かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第二十七話 私のかち。

公開日時: 2020年9月20日(日) 05:38
文字数:3,639

 どこを見ても海、という光景はなかなか不思議である。

 迷子になったみたいで、不安な気もするし。

 どこへ行くのも自由で、晴れやかな感じもする。


 ホジマリン号も無事、明後日には風の大陸に着くそうだ。

 

 海と空、単純にただっぴろい空間は、天気の良さもありすがすがしい。


 ただ、やることがない。

 この十日間。 

 タチとしりとりしたり。

 タチとカードゲームしたり。

 タチとあやとりしたり。

 タチの猥談わいだん聞いたり。

 とちくるってキスしたぐらいのものだ。


 ぼーっと青空を見ながら、自分のしでかしたことを整理しようとしている。

 朝から、五時間ぐらい。


「誰か!私とヤろうと言う者はいないのか!!」

 タチさんの方は、昨晩のコトで火がついてしまったのか、朝から甲板で野良闘技場を開催している。


「誰か…!誰かかかってこい!!」

 体を動かしたくてしょうがない彼女は、獣のように吠え血に飢えていた。



「お嬢さんよ…。もう誰もあんたにいどまんって。」

 長髪で細身の船員さんが、さとすようにタチに声をかける。

 

 彼の言う通りだろう。

 早朝から始まったタチの「お遊び」は、始め大盛況だった。

 血の気の多い男をタチが一人ぶっとばした所までは…。


 丸太のような腕をした屈強なおじさん達が、六連続で殴り倒おされ汗と血飛沫が舞う…。

 休みも入れずに。

 最後の一人が血反吐をまき散らし倒れた時には、タチと挑戦者を囲む観客の円形が大きく広がっていた。

 恐怖で。


「タチさん…!おれでよかったら!」

 手を上げ、立候補したのは、最初にタチに殴り倒された男…。

 頭に包帯を巻きながらも、キラキラ目を輝かせて寄ってきた。 

 明らかに何かに目覚めている…。

 

「いらん!貴様など食うに足りん!」

「そんな…!」

 見向きもせずに、一蹴するタチ。

 それでも、どこか嬉しそうな表情の男を放って、タチが私の所へと歩いてくる。


「部屋に戻るか。」

「…そうだね。」

 会話をするだけで、ちょっとばかりドキドキするが、どうってことない。

 私もちょうど空を見るのに飽きた所だ。


 別に部屋で二人きりになっても平気だし。いつも通りにいればいい。




 部屋に戻ると、タチは胡坐あぐらをかいて体をほぐし始めた。

 私は船旅の最中していた通りに、タチの髪をとかし、お手入れする。


 別に特別な事じゃない。いつもこうしてたんだもん。やること無いし。


「…タチの髪が綺麗なのは契約のおかげかな?」

「どうだろうな?多少の手入れはしていたが…そうかもしれん」

 体をねじり、筋肉を伸ばすタチ。

 幾度となく繰り返された、なんとなくの質問に、なんとなくの答え。

 合わせてできた中身のない会話。


 毎日。何度もしてきた。

 ただ、今日私から声をかけたのは、これが初である。

 もう半日もたってるのに。おはようすら自分から言えてなかった。

 タチは気にしてないだろうけど。


「うが~。」

 欲求不満の獣が、体を動かしながらうめく。

「あと少しで陸に着くから…ちょっとかわいそうだけど、我慢して。」

 自由人タチ。彼女にとっては船という狭い遊び場じゃ、物足りないことだろう。


「憐れむなら、相手をしてくれ!」

 ぐるり、とタチの頭が後ろを向き、髪に櫛を入れていた私を見る。


「…えっちな事じゃなければいいよ。」

 一緒にいても会話ぐらいしかできないのは少々申し訳なかった。

 私はそれで十分だけど、タチはなにしろタチだから。


「…どこからえっちに感じるんだ?」

「難しい質問だな…。」

 特に考えてはいなかった。

 どうせ「抱かせろ!」って言われると思い、先回りして注意しただけで…。


「よし!キスだ!キスをしよう!今度は舌を絡めたやつを!!」

 タチが全身を勢いよく振り向かせ、私の両肩を掴む。


「だめでーす。」

「なぜだ!一度しただろう!」

「今は雰囲気がちがいまーす。」

 いつも通りのタチにちょっと、ムッとする。乙女心という奴だろうか?

 軽々しくキスとか言ってさ!


 でもちょっと、いつも通りのやり取りができて安心もしている。

 今日はずっとぎこちなかったから…私が。


「…私の母は片手でヤギの背骨を…」

「だめでーす。昔話すればいいってもんじゃありませーん。」

 急に思い出話を始めた。雰囲気づくりのつもりだろうか?

 そんなコトで落とせると思うなよ…!

 っていうか、なんか残酷そうな物語だし。


「ナナ愛してるぞ。」

 顔を引き締め、告白を始めるタチ。


「ざつでーす。」

「くっ…!どうすれば昨日のように…!」

 本当いつも通りだ。昨晩は百戦錬磨の格好つけに惑わされただけで…。


「あの時はタチの技にちょっと負けちゃっただけでーす。」

「まかせろ!技術なら誰にも負けん!始めてのお前でも――」

「はーい。そこまで。真面目な話、他になにかないの?」

 下へ下へと流れるタチの会話をさっさと切り上げ、流れを変える。


「ならマッサージは!マッサージならえっちじゃないだろう!!」

 君の鼻息の粗さが、既に物語っているとは思わないかね?

