「他の旅人さんもいると、なかなか機会がないね。」
馬車移動を始めて二日。
日中は客車で揺られ、夜はテントで過ごす生活だ。
「う…うむ。そうじゃな。」
私達三人だけの機会は少ないし、ズーミちゃんは服を着こんで動きが鈍い。
剣奪取の隙がうかがえずにいる。
港までは後三日…。焦りも募るけど、気になることが一つ。
「ど…どうしたもんかの~。」
ぷるぷる震えて、雑な相槌でなにかをごまかすズーミちゃん。
一夜離れ離れで過ごした後、馬車旅になってから、どうも様子がおかしい。
「ね。ズーミちゃん、一緒に木の枝取りに行こう。」
空が赤く染まり、馬車が街道脇に止まる。
これから、日が落ちる前に野営の準備。焚火の燃料探しに誘ってみた。
「私も手伝おう。」
いち早く客車から降りたタチが、腰に手を当て、背を反らしながらこちらを見る。
「大丈夫。いつも力仕事まかせちゃってるし、たまにはね。」
「そうか。では天幕張りでもしておこう。」
* * * * *
全身を服で隠したズーミちゃんと二人、少し離れた森林へと足を運ぶ。
「わらわは…お主が好きじゃよ…。」
ポツリと小さな声でズーミちゃんがつぶやいた。
やっぱり、何かあるようだ…。
葉の間から夕陽が地面を赤く照らす。
二人きりで、もくもくと乾いた木の枝を拾い集める作業。
「私…何かしちゃったかな?ズーミちゃんの嫌がる事とか…。」
なかなか口を開いてくれないので、こちらから直球で訪ねてみる。
「ナナ…お主、イトラ様を知っておるか?」
「!?」
なぜ、その名を私に…!
「先日、お話しする機会があっての、その別れ際に命をうけた。」
ばくばくと心臓が激しく脈打つ。人間の体なんだと強く意識させられる。
「今、わらわが共にしているモノに、不届きものがおる…そ奴に対処せよ…と。」
「…対処。」
光の化身イトラ。今の私がどうしているかを把握していたんだ。
いったいいつから?
もしかしたら、ダッドとの騒動で見つかったのかもしれない。
「当然。タチの事じゃと思ったよ。あやつは確かに不届きものじゃし、神殺しを目論んでおる…だが違った。」
神殺しを目的に、神殺しの剣を持つ女。
普通そっちが対象だと考える。普通は。
「…」
「…」
少しの間、気まずい空気が流れる。
赤い木々の中、どちらから口を開くべきなのか…。
「ナナ、お主いったい何をした?そもそも何者なんじゃ?イトラ様から直接命を授かるなんて…。初めての事じゃ。」
光の化身様から、ただ一個の人間に対しての対処命令。
混乱するのも無理はない。
言うべきだ。隠しているのは自分の都合だけだもん…。
「…今まで隠しててごめんなさい。…私は…私は神なの。」
カラカラ。
突然の告白。ズーミちゃんが抱えていた枝を腕からこぼす。
乾いていた筈の枝は、しっとりと湿り気を帯びていた。
「なるほど、行き過ぎた狂信者というわけか。自らを神と名乗るなどと…!」
「ちがう、本当に――」
「わらわを馬鹿にするな!お会いした事がなくとも、神と人の見わけぐらいつく!!」
ずっと隠してた自分が悪いとはいえ、やっはり一筋縄ではいかなかった。
「見損なったぞナナ!根の優しい食いしん坊だと思っていたんじゃがな!」
まだ見ぬ憧れの存在への侮辱。
ズーミちゃんの思い違いだけど、彼女を責めることはできない。
「ごめん…わかりやすくいくね!」
ズーミちゃんの服の前を強引に開け、ズブリと腕を中に突っ込む。
「ひゃう!?」
「わかるでしょ?ただの思い込み人間に触れられるものじゃないって…!」
ビクビクと体を波打たせるズーミちゃん。
その体内にある源を軽く撫でる。
「にゃっ…にゃぜ…!?」
「だって元々私の力だもん!これが何よりの証明だよ!」
なでり、なでり、ズーミちゃんの体の中で、輝く塊を撫でまわす。
