かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第十八話 怒られとうない。

公開日時: 2020年9月11日(金) 08:54
文字数:2,777

 水の大陸に王はいない。

 各地方に総督が存在し、合議によって国政方針がきまる。


 なぜこの形になったのか…

 さかのぼるコト三百年前、ちょうどズーミが水の化身になったのと同じ時期だ。


 世界の東の方で、火と土の化身が大ゲンカをした。

 大地が揺れ、山が爆発するほどの殴り合いだ。

 その激しい戦闘の余波は、海をつたい大波となって風や水の大陸をも襲った。

 

 風の化身は暴風で大陸を覆うことで、自らの土地を護った。片腕を失うことになっても。


 水の化身、テラロックとペタロック。二対一体の水の化身は、水の大陸を護らなかった。

 互いが傷つくのを恐れ、互いを最優先に行動した。


 結果、水の大陸は大波に飲まれ、人も建物も、魔物も、木々も、流されてしまった。

 

 特に大陸東側の被害は甚大で、人も自然も、生活を立て直すには長い月日を必要とした。

 

 日常を取り戻すため、人々は体を動かし、言葉を重ね、力を合わせて月日を過ごした。

 気付けば、王も化身も神の存在も必要としない人々が増えたのだ。


 テラロックとペタロックは自らの行いを恥、神から授かった力を一匹のスライムに受け渡した。

 

 迫りくる大波に、小さい体をできるだけ広げ、同族のみならず、動物も人間も。

 できうるかぎり守ろうとした若いスライムに…。


 「お前の誠実さこそが、この力を持つにふさわしい。」

 今でもズーミはこの言葉を思い出す。

 体中に木くずや泥、突き刺さった不純物のせいで死にかけていたあの時、力を受け継いだことを…。


   *    *    *    *    *



 オイン港への馬車が出ている、ピチョンの街。

 そのはずれの雑木林の中で、一人ズーミは昔を思い出していた。


 スライムにとっても三百年は遠い過去だ。

 本当ならあの日わらわは死んでいた。


「わらわが街中を歩き回るのは、あぶないじゃろう。」

 全身を隠せる服は持ってきているが、ここはアルケー湖しゃない。

 何かあったら逃げ込む場所も、頼れる人もいないのだ。


 タチとナナとは別行動でお外待機。

 ふたりは道中消費した身の回り品の補充と、乗合馬車の予定を調べに行った。


 体も疲れているだろうし、一日ぐらいベッドで寝てこい、とも言ってある。


 (わらわだって、ピチョンを練り歩きたいけどの…)

 一人で居たい理由が他にもあるからしょうがない。


「おまたせしたですじゃ。」

 ズーミの前に、薄い姿見のようなものが浮かんでいる。


 ライトネット。光の化身イトラ様の能力だ。

 光の粒子を飛ばし、離れた所の映像や音声をやりとりできる、情報伝達の力。

 百年に一度、化身同士の話し合いで使われる。


(こんなタイミングでお呼び出しとは…間がわるいのじゃ…)

 神殺しの剣を持ち出され、人間と楽しく旅道中。

 怒られる要素しかない。


 体内の気泡がぷるぷる振動をはじめる。

 情けはないが無意識の動きなのでしかたがない。


「もう百年もたったのか?」

 目の前にある光の鏡から声がする。威圧的で攻撃的な声。火の化身アチャだ。

 鏡の中に映し出されるのは、三つの鏡とイトラ様。それぞれの鏡には地・火・風の化身が見える。


「定期的な話合いを…とかのたまってるが、別にしゃべる事なんてねぇーんだよ。」

 イライラと口を開いた火の化身は、真っ赤で豪華な椅子に肩ひじをついている。

 炎のような…というか実際、炎な赤い髪がメラメラと燃え、体は溶岩みたいに赤黒い。

 

