「チビ様のおっしゃる「空中に浮かぶ地」へ向かうのならば…ココから飛び立つしかないかと。」
ストレの案内で足を運んだのは、風の大陸北西、フィルル高原。
薄い空気は意識を散漫とさせ、強い横風が体をさらおうとする。
「あの小屋で飛べるのか?」
タチの視線の先には、ポツリと変哲もない小屋が一つ。
ただし、鳥にしては大きすぎる影が複数小屋を囲んで舞っている。
「馬は置いて、ここからは歩きだね。」
どうやら空中に浮かぶ影を恐れているようで、この先に進みたがらないヒヒーン壱号(タチ命名)。
空気の薄い高所を、十分ここまで移動してくれた。
近場の木に手綱をくくり、労いの果物を一つあげる。
「私が荷下ろしをしておきます。話をしてきてください。」
そう言ったストレを残し、私とタチは小屋へと向かった。
聖地へと移動する手段を得るために。
* * * * *
「約束の地パンテオン…また、ずいぶん懐かしい名前だな。」
小屋の中には受付らしきものすらなく、ただの民家。
大きめの暖炉の前に、ひげもじゃのおじさんが一人椅子に腰かけている。
「良かった!知ってる人がいて!」
会う人、会う人、なんだそれ?どこだそこ?状態だった私の聖地。
知ってる人がいるだけで、少し安心。
確かめようのない今の私では、存在を疑う気持ちすら沸き始めてた…。
私が世界に降り立った場所なのに。
「聞き覚えはあるが、行ったことはない。ひいひい爺さんが若い頃飛んだらしいが…」
「なんで!?どうして!?最高の観光地じゃないの!?ちょっと前まで人々は足しげく通ってたはずだよね?」
高いし、空中に浮いてるし、一応聖地だし。
「ちょっと前って…400年近く昔のこったろ?」
確かに、人間になってから600年。私が知っているのは身の回りの事だけだけど…。
自分が何してたかだって、全部を明確に覚えているわけじゃないけど…。
たった数百年で、お祈りしに来なくなるものなの?
「ウチは代々、空の運び屋やってるから知っちゃいるが、今時熱心なパンテ教の奴でも名前ぐらいしかしらないだろう?」
「むしろ、熱心な者は新聖地に向かうだろうからな。」
私の背中を撫でるタチの一言に、思い直す。
そうか、みんな、忘れたとか居なくなった訳じゃなく、移ったんだ。
たぶんイトラの所に。
「パンテオンに向かいたいの!いくらで運んでもらえますか?」
「向かいたいって言われてもだな…。約束の地があったとして、俺は行ったことがないし、そもそもその高度を飛べる「羽」がねぇ。」
おじさんは、暖炉の薪を軽くつついて、火加減を調整し、追加の木をくべる。
「えっ…?あの外に飛んでる子たちは違うの?」
小屋の周りを飛んでだ謎の影。
鞍がついてる子もいたし、このおじさんが飼い主なはずだ。
今も窓から優雅に宙を舞っているのが見える。
「アレはウチのトカゲフライだ。確かに背に乗せて空を運ぶのが商売だが…。トカゲじゃあんたの望む高度がだせない。昔はな、トカゲフライ以外にもワイバーンって魔物がいたんだよ。」
トカゲフライ。確かにおっきなトカゲに羽が生えたみたいな見た目をしている。
名前の響きは食べ物みたいでおいしそうだけど…。
「そのワイバーンはいないのか?高い所が飛べるんだろう?」
私のお尻を撫でまわすタチが、変わりに疑問を聞いてくれる。
「いない。とっくに絶滅しやがった。」
「絶滅!?」
さらっとおじさんは言うけれど、なかなか酷い言葉だ。
絶滅したくてしたわけじゃ、ないだろうに。しやがったって。
「あぁ。ホント突然な。空がピカっと光って一斉に死んだんだとよ。」
おじさんが火かき棒で指した壁には、当時の光景を描いたらしき絵画が飾られていた。
横長のその絵には、無数のワイバーンが墜落している所と、まるで神様みたいな白い影が光り輝いてる場面。
「その時は、ウチも商売畳むとこだったらしい。だがどうにかなるもんだ。空の王者が消えたおかげで、トカゲがバカスカ増えて、こうして食いつなげてる。」
「トカゲフライじゃ無理なの…?」
「無理だよ。奴らの薄い羽だと、一人乗せたらそこの山より高く飛べない。…俺も一度乗ってみたかったがね。ワイバーン。」
どうしよう…?
水の大陸から、海を渡り。風の大陸を馬で駆け、山々を登り遂に…!という所でまさかの立ち往生。
「ナナ!」
思い悩む私を、タチが叫んで強く抱き寄せた。
先ほどまでの、お楽しみお触りじゃなく。必要に迫られて。
ドバァ!
小屋の入り口が派手に消し飛ぶ。
「悪い。待たせたな。」
私の目の前に再び。黒衣の者が立ちはだかっていた。
「焦らされるのは嫌いじゃない。」
状況を把握するのに精いっぱいな私とは違い。
タチの行動は早かった。腰の水の剣は既に抜かれていて臨戦態勢だ。
「ねぇ…!イトラの指金なんでしょう!?本人をココに呼んでよ!聞きたいことがあるの!」
ゆっくりと、私の方に歩み寄る男に訴えかける。
「オレは神の呼び方なんてしらねーよ。ただ役割を果たすだけだ、時の化身。アンタを殺して、殺して、あきらめさせる。」
「ナナ!離れていろ!」
タチが私を押しのけ、黒衣の男に立ち向かう。
「俺と同じように失意と無力で溺れるまでな!!」
タチと黒衣の男の斬り合いが始まってしまう。
両者言葉で解決する気など初めからない。
私は巻き込んでしまったおじさんを、小屋の外へと連れ出そうと暖炉の方へ駆け寄る。
いつでも変わらない。できる事から。
「いったいなんなんだ!?」
「ごめんなさい!あっちの!銀髪の子の方へ走って!馬がいるから…!」
こちらに向かって走り来るストレを指さす。その後方には木に繋がれた馬がいる。
馬にのって逃げてもらえれば、おじさんは逃げれるはずだ。
狙いは悪魔で私達…いや、私なのだから。
「馬なんていらねぇ!俺にはトカゲがいる!」
ピュゥィ!
おじさんが指笛を吹くと、一匹のトカゲフライが瓦礫を巻き上げ、私達の横に着地した。
そうか、ココは空の運び屋の小屋だ。
「待ってろ、今あんたらの分も――」
「ごめんなさい!私のせいなんです…!逃げてください!」
言える言葉が見つからない。
「だが、女の子を置いて…」
「いいから!お願いします!逃げてください!」
私の必至のお願いに、おじさんは少し考えて答えを出す。
「…悪いが、俺は逃げるぜ。」
「ごめんなさい…!」
バサバサと羽を鳴らし、飛び去るおじさん。
本当に、本当に、ごめんなさい。巻き込んで。
ここまでの道中、タチとの時間が楽しすぎて、やっぱり戻らなくてもいいんじゃないか?とか。
聖地には飛べないと言われて、少し嬉しく思ってしまった私を叩きたい。
後ろで続けられる、激しい斬り合い。その戦闘音に負けない様に大きく声を張り上げる。
「ねぇ!あなたイトラに騙されてる!」
黒衣の男に届くように。大声で。
対峙するタチにも、駆け付けるストレにもちゃんと聞こえるように。
「私が神なの!!」
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