風の大陸端から、聖地パンテオンに向かうため北へ北へと、馬を進め続ける毎日。
「力自体は馴染んでいるようだな。」
「うん。すっごくしっくりきてる」
夕食の煮込み上がり待ち中。
黒衣の男の話になり「私も戦力になりたい!」と言ったら、タチが指南を始めてくれた。
両の手を水玉に包み、軽く拳を振る。
ズーミちゃんがくれた「源」の力は、思った以上に自在に扱えている。
元は自分のモノなのだから当然なんだけど…。
「問題は体の方だな…。どうにも動きが硬い。抱かれている時はフニャフニャなのにな。」
「一言よけい。」
タチの方に拳を伸ばし、小さな水の玉を飛ばす。鼻先を濡らしてやる…!
そんな私のちょっぴりした反抗心は、顔を傾けるだけなんなく躱されてしまう。
わかっているが、身体能力も反射神経も比べ物にならない。
「まずは目を閉じて、力を抜け。」
「…脱力。」
大人しく、言われた通りにダラリと立ち尽くす。
「いいぞ。肩幅まで足を広げろ。…あと私は先生と呼べ。」
「タチ。そういうの好きだよね。」
今、思いつきで足されたであろう呼び方。
三日前は、馬上で突然「おねーさま」と呼ばされた。
「色々味わいたいのだ…!ナナの姉にも!主人にも!先生にも!全ての関係あらゆる角度でお前を楽しみたい…!」
「わかりました。せんせー。だからそんなにコーフンしないでください、せんせー。」
「あぁ…!いいぞナナ!私が先生だぞ!」
言い合いじゃ勝てないし、いや、肉体的にも勝てないんだけど、何より嫌でも無いので乗っておく。
タチが楽しそうなの見てると、私も元気が出るし。
「このぐらいでいい?」
目を閉じたまま、タチの声がする方に顔を向けて、広げた足幅を確認ねがう。
「もう少し、開きなさい。あと「いいですか?」だぞ。」
タチが私の内ももをペチペチ叩く。
言われるがまま、もう少し足を広げる。
「これぐらいでいいですか、せんせー?」
チュ。
馴れっこになってきた感覚を唇に覚え、目を開く。
「いま。キスしたでしょ?」
「ナナが言いなりで可愛いのがイケナイ。」
「いけないの?」
「いや。とっても良い子だ!…だが目は閉じてないとだめだぞ。」
フル族の所を出てから、日に5回ぐらいはキスをしてる。
朝と寝る前は確定で、隙あるごと暇あるごとに「されてる」成分強めのヤツを。
「ん…。次は?」
もう一度目を閉じて、次の指示を待つ。
「上半身を左右に軽くねじれ。肉と骨を意識しながらな。」
「うん。」
手をぶらぶらさせたまま、右に左に、体をひねる。
腕やお腹の筋がひっぱられ伸びるのを感じつつ。
「いいぞ。ちゃんと体を把握しろ。押しのける空気や、血液の流れも感じられるように。」
難しい注文だけど、とりあえず言われた通りに、体をふる。
「タチは、いつも意識しながら戦ってるの?」
目を閉じ体を動かしながら、先生に質問。
「戦闘中は考えん。意識せずとも、それこそ「手足の様に」動かせなければ話にならない。」
要するに、私は自分の手足すらまともに動かせてなく、見えるというわけだ。
「お手数かけます。」
「一から仕込んでやるからな。…しかしつくづく不思議な女だ。」
「そんなに変?」
「あぁ。なんと言うか…肉体が親しんでない。次は軽く腕を回せ。」
生まれ落ちた時から、自分の肉体と共にある人間はもっと違う感覚なのだろうか?
私には知る由もないが、こう…もっとぴったりするものなのかも。
「体を把握…体を把握…。」
小さく、自分に言い聞かせるように呟く。
今一番しっくりきてるのは、ズーミちゃんに返してもらった源の力。
それと、さっきチューされた唇。
そういえば、タチに抱かれている時は、ふわふわしてるけど、強烈に自分の体を感じていた。
普通の人は、常にあんな感度なのだろうか?
いや、さすがにそれはないよね…?それじゃその…えっちすぎるし。
暗闇の中、意識が思いをさぐり始め、胸がキュッと締まる。
今でも、