かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第二十五話 いつの日か。

公開日時: 2020年9月18日(金) 04:14
文字数:3,170

 目が覚めると、そこは豪華なお部屋のベッドの上。

 壁にも天井にも細かな堀細工が施され、窓掛まどかけ絨毯じゅうたんまでちゃんとある。

 船の中なのに贅沢な…。

 机の上には銀食器、色とりどりの果物まで…。


「う…うぅ?」

 そうだ。ここはタチが勝ち取った、ホジマリン号で一番いいお部屋…。

 ピチョン最終日、喧嘩小屋でタコぬいぐるみと共に、得た賞品だ。


「負けたら…どうするつもりだったんだろう…?」

 ズキズキ痛む頭を押さえながら、ベッドの柔らかさを感じる。

 確か、賭けたのは私たちの船券とタチ自身。と言っていた。

 本当にあの人はもう…。


「この部屋はお前への贈り物だ。それで私が負けるわけないだろう?」

 声のした方、つまりすぐ隣を見たら全裸のタチがいた。

 だけど今更その程度では驚かない。

 これまで散々同室で夜を明し、そのほとんど全裸で彼女は寝ていたから。


「何度見ても綺麗な胸をしているな。」

 言ったタチの視線をたどる、その先には私の裸。

 上半身を起こした際、真っ赤な掛布団がずり落ちて丸見えだ。


「また脱がしたの!?」

「違う!お前が脱いだのだ!「あつーいー。ぬぐー」っと!」

 言われてみると、言ったような言わないような?

 何しろ昨日はお酒にやられていた、何かしでかしていてもおかしくはない。


 慌てて掛布団で体を隠し、思い出そうと頭を探る…。

 やめよう。ズキズキと痛みが増すだけだ。


「えらく可愛らしい生き物だったぞ。。虚ろな瞳で、よたよたと服を脱ぐお前は…!」

「!?」

 覚えてない。覚えていないけど、語るタチのご満悦な顔が事実だと証明している。


「私に腕枕をせがんでな…。全裸で!!たまらなかった…。」

 目を細め、遥か彼方を見つめるタチ。

「ぬぐっ…。記憶ないけど…タチ枕にすがりたいほど、気分が悪かったのは確かに…。」

 掛布団を身に絡ませ、脱ぎ散らかした洋服を集める。


 床に荷物が散らばっている、酔って転んだりしたのだろうか?

 後で、お片付けしないと。


「かわいかった…かわいかったぞ!!私にくっつき、すり寄るナナが――」


ベシ!

 投げつけた、いつも身に着けている手袋がタチの顔に命中する。


「わかったから!その記憶はタチにあげるから、大事にしまっておいて!」

「もちろんだ!他の誰にも渡すものか…!私だけのナナがあんなにイヤらしく、すけべな――」


ベシ!

 もう一つの手袋がタチの顔に命中する。さっきより強く。


「だ・か・ら!!口にしなくていいってば!」

 恥ずかしい。死にたい。さっさと次の肉体に生まれ変わってこの場をさりたい。

 神である私が、船酔いとお酒でこんな醜態を晒すとは…。


「わかっている!わかっているのだ…!だが!自慢したい!私のナナがこんなにもエロかわ――」


ドガ!ドガ!

 私の靴が二つ。全力でタチの顔に打ち込まれる。

 投げつけた後に、ちょっとやり過ぎか?とも思ったが、相手がタチなのでいいだろう。


「…一線超えてないでしょうね…?」

「血の涙を流して、堪えたぞ…。」


 目をつぶり親指を立てるタチ。

 その時の事を思い返してだろう、悔しそうに歯を食いしばる…。


 力を籠めすぎて、口元から血が滲んでいますけども…。



「おねだりされた時は…心臓が張り裂ける思いだったがな…。」

 何だかんだと言いつつも、コトは同意の上が良いらしいタチが――


「おねだり!?」

「あぁ。おねだりだ。」

「そんなの絶対しない!!」

 嘘だ。この私が。おねだり?しかもタチに!?


「ほほう。絶対にしないのか…。絶対な…絶対の意味を私は勘違いしているのだろうか?」

 なんだ、その含みのある言葉!なんだその腕組み!!


「…嘘じゃない?本当に…?」

 記憶の無い私には、確かめるすべがない。

 不安と焦りが胸いっぱいに広がる。


「誓おう。」

 タチの腰の座りようが、私を苦しめる。


「…何をねだったの?」

「それは、当然、アレをだろう。」

「本当に…?」

 こくり。真剣にまじめーに。頷くタチ。

 なんだコイツ。さっきまで直接的な言葉で、饒舌《じょうぜつ》に口を走らせてたくせに…!途端に口ごもり始めた!


