かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第四十話 トカゲフライ。

公開日時: 2020年10月2日(金) 11:36
文字数:2,752

「チビ様のおっしゃる「空中に浮かぶ地」へ向かうのならば…ココから飛び立つしかないかと。」

 ストレの案内で足を運んだのは、風の大陸北西、フィルル高原。

 薄い空気は意識を散漫さんまんとさせ、強い横風が体をさらおうとする。



「あの小屋で飛べるのか?」

 タチの視線の先には、ポツリと変哲もない小屋が一つ。

 ただし、鳥にしては大きすぎる影が複数小屋を囲んで舞っている。


「馬は置いて、ここからは歩きだね。」

 どうやら空中に浮かぶ影を恐れているようで、この先に進みたがらないヒヒーン壱号(タチ命名)。

 空気の薄い高所を、十分ここまで移動してくれた。


 近場の木に手綱てづなをくくり、ねぎらいいの果物を一つあげる。


「私が荷下ろしをしておきます。話をしてきてください。」

 そう言ったストレを残し、私とタチは小屋へと向かった。

 聖地へと移動する手段を得るために。


   *    *    *    *    *



「約束の地パンテオン…また、ずいぶん懐かしい名前だな。」

 小屋の中には受付らしきものすらなく、ただの民家。

 大きめの暖炉の前に、ひげもじゃのおじさんが一人椅子に腰かけている。


「良かった!知ってる人がいて!」

 会う人、会う人、なんだそれ?どこだそこ?状態だった私の聖地。

 知ってる人がいるだけで、少し安心。


 確かめようのない今の私では、存在を疑う気持ちすら沸き始めてた…。

 私が世界に降り立った場所なのに。


「聞き覚えはあるが、行ったことはない。ひいひい爺さんが若い頃飛んだらしいが…」

「なんで!?どうして!?最高の観光地じゃないの!?ちょっと前まで人々は足しげく通ってたはずだよね?」

 高いし、空中に浮いてるし、一応聖地だし。


「ちょっと前って…400年近く昔のこったろ?」

 確かに、人間になってから600年。私が知っているのは身の回りの事だけだけど…。

 自分が何してたかだって、全部を明確に覚えているわけじゃないけど…。

 たった数百年で、お祈りしに来なくなるものなの?


「ウチは代々、空の運び屋やってるから知っちゃいるが、今時熱心なパンテ教の奴でも名前ぐらいしかしらないだろう?」

「むしろ、熱心な者は新聖地ケサに向かうだろうからな。」

 私の背中を撫でるタチの一言に、思い直す。

 そうか、みんな、忘れたとか居なくなった訳じゃなく、移ったんだ。


 たぶんイトラの所に。


「パンテオンに向かいたいの!いくらで運んでもらえますか?」

「向かいたいって言われてもだな…。約束の地があったとして、俺は行ったことがないし、そもそもその高度を飛べる「羽」がねぇ。」

 おじさんは、暖炉のまきを軽くつついて、火加減を調整し、追加の木をくべる。


「えっ…?あの外に飛んでる子たちは違うの?」

 小屋の周りを飛んでだ謎の影。

 くらがついてる子もいたし、このおじさんが飼い主なはずだ。

 今も窓から優雅に宙を舞っているのが見える。


「アレはウチのトカゲフライだ。確かに背に乗せて空を運ぶのが商売だが…。トカゲじゃあんたの望む高度がだせない。昔はな、トカゲフライ以外にもワイバーンって魔物がいたんだよ。」

