目が覚めると、そこは豪華なお部屋のベッドの上。
壁にも天井にも細かな堀細工が施され、窓掛に絨毯までちゃんとある。
船の中なのに贅沢な…。
机の上には銀食器、色とりどりの果物まで…。
「う…うぅ?」
そうだ。ここはタチが勝ち取った、ホジマリン号で一番いいお部屋…。
ピチョン最終日、喧嘩小屋でタコぬいぐるみと共に、得た賞品だ。
「負けたら…どうするつもりだったんだろう…?」
ズキズキ痛む頭を押さえながら、ベッドの柔らかさを感じる。
確か、賭けたのは私たちの船券とタチ自身。と言っていた。
本当にあの人はもう…。
「この部屋はお前への贈り物だ。それで私が負けるわけないだろう?」
声のした方、つまりすぐ隣を見たら全裸のタチがいた。
だけど今更その程度では驚かない。
これまで散々同室で夜を明し、そのほとんど全裸で彼女は寝ていたから。
「何度見ても綺麗な胸をしているな。」
言ったタチの視線をたどる、その先には私の裸。
上半身を起こした際、真っ赤な掛布団がずり落ちて丸見えだ。
「また脱がしたの!?」
「違う!お前が脱いだのだ!「あつーいー。ぬぐー」っと!」
言われてみると、言ったような言わないような?
何しろ昨日はお酒にやられていた、何かしでかしていてもおかしくはない。
慌てて掛布団で体を隠し、思い出そうと頭を探る…。
やめよう。ズキズキと痛みが増すだけだ。
「えらく可愛らしい生き物だったぞ。。虚ろな瞳で、よたよたと服を脱ぐお前は…!」
「!?」
覚えてない。覚えていないけど、語るタチのご満悦な顔が事実だと証明している。
「私に腕枕をせがんでな…。全裸で!!たまらなかった…。」
目を細め、遥か彼方を見つめるタチ。
「ぬぐっ…。記憶ないけど…タチ枕にすがりたいほど、気分が悪かったのは確かに…。」
掛布団を身に絡ませ、脱ぎ散らかした洋服を集める。
床に荷物が散らばっている、酔って転んだりしたのだろうか?
後で、お片付けしないと。
「かわいかった…かわいかったぞ!!私にくっつき、すり寄るナナが――」
ベシ!
投げつけた、いつも身に着けている手袋がタチの顔に命中する。
「わかったから!その記憶はタチにあげるから、大事にしまっておいて!」
「もちろんだ!他の誰にも渡すものか…!私だけのナナがあんなにイヤらしく、すけべな――」
ベシ!
もう一つの手袋がタチの顔に命中する。さっきより強く。
「だ・か・ら!!口にしなくていいってば!」
恥ずかしい。死にたい。さっさと次の肉体に生まれ変わってこの場をさりたい。
神である私が、船酔いとお酒でこんな醜態を晒すとは…。
「わかっている!わかっているのだ…!だが!自慢したい!私のナナがこんなにもエロかわ――」
ドガ!ドガ!
私の靴が二つ。全力でタチの顔に打ち込まれる。
投げつけた後に、ちょっとやり過ぎか?とも思ったが、相手がタチなのでいいだろう。
「…一線超えてないでしょうね…?」
「血の涙を流して、堪えたぞ…。」
目をつぶり親指を立てるタチ。
その時の事を思い返してだろう、悔しそうに歯を食いしばる…。
力を籠めすぎて、口元から血が滲んでいますけども…。
「おねだりされた時は…心臓が張り裂ける思いだったがな…。」
何だかんだと言いつつも、コトは同意の上が良いらしいタチが――
「おねだり!?」
「あぁ。おねだりだ。」
「そんなの絶対しない!!」
嘘だ。この私が。おねだり?しかもタチに!?
「ほほう。絶対にしないのか…。絶対な…絶対の意味を私は勘違いしているのだろうか?」
なんだ、その含みのある言葉!なんだその腕組み!!
「…嘘じゃない?本当に…?」
記憶の無い私には、確かめるすべがない。
不安と焦りが胸いっぱいに広がる。
「誓おう。」
タチの腰の座りようが、私を苦しめる。
「…何をねだったの?」
「それは、当然、アレをだろう。」
「本当に…?」
こくり。真剣にまじめーに。頷くタチ。
なんだコイツ。さっきまで直接的な言葉で、饒舌《じょうぜつ》に口を走らせてたくせに…!途端に口ごもり始めた!
