目が覚めると、いつものタチ枕の上。
暖かで心地よく。つい、寝ぼけた顔を押し当ててしまう。
それでも、タチの目は開かない。
(…死んでたりしないよね?)
脈略のない恐怖に突然襲われ、じっとタチの寝顔を伺う。
通った鼻筋を見ていると、ツンツンと突っつきたくなる…。
「スゥー。…スゥー。」
大丈夫、ちゃんと息もしているし、呼吸の度に胸も上下している。
勝手に杞憂して、勝手に安堵する。
チャリン。
タチの頬にかかった髪を、そっと退かした時。私の首元から金属音がした。
昨晩「タチと仲良くした際」に付けられた、黄金の首飾りが擦れた音だ。
(…外の空気を浴びよう。)
タチに夢中で気付かなかったが、見慣れぬ誰かの寝床にいると思うと、急に落ち着かなくなる。
これ以上タチの顔を見ていたら、頭やおでこをこすり付けてしまいそう。
彼女の安否も確認したし、起こすのも嫌だ。
気持ちを押さえ、満たし籠った空気の空間から、かけ布一枚で体を隠しそっと抜け出す。
薄く、ひんやりとした空。
まだ太陽の光も弱く、今の私には丁度良い。
「あんた。ちょっとこっち来な。」
かけられた声の方に目をやると、タチママが簡素な椅子に腰かけ、広がる草原を眺めていた。
そういえば昨日連れ込まれたのは、用意された仮テントではなく、ママさんの一番大きな丸テントだった。
「えっと…あの。服を着てきます…。」
「もっとはきはきしゃべんな!素っ裸でもいいから横に座るんだよ!」
布切れ一枚で隠した体を縮こめ、テントに戻ろうとする所を止める。
タチママは、左に置かれた同じく簡易的な椅子を叩き、ここに来いと場所を示す。
「はっ…はい!」
余り声を張られたらタチが目を覚ましちゃう。
とりあえず言われた通りに、横に座る。
怒らせると怖そうだし…。
「…。」
狼のような鋭い眼光。見定めるようなその視線が、黄金の首飾りを捕えた。
「えっと…!これはその…!」
この首飾り、そもそもは昨日タチが詩った時の衣装の物だ。
私を押し倒した後、キスを重ねながら取り付けられた。
「…まったく。長である親の前で「金輪は何処にしまってある。」なんて良くもウキウキと言えたもんだ。」
言葉の意味は分からなかったけど、悪態めいたセリフとは違い、タチママの目元は少しほころんでいた。
「えっと…あの。コレちゃんとお返しします。」
「当然だよ。それはフル族の唯一ある伝統品だからね。」
ただのタチの気まぐれデコレーションだとばかり思っていたが、違ったようだ。
「あたしゃ、孫の顔が見たかったってのにさ。」
もう私に興味はなくなったようで、また風に揺られる草原に目をやるタチママ。
「ご…ごめんなさい。」
「なんであんたがあやまるんだよ!」
怖い…!タチママといると常に緊張感がある。
フル族の長だからなのか、タチママだからなのか…。
「私の趣味じゃないね…!いったい誰に似たんだか。」
皮肉屋や意地悪じゃなく、素直な思いなのはママさんの口調でわかる。
縮こまってはしまうけど、嫌な気持ちはそんなにしない。
…怖いけど。
「パパさんの方だったり…?」
恐る恐る返してみる。普段なら関わらないタイプだけど、相手はタチママ。
少しお話してみたい。
「かもしれないね。…どいつが父親だかわかりゃしないが。」
やった!初めて会話が成立した気がする。
返した言葉を受け取って貰えて、ちょっと安心。
「パパさん…わからないんですか?」
「体が大きくて筋肉質。もちろん黒髪で笑顔が可愛いのが私の好みさ。たくさん抱いたからね、どこで当たったんだか思い当たる奴が多すぎる。」
豪快である。しかし、どうお言葉を返したものか…。
「顔は私の好みが出てる。凛々しくて気の強い顔。あの顔じゃなきゃ帰るのなんか許さなかったね。」
「私も…格好いいと思います。」
冗談だと思うけど、本気なようもするママさんに。素直に返す私。
そうだろう?と娘を褒められて嬉しそうなママさん。
2人とも顔の話しかしてないけど。
「伝統なんて欠片も重んじないあの子が、なんでだろうね…。あやかってでもアンタを手に入れたかったのか。」
「…思いつきじゃないでしょうか?」
「違うね。衣裳替えの時にわざわざ引っ張り出させた。決めてたんだよ。」
物怖じせずに、目を見てお話しすると、普通に返してもらえる。
どうやらおどおどした私の態度が、ママさんを逆なでしていたようだ。
「どういう意味があるんです?」
首飾りに軽く触れながら尋ねる。
「そいつは、契りの首輪。最高の時を迎えた時。最高の相手と共に過ごせた時に渡す物さ。」
なんだか、素敵な贈り物である。
あとなんだか、凄く嬉しくなる。
「でも、金輪を所有できるのはその瞬間だけ。ちゃんと大地に感謝して、次に黄金の時を迎える奴が出てくるまでしまっておくのさ。」
目を閉じて、両手で金輪に触れてみる。
そうやってずっと、フル族の人が受け次いだ、所有することのない贈り物。
繋いでくれた色んな人の事、なにより私に届けたタチの気持ちを想って切なくなる。
「お返しします。」
「いいよ。あのバカが起きるまで、ちゃんとつけてな。」
これがタチのママさん。パパさんはどんな人だったんだろう?
この金輪を私の前に受け取った人。コレを作った人。
みんなどんな思いで、人と触れ合い話、伝えたのだろう?
