ユニちゃんの水上高速移動により、アルケー湖には予定通り三日で到着した。
水上は、おんぶされて移動。陸地はおてて繋いで移動。
特に問題も発生せず、紅茶をたしなんだり、おやつを楽しんだり。
人形遊びをしているような生活。
私は人形役だったけど。
「居た~~~!!!!!!」
アルケー湖周辺。土の化身ダッドとの戦いから、店並も人通りも完全復活している、根性ある土地で、水色おさげの人影に走り寄る。
「わっひゃ!?なっ…なんじゃ!?」
勢いよく抱き着いて、感触を確かめる。
このプニプニした肌触り、ひんやりとする心地よさ…!
懐かしい。
「ズーミちゃん…!ズーミちゃんだ!!」
私の元部下で、現親友。
水の化身ズーミちゃん。
土の化身ダッドとの一件以来、地元では身を隠す必要もないのだろう。
全身を覆う、怪しげな皮服を着ることもなく、素のままでかき氷の待機列に並んでいた。
「だ…誰じゃ?握手なら午後の水祭りの部で…。」
「私だよ!モチモチでタコタコの友!エッチな下着で夜を過ごした親友!ナナだよ!」
「!?…ナナ?嘘じゃろ?ナナなのか?!」
あぁ。懐かしき、安心する声。
ギュっと握りしめた私の腕が、ズプズプとズーミちゃんの体に沈んでいくこの感覚。
体が縮んだせいで、前よりズーミちゃんの体が大きく感じるけど、たしかに我が友だ。
「エッチな下着の件を詳しく聞きたいユニ…。」
ここまで運んでくれた功労者が、私の後ろでなんか言ったが聞こえない。
「ナナ!ナナか!久しいな!…その体。一度死んだのか?」
突然の不審少女出現にも、疑うことなく受け止めてくれる我が友ズーミちゃん。
転生とか神とかの面倒な説明は、化身で友達の彼女に必要ない。
一番最初に打ち明けたのは彼女にだ。
「そのことでお願いがあるの!力を貸してズーミちゃん!!風の大陸まで戻りたいの!力がダメならお金貸して!!あと、源の力返してくれたり本当助かったよ!色々気を使ってくれてありがとう!!!」
「まてまて!落ち着くのじゃ!半年ぶりの再開に、神がなんて安易に頭を地面につけておる!?」
矢継ぎ早に言葉をぶつけ土下座した私は、ズーミちゃんに引っ張られて待機列から離れた場所に運ばれた。
「ごめんね。ズーミちゃん…!おいしそうなかき氷。あと5人で買えた所なのに…。…何味を頼むつもりだったの?」
「よい。よい。ミルク味じゃ、昨日食べておいしかったから、また食べようとおもっての…。」
あぁ。懐かしき食べ物談義。こんな話を毎日してたのだ…もう半年も経つのか。
…半年?ズーミちゃんと別れたのってそんなに昔だったけ?
「ユニが変わりに並んでおくユニ!ミルク味三つユニね!」
私とズーミちゃんのやりとりを、ムフムフ眺めていたユニちゃんが「ちゃんと眼福の対価は払うユニ」と言って、かき氷の列の最後尾へと消えた。
「お主。なぜユニコーンと一緒にいるのじゃ?神にもどる予定じゃったろう?」
「えっとね。長くなるけど聞いてもらえる?」
私は掻い摘んで、風の大陸についてからの事。
タチとフィルル高原にたどり着き、聖地パンテオンに飛び立とうとした事。
そこにイトラが現れて、私とタチが…襲われたことを彼女に話した。
「…おぬし、現場に居たのじゃよな?」
黙って聞いてくれていたズーミちゃんが、ゆっくりと口を開く。
「うん…。だから今すぐ戻りたいの。タチを…助けにいかないと。」
今から急いでもどっても、数か月はかかる旅になる…。
それでも、私は戻りたい。タチの所に。
「それは無理じゃな…。」
「どうして!タチは絶対負けないもん!絶対に…。」
信じない。最後にみた光景なんて。
毎夜、夢に出る惨劇なんて。
私は信じない。タチは絶対負けるはずない。
例え首が斬り落されたって…。
考えすぎないようにしている。
思い過ぎないように。
正常な判断をしたとたん、きっと私は動けなくなる。
目的を見失ってしまい。
「風の大陸北西部、それに旧聖地パンテオンは吹き飛んでもうない。」
「…へっ?」
ズーミちゃんが言ってることが頭に入らなかった。
私がついこの前居た、あの場所がもう無い…?
「たぶんおぬしが溶けた直後のことじゃな。激しく争いが行われたその地にイトラ様だけだはなく、土の化身や風の化身も現れて大暴れ…。300年前の土と火の大ゲンカ以来の大災害じゃ。」
土の化身と火の化身の大ゲンカ…。
その衝撃は別大陸も襲い、ズーミちゃんが水の化身を引き継いだきっかけとなった。
それほどの戦いがあの後に?