 トカゲフライ。確かにおっきなトカゲに羽が生えたみたいな見た目をしている。

 名前の響きは食べ物みたいでおいしそうだけど…。


「そのワイバーンはいないのか?高い所が飛べるんだろう?」

 私のお尻を撫でまわすタチが、変わりに疑問を聞いてくれる。


「いない。とっくに絶滅しやがった。」

「絶滅!?」

 さらっとおじさんは言うけれど、なかなか酷い言葉だ。

 絶滅したくてしたわけじゃ、ないだろうに。しやがったって。


「あぁ。ホント突然な。空がピカっと光って一斉に死んだんだとよ。」

 おじさんが火かき棒で指した壁には、当時の光景を描いたらしき絵画が飾られていた。

 横長のその絵には、無数のワイバーンが墜落している所と、まるで神様みたいな白い影が光り輝いてる場面。


「その時は、ウチも商売畳むとこだったらしい。だがどうにかなるもんだ。空の王者が消えたおかげで、トカゲがバカスカ増えて、こうして食いつなげてる。」

「トカゲフライじゃ無理なの…?」

「無理だよ。奴らの薄い羽だと、一人乗せたらそこの山より高く飛べない。…俺も一度乗ってみたかったがね。ワイバーン。」


 どうしよう…?

 水の大陸から、海を渡り。風の大陸を馬で駆け、山々を登り遂に…!という所でまさかの立ち往生。


「ナナ!」

 思い悩む私を、タチが叫んで強く抱き寄せた。

 先ほどまでの、お楽しみお触りじゃなく。必要に迫られて。


ドバァ!


 小屋の入り口が派手に消し飛ぶ。


「悪い。待たせたな。」

 私の目の前に再び。黒衣の者が立ちはだかっていた。

 

「焦らされるのは嫌いじゃない。」

 状況を把握するのに精いっぱいな私とは違い。

 タチの行動は早かった。腰の水の剣は既に抜かれていて臨戦態勢だ。


「ねぇ…!イトラの指金さしがねなんでしょう!?本人をココに呼んでよ!聞きたいことがあるの!」

 ゆっくりと、私の方に歩み寄る男に訴えかける。


「オレは神の呼び方なんてしらねーよ。ただ役割を果たすだけだ、時の化身。アンタを殺して、殺して、あきらめさせる。」

「ナナ!離れていろ!」

 タチが私を押しのけ、黒衣の男に立ち向かう。

「俺と同じように失意と無力で溺れるまでな!!」

 

 タチと黒衣の男の斬り合いが始まってしまう。

 両者言葉で解決する気など初めからない。


 私は巻き込んでしまったおじさんを、小屋の外へと連れ出そうと暖炉の方へ駆け寄る。

 いつでも変わらない。できる事から。


「いったいなんなんだ!?」

「ごめんなさい!あっちの!銀髪の子の方へ走って!馬がいるから…!」

 こちらに向かって走り来るストレを指さす。その後方には木に繋がれた馬がいる。

 馬にのって逃げてもらえれば、おじさんは逃げれるはずだ。


 狙いは悪魔で私達…いや、私なのだから。


「馬なんていらねぇ!俺にはトカゲがいる!」


ピュゥィ!

 おじさんが指笛を吹くと、一匹のトカゲフライが瓦礫がれきを巻き上げ、私達の横に着地した。

 そうか、ココは空の運び屋の小屋だ。


「待ってろ、今あんたらの分も――」

「ごめんなさい!私のせいなんです…!逃げてください!」

 言える言葉が見つからない。


「だが、女の子を置いて…」

「いいから!お願いします!逃げてください!」

 私の必至のお願いに、おじさんは少し考えて答えを出す。

「…悪いが、俺は逃げるぜ。」

「ごめんなさい…!」

 バサバサと羽を鳴らし、飛び去るおじさん。

 本当に、本当に、ごめんなさい。巻き込んで。

 ここまでの道中、タチとの時間が楽しすぎて、やっぱり戻らなくてもいいんじゃないか?とか。

 聖地には飛べないと言われて、少し嬉しく思ってしまった私を叩きたい。


 後ろで続けられる、激しい斬り合い。その戦闘音に負けない様に大きく声を張り上げる。


「ねぇ!あなたイトラに騙されてる!」

 黒衣の男に届くように。大声で。

 対峙するタチにも、駆け付けるストレにもちゃんと聞こえるように。


「私が神なの!!」  

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