かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第十一話 タチの選択。

公開日時: 2020年9月6日(日) 17:26
文字数:2,492

 連れられたのは、ズーミの部屋。

 白くて真ん丸の室内にはポツポツと小さな窓が開いている。

 外に見えるは魚と綺麗な青。そう、ここはひと悶着した地上の傍にある湖の中だ。


「ひとまず、わらわの家で休んでおれ。」

 と水の玉に運ばれここにいる。

 部屋主はというと、地上の後片付けを手伝いにいった。

 協力をもうしでたのだが、これ以上よそ者まかせは申し訳ないそうだ。地主のサガと言ったところか。


「スライムなのに、わざわざ空気のある空間を作るとはな。」

 理由は室内にならぶ、数々の品のせいだろう。

 私の背より大きな本棚が三つ、クローゼットも二つある。

 

 ここにお出かけ用の服が収納せれているのだろう。

 それと、ぬいぐるみもいくつか…


「これ、上でみた。」

 笑顔のカエルぬいぐるみを手に取る。

 

 地上であった射的の景品だ。

 確かお店の名前は「神落し」


「ヤツもたいがい人好きだな。」

「綺麗に整理されてるね。」

 物は多いが、整頓されている。

 律儀な性格してそうだもんね、ズーミちゃん。


「さすがに、少し疲れた。」

 一通り見まわしたタチは、本棚の横にあるソファーに腰かけ、結い上げている髪を下した。



「…体大丈夫?」

 あの大きな拳に当てられたのだ、そういえば左腕も紫に色に腫れて――


「少し休めば、回復するさ」

 私の心配を察してか、腕を見せてくれた。

 色はまだ痛々しいものの、腫れがだいぶ引いてる。


「もう治り始めてる?」

「丈夫な体だろう。」

 常人では考えられない回復の速さだ。


「そっか…悪魔と契約したんだよね。」

「いいだろう?」

 隣に座った私に、ズボンを開け自慢するように印をみせる。

 ハート型の下腹部にある卑猥なブツを。


「何をさしだしたの?」

 契約には代償が必要だ。

 まして悪魔と交わすなら相応のモノを求められる。


「寿命の半分」

「…人生なんて短いのに。」

 短い人の生、それをさらに折りたたむとは…。


「それと、子を宿す権利だ」

「…」

 まったく理解できなかった、自らの生を縮め、その上子孫も残せない…。

 人間にとって重要であろう、その二つを望んで捧げてまで得たいもの…。


「難しい顔をするな。「おいた」をしたい私にとって都合のいい体質でもある。」

 でもだからって、個として、種族として、釣り合っている天秤には思えない。


「満足してる…?」

「大満足だ。条件を示されたときも、迷わなかった。」


 後悔してないの?とは聞けなかった。


 私も子を作れない。

 そもそも親もないし子孫もいない。

 

 この人間の体だって、死んだらそこで一区切りというだけ。

 新たに私を宿す肉体でこの地に目覚め…の繰り返しだ。

 

 だけど、それは神だから。

 他の生き物のような繋ぎ方ではないが、私という主体がずっとつづく。

 

 今までは、なにかしらの才を持ち始まった。

 今回も十歳前後の健康な体で目覚めたが、何にも無しで六年生きている。

 

「なかなか理解されないがな。私にとっては明瞭めいりょうだ。」

 何度も人に疑問を投げかけられてきたのだろうに、タチは陰りもなく答える。


「強靭で健康な体。今を楽しむには最高の状態だ。何を迷うことがある?」

「私には難しいかも…」

 私が人ならわかったのだろうか?

 しょせんニセだから「なんでそうあるのだろう?」と思ってしまうのだろうか。


「今。今この時。この瞬間だ。全身で感じ、楽しみたい。」

 自身の中にある熱…その熱に浮かされるようにしゃべるタチ。


「わからないのだろうな。私は全てを愛したいんだ」

 彼女の赤い瞳がグイっと寄ってくる。

 私に何かを伝えたいように、瞳から意志がほとばしっていた。


(これが私が憧れた…人間…)

 人として生まれたのは十三回目、そもそもの始まりは「焦がれ」だった。


 全てがあるがままの私と違い、短い生、狭い視野でしか存在できない人間。

 その彼らの、理不尽と不条理に嘆く姿をみて、焦がれたのだ。

 神に不条理が降り注ぐことなどないから。


(懐かしい…この騒めき。)

 今となっては神であったときの事をちゃんと思い出せない。

 なぜなら、人の形をしているから。

 短い生、狭い視野。なにも見渡せない不自由な生…。

 

 それを求めてこうあるのだ。

 

「タチは…人間…。」

 つい口にしてしまった。これが人…というよりこれも人か。

 久しく忘れていた、人間への興味。

「私は私だ。化け物にでも見えるか?呼ばれ慣れているぞ?」

 不思議だ。彼女のありようが分かってみたい。


 彼女の頬にそっと触れてしまう。


「惚れたか?そっちの方が慣れてる。」

「不思議な…生き物…。」

 なんだろうこの感じ…「なんだろうこの気持ち」と言いたくなる、この感じ。

 タチの瞳から目を離せない。当然向こうはそらすタイプじゃない。

 見えない力で彼女に吸い寄せられていく…。

 

 そこに交わる視線…がもう一つ


ぶくぶく。

 窓の外からズーミがみてる、食い入るように。

 

「あぶなっ!」

「なんだ急に!今キスをする雰囲気だったろう!」

 浮ついた世界から、我に返る。

 何ボーっとしてたんだろう私。

 神様が見えない力を感じてるってなんだ。


「違うよ!ちょっと懐かしんでたの!こう…内から沸く感覚を!」

「今更照れるな!惚れた女の顔をしていた!可愛かったぞ!!」

 私の両腕を掴み、グイグイ迫るタチ。

 まだ右腕紫色だけど痛くないのだろうか?

 

「すまん…わらわがじゃまをしてしまったか?」

 窓からそのままニュルっとズーミが入って来た。

 その窓出入口でもあるのか。


「のぞきをするならバレぬようにだろう!スライム!」

 下ろした長い髪を乱し、タチの説教がはじまる。


「もしかして…ズーミが見てるの気づいてた?」

「あたりまえだ。私がメスの視線に気づかぬわけないだろう。」

「なら言ってよ!変な所みられちゃったじゃない!」


 神の私としては、化身に見られるのだいぶイヤだ。

 人間が子供に浮気現場見つかるとかそういう感じ…?


 違うか。


「私は見られてするのも好きだ!!見せびらかせるのが大好きだ!!」

「わかった。わかったから。もうこの話ここまで!勝手に盛り上がらないでよ!」

「大丈夫わらわなーんにもみとらんよ。だから好きにするがよい。」


 カエルのぬいぐるを抱きしめて、興味津々で私たちを見つめるズーミ。

 見世物じゃないぞ。

 

 美しく幻想的な水の中、そんな素敵な場所でも、二人のやりとりはなにもかわらなかった。


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