これも人間。不思議な存在だ。
「幸せにやってるのがわかった。…いい詩も歌えるようになるもんだ。」
タチママの横顔は、遠いような近いような、過去の記憶を愛でる美しい表情。
刻まれた大きな傷や深い皺そのすべてに物語を感じさせる。
「タチは小さい頃から頼るのが苦手だった。私の育て方のせいじゃないよ?生まれ持った性格さ。」
少し、苦々しい顔で続けるママを見ていると、確かにその中にタチの面影が見える。
「出て行ったとき。もう二度と帰らないと思ったよ。そのほうが幸せなんだろうと。…追われているのかい?」
「えっ…。」
突然の投げかけに、驚く私。
「一晩護衛を頼まれた。頼るのが苦手なあの子がね。対価は頬にキス一つ…。ホント馬鹿な娘だよ。」
「あっ…。えっと…。」
タチの実家に、タチの詩。タチママにタチナイト。
色んな事が重なって、やろうとしていた事や、追われていた事なんてすっ飛ばしていた。
体を重ねて朝を迎え、ちゃんと息してるかな?なんて心配してる場合じゃなかったのだ。
「あんたを全霊で愛したかったんだろう。あの子の性格じゃ、他でゆっくり寝れる場所なんてない。」
確かに。昨日のタチは世界で一番優しかった。
私だけを見て、私だけを想ってくれて。何度もキスをして撫でてくれた。
私だって、全力で答えたし。返した。
…足りてはないだろうけど。
思い出すと胸がきゅーっと締めあがる。
「母親の前で、女の匂いさせるんじゃないよ!」
「さ・・・させてません!!」
させてたかもしれない。顔とか頬とか少し熱いし。
恥ずかしいし。たぶん、にやけていたし。
「本当に、ご迷惑をおかけしました…。お昼前には出ますので。」
「対価だよ。おかげで娘の詩が聞けた。勝手なキスもね。」
深く頭を下げる私に、優しい声で迎えてくれるタチママ。
「所であんた。子は産まないのかい?」
「!?」
「タチと恋仲でも構わないよ、どれかウチのと寝んごろして、子供だけでも置いてかないかい?」
急に陽気な感じで、一杯どう?みたいに子供どう?と言われましても…。
「そ…それはちょっと…。」
「なんでだい?あんた処女だろ?男も知っとくいい機会だ。」
うぅっ…困る。そんなキラキラした瞳でせがまれましても…。
「ママ。私のナナに何を吹き込んでる。」
困惑し目を反らす私を、救世主が抱き寄せた。
下着姿のタチだ。
「ちょうど良い所に来た。あんた子供は?そこらの男喰っていいからさ。食べごろだよ?」
私に駆けられた営業がそのまま、娘の方へと流れ込む。
「いらん。」
「なんでだい?身ごもったら一年でも二年でもココにいて良い。最近、街に残る奴が増えて困ってるんだよ。」
フル族さんも、色々事情があるようで…。
「子は産まん。」
私ではできない口調で、つっけどんと、突き放すタチ。
「どうしてだい!?そんなに、この子がいいのかい?どんくさそうだし、弱そうだよ?」
すいません。本当。その通りなんですけど、胸に言葉が刺さります。
あと一応これでも、神様なんです。
「ナナはとびきり可愛いし良い子だ。それとは別に産まん。」
私をギュッと抱きしめて、ママさんから遠ざけるタチ。
「わかった!どうしてもあんたが孕ませたいってんなら北の辺境マデューナで、アレを生やす――」
「おいでナナ。」
ママの必至の提案を無視して、私を椅子からお姫様抱っこするタチ。
布が…!体に巻いた布が…!落ちちゃう!
「お…お世話になりました!!」
ちゃんとお礼を言いたかったんだけど、タチに連れ去られ、再びテントの中に。
「大丈夫か?やっかいなママですまんな。」
私を気遣って、申し訳なさそうなタチ。
「ううん…。会話できて良かった。優しくしてもらったし。」
「変な事を言ってなかったか?その…色々余計な事とか?」
ママとどんなお話をしたのか、気になるようで…。
様子を伺おうと、探り探りなタチなんて珍しい。
…可愛いじゃないか。
「タチの子供の頃の話とか?」
「…信用するなよ?年寄りは記憶を書き換えるからな。」
「そんなに聞いてないよ。たくさん聞きたかったけど…!」
「今の私だけを感じていればいいのだ!それに突然消えるな!心配するだろう!!」
ボフリ。
昨日沢山愛し合った、敷布団の上に乱暴に投げ込まれる。
「もう一度だ。ちゃんと私を分かれ。ナナをもう一度確かめる。」
「…でも。出発の準備しないと。」
「ダメだ。逃がさない。今度は…何もなしだ。」
金輪を首から外され、再び2人だけの世界に引きずり込まれる。
もとから逃れるつもりなんてない。ずっと続けばいいと、私だって思っている。
2人だけの時。
結局。フル族の野営地を離れたのは夕方だった。
そのままだったら、もう一晩お世話になっていただろう。
でも、それじゃだめだ。世界は2人だけで構成されてるわけじゃない。
…というかもう一人いるのだ。大切な仲間が。
「助けてくれ!!怖いおばさんが、子を産めと迫って来る!!」
たっぷり2人でくっついて、ゆったり体を確かめ合ってる最中
泣きながらテントに転がりこんだストレが、私を現実に引き戻したのだ。
聖地への旅とか、黒衣の者とか、イトラの存在とか。
昼過ぎに準備を始めて、フル族のみなさんと食事をし3人で旅にでたのである。
ストレちゃんごめん。ずっと忘れてて。
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