かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第三十五話 ママ。

公開日時: 2020年9月27日(日) 06:03
文字数:2,702

 小さな丸テントがいくつも並ぶ朝。

 私達3人は夜通し走り続け、遊牧民の野営地にお邪魔しようとしていた。


「タチもこういう所で産まれたのかな…?」

「たぶん…そうじゃないでしょうか?」

 50人ちょっとの集まりは、のんびりと大地に溶け込んで生活をしていた。

 

 私とストレは、少し外れた大きな岩に腰を掛け、交渉に出たタチの帰りを待つ。


「夜狩りから、おさが戻るのを待て。だそうだ。」

 2人の男と親し気に話していたタチが、こちらに歩きながら声を張る。

 

 広大な草原をさざめかす風の中、大地を踏みしめるタチの美しい事よ…。

 交渉の時に頂いたものだろう、桃色の果実をストレに軽く投げ、私の横に座る。


「助かる。ちょうど何か腹に入れたい所だった。」

「モリルの実だ。甘酸っぱくて美味いぞ。」

 シャクリ。瑞々しい音を立て、実を頬張るストレ。


「ナナも食べろ。私の好物のひとつだ。」

「…ありがと。」

 手渡された手のひら大の果実に、口をつける。

 うん。甘酸っぱい。これがタチの好みなんだ…。


「皮を剥いてもいいんだが、そのままが私は好きだ。」

「なら、このままでいいや。」

 人々の生活を眺めながらの、軽食タイム。

 美しい…そう思う。


 みんなは日々を一生懸命に、いつも通りに生きているだけだろうけど、遠目から眺めているとまるで一つの絵画のようで。


「ね。タチもこういう所で育ったの?」

 こんな感じの日常の中で、幼いタチは暮らしていたのだろうか?


「そうだな。真ん中にある、金色のフサフサの付いたテントがあるだろう?」

「うん。」

 タチの指さす所には、少し大きめの丸テント。

「あそこで寝泊まりしていた。」


 …ん?


「あの形が、流浪の民のよく使うテントなのか?」

 モリルの実を食べ終わったストレが、水袋を馬から取り外しながら疑問を一つ。


「他は知らんが、私はあそこで暮らしていた。右のフサフサに焦げ跡があるだろう?アレは私が――」

「ちょ…!ちょっとまって!?」


 この私が、お食事を差し置いて、言わねばならない事がある。


「ここってタチの生まれたトコなの!?」

「私が生まれたのはもっと北の方でだが…」

 もぐもぐさせてた口が、空になってからしゃべるタチ。

 

「場所の話じゃなくって…!えっと、フル族さんだったよね?」

「あぁ。フル族だ。少し減っているようだが。」

「そういうこと早く言ってよ!?」

 こんな所で、どころじゃない、まさしくココがタチの実家…!


「偶然居合わせた集団に、流浪のつながりで話しかけたのかと思っていたぞ…。」

「そう!まさしくそんな感じ。」

 あきれ顔でつぶやくストレに、強く同意をする私。


「この広い草原、街も目指さず、たまたま民に出会うのを期待して走っていたと思ってたのか?」

 ぬぐっ…。言われてみれば確かにそうだけど…。


「なるほど「私にまかせろ。」とは、そういう意味だったのか。」

「あぁ。今の時期なら、この辺りにいるのはわかっていたからな。」

 すました顔して、平然と…!

 でもそうか…ココがタチの暮らした所…。

 歩き回る彼らに、所って言うのは変だけど。


 改めて見渡す。最初に見た時とは全然違う。

 皮をなめす、男の人の動作一つ。

 子供の世話をする、女の人の服装一つ。

 走り回るちびっ子の笑顔一つ。

 より鮮明に、私の脳内に焼き付いてくる。

 

「もしかして、さっき話していた男の人も知り合い?」

「あぁ。幼い時から一緒だった奴らだ。」

 そうか…なるほど。だからあんな親し気に。

 タチの事だから、色んな所でもあんな感じで話しかけてるのかな~。っと見てたんだけど。

 色々感じてたことを整理しなければならない。


「…!まって!帰ってくる長って…タチのお母さん!?」

「そうだ。私のママだ。」

 まさか!こんな感じで出会うことになるの!?


