かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第四十八話 わらわの覚悟。

公開日時: 2020年11月7日(土) 00:25
更新日時: 2020年11月12日(木) 09:05
文字数:5,094

「大人気だね。」

「うむ。みな、わらわに優しくしてくれとるよ。」

 新・もちもち殺しの待機列に並びながら、周りを見渡す。

 遠目で店並を眺めていた時は、青系のノボリや旗が沢山並ぶ以前と同じ光景にみえたが、よく見るとそこに書かれた文字が違う。


 ズーミの潤い飲み物屋・水の化身の綿あめ店・ぬるぬるズミズミ店(ハート)など、以前どこもかしこも「神殺し」と関連付けていた店名が、ズーミちゃん寄せになっている。


「神殺しの剣はなくなってしもうたしな。週一回握手会もひらいとる。団扇うちわも配布しておるよ。」

「どうせなら、もちもちも名前変えればよかったのに。」

 ゆっくりと進む列に身を任せ、久しぶりにゆるい会話を楽しむ。

 ズーミちゃんといると心が穏やかになる。…気が緩んでるともいえるけど。


「いくつか案はあったのじゃけどな、もちもちズーミとか、水の化身のもっちもち…。」

「殺し!って名前につくより可愛い響きでよさそうだよ?」

「だがの、わらわを食べてるみたいだから、却下になったのじゃ。」

「あぁ~。」

 確かに「もちもちズーミ」じゃ、ズーミちゃんを千切って丸めた食べ物みたいだ…。

 

「進んだユニよ。」

 私達の会話を笑顔で聞いてたユニちゃんが、背中をポンと叩いて知らせてくれた。


 一歩進むと、見覚えのあるおじさんが、頭に布を巻いてもちもちを焼いている。

 えっと、たしかギルガさん!

 焼きもちもちに、甘辛い良い匂いが鼻をくすぐる。


「おぉ!ズーミ!やっと同い年の友達ができたか!良かったじゃねーか!」

「何度も言っておるじゃろ!わらわはスライムじゃなく水の化身!300歳を超えておる!」

 なんの違和感もないスムーズなやりとり。

 きっとズーミちゃんは、ダッドの一件以来も足しげくお店に通ったのだろう。


 毎回並んで、こんな会話を繰り広げながら。


「いいんだよ、なんだって!お得意の友達なら、おまけつけてやらんとな。」

 いつものだろ?そういってギルガさんは、一玉がでっかくなった白いもちもちを軽く火であぶる。

 

 味を聞かれ、店前のお品書きに目を通すと、種類が増えていた。

 私とユニちゃんが甘ダレ。ズーミちゃんは甘辛味で注文した。


 以前の青くて甘いもちもち「旧もちもち」は、おやつ枠。サイドメニューになったようだ。

 

 太い串に大きな白玉が5つ付いたものが、それぞれの味ダレが浸された壺にチャッポリご入浴。 

 ぐぅ~っと小さくお腹がなる。美味しそう。早く食べたい。


「あいよ。ズーミと仲良くしてやってくれよな。」

 ギルガおじさんから、べとべとの魅惑の串を手渡しされて、店をはなれる。

 長居は無用。まだまだ、もちもちを求める列は続いているのだ。


「わらわの家に行くとするか、食事はゆっくりしたいじゃろ?」

「そうだね。ズーミちゃんがいいなら。」

 この辺りじゃズーミちゃんは有名人。

 合流してからも「握手してください。」「サインください。」と声をかけられる事がしばしばあった。

 つもる話もしたい所だし、人の目の無いズーミ家にお邪魔することにしよう。

 