 今はイトラの能力で各大陸の化身と繋がっている状態、いないのは影の化身ヤウだけ。

 神に反旗を翻し、自らを悪魔と名乗る彼が顔を出すわけがない。


 世界の始まり、神様はというと長いコト誰の前にも姿を現していない。


「未だ、人間に生贄を求めるような野蛮化身。口のきき方も意地の悪さが滲んでいるようで。」

 風の化身ナビが、チクリと嫌味を刺す。

 長い黄緑の髪にゆったりとした衣裳に、失われた右腕は隠されている。

 ズーミには優しく接してくれるのだが、アチャにはいつも手厳しい。


「だまれナビ。奴らはすぐ忘れるし、つけあがる。きちんと力の差をみせつけねーと、水の大陸みてーになるんだよ」

 なぁ?とアチャはズーミの方を見る。口元が意地悪く歪んでいる。



「わ…わらわの所の人間は良い奴ばかりじゃよ…。ちょっと信仰心は薄いかもじゃけど…。」

 甘いもちもちとか作れるし。

 つい、ズーミはそう言いそうになったが話し相手はタチとナナじゃない。

 思いなおって口を紡ぐ。


「新参いびりはおやめなさい。力ある者として、少しは大きく構えられないのかしら?」

 過去二度、この話し合いに参加しているが、いつも火と風がこうして口喧嘩をしている。

 始めからアチャはズーミに攻撃的だったし、ナビは毎回助けてくれて、ダッドは余り口を開かない。


「そんなこと抜かしてやがるから、お前の所じゃ米粒にまで神が宿るとかほざく馬鹿がでてくるんだろう?」

「その考えもまた、神を想っての内です。好きにさせればいいのです。」

「いいのかね~!神から力をもらった俺たちが、米に神様を見過ごしちまって!」

 もっぱら話題は人についてだ、人間は意志を持ち、願う。

 それは信仰心となって、わらわ達の力になる。いわばご飯のようなもの。

 他の生命とちがい、想いの密度が濃いのだ。

 平坦な循環ではなくムラがある…。そこがまた良い。


 毎週、毎日想う者もいれば、存在を忘れた人もいる。

 神を想って集まり、建物まで作り上げるかと思いきや、憎んだり、殺そうとする者もいる。

 人間故の、主観、主体、意識の強さ。そして統一性のなさ。


 彼らは否定するだろうけど、今や人間こそが私達の話題の中心。

 

「俺の地でどうしようが俺の勝手だ。気に食わねー奴らは殺すし、根絶やしにしてやる。」

「勝手ではない。」

 静かだが、存在感のある声。光の化身イトラだ。

「節度を持ちなさい。世界には調和が必要です。」

 神が最初に作った化身。

 彼の力は絶大で、地水火風四人の化身を合わせたよりも大きい。


「…それは神のご意志かよ?」

 さすがのアチャもイトラには強く出れない。

「ナビもです。寛大すぎる心は人々を迷わせます。彼らのタメになりません。他神や多神まで許すのは違うだろう。」

「…お許しを。」

 ナビが頭を垂れる。


「しかしどうにも、ふに落ちねーな。最近になってやたらと口だすじゃねーか。」

 言わずにはいられないと、赤い椅子から立ち上がりアチャが続けた。


「ヤツときたら、あるがままに。全て良し。ぐらいしか言わなかったのに、それを今更節度に調和、人間を導けだと?」

「私も少し疑問があります。もとよりなにをお考えか計れぬお方でしたが、なぜ今更人間が想い作った聖地を変えたのでしょう?」

「だいたい、節度だと言っちゃーいるが、あんただって翼ある者を――」

 先ほどまで口喧嘩していた火と風が、ここ数百年で沸き起こった疑念を次々に口にする。


「全て神のご意志だ。」

 イトラの一言は、それ以上の疑問を許さない拒絶があった。

 

 そもそもしゃべる気のない土の化身と、力の弱い水の化身は、ただただ黙ってそのやり取りを見ていた。

 

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