「うそ…。タチ…タチはどうなったの!!」
何百年に一度の大変動、その中心に私達は居たことになる。
ただの人などひとたまりもない状態だろう。
まして…直前に首を落とされたタチは…。
それでもそれでもタチなら…。
「安心しろ生きとるよ。しぶとい奴じゃな。イトラ様と殴り合って生き延びたらしい。」
「…ほんと!!!?」
「神を抱いた。と吹く女はその後、風の大陸各地で発生した土の化身…ダッドを倒しながら、町々で色々言いふらしてるようじゃ…。」
ずっと合わせてくれていた目線を、少しズラすズーミちゃん。
なにか言いにくそうに、口を紡ぐ。
「何?なんてタチは言ってるの?どんな話をみんなに聞かせ回ってるの?」
「うむ…そのな…。」
もじもじと口に出そうかためらうズーミちゃん。
「教えて…。タチが生きてるってわかっただけで、私に怖いものはないから。」
そうなのだ。タチが生きてる。
その事実だけで、踊りだしたいほど私は世界が肯定できる。
私の心を察したズーミちゃんは、口を開く。
「ナナという女が如何に可愛いか…。どれほど愛しているか…。その…夜はどんな声を上げるかと…そのな…。」
「…酒のつまみ話にされてる!?」
タチのよく言っていた、酒場で一番盛り上がる話題というやつだ。
ようは猥談《わいだん》。
まさか、自らがおいしいお話にされるとは…。
「わらわの所に流れてきたのは最近じゃ。相変わらず、とち狂っとるな~。と思っとったが…。なるほど、おぬしに伝えるための行動かもしれんの。」
「…そうか。」
次の私が地上のどこで生まれるかなんて、タチにはわからない。
だから私に見つかる様に…。生きてるぞって伝えるために、主張してくれてるんだ。
…エッチな話で!
「その…だいぶアマアマな日々を過ごしておったようじゃの…。どうして結ばれたのか、ウワサ通りではなかろうが…おめでとうじゃ。」
もじもじと、体内の気泡を恥じらわせながら祝福の言葉をくれる優しいズーミちゃん。
「うん。どんな馴れ初めが出回ってるか、想像すると悶え死にそうだけど…、ありがとう!」
船の上や馬旅で散々きいた、タチのしょうもない話を振り返ると、それはもうスケベで、具体描写の多いお話がでまわってるのだろう…。
私の知らぬ各地で…。
こっぱずかしい。
「安心しろ。お主の事を可愛い、可愛いと自慢する話ばかりじゃ…誰も負の印象は持たんじゃろ。」
「嫌われるのを心配してるわけじゃないけど…。褒め言葉が広まるにしても、素直に喜ぶのは難易度が高いと思う…!」
恋の話と濡れ場の話、いつの時代、どんな場所だって興味を引くし、広まりやすい…。
タチが散々言ってた事だ。だからこそとわかってはいる。タチらしい存在証明。
だけど、彼女の事。いつも私に言ってくれたような歯の浮く言葉を、恥ずかしげもなくばら撒いているのだろう。
死ぬほど恥ずかしい。ちょっと嬉しくもあるけど…。
「じゃけど…首絞め失神プレイは危ないと思うのじゃ。大きなお世話かもしれんがの…。」
見覚えのない情事が付け加えられているようだが、たぶんタチのせいではないだろう。
雑で、荒くて、感染力がある、「尾びれ背びれ」それこそウワサ話の性質だ。
もろ刃の剣として、受け入れるしかない。
わが友が信じ切って、危ない性癖を心配してくれてるのは気まずいけど。
まぁ。後々、経験してみれば事実になるし。
なにはともあれタチに会いたい。
「ぐぬぬ…!」
かき氷を三つ持ったユニちゃんが背後で佇んでいた。
可愛らしい見ためで「あの女絶対殺すユニ…!」と憤死しそうなのは、首絞めプレイを想像したからだろう。
歯を噛み締めすぎて、バキバキ恐ろしい音がしてる…。
「しかし…この広まりようで、お主の耳に入っとらんとは。この2か月間どこに居たんじゃ?だいぶ人里から離れておったろ。」
ユニちゃんが運んでくれたミルクかき氷を、ズーミちゃんは待ちどおしそうにシャクシャク崩す。
「2か月…?3日前にユニちゃんのそばで生まれて、川を乗り継いでここまで来たんだけど…。」
「大陸と聖地が吹き飛んだのは2か月前のことじゃよ??」
パクリ。
ミルクかき氷をひとくち口にする。
甘い。
いや~、良かった。なによりタチが無事っぽいことが確認できて。
「2か月!?!?」
甘さが脳に回り、思考した私は再び困惑するしかなかった。
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