どこを見ても海、という光景はなかなか不思議である。
迷子になったみたいで、不安な気もするし。
どこへ行くのも自由で、晴れやかな感じもする。
ホジマリン号も無事、明後日には風の大陸に着くそうだ。
海と空、単純にただっぴろい空間は、天気の良さもありすがすがしい。
ただ、やることがない。
この十日間。
タチとしりとりしたり。
タチとカードゲームしたり。
タチとあやとりしたり。
タチの猥談聞いたり。
とちくるってキスしたぐらいのものだ。
ぼーっと青空を見ながら、自分のしでかしたことを整理しようとしている。
朝から、五時間ぐらい。
「誰か!私とヤろうと言う者はいないのか!!」
タチさんの方は、昨晩のコトで火がついてしまったのか、朝から甲板で野良闘技場を開催している。
「誰か…!誰かかかってこい!!」
体を動かしたくてしょうがない彼女は、獣のように吠え血に飢えていた。
「お嬢さんよ…。もう誰もあんたにいどまんって。」
長髪で細身の船員さんが、さとすようにタチに声をかける。
彼の言う通りだろう。
早朝から始まったタチの「お遊び」は、始め大盛況だった。
血の気の多い男をタチが一人ぶっとばした所までは…。
丸太のような腕をした屈強なおじさん達が、六連続で殴り倒おされ汗と血飛沫が舞う…。
休みも入れずに。
最後の一人が血反吐をまき散らし倒れた時には、タチと挑戦者を囲む観客の円形が大きく広がっていた。
恐怖で。
「タチさん…!おれでよかったら!」
手を上げ、立候補したのは、最初にタチに殴り倒された男…。
頭に包帯を巻きながらも、キラキラ目を輝かせて寄ってきた。
明らかに何かに目覚めている…。
「いらん!貴様など食うに足りん!」
「そんな…!」
見向きもせずに、一蹴するタチ。
それでも、どこか嬉しそうな表情の男を放って、タチが私の所へと歩いてくる。
「部屋に戻るか。」
「…そうだね。」
会話をするだけで、ちょっとばかりドキドキするが、どうってことない。
私もちょうど空を見るのに飽きた所だ。
別に部屋で二人きりになっても平気だし。いつも通りにいればいい。
部屋に戻ると、タチは胡坐をかいて体をほぐし始めた。
私は船旅の最中していた通りに、タチの髪をとかし、お手入れする。
別に特別な事じゃない。いつもこうしてたんだもん。やること無いし。
「…タチの髪が綺麗なのは契約のおかげかな?」
「どうだろうな?多少の手入れはしていたが…そうかもしれん」
体をねじり、筋肉を伸ばすタチ。
幾度となく繰り返された、なんとなくの質問に、なんとなくの答え。
合わせてできた中身のない会話。
毎日。何度もしてきた。
ただ、今日私から声をかけたのは、これが初である。
もう半日もたってるのに。おはようすら自分から言えてなかった。
タチは気にしてないだろうけど。
「うが~。」
欲求不満の獣が、体を動かしながら呻く。
「あと少しで陸に着くから…ちょっとかわいそうだけど、我慢して。」
自由人タチ。彼女にとっては船という狭い遊び場じゃ、物足りないことだろう。
「憐れむなら、相手をしてくれ!」
ぐるり、とタチの頭が後ろを向き、髪に櫛を入れていた私を見る。
「…えっちな事じゃなければいいよ。」
一緒にいても会話ぐらいしかできないのは少々申し訳なかった。
私はそれで十分だけど、タチはなにしろタチだから。
「…どこからえっちに感じるんだ?」
「難しい質問だな…。」
特に考えてはいなかった。
どうせ「抱かせろ!」って言われると思い、先回りして注意しただけで…。
「よし!キスだ!キスをしよう!今度は舌を絡めたやつを!!」
タチが全身を勢いよく振り向かせ、私の両肩を掴む。
「だめでーす。」
「なぜだ!一度しただろう!」
「今は雰囲気がちがいまーす。」
いつも通りのタチにちょっと、ムッとする。乙女心という奴だろうか?
軽々しくキスとか言ってさ!
でもちょっと、いつも通りのやり取りができて安心もしている。
今日はずっとぎこちなかったから…私が。
「…私の母は片手でヤギの背骨を…」
「だめでーす。昔話すればいいってもんじゃありませーん。」
急に思い出話を始めた。雰囲気づくりのつもりだろうか?
そんなコトで落とせると思うなよ…!
っていうか、なんか残酷そうな物語だし。
「ナナ愛してるぞ。」
顔を引き締め、告白を始めるタチ。
「ざつでーす。」
「くっ…!どうすれば昨日のように…!」
本当いつも通りだ。昨晩は百戦錬磨の格好つけに惑わされただけで…。
「あの時はタチの技にちょっと負けちゃっただけでーす。」
「まかせろ!技術なら誰にも負けん!始めてのお前でも――」
「はーい。そこまで。真面目な話、他になにかないの?」
下へ下へと流れるタチの会話をさっさと切り上げ、流れを変える。
「ならマッサージは!マッサージならえっちじゃないだろう!!」
君の鼻息の粗さが、既に物語っているとは思わないかね?