 でもまぁ。何でもかんでも無下に拒否したいわけじゃない。


「んー…。いいよ。毎日腕枕して船酔い対策も付き合ってもらってるし。」

「やったーー!!!」

 子供がお菓子でも貰ったように、全開ではしゃぐタチ。

 見ていて、気の悪いものではない。


「ではさっそく、一枚一枚脱がしてやろう…」

 両肩を掴んでいたタチの手が、私の二の腕をさすり、お腹を撫でる。

 いやらしく、えっちに。


「当然私がする方ね。」

「えっ…!」

 私の宣言に、タチは目を丸くした。 

 その硬直をみのがさずに、タチの両手を払いのけ、勢いで畳みかける。


「はい。はーい。お客さん脱いで下さーい。」

 服着たままでも良いのだけど、ちょっとはタチに寄せてあげよう。

 私から「何かしたい」と提案したのだ、あまり冷たくしすぎても、申し訳ないし。


「まてナナ!わたしはするほうがっ…!!」

「だめだなータチは。自分で脱げないんだねー。」

 無視して作業を進める。

 シャツに手をかけ、はだけさせ。服をむしり取る。

 もう何度も見せつけられた体だ。表れた肌に、今さらドキドキなんて少ししかしない。 


「こ…こういうのも良いな…。」

「ご満足いただけたようで。」

 ちょっとでも満たされてくれるなら、お返しのかいがある。

 カチャカチャとベルトを外し、ズボンを下す。

 手早く済ませたいのだが、他人の服を脱がすのは中々難しい。


「ナナ…!私は今感動している!!」

「はい。はい。それでは横になってくださーい。」

「あぁっ…!ナナが私のナナがこんなえっちなお店でッ…!!」

 タチの中で、加速的に妄想が広がっているようだ。

 もたつくと気恥ずかしさが増すので、淡々とコトを進めよう。

 下着姿にひんむいたタチを、ベッドへと軽くと押す。


「全部…!全部脱がせてくれ!」

 うつ向けに寝転がったタチから熱烈な主張。

 当然無視である。


「まずは肩からね。」

 私も手袋を脱いで、ベッド横の小机に並べる。

 肩もみ開始だ。


むぎゅ。むぎゅ。

 人の肩を揉むなんて、初めてな気がする。


「…どうかな?」

「…よい。もうちょっと強いと嬉しい…。」

「りょーかい。」

 意外とすぐ大人しくなり、肩もみを受け入れるタチ。

 喜んでもらえてるみたいで、普通に嬉しい。


「良かったら…背中に…乗ってくれ…。」

 ベッドの横から、屈みこむ体制で揉んでいたのだが。

 どうしよう。


「重くないかな?」

「幸せの重みを感じたいのだ…。」

 まぁ。いいけど。

 実際、この体勢だと力を込めにくいしね。


「つらかったら教えてね?」

「…」

 完全にしゃべらなくなったタチは、右手の親指だけを立てて、意志を示した。

 

 タチの体は全体的に密度を感じ、張りが良い。

 くっつかれるたび感じていたが、ムニムニ手でこねると、それがよくわかる。


「きもち…いい…」

 ひらきっぱなしのだらしないタチの口から、かろうじて漏れる感想が聞き取れた。


「これからも、たまにしてあげるよ。」

 そんなに喜んでもらえるなら。

 こんなに大人しくなるなら。

 これぐらいのこと、お返しとしてお贈りしよう。


 タチは目をつぶり、私の押すがままに体をベッドに沈める。

 肩をしばらく揉んだら、背中。

 背中をしばらく揉んだら、お尻…。

 

 何か言いだすかと身構えたが、黙って大人しくされるがまま。

 口は閉じたが目も閉じたまま。

(そういえば…タチの寝顔ってみたことないな。)


 一緒に横になると、瞬く間に寝かしつけられ、目覚めた時には微笑みながら見つめられる毎日。

 タチは今みたいな寝顔で、寝ているのだろうか?

 ほつれた黒髪が、タチの凛々しい顔立ちを引き立てる。


クー…。クー…。

 小さく。タチの口から規則正しい吐息が漏れている。


「…タチ?」

 これは…まさか?

 小さな声で確かめてみた。

「…」

 反応がない。どうやら寝ているみたいだ。

 …どうしようなんかちょっと嬉しい。


 そのまま、タチを起こさない様に気を付けつつ。マッサージを続ける。

 彼女にも寝るとか疲れるとか当然だけどあるんだな…。

 今まで見れなかった寝顔に、可愛いとさえ思ってしまう。


「今日は、私の勝ちだね。」

 小さく。誰にも聞こえない様に勝利宣言をする。

 普段負けっぱなしだからさ。嬉しいんだもん。


 なんとなく。なんとなーく。タチの頭を一撫でした。

 

 勝者として、いつものお返しをしてやった。


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