小さな丸テントがいくつも並ぶ朝。
私達3人は夜通し走り続け、遊牧民の野営地にお邪魔しようとしていた。
「タチもこういう所で産まれたのかな…?」
「たぶん…そうじゃないでしょうか?」
50人ちょっとの集まりは、のんびりと大地に溶け込んで生活をしていた。
私とストレは、少し外れた大きな岩に腰を掛け、交渉に出たタチの帰りを待つ。
「夜狩りから、長が戻るのを待て。だそうだ。」
2人の男と親し気に話していたタチが、こちらに歩きながら声を張る。
広大な草原をさざめかす風の中、大地を踏みしめるタチの美しい事よ…。
交渉の時に頂いたものだろう、桃色の果実をストレに軽く投げ、私の横に座る。
「助かる。ちょうど何か腹に入れたい所だった。」
「モリルの実だ。甘酸っぱくて美味いぞ。」
シャクリ。瑞々しい音を立て、実を頬張るストレ。
「ナナも食べろ。私の好物のひとつだ。」
「…ありがと。」
手渡された手のひら大の果実に、口をつける。
うん。甘酸っぱい。これがタチの好みなんだ…。
「皮を剥いてもいいんだが、そのままが私は好きだ。」
「なら、このままでいいや。」
人々の生活を眺めながらの、軽食タイム。
美しい…そう思う。
みんなは日々を一生懸命に、いつも通りに生きているだけだろうけど、遠目から眺めているとまるで一つの絵画のようで。
「ね。タチもこういう所で育ったの?」
こんな感じの日常の中で、幼いタチは暮らしていたのだろうか?
「そうだな。真ん中にある、金色のフサフサの付いたテントがあるだろう?」
「うん。」
タチの指さす所には、少し大きめの丸テント。
「あそこで寝泊まりしていた。」
…ん?
「あの形が、流浪の民のよく使うテントなのか?」
モリルの実を食べ終わったストレが、水袋を馬から取り外しながら疑問を一つ。
「他は知らんが、私はあそこで暮らしていた。右のフサフサに焦げ跡があるだろう?アレは私が――」
「ちょ…!ちょっとまって!?」
この私が、お食事を差し置いて、言わねばならない事がある。
「ここってタチの生まれたトコなの!?」
「私が生まれたのはもっと北の方でだが…」
もぐもぐさせてた口が、空になってからしゃべるタチ。
「場所の話じゃなくって…!えっと、フル族さんだったよね?」
「あぁ。フル族だ。少し減っているようだが。」
「そういうこと早く言ってよ!?」
こんな所で、どころじゃない、まさしくココがタチの実家…!
「偶然居合わせた集団に、流浪のつながりで話しかけたのかと思っていたぞ…。」
「そう!まさしくそんな感じ。」
あきれ顔でつぶやくストレに、強く同意をする私。
「この広い草原、街も目指さず、たまたま民に出会うのを期待して走っていたと思ってたのか?」
ぬぐっ…。言われてみれば確かにそうだけど…。
「なるほど「私にまかせろ。」とは、そういう意味だったのか。」
「あぁ。今の時期なら、この辺りにいるのはわかっていたからな。」
すました顔して、平然と…!
でもそうか…ココがタチの暮らした所…。
歩き回る彼らに、所って言うのは変だけど。
改めて見渡す。最初に見た時とは全然違う。
皮をなめす、男の人の動作一つ。
子供の世話をする、女の人の服装一つ。
走り回るちびっ子の笑顔一つ。
より鮮明に、私の脳内に焼き付いてくる。
「もしかして、さっき話していた男の人も知り合い?」
「あぁ。幼い時から一緒だった奴らだ。」
そうか…なるほど。だからあんな親し気に。
タチの事だから、色んな所でもあんな感じで話しかけてるのかな~。っと見てたんだけど。
色々感じてたことを整理しなければならない。
「…!まって!帰ってくる長って…タチのお母さん!?」
「そうだ。私のママだ。」
まさか!こんな感じで出会うことになるの!?
「タチの母か…やっかいそうだな。」
なかなか直球な感想をのべるストレ。
まだ食べかけのモリルの実をかじる事なく、あたふたする私。
なんでかスカートの裾とか直してしまう。
「話せば、ちょうどだな。」
ドカカ。ドカカ。と地面を蹴る音。
大きな馬に乗った人影が3騎、こちらに駆け寄って来る。
(あれが…タチのお母さん…!)
両手に矢で射抜かれた鹿を持った女性が、私たちの前で急停止した。
「遠目からでもわかったよ!その生意気な顔がさ!」
白髪交じりの編み込まれた髪に、軽装の戦士服。
顔に刻まれた傷は、彼女の強さを表していた。
「…邪魔している。」
少しバツの悪そうに、口を開くタチ。
タチが…!タチが大人しい!!
「まずは、ただいまだろう!この馬鹿娘!」
両手の鹿をドカリと手放し、馬から飛び降りタチの頭を軽く叩く。
ご…豪快な人だ。
二人のやり取りを呆然と眺める私と、なぜか既に涙目のストレ。
苦手なんだろうな…こういうタイプ。
「それで…今更なんのようだい?」
ジロリと見やるタチママの圧力…!
私とストレはなんとなく、寄り添ってしまう。
怖くって。
「クフカーの薬草と、一晩。寝床を借りたい。」
タチだけが物怖じせず、ちゃんと目を合わせて会話をする。
「なんだいあんた。斬られたのかい?間抜けだね!」
黒衣の男との戦闘で負ったタチのお腹の傷を、グリグリ指で押し嘲笑う長。
「ちゃんと退けた。」
気にする風でもなく、言葉を続けるタチ。
これが普通の親子のやりとりなのだろうか?
親の居ない私にはわからないけが、ずいぶんと当たりの強い、母娘の会話である。
「…みかえりは?」
訂正。会話というより交渉だった。
「ぬ…。水の大陸で手に入れたタコの…」
「しょうもない物ひっぱりだしたら、尻蹴り上げるからね!」
フル族の長でタチのママ。なかなかに尖った性格…!
私の腕にフルフル怯えた、ストレがひっついている。
当然涙目で。
「…そっちの女はどうだい?若い女が欲しかったんだ。」
ジロリ。タチに向かっていた視線がこちらに移る。
ストレじゃないけれど、何もされてないのに泣きそうになる。
「だめだ。ナナは私の女だ。絶対に渡さない。」
今までより強めの粗い声でタチが、ママを圧し返す。
「ほほう。…よし。決めた。あんた詠いな。」
タチの気迫など軽く受け流し、勝手に決定するタチママ。
うたう?音楽のアレでいいのだろうか?
「待て詩など長い事――」
「お前たち、タチが詠で私達を楽しませるよ!準備しな!」
タチママが野営地に熊のように吠える。
フル族のみなさんが、一つ顔を見合わせ、手を挙げ大喜び。
「謳うか野垂れ死ぬか好きにしな。」
落とした鹿を持ち直し、私達を置いてテントへ歩き出すタチママ。
確かに、この人はタチのお母さんだ。
「仕方がない…行くぞ。」
あっさりと割り切り、ママの後を追うタチ。
草原の似合う女である。
母娘のやりとりに押されっぱなしで、震えてるだかだった私達二人も馬を連れタチに続く。
ストレは凄く嫌そうだったけど。
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