「私が神なの!!」
私の一言で、つばぜり合っていた二人が、弾けるように距離をとる。
「えっ!?」
一際は大きなリアクションをとったのはタチだった。
黒衣の男の方はジロリと私に視線を向けるだけ。
「…えっ?」
もう一度、目を丸々と広げたタチが私を見つめる。
「ご…ごめん。ちゃんと言わなきゃって思ってたんだけど…その…!」
「…え?」
タチが混乱している…!珍しい一面を見られてちょっと可愛――だめだ!
今はそういう時じゃない!
「タチの優しさに甘えてた…といいますか、うすうす気づいてるのかな?とか思ったり、してたりしたり…」
「い…いや。言いにくい事や、隠し事があるのはもちろんわかっていたが…。」
顔から緊張が抜け、開いた口がふさがってないタチさん。
「ごめんなさい!!嫌われたくなくて隠してました!!」
瓦礫の上、土下座するしかない私。本当に申し訳ない。
「実は好きな男がいる…夜のプレイに不満がある…本命はズーミとデキていた、だと思ってたのだが…」
「ないよ!?そんなわけ!?」
色恋…というか、性の方向でしか思考をもたないのだろうか?
なんかもっと深~いところで、読み解かれていると思っていたんだけど…。
「しかし…!水の力を使っているし、コソコソ二人で密談していたしだな…私より先にスライムとネンゴロ――」
「ありません!!ズーミちゃんは親友!神殺しを奪おうとして作戦会議してたの!痛いのイヤだから!」
親友というか眷属《けんぞく》にあたるんだけど。
今の私にその実感はないし、彼女も同じ気持ちだろう。
ただの親友ってやつだ。
「ちょっと悔しい気持ちをバネにして、嫉妬心を胸に燃え上がっていた夜もあるのだぞ!?」
「知りません!勝手な思い込み!」
「私の湧き上がる嫉妬心はなんだったのいうのだ!?たぶん初めてだぞ!!」
「勘違いだってば!っていうかタチだって「全部知ってるぞ。」みたいな雰囲気だしてたのに何それ!!私が神様なの!」
やっと言えた。ずっと隠してきた事実を。
それでもタチはタチのまま、私と話をしてくれることに感謝しちゃう。
「あ…あれ?こういう雰囲気なんですか?」
息を切らせて、駆け付けてくれたストレが、想像したであろう場の空気との落差に戸惑う。
あなたが正しいけど。
「どうだっていいんだよ!!」
もう一人、正しい空気のままを保っていた男が声を荒げた。
「奴が神だろうが、あんたが神だろうが、俺は思い知らされてんだよ、何を与えられても、クズはクズだって。」
男が苛立たし気に剣を一振りすると、どうにか形を成していた小屋は、完全に瓦礫の山となった。
「なぜ、それほどの魂の叫びを発せているのに、誰かのいいなりでいる?」
「役割を果たす以外に、オレに何がある…。」
黒衣の男は、明確にタチを狙って攻撃をしかける。
今までは私が目的で、タチもストレも障害でしかない扱いだったのに。
「変えようのないほど、お前はお前だ心配するな。」
「煽ってるんだよなぁ!?恵まれて産まれ直しても変わらなかったオレを!」
「いったい誰の基準で苦しんでいる?魂の赴くままにさせてやれ。」
会話…というより、口論をしながら剣がぶつかり合う。
私にはもちろん、ストレにも入り込む隙がない。
戦闘力が違い過ぎて。
「魂なんてあるわきゃねーだろ!」
ドン!男の縦ぶりで、瓦礫が吹き飛び、大地が割れた。
「それほど、苦しんでおいて魂を疑うのか?」
「苦しみだ?快楽だ?…ただの神経の信号だ。くだらねぇ。後れた奴らがッ…ムカツクぜ!!」
攻めているのは黒衣の男なのに、剣を振れば振るほど、苦しんでいるのは男の方に見える。
「やはりお前はいい。私の好物だ。正直、今はそれどころじゃないがな。」
男の動きが荒くなるのにつれて、生じた隙をタチは容赦なくついた。
水の剣が一太刀。男の腹を掠める。
ブシュ!
