬鳴しかしない黒衣の男。
こっちはこっちで離れていた数か月で色々あったようだ…。
でも正直私だってそれどころではないのだ。
私はタチを見上げる。タチも私を見つめてくれる。
今はずっとタチだけを見ていたい。
「これでイトラに立ち向かう勢力が集まったというわけですね…。まずは情報の共有と確認をいたしましょうか。」
他のテーブルにお酒を運び終わったナビが、エプロンで濡れた手を拭きながら、混沌とした集まりを整理しようとしてくれる。
この場で唯一冷静な存在かもしれない。
雇用されてるけど。
「ふざけるな。私は部屋にもどる。」
ひょいっと。軽々しく私を抱きかかえ、お姫様だっこで階段を上るタチ。
「しかし、事態は――」
「無駄だよ…ナビ殿…。」
「うむ。言ってきく輩ではないのじゃ。」
「わん!!」
バキバキ破壊音を口からさせ睨め付けるユニちゃんも、その他もろもろ全てをおいてタチは進む。
この感じ。
出会った当初は迷惑で、怒りすら覚えた強引さ。
それが今はとても心地が良い。
確かにナビの言う通り。
今までどうしていたの?とか。
どうして無事だったの?とか。
聞きたいことは山ほどあるけど、今の私には全てがどうでもいい。
きっとタチも。
そのまま二階の一室につれこまれ、言葉も交わさず確かめられる。
ナナとタチ。
いるのは私達二人だけ。
そうしてやっと、私はタチにまた抱かれることができた。
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