「気になるか?」

「…少しだけ。」

 そわそわする。この私が?そんな馬鹿な。

 ちょっとばかし食い意地が張ってて、ちょっとばかし脇の甘い、自分の首を取ろうとするものに介護されるような、能も才も持ってないだけのこの私が?


 自分で言ってて思い知る。

 やらかしてそうだ。っと。


「なら…おねだりは?」

「やっぱりいいし!!」

 顔を背け離れようとする私に慌ててタチが言葉を投げる。


「興味があるが怖い。と言っていた。」

「…」

「人として、経験してみたいが、少し気持ちが悪い…と。動物的で愚かしく見えてしまって。」

 あぁ…確実に私が口走った…。

 なにを、タチに打ち明けているのだ…。


「ま…まぁ。そういう人もいるってことで…。」

 恥ずかしい。全力でお悩み相談してしまった過去の私が。


「ナナ。子が産めぬからといっても。人は人だぞ。」

「え…?」

「私に訪ねた。子が作れないのは"一緒"なのに、どうして意味ないことをするのか…と。」

 そう。タチも子を作れない。

 寿命と一緒に。自らの選択で捧げたから…。


 それはずっと、なんとなく気になっていた、いたのだが…。

 こんな失礼なたずね方してしまうとは。


「えっと…えっとね。」  

「私は人に見えないか?」

 タチは私の「人として」と言った部分を「負い目」と解釈しているみたいだ。

 私が人として、子孫を残せないことを、複雑に思っている…。と。

 

 正解は「実は神で、人間やってるうちに、肉体関係を経験してみたいなー。」程度のことなのだが。


「ちがうの!タチは格好いいし!誰よりも生き生きしてると思ってるよ…!」

 タチにどうこう言うつもりなんて、なんにもないのだ。

 私自身の、生殖行為への苦手意識の問題というだけで。

 

「そうだろう?だからお前も怯えるな。自ら望んだ私とは違うだろうがな。」



「…うん。」

 私の。私の心配をしてくれている。

 船酔いに付き添い、酔っぱらいを介抱し、無礼な愚痴を聞かされた上でも…。


「しかし、酔いは冷めたようで良かった。」

「まだ少し痛むけど…。ほとんど抜けてると思う。。」

 頭を軽くさする。ズキズキした痛みはだいぶん小さくなっている。


「酒じゃない。船の方だ。」

「あっ…確かに。」

 目覚めてからずっと、船はいつも通り揺れていたが気にも留めてなかった。

 ブドウ酒のおかげか、はたまた最強のタチまくらのおかげか…。


「ナナ」

 腕をつかまれ引き寄せられた。


ボフリ。

 全裸のタチが横たわるベッドに、私は倒れこむ。


「子を産むだけが、肉体の目的ではない。体を持つ私たちの大切な確認方法…愛情表現だ。それを知れ。」

 真面目な視線と、硬い言葉選び。いつものタチとの違いに戸惑ってしまう。


「…ごめん。タチを否定するつもりなんて本当にないの。」

「そんなこと。わかっている。」

 抱き寄せられ、頭をゆっくり撫でられる。もう何度も経験した。

 重ねるごとに、気恥ずかしさは薄れ、安心感しか湧き上がらない。


「ナナが考えるより、私はお前を気に入っている。いつかで構わん。抱かせろ。」

 出会った当初から、その一点張り。

 でも言葉を受け止める、私の心が少し違う。


 タチは今。どういう気持ちで私を見つめているのだろう?

 一度はつまんでみたい女の子?体?中身?いったいどこに興味を持ってくれてるんだろう?

 たくさん、たくさん経験してるであろう彼女は、なぜ私なんかを…。



「…いつか。お願いします。」

 自然と返事を返してしまった。

 撫でられる、頭と同じように、体も重ねるごとに温かさを与えてくれるものなのだろうか?


 もし、私が神だと知ったらタチは私を嫌うのだろうか…。

 考えたくない。タチと対峙し、争う未来など…。


「約束だ。」

 なんとなく。私の方からもタチに抱き着く。

 温かさ。柔らかさ。なにより…芯の強さ。


「絶対に気持ちよくして、聞いたことのない声で鳴かせてやるからな…。」

 ついでに、はしたなさを体中で感じ取る。

 これがタチなのだから。

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