「わかっひゃ…わかっひゃからぁ…!手を…!」
「人間には無理だよね?こんなことできないよね?」
「んひゃっ…!」
最後にもう一撫でして、ズーミちゃんの体から腕を抜く。
「ハァ…ハァ…」
「…」
息を整えるズーミちゃん。
これ以上の説明の手立てが思いつかない私。
またしても、気まずい沈黙の時が流れた。
「しかし…ナナが神様…そんな話が…まてまて!そう急くな!」
もう一度教え込もうと、手をにぎにぎしながら、近寄った私を慌てて止めるズーミちゃん。
少し、タチに影響を受けたかもしれない…。
とりあえず強引にやっちゃえ的な感覚が。
「聞け!例え、どうあったとしても、お主に酷い事するつもりなどなかったよ。」
ごめんなさい。むしろ私がひどいコトしてて。
「どうして?」
イトラの命令は絶対なはず。
地水火風より上位存在でもあるし、単純に力も強い。
「…いい奴じゃから。」
本当にごめんなさい。体の中を撫でまわしたりして。
「ダッドの件で学んだのじゃ、自分の感覚をもうちょっとは信じると…」
「…ありがとう。なんか嬉しい。」
「しかし、本当にお主は神様なのか?どうして人間に…?」
当然の疑問だ。それの答えは今でも明確にわかる。
「えっと…人生を楽しんでみたくて!」
「…」
まじかコイツと、ズーミちゃんの顔に描いてある。
私が神だとバレてなければ、きっと口に出されていた。
「信じてもらうのは難しいとおもうけど、私が地上に降りた場所、パンテオンに行けば戻れるから…。」
聖地パンテオン。私が人に転生し、初めて受肉した場所。
「それじゃ。聖地に向かわせぬよう対処しろと言われたんじゃ…旧聖地に。」
「それが命令?」
「遅延、足止め、で手段はなんでもよいと…。」
ズーミちゃんが少し口ごもる。
「殺せって?」
「明確に言われんかったが…。」
「殺しても、生まれ変わるだけだからね。下手したら聖地の近くで生まれるかもだし。」
パタパタ手を振って、冗談めかす。事実だけど。
「ナナが…神様。」
まだ、信じ切れていないのだろう。
考え込むように深くうつ向き、思い出すように天を仰ぐ。じっくりと。
「すいませんじゃったのでしたじゃーーー!!」
盛大に土下座し、地面に何度も頭をこすりつけるズーミちゃん。
「ど、どうしたの急に!?」
「じゃって!じゃって!今までいろいろと失礼な口や行動を…!しかもタチに剣を…!」
確かに言ってたね。ただの食いしん坊とか、そんなに食うとブタになるぞとか。
べちんべちんと平謝りで、頭とツインテールを地面にぶつける。
「私が悪いんだよ!隠し事して、黙ってて!こっちこそごめんね。」
負けじと私も両ひざをついてズーミちゃんに謝る。
「やめてくだされ!だめですのじゃ!!」
「ズーミちゃんがやめなきゃ私もやめられないよ!」
向かい合って土下座をする。
二人のおでこは泥だらけ。
ある意味仲良しだ。
「思い返せば、ただの卑しい食いしん坊。変態の愛玩動物、ただの囮、などと思っておって…!」
「ちょっとそれは言われた言葉よりだいぶきつくない!?」
ガバリと顔を上げズーミちゃんを見る。土下座勝負は私の負けだ。
だって「ただの食いしん坊」が「卑しい」付けられちゃったらね。
確かに、前から少し漏れてた。作戦のエサとか平気で言ってたし。
「とりあえず。この話は一旦ここで終わり。もう戻らないと、怪しまれちゃう。」
「わ…わかりましたのですじゃ…!」
「今まで通りに話そうよ。なんか語尾もおかしくなってるし。」
「はいなのですじゃ!」
二人、急いで散らかした枝を拾いなおし、馬車の所に戻る。
泥だらけの顔の言い訳を考えながら。
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