前回のお返しとばかりに、繰り出したタチの反撃で、男のわき腹から血が噴き出す。
「決めた。まずはてめぇーをぶっ殺す。」
血走った目がタチを睨みつけた。
「それだ、私の魅力に引き寄せられて、激怒する。そこにお前がいるじゃないか。お前の魂が。」
「ちげーな!果たすべき役割の邪魔を消すってだけだ。一度しかころせねーのが残念だがな!」
吹き出る血もお構いなしで、乱暴に剣を振る男。
一撃、一撃の隙をつき、刃を体に切り込ませるタチ。
「何度も味わいたいと感じているのだろう!この瞬間を!!」
「そんな攻撃で、倒れる体じゃねーんだよ!!」
幾度もタチの剣撃を受けながらも、衰えない男の猛攻。
斬られた傷は、次の一刀を受ける前に塞がってしまっている。
「あんたも無力を思い知れ!焦りも、憎しみも、何一つ自分のモノなどこの世にないんだってな!!」
「くだらん!私の喜びは私だけのものだ!!」
キィィン。
突然。
タチの腰で神殺しが震えだした。
「そうだろう!神殺し!貴様らの憎しみも!お前だけの尊きモノだ!!」
「物とおしゃべりまでして、煽るんじゃねーよ!!」
抜き出された神殺しの刀身は、この場の誰よりも黒かった。
交錯した二人の黒い斬撃は、一つは空を切り、一つは男を両断した。
上下二つに。
ボタリと斬り落ちた、男の上半身にタチが話しかける。
「…すまん。やりすぎた。」
「…どういう脳みそしてたら…そんな言葉がでるんだよ?」
「殺すつもりはなかったのだが…盛り上がり過ぎた。」
タチは膝をつき、男の上半身をかかえる。
「胸…でけぇな。…色々と思い出しちまうぜ…。」
「自慢の体だ。せめて一度抱きたかった…。わからせてやれたのに…。」
口からゴポゴポ血を溢れだし喋る、上半身だけの男。
まっぷたつに切り分けた、相手を抱きたいという女。
会話の内容と、見た目の状態に差がありすぎる。
「くっつけたら、治ったりしないのか?」
「…」
死にかけの人に言うには、余りにも無神経な言葉に男が目を反らす。
「ナナ!下半身持ってきてくれ!」
「えぇっ…!?」
見守るだけだった私達に、急に矢が飛んできた。
ストレは見た目のグロテスクさで、背を向けて、涙目でオエオエしている。
「人の命がかかっているのだぞ!」
「うぅ…。」
でましたよ。タチの断りずらい理不尽!
