かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第二十六話 海と空。タチと私。

公開日時: 2020年9月19日(土) 06:51
文字数:2,513

 穏やかな夜風が、髪をさらう。

 見上げれば透き通る星空とお月様。

 静かな波音が心の根元を少し、切なくさざめかせる。


「風の大陸…。楽しみだね。」

 木製の手すりに両肘を乗せ、飽きることのない美しい景色を眺める。


「別段、代わり映えのする場所でもないがな。」

 並んで空を眺めていたタチが、知った風な口を利く。

 退屈しのぎに、二人で一番輝く星を探す遊びをしていた。


「知ってるみたいに言うね。」

「風の大陸の出だからな。」



「えっ!?そうだったの?」

 サラっと頬杖つきながらしゃべるタチ。

 意外な情報を耳にして、私は彼女の顔を覗き込む。


「言ってなかったか?水の大陸には剣を取りに足を運んだだけだ。」

「聞いてない!そういう事早くいってよ!」

 今まで聞いた話と言えば、どこそこの女は感度が良いだとか、なんとか族の男はアレがおっきいだとか…。

 実りの無い情報ばかり。


「水の大陸に来たのが一年前程だ。」

「野暮な話じゃなくて、そういう事教えてくれれば良かったのに。」

 タチが突然出歩く場所もない船の上、必然的に二人きりで話す時間が増えた。

 …タチは主に下品な話だけど。


「こいつを手に入れたら聖地ケサに向かう予定だったんだがな。」

 軽く、腰に差した神殺しを触るタチ。

 タチの見通しと違い、現在、風の大陸に出戻り中。

 私に付き合って、別の聖地…世にいう旧聖地を目指している。


「すっごい今更だけど、本当に良かったの?」

「もちろん。予定通りなどつまらん。ナナと一緒に居たいのだ。」

 自分の思いのままに…ずっとそうやって生きてきたのだろう。


「…ありがとう。」

「好きにしているだけだ。」

 出会った当初より、私もタチに興味と好意も抱いている。

 ただ、手持ち無沙汰に胸を触るのはやめて欲しいけど…今みたいに。


「どのあたりで生まれたの?国の名前とか聞いてもわからなそうだけど。」

 私も風の大陸で生まれた事がある。…確か七回目の人生だ。


 魔の住処と言われる「カイツールの森」

 あふれ出る魔物を刈る戦士たちの一人。拒絶の弓使いと呼ばれていた。

 ある日、喉が渇いて井戸を汲んでる最中、井戸に落っこちて死亡した。


「私たちに国はない。遊牧の民だ。」

「…なるほど。」

 四大陸一大きな風の大陸は、大草原が有名だ。

 広がる平野には多くの動物と色々な人が住む。国の数も大陸一多く、生活様式も様々。

 その一つが遊牧民族だ。


 そうか、ちょっと納得してしまう。


「私たちは留まらない。大陸を移動し、肉を食い、乳を飲み生活している。」

「ずっと走り回ってるの?」

「居つかないというだけだ。たまに街にもよる、毛皮や工芸品を取引するためにな。」

 どんな暮らしなんだろう。言葉で聞いても想像が難しい。

 でも、馬に乗るタチは絵になりそうだ。


「いつ頃、離れて一人に?」

 質問続きになるが、興味がある。タチの昔に。


「六・七年前だな。突然嫌になって逃げだした。…なんとなくだ。なんとなく自由になりたかった。」

「なんとなく…。」

 なんとなくで家族と離れ、ずっと一人でいるのだろうか?寂しかったりしないのかな…。


「フル族は実力主義でな、女であろうと力があれば狩りもするし、指導者にもなる。私の母のように。」

「タチの…お母さん。」

 そうか、タチにも親がいるんだ。

 生き物なのだからあたりまのはずが、まったく私にはしっくりこない。

 

 神の私には永遠に手に入らない存在。親。

 きっとタチに似て気が強く芯の強い人なのだろう。


「知らなかったのだ。私たちの生活の方が、他の村や町…国に所属して生きるより遥かに自由だったという事を…。」

 私が知っているのは今いるタチ。変態で、強引で、格好つけで、憎いが様になっている強い人。


「驚いたものさ…街で生活を始め、城で下働きをしてな。自分が削れていくのがわかった。」

「大変だった?上下関係とか。」

「と言うより、自分を見失ったな。…すぐに嫌気がさして、しらばっくれたが。」

 ザザーと波音がする。広く大きな海の上。少し強めの海風が吹く。


「次へ次へと他を探し、体一つで歩き回った。」

 結い上げた黒髪が風で舞い、タチの顔を隠す。


「だが、結局フルが一番ましだった。…私の血は、生まれた通りをの型を望んでいたわけだ、つまらんことに。」

 何か声をかけたいけど、どういっていいのかわからない。

 ただ、黒い海を眺める美しい人に、よりそう事すらできずにいる。


「全てに腹が立ってな。フルに戻ることなく、一人流浪の剣士となったわけだ。」

 そう言って私を見るタチの表情は、いつもよりちょっと寂しそうに見えた。

 夜のせいか、海のせいか、ただの勘違いかもしれないけれど。


「こんな話つまらないだろう。ギャルン族の舌使いの話の方が盛り上がる。」

「私は聞けて嬉しかったよ。」

 素直な感想を言葉にする。ちゃんと話を聞いてたよ。と伝えたくて。


「ステビチ嬢達の腰使いの話よりか?酒場では最高のおかず話だぞ?」

「私は嬉しかったの!」

 いつもの流れに持っていかれそうになるも、誰かさんの真似して強引に、自分を押し付けてみる。


「そうか…なら、たまにはいいかもしれんな。」 

「そうだよ。綺麗な夜空の下だもん。」

 一緒に探した一番輝く星。確かお月様の真下にあったはずだけど、今はもう見分けがつかない。

 タチの事が気になり過ぎて…。


「私が一番嬉しいのはな、人とぶつかる時だ。」

「ぶつかる時?」

「戦いでも、愛し合う時でも、体を重ねると心が通じる瞬間がある。相手と自分を感じる時が。それが好きだ。」

「…本当にあるの?」

 どんなに近づいたって、他人は他人じゃないのだろうか?


 きっと私にはわからない。何度人生を繰り返したって感じたことなどないのだから。

 だって私は…


「ある。私が今一番感じたいのはお前だ。」


 タチが私に向き直り、腰を引き寄せ、顎に指をかける。

 近づいてくるタチの唇…。今まで何度も迫られ、その度拒絶してきた。


 雰囲気のせいか、そんな気はないのに、自然と瞼が落ちてしまう。


 黒い海と黒い空。広がる世界に、二人寄り添っていても、あまりにも小さく虚しい。



 優しく、ゆっくりと、ふたりは重なった。

 柔らかい感触と同時に、切なさが湧き上がる。心臓が締め付けられ、胸が痛んで高鳴りがとまらない。



 しっとりとした世界で、私は少しだけタチの事を感じられた気がした。 



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