「お主は自分で移動できるじゃろう?」

「大丈夫ユニ!ユニは2人のお尻を眺めながら、ついていくユニ!」

 アルケー湖のほとり、水玉の中に私はズーミちゃんと入る。

 前に3人で入った時はギュウギュウだったけど、二人ならだいぶゆったりめ。私の体も縮んだし。


 何度となく「狭いから仕方がない」と、触ってきたあの手が懐かしい。

 そんな感慨にひたりながら、ムフムフ言ってるユニちゃんに見守られ、アルケー湖に沈むのだった。



   *     *     *     *     *


「わらわも共に行こう。」

 美味しい美味しいもちもちのご飯を終え、これからの事をズーミちゃんに相談したら、意外な返答。

「いいの?」

「うむ。アルケーも安定してきたしの…それに、わらわが居る方が今となっては危険じゃ。」

 タチが送った懐かしの、大きなタコぬいぐるみを撫でながら話を聞いてたズーミちゃんがタコを横にのけて、私の前に座った。


「神殺しの消えた今、アルケーの火種はわらわじゃ。」

「どういうこと?」

「今。化身は二分されとる。イトラ様側とナビ様側じゃ。」

「ナビってだれユニ?」

 ご飯の時も、ずっとニコニコ幸せそうに私達を見つめてたけど、会話の内容には興味無いものかと思ってたよ。


 だって何も食べてないのに、よだれ垂らしてたし。ユニちゃんの分のもちもち結局もらっちゃたし。

 ずっとムフムフ言ってるし。


 ユニちゃんは会話がよく聞こえるように、私の背後に回り抱きかかえるように座った。


「ナビは風の化身だよ。光の化身イトラに吹き飛ばされた土地の主だね。」

「ダッド…土の化身は、もちろんイトラ様側についた。火の化身はわからんが…ヤウ様はナビ様側じゃ。」

 ヤウ…影の化身。自称「悪魔」

 光の化身と同じ。私の生み出した最初の化身。イトラと同じで、とても強力な力を持つ。

 ヤウが姿をみせることは凄くめずらしく、私達と関わりたがらなかった。初めから私…つまり神を嫌っていたから。


「なんでそんなにくわしいユニ?」

「そりゃわらわ水の化身じゃし…イトラ様からの打診もあったしの…。返事はせんかったが。」

 私を抱きかかえて軽く横揺れしてる、ユニちゃん。

 話にどれぐらい興味があるのかわからないけど、とりあえずふわふわの髪がこそばゆい。

 

 それはそうと、だいぶ大事になってるのが分かった。

 一人の人間として生きてるからそう思える。

 かつての私なら、どうとも感じなかったであろう、地上の変化に戸惑いが隠せない。


「世界の終わりを早めるため、なによりもまず人を整えたい。とおっしゃった。」

 その言葉が意味することはなんなのだろう。


 地上で一番人が、調和のとれない存在だから?

 それとも、私が一番傷を負う手段だから?


「わらわは化身の中で唯一の二代目、他の化身とは、千倍どころじゃない歴の違いがあるド新人じゃ。」

 ズーミちゃんは、タコのぬいぐるみをひっぱりよせ抱きしめる。

 

「口をはさめる身分ではない…とはいえ。ナビ様にはよくしてもらっておるし、人も好きじゃ。それに友の事を想えば、イトラ様側にはつけん。」

「ズーミちゃん…。」

 義理堅い子だ。思い描いていた存在と、程遠かったであろう私に、失望もせず友達でいてくれる。

 こんな彼女だからこそ、化身の力を引き渡されたのだろう。

 

 今の私じゃ想像しかできないけど、きっとそうだと思う。


「沈黙も敵対とみられよう。だが、言いなりはやめたのだ。そうなればまた、ダッドがアルケーを襲いかねん。わらわか…」

「…私を狙って。ごめんちゃんと考えてなかった。」

 そうだ。そうなのだ。今や私は狙われる可能性がある身。

 イトラと明確に敵対している。

 そこにいるだけで、誰かに迷惑をかける恐れがあることを意識していなかった。


「あやまるな。お主がこんとも、アルケーを離れる予定じゃった。合流できたのは好都合じゃ。」

 タコの足をひっぱりながら、ズーミちゃんは少しつらそうに言葉をつづけた。


「ここは人と近すぎる…しかも良い奴ばかりじゃ。温かく優しくされて、どんどん好きになってしまう。人間に一個もちもちをおまけされ喜ぶ化身など、格好がつかんじゃろう?引き継いだこの力…いい加減、化身らしくおらんとの。」


 それでなにがいけないの?化身がみんなと仲良く一緒に暮らして、どうして悪いの?

 そう思っても、私の立場では言えなかった。なぜなら、私は神をやめたから。


 そのせいで、こんな事態になっているから…。


「実は、どうしても踏ん切りがつかずにギルガに相談したんじゃがな。みなのタメにもここを離れるつもりじゃ…と。「好きにしろ」と言われたよ。まるでどこぞの変態みたいな口ぶりだった。」

 ズーミちゃんの体の気泡がキラキラはかなく輝いた。


「ただ「人間をなめるんじゃねーぞ」とも言われた。化身かナニかしらねーが、守ってやるなんて失礼だろーが。との。」

 私は言葉を続けるズーミちゃんが見てられなくて、彼女をギュっと抱きしめた。

 友で、化身で、義理堅い、私の親友を。


「その時も言ったんじゃよ?わらわの方が年上じゃし、力があるんじゃって…。当然じゃろうって…。」

 ひんやりとしたズーミちゃんの体が、小刻みに震える。

「あやつ、人の話を聞いとらんのじゃ…。それでもわらわを子供あつかいしおる。そっちのほうが失礼じゃろう?」


「きっと。ズーミちゃんが可愛くてしかたがないんだよ。…大切なお得意さんなんだよ。」

 ギルガさんの気持ちはわかる。ズーミちゃんはどこまでも素直で、情に厚い良い子。

 守護神みたいに思えないのだ。可愛い孫のような存在にしか感じられないのだろう。


 ズーミちゃんもギュッと私に抱きついた。

 

