穏やかな夜風が、髪をさらう。
見上げれば透き通る星空とお月様。
静かな波音が心の根元を少し、切なくさざめかせる。
「風の大陸…。楽しみだね。」
木製の手すりに両肘を乗せ、飽きることのない美しい景色を眺める。
「別段、代わり映えのする場所でもないがな。」
並んで空を眺めていたタチが、知った風な口を利く。
退屈しのぎに、二人で一番輝く星を探す遊びをしていた。
「知ってるみたいに言うね。」
「風の大陸の出だからな。」
「えっ!?そうだったの?」
サラっと頬杖つきながらしゃべるタチ。
意外な情報を耳にして、私は彼女の顔を覗き込む。
「言ってなかったか?水の大陸には剣を取りに足を運んだだけだ。」
「聞いてない!そういう事早くいってよ!」
今まで聞いた話と言えば、どこそこの女は感度が良いだとか、なんとか族の男はアレがおっきいだとか…。
実りの無い情報ばかり。
「水の大陸に来たのが一年前程だ。」
「野暮な話じゃなくて、そういう事教えてくれれば良かったのに。」
タチが突然出歩く場所もない船の上、必然的に二人きりで話す時間が増えた。
…タチは主に下品な話だけど。
「こいつを手に入れたら聖地ケサに向かう予定だったんだがな。」
軽く、腰に差した神殺しを触るタチ。
タチの見通しと違い、現在、風の大陸に出戻り中。
私に付き合って、別の聖地…世にいう旧聖地を目指している。
「すっごい今更だけど、本当に良かったの?」
「もちろん。予定通りなどつまらん。ナナと一緒に居たいのだ。」
自分の思いのままに…ずっとそうやって生きてきたのだろう。
「…ありがとう。」
「好きにしているだけだ。」
出会った当初より、私もタチに興味と好意も抱いている。
ただ、手持ち無沙汰に胸を触るのはやめて欲しいけど…今みたいに。
「どのあたりで生まれたの?国の名前とか聞いてもわからなそうだけど。」
私も風の大陸で生まれた事がある。…確か七回目の人生だ。
魔の住処と言われる「カイツールの森」
あふれ出る魔物を刈る戦士たちの一人。拒絶の弓使いと呼ばれていた。
ある日、喉が渇いて井戸を汲んでる最中、井戸に落っこちて死亡した。
「私たちに国はない。遊牧の民だ。」
「…なるほど。」
四大陸一大きな風の大陸は、大草原が有名だ。
広がる平野には多くの動物と色々な人が住む。国の数も大陸一多く、生活様式も様々。
その一つが遊牧民族だ。
そうか、ちょっと納得してしまう。
「私たちは留まらない。大陸を移動し、肉を食い、乳を飲み生活している。」
「ずっと走り回ってるの?」
「居つかないというだけだ。たまに街にもよる、毛皮や工芸品を取引するためにな。」
どんな暮らしなんだろう。言葉で聞いても想像が難しい。
でも、馬に乗るタチは絵になりそうだ。
「いつ頃、離れて一人に?」
質問続きになるが、興味がある。タチの昔に。
「六・七年前だな。突然嫌になって逃げだした。…なんとなくだ。なんとなく自由になりたかった。」
「なんとなく…。」
なんとなくで家族と離れ、ずっと一人でいるのだろうか?寂しかったりしないのかな…。
「フル族は実力主義でな、女であろうと力があれば狩りもするし、指導者にもなる。私の母のように。」
「タチの…お母さん。」
そうか、タチにも親がいるんだ。
生き物なのだからあたりまのはずが、まったく私にはしっくりこない。
神の私には永遠に手に入らない存在。親。
きっとタチに似て気が強く芯の強い人なのだろう。
「知らなかったのだ。私たちの生活の方が、他の村や町…国に所属して生きるより遥かに自由だったという事を…。」
私が知っているのは今いるタチ。変態で、強引で、格好つけで、憎いが様になっている強い人。
「驚いたものさ…街で生活を始め、城で下働きをしてな。自分が削れていくのがわかった。」
「大変だった?上下関係とか。」
「と言うより、自分を見失ったな。…すぐに嫌気がさして、しらばっくれたが。」
ザザーと波音がする。広く大きな海の上。少し強めの海風が吹く。
「次へ次へと他を探し、体一つで歩き回った。」
結い上げた黒髪が風で舞い、タチの顔を隠す。
「だが、結局フルが一番ましだった。…私の血は、生まれた通りをの型を望んでいたわけだ、つまらんことに。」
何か声をかけたいけど、どういっていいのかわからない。
ただ、黒い海を眺める美しい人に、よりそう事すらできずにいる。
「全てに腹が立ってな。フルに戻ることなく、一人流浪の剣士となったわけだ。」
そう言って私を見るタチの表情は、いつもよりちょっと寂しそうに見えた。
夜のせいか、海のせいか、ただの勘違いかもしれないけれど。
「こんな話つまらないだろう。ギャルン族の舌使いの話の方が盛り上がる。」
「私は聞けて嬉しかったよ。」
素直な感想を言葉にする。ちゃんと話を聞いてたよ。と伝えたくて。
「ステビチ嬢達の腰使いの話よりか?酒場では最高のおかず話だぞ?」
「私は嬉しかったの!」
いつもの流れに持っていかれそうになるも、誰かさんの真似して強引に、自分を押し付けてみる。
「そうか…なら、たまにはいいかもしれんな。」
「そうだよ。綺麗な夜空の下だもん。」
一緒に探した一番輝く星。確かお月様の真下にあったはずだけど、今はもう見分けがつかない。
タチの事が気になり過ぎて…。
「私が一番嬉しいのはな、人とぶつかる時だ。」
「ぶつかる時?」
「戦いでも、愛し合う時でも、体を重ねると心が通じる瞬間がある。相手と自分を感じる時が。それが好きだ。」
「…本当にあるの?」
どんなに近づいたって、他人は他人じゃないのだろうか?
きっと私にはわからない。何度人生を繰り返したって感じたことなどないのだから。
だって私は…
「ある。私が今一番感じたいのはお前だ。」
タチが私に向き直り、腰を引き寄せ、顎に指をかける。
近づいてくるタチの唇…。今まで何度も迫られ、その度拒絶してきた。
雰囲気のせいか、そんな気はないのに、自然と瞼が落ちてしまう。
黒い海と黒い空。広がる世界に、二人寄り添っていても、あまりにも小さく虚しい。
優しく、ゆっくりと、ふたりは重なった。
柔らかい感触と同時に、切なさが湧き上がる。心臓が締め付けられ、胸が痛んで高鳴りがとまらない。
しっとりとした世界で、私は少しだけタチの事を感じられた気がした。
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