切った張本人が何をまっとうそうに…。
でも、とりあえず、やれることをやろうの精神で、ボッテリ崩れ落ちてる下半身をタチのほうに引きずろうとする。
「ダメだ!抱えてもってこい!中身がこぼれ落ちる!」
「えぇ!!…気持ち悪いよ…。」
言いつつも、太もものあたりを抱えて、切り口を上にしタチのもとへ運ぶ。
もちろん顔はそむけて。
「うぅうぐッ――!!!」
そんな私の勇気ある行動を見て(見れてない)。ストレちゃんはただひたすらに自らを抑えていた。(抑えられていない)
可哀想に…助けに駆けつけてくれたのに、見せ場の一つもなく、ただただゲロゲロしている。
でも戦士ならこんな場面いくらでも…ないか。
真っ二つになった人間を繋げ直そうとする場面なんて。
「うぅっ――…血の匂いが…。」
直視してないとは言え香りが凄い。なんかブシュブシュ空気の潰れる音もするし…。
足元は瓦礫だらけ、転びでもしたら内臓が飛び散ってしまう…。気を付けないと…。
「…おい。やめろ。いいから、遺言とかを聞けよ。」
極めてまっとうな意見が、極めて異常な姿の男から吐き出される。
ゴポゴポ、胸下の輪切りと、口から血を吐きながら。
「だめだ。隠してもわかるぞ。お前、くっつくだろう?」
「…チッ。」
「…そうなの?」
ため息ひとつ、あと内臓のナニカを上半身からボテリと落としながら、面倒くさい表情の男。
「たぶんな。…だから首を落とせ。たぶんそれで死ねる。」
「だめだ。くっつけろナナ。」
「うん。」
男の言葉はおいといて、とりあえず断面を重ねてみる。
内臓一つ落っこちたままだけど。
「まてよ!何がしたいんだお前ら!」
「抱きたい。」
明確な答えがない私と違い、タチは完結だった。
「下半身だけくれてやる…勝手にヤればいいだろ!」
「えっ…そんな所見たくない…。」
「だったら目を閉じてろよ!!つーかなんで立ち会う前提なんだボケ!」
思った以上に元気な上半身さんが、私にどなりつける。
正直、そもそも、タチが他の人と「仲良く」している所なんて見たくない。
でも、まぁ。タチだから仕方がない気もする。
でもでも、さすがに、下半身だけと仲良くしてるとこは…想像したくもない。
「面白そうだが、私の興味があるのはお前自身だ。…おおかた自殺を試みて、自分の再生力は知っているのだろう?」
「…死に切る根性はなかったけどな。」
「魂を信じぬお前がか。笑えるな。」
戦闘中と変わらず、会話を続ける二人。
私には理解できない感覚だ。
とりあえず、言われた通り上半身につながる様に、下半身を持つ。
「あの…いつまで?」
「…五分もすれば、つながる。」
五分…かかえてなきゃいけないのか…。
重ねた切れ目部分からピチピチ音がするのが怖い。
「意味がわからない。あんた達を殺すのが俺の役割だぞ?」
「お前は、まだ私を殺したいのか?その意志があるのか?そう言われたからといって。」
男とタチが視線を交えていた。
私はただの支え役。ちょっぴり寂しい。
あと、私も吐きそう。
「…わからない。」
「私は神を殺そうと思っていたが今日やめた。ナナが神らしいのでな。そんなものだ。」
タチが私の方に顔を向ける。
「…そんなに簡単にいいの?」
「いけない理由がどこにある?私の気持ちは変わらない。ナナがなにで、どうあろうとも。」
変わらず支え役のままだけど、だいぶん嬉しい。
でも神を殺すため、長い旅をしてきただろうにいいのだろうか?
…良くないと困るけど。
「力も才も金も女も…手にして生まれてこれなんだ…。オレはどうしたらまともになれる?」
「一度私にかしずき、犬となれ。まともになる必要などない。」
傲慢で、上からで、偉そうな、いつものタチ。
バタリ。
向こうの方でストレが倒れた音がした。
ごめんね。いっつも放っておいて。背中の一つでもさすってあげたかったんだけど…。
「…いいかもな。少し時間をくれないか?謝らなきゃならないヤツがいるんだ。」
「思い人か?」
「ずっと傍にいてくれたのに、ほっぽり出したどんくさい奴が…。」
「好きにしろ。」
黒衣の男は。泣いていた。
たぶん、今までしたきた色々な事をおもいだして。
「沢山…殺しちまったな…オレはどうやったって…。」
「今はゆっくり休め。何をどうでも私に抱かれてからにしろ。」
タチは優しく男の頭を撫でた。ゆっくりゆっくり。
その姿をみても、私に嫉妬の心や、寂しさは生まれない。
不思議だけど、当然だと感じる。なにせタチだから。
許されていいわけがない…。
繰り返しつぶやく光の化身が送り込んだ刺客は、普通に悩み後悔するただの人間だった。
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