 さっきの私と同じ。

 ズーミちゃんも涙が止まらないから。


「じゃってじゃって!「持ちつもたれずでいいじゃねーか」って…!わらわ貰ってばっかりじゃし…!」

 プルプル震えて縮こまる友と、ふたりしっかり抱きしめ合う。

 人ではない私たちが、人の優しさと、温かさに、くらわされて。


 ズーミちゃんの涙につられて、なぜか私まで涙が零れた。

 困ったものだ。元神と化身が抱き合って泣き虫なんて。



 人ではない彼女にはうまく相談…いや、打ち明ける相手がいなかったのだろう。

 気持ちはよくわかる。私達は人でもスライムでもない。


 

「じゃからこそ。…わらわも共に行くよ。たくさん楽しい時をもらった分。返さんといかん。」

 ビショビショになった私のお洋服から頭を離し、決意を口にするズーミちゃん。

「今は風の大陸で収まっとるが、このまま戦火が広まれば、水の大陸にもおよぶ…。なによりイトラ様の基準で人を整えた時。きっとギルガのような人間は真っ先に消されることになる。」


「わらわの大好きな人たちは、わらわが守る。力を貸してくれるか?友よ。」

「…もちろん。私にできる事を…するよ。」


 そう言ったけど、どうしたらいいのか分からなかった。

 私の今の正直な思いは、タチに会いたい。ただそれだけ。

 

 余りにも突然のわかれで、その後どうするのか。それを考える余裕がなかった。

 

 神にもどる?でも、聖地がなくなった今どうやってもどるのか見当がつかず。

 そもそも戻りたい気持ちが、以前のようにあるわけでもない。

 じゃあ世界のタメになにができる?そんな大きなことまで頭が回らない…。

 

 タチに会った後どうするの?


 その考えの先に思考が進まない。

 ズーミちゃんはこんなにも立派に、化身として自らの判断で行動しようとしているのに、私はただの個人として、欲のままに動いてる。

 こんなのじゃいけない…。いけないとは思っているのに…。


「お話もまとまったなら、ねんねするユニね!!」

 鼻から血をたらしてるユニちゃんが私達二人をまとめて抱きしめる。

「そ…そうじゃの。ユニコーンもいれば、わらわとあわせて海移動で、風の大陸まではすぐに着ける。一休みじゃ。」

「…うん。」

 私は弱くなった。小さく個人的な事ばかりに気がかかり、大局が見えない。肉体的にも精神的にも。


「じゃー!寝間着に着替えるユニ!!」

 ユニちゃんの角が光り輝き、うすピンクと青色のパジャマが宙に現れた。

「わらわにそんなものいらん。寝る時は裸じゃ。」

「だめユニ!お着替えはユニとの約束ユニよね?」

「う…うん。」

 私の方を笑顔で見つめるユニちゃんに苦笑いで返す。

 沈んだ気持ちも、周りの明るさに照らされると多少浮くものだ。良くも悪くも。


「別にかまわんが…。ナナお主、相変わらず変なのばかり周りにおるな。」

「なんでなんだろうね?」

「わ~い!明日のお洋服も選んであるユニよ!」

 ぴょんぴょん、小さく跳ねて喜ぶユニちゃん。

 乙女の着せ替えが、なによりも嬉しいらしい。


「しかし思い出すの、ピチョン港での夜を。紐下着を着せられ、添い寝した――」

ピクン。

 幸せいっぱいだったユニちゃんの動きが止まる。


「えっ…あっズーミちゃんその話は…。」

「あの時の下着、タチとナナの分もちゃんと取ってあるぞ?思い出の品じゃしの。」 


バキバキバキ!

 突然、ユニちゃんの口から破壊音が響く。


「な、なんじゃ?!」

「えっと…ユニちゃんの歯ぎしりの音かな。たぶん。」

「その話…詳しく聞かせるユニ…。あとその下着持ってくるユニ…。」

 ユニちゃんの圧力におされ、なつかしの三つの下着を持ってくるズーミちゃん。

 懐かしいな。裸にタコのお面を被って寝たこともあった。


「絶対殺すユニ…あの変態…。」

 現物をみたユニちゃんは低く、うなる様につぶやくのであった。



 その夜、私は夢をみた。


 タチ枕で寝る夢だ。


 私は前の私で、茶色の肩ぐらいの長さの髪の毛。タチより頭一つ小さいぐらいの背。

 いつもみたいにタチ枕でゆったりしてた。


 とっても暖かで幸せだった。

 あと、どこでそう思ったのか確信を得たのかわからないけど…。

 

 夢の私はただの人だった。 



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