でもまぁ。何でもかんでも無下に拒否したいわけじゃない。
「んー…。いいよ。毎日腕枕して船酔い対策も付き合ってもらってるし。」
「やったーー!!!」
子供がお菓子でも貰ったように、全開ではしゃぐタチ。
見ていて、気の悪いものではない。
「ではさっそく、一枚一枚脱がしてやろう…」
両肩を掴んでいたタチの手が、私の二の腕をさすり、お腹を撫でる。
いやらしく、えっちに。
「当然私がする方ね。」
「えっ…!」
私の宣言に、タチは目を丸くした。
その硬直をみのがさずに、タチの両手を払いのけ、勢いで畳みかける。
「はい。はーい。お客さん脱いで下さーい。」
服着たままでも良いのだけど、ちょっとはタチに寄せてあげよう。
私から「何かしたい」と提案したのだ、あまり冷たくしすぎても、申し訳ないし。
「まてナナ!わたしはするほうがっ…!!」
「だめだなータチは。自分で脱げないんだねー。」
無視して作業を進める。
シャツに手をかけ、はだけさせ。服をむしり取る。
もう何度も見せつけられた体だ。表れた肌に、今さらドキドキなんて少ししかしない。
「こ…こういうのも良いな…。」
「ご満足いただけたようで。」
ちょっとでも満たされてくれるなら、お返しのかいがある。
カチャカチャとベルトを外し、ズボンを下す。
手早く済ませたいのだが、他人の服を脱がすのは中々難しい。
「ナナ…!私は今感動している!!」
「はい。はい。それでは横になってくださーい。」
「あぁっ…!ナナが私のナナがこんなえっちなお店でッ…!!」
タチの中で、加速的に妄想が広がっているようだ。
もたつくと気恥ずかしさが増すので、淡々とコトを進めよう。
下着姿にひんむいたタチを、ベッドへと軽くと押す。
「全部…!全部脱がせてくれ!」
うつ向けに寝転がったタチから熱烈な主張。
当然無視である。
「まずは肩からね。」
私も手袋を脱いで、ベッド横の小机に並べる。
肩もみ開始だ。
むぎゅ。むぎゅ。
人の肩を揉むなんて、初めてな気がする。
「…どうかな?」
「…よい。もうちょっと強いと嬉しい…。」
「りょーかい。」
意外とすぐ大人しくなり、肩もみを受け入れるタチ。
喜んでもらえてるみたいで、普通に嬉しい。
「良かったら…背中に…乗ってくれ…。」
ベッドの横から、屈みこむ体制で揉んでいたのだが。
どうしよう。
「重くないかな?」
「幸せの重みを感じたいのだ…。」
まぁ。いいけど。
実際、この体勢だと力を込めにくいしね。
「つらかったら教えてね?」
「…」
完全にしゃべらなくなったタチは、右手の親指だけを立てて、意志を示した。
タチの体は全体的に密度を感じ、張りが良い。
くっつかれる度感じていたが、ムニムニ手でこねると、それがよくわかる。
「きもち…いい…」
ひらきっぱなしのだらしないタチの口から、かろうじて漏れる感想が聞き取れた。
「これからも、たまにしてあげるよ。」
そんなに喜んでもらえるなら。
こんなに大人しくなるなら。
これぐらいのこと、お返しとしてお贈りしよう。
タチは目をつぶり、私の押すがままに体をベッドに沈める。
肩をしばらく揉んだら、背中。
背中をしばらく揉んだら、お尻…。
何か言いだすかと身構えたが、黙って大人しくされるがまま。
口は閉じたが目も閉じたまま。
(そういえば…タチの寝顔ってみたことないな。)
一緒に横になると、瞬く間に寝かしつけられ、目覚めた時には微笑みながら見つめられる毎日。
タチは今みたいな寝顔で、寝ているのだろうか?
ほつれた黒髪が、タチの凛々しい顔立ちを引き立てる。
クー…。クー…。
小さく。タチの口から規則正しい吐息が漏れている。
「…タチ?」
これは…まさか?
小さな声で確かめてみた。
「…」
反応がない。どうやら寝ているみたいだ。
…どうしようなんかちょっと嬉しい。
そのまま、タチを起こさない様に気を付けつつ。マッサージを続ける。
彼女にも寝るとか疲れるとか当然だけどあるんだな…。
今まで見れなかった寝顔に、可愛いとさえ思ってしまう。
「今日は、私の勝ちだね。」
小さく。誰にも聞こえない様に勝利宣言をする。
普段負けっぱなしだからさ。嬉しいんだもん。
なんとなく。なんとなーく。タチの頭を一撫でした。
勝者として、いつものお返しをしてやった。
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