「タチの母か…やっかいそうだな。」

 なかなか直球な感想をのべるストレ。

 まだ食べかけのモリルの実をかじる事なく、あたふたする私。


 なんでかスカートの裾とか直してしまう。


「話せば、ちょうどだな。」

 ドカカ。ドカカ。と地面を蹴る音。

 大きな馬に乗った人影が3騎、こちらに駆け寄って来る。


(あれが…タチのお母さん…!)

 両手に矢で射抜かれた鹿を持った女性が、私たちの前で急停止した。

 

「遠目からでもわかったよ!その生意気な顔がさ!」

 白髪交じりの編み込まれた髪に、軽装の戦士服。

 顔に刻まれた傷は、彼女の強さを表していた。



「…邪魔している。」

 少しバツの悪そうに、口を開くタチ。

 タチが…!タチが大人しい!!


「まずは、ただいまだろう!この馬鹿娘!」

 両手の鹿をドカリと手放し、馬から飛び降りタチの頭を軽く叩く。

 ご…豪快な人だ。

 二人のやり取りを呆然と眺める私と、なぜか既に涙目のストレ。

 苦手なんだろうな…こういうタイプ。


「それで…今更なんのようだい?」

 ジロリと見やるタチママの圧力…!

 私とストレはなんとなく、寄り添ってしまう。

 怖くって。


「クフカーの薬草と、一晩。寝床を借りたい。」

 タチだけが物怖じせず、ちゃんと目を合わせて会話をする。


「なんだいあんた。斬られたのかい?間抜けだね!」

 黒衣の男との戦闘で負ったタチのお腹の傷を、グリグリ指で押し嘲笑あざわらおさ


「ちゃんと退しりぞけけた。」

 気にする風でもなく、言葉を続けるタチ。

 これが普通の親子のやりとりなのだろうか?

 親の居ない私にはわからないけが、ずいぶんと当たりの強い、母娘の会話である。


「…みかえりは?」 

 訂正。会話というより交渉だった。

「ぬ…。水の大陸で手に入れたタコの…」

「しょうもない物ひっぱりだしたら、尻蹴り上げるからね!」

 フル族の長でタチのママ。なかなかに尖った性格…!


 私の腕にフルフル怯えた、ストレがひっついている。

 当然涙目で。


「…そっちの女はどうだい?若い女が欲しかったんだ。」

 ジロリ。タチに向かっていた視線がこちらに移る。

 ストレじゃないけれど、何もされてないのに泣きそうになる。


「だめだ。ナナは私の女だ。絶対に渡さない。」

 今までより強めの粗い声でタチが、ママを圧し返す。


「ほほう。…よし。決めた。あんたうたいな。」

 タチの気迫など軽く受け流し、勝手に決定するタチママ。

 うたう?音楽のアレでいいのだろうか?


「待て詩など長い事――」

「お前たち、タチが詠で私達を楽しませるよ!準備しな!」

 タチママが野営地に熊のように吠える。

 フル族のみなさんが、一つ顔を見合わせ、手を挙げ大喜び。


「謳うか野垂れ死ぬか好きにしな。」

 落とした鹿を持ち直し、私達を置いてテントへ歩き出すタチママ。

 確かに、この人はタチのお母さんだ。


「仕方がない…行くぞ。」

 あっさりと割り切り、ママの後を追うタチ。

 草原の似合う女である。


 母娘のやりとりに押されっぱなしで、震えてるだかだった私達二人も馬を連れタチに続く。


 ストレは凄く嫌そうだったけど。  

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