連れられたのは、ズーミの部屋。
白くて真ん丸の室内にはポツポツと小さな窓が開いている。
外に見えるは魚と綺麗な青。そう、ここはひと悶着した地上の傍にある湖の中だ。
「ひとまず、わらわの家で休んでおれ。」
と水の玉に運ばれここにいる。
部屋主はというと、地上の後片付けを手伝いにいった。
協力をもうしでたのだが、これ以上よそ者まかせは申し訳ないそうだ。地主のサガと言ったところか。
「スライムなのに、わざわざ空気のある空間を作るとはな。」
理由は室内にならぶ、数々の品のせいだろう。
私の背より大きな本棚が三つ、クローゼットも二つある。
ここにお出かけ用の服が収納せれているのだろう。
それと、ぬいぐるみもいくつか…
「これ、上でみた。」
笑顔のカエルぬいぐるみを手に取る。
地上であった射的の景品だ。
確かお店の名前は「神落し」
「ヤツもたいがい人好きだな。」
「綺麗に整理されてるね。」
物は多いが、整頓されている。
律儀な性格してそうだもんね、ズーミちゃん。
「さすがに、少し疲れた。」
一通り見まわしたタチは、本棚の横にあるソファーに腰かけ、結い上げている髪を下した。
「…体大丈夫?」
あの大きな拳に当てられたのだ、そういえば左腕も紫に色に腫れて――
「少し休めば、回復するさ」
私の心配を察してか、腕を見せてくれた。
色はまだ痛々しいものの、腫れがだいぶ引いてる。
「もう治り始めてる?」
「丈夫な体だろう。」
常人では考えられない回復の速さだ。
「そっか…悪魔と契約したんだよね。」
「いいだろう?」
隣に座った私に、ズボンを開け自慢するように印をみせる。
ハート型の下腹部にある卑猥なブツを。
「何をさしだしたの?」
契約には代償が必要だ。
まして悪魔と交わすなら相応のモノを求められる。
「寿命の半分」
「…人生なんて短いのに。」
短い人の生、それをさらに折りたたむとは…。
「それと、子を宿す権利だ」
「…」
まったく理解できなかった、自らの生を縮め、その上子孫も残せない…。
人間にとって重要であろう、その二つを望んで捧げてまで得たいもの…。
「難しい顔をするな。「おいた」をしたい私にとって都合のいい体質でもある。」
でもだからって、個として、種族として、釣り合っている天秤には思えない。
「満足してる…?」
「大満足だ。条件を示されたときも、迷わなかった。」
後悔してないの?とは聞けなかった。
私も子を作れない。
そもそも親もないし子孫もいない。
この人間の体だって、死んだらそこで一区切りというだけ。
新たに私を宿す肉体でこの地に目覚め…の繰り返しだ。
だけど、それは神だから。
他の生き物のような繋ぎ方ではないが、私という主体がずっとつづく。
今までは、なにかしらの才を持ち始まった。
今回も十歳前後の健康な体で目覚めたが、何にも無しで六年生きている。
「なかなか理解されないがな。私にとっては明瞭だ。」
何度も人に疑問を投げかけられてきたのだろうに、タチは陰りもなく答える。
「強靭で健康な体。今を楽しむには最高の状態だ。何を迷うことがある?」
「私には難しいかも…」
私が人ならわかったのだろうか?
しょせんニセだから「なんでそうあるのだろう?」と思ってしまうのだろうか。
「今。今この時。この瞬間だ。全身で感じ、楽しみたい。」
自身の中にある熱…その熱に浮かされるようにしゃべるタチ。
「わからないのだろうな。私は全てを愛したいんだ」
彼女の赤い瞳がグイっと寄ってくる。
私に何かを伝えたいように、瞳から意志がほとばしっていた。
(これが私が憧れた…人間…)
人として生まれたのは十三回目、そもそもの始まりは「焦がれ」だった。
全てがあるがままの私と違い、短い生、狭い視野でしか存在できない人間。
その彼らの、理不尽と不条理に嘆く姿をみて、焦がれたのだ。
神に不条理が降り注ぐことなどないから。
(懐かしい…この騒めき。)
今となっては神であったときの事をちゃんと思い出せない。
なぜなら、人の形をしているから。
短い生、狭い視野。なにも見渡せない不自由な生…。
それを求めてこうあるのだ。
「タチは…人間…。」
つい口にしてしまった。これが人…というよりこれも人か。
久しく忘れていた、人間への興味。
「私は私だ。化け物にでも見えるか?呼ばれ慣れているぞ?」
不思議だ。彼女のありようが分かってみたい。
彼女の頬にそっと触れてしまう。
「惚れたか?そっちの方が慣れてる。」
「不思議な…生き物…。」
なんだろうこの感じ…「なんだろうこの気持ち」と言いたくなる、この感じ。
タチの瞳から目を離せない。当然向こうはそらすタイプじゃない。
見えない力で彼女に吸い寄せられていく…。
そこに交わる視線…がもう一つ
ぶくぶく。
窓の外からズーミがみてる、食い入るように。
「あぶなっ!」
「なんだ急に!今キスをする雰囲気だったろう!」
浮ついた世界から、我に返る。
何ボーっとしてたんだろう私。
神様が見えない力を感じてるってなんだ。
「違うよ!ちょっと懐かしんでたの!こう…内から沸く感覚を!」
「今更照れるな!惚れた女の顔をしていた!可愛かったぞ!!」
私の両腕を掴み、グイグイ迫るタチ。
まだ右腕紫色だけど痛くないのだろうか?
「すまん…わらわがじゃまをしてしまったか?」
窓からそのままニュルっとズーミが入って来た。
その窓出入口でもあるのか。
「のぞきをするならバレぬようにだろう!スライム!」
下ろした長い髪を乱し、タチの説教がはじまる。
「もしかして…ズーミが見てるの気づいてた?」
「あたりまえだ。私がメスの視線に気づかぬわけないだろう。」
「なら言ってよ!変な所みられちゃったじゃない!」
神の私としては、化身に見られるのだいぶイヤだ。
人間が子供に浮気現場見つかるとかそういう感じ…?
違うか。
「私は見られてするのも好きだ!!見せびらかせるのが大好きだ!!」
「わかった。わかったから。もうこの話ここまで!勝手に盛り上がらないでよ!」
「大丈夫わらわなーんにもみとらんよ。だから好きにするがよい。」
カエルのぬいぐるを抱きしめて、興味津々で私たちを見つめるズーミ。
見世物じゃないぞ。
美しく幻想的な水の中、そんな素敵な場所でも、二人のやりとりはなにもかわらなかった。
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