「気になるか?」
「…少しだけ。」
そわそわする。この私が?そんな馬鹿な。
ちょっとばかし食い意地が張ってて、ちょっとばかし脇の甘い、自分の首を取ろうとするものに介護されるような、能も才も持ってないだけのこの私が?
自分で言ってて思い知る。
やらかしてそうだ。っと。
「なら…おねだりは?」
「やっぱりいいし!!」
顔を背け離れようとする私に慌ててタチが言葉を投げる。
「興味があるが怖い。と言っていた。」
「…」
「人として、経験してみたいが、少し気持ちが悪い…と。動物的で愚かしく見えてしまって。」
あぁ…確実に私が口走った…。
なにを、タチに打ち明けているのだ…。
「ま…まぁ。そういう人もいるってことで…。」
恥ずかしい。全力でお悩み相談してしまった過去の私が。
「ナナ。子が産めぬからといっても。人は人だぞ。」
「え…?」
「私に訪ねた。子が作れないのは"一緒"なのに、どうして意味ないことをするのか…と。」
そう。タチも子を作れない。
寿命と一緒に。自らの選択で捧げたから…。
それはずっと、なんとなく気になっていた、いたのだが…。
こんな失礼な尋ね方してしまうとは。
「えっと…えっとね。」
「私は人に見えないか?」
タチは私の「人として」と言った部分を「負い目」と解釈しているみたいだ。
私が人として、子孫を残せないことを、複雑に思っている…。と。
正解は「実は神で、人間やってるうちに、肉体関係を経験してみたいなー。」程度のことなのだが。
「ちがうの!タチは格好いいし!誰よりも生き生きしてると思ってるよ…!」
タチにどうこう言うつもりなんて、なんにもないのだ。
私自身の、生殖行為への苦手意識の問題というだけで。
「そうだろう?だからお前も怯えるな。自ら望んだ私とは違うだろうがな。」
「…うん。」
私の。私の心配をしてくれている。
船酔いに付き添い、酔っぱらいを介抱し、無礼な愚痴を聞かされた上でも…。
「しかし、酔いは冷めたようで良かった。」
「まだ少し痛むけど…。ほとんど抜けてると思う。。」
頭を軽くさする。ズキズキした痛みはだいぶん小さくなっている。
「酒じゃない。船の方だ。」
「あっ…確かに。」
目覚めてからずっと、船はいつも通り揺れていたが気にも留めてなかった。
ブドウ酒のおかげか、はたまた最強のタチまくらのおかげか…。
「ナナ」
腕をつかまれ引き寄せられた。
ボフリ。
全裸のタチが横たわるベッドに、私は倒れこむ。
「子を産むだけが、肉体の目的ではない。体を持つ私たちの大切な確認方法…愛情表現だ。それを知れ。」
真面目な視線と、硬い言葉選び。いつものタチとの違いに戸惑ってしまう。
「…ごめん。タチを否定するつもりなんて本当にないの。」
「そんなこと。わかっている。」
抱き寄せられ、頭をゆっくり撫でられる。もう何度も経験した。
重ねるごとに、気恥ずかしさは薄れ、安心感しか湧き上がらない。
「ナナが考えるより、私はお前を気に入っている。いつかで構わん。抱かせろ。」
出会った当初から、その一点張り。
でも言葉を受け止める、私の心が少し違う。
タチは今。どういう気持ちで私を見つめているのだろう?
一度はつまんでみたい女の子?体?中身?いったいどこに興味を持ってくれてるんだろう?
たくさん、たくさん経験してるであろう彼女は、なぜ私なんかを…。
「…いつか。お願いします。」
自然と返事を返してしまった。
撫でられる、頭と同じように、体も重ねるごとに温かさを与えてくれるものなのだろうか?
もし、私が神だと知ったらタチは私を嫌うのだろうか…。
考えたくない。タチと対峙し、争う未来など…。
「約束だ。」
なんとなく。私の方からもタチに抱き着く。
温かさ。柔らかさ。なにより…芯の強さ。
「絶対に気持ちよくして、聞いたことのない声で鳴かせてやるからな…。」
ついでに、はしたなさを体中で感じ取る。
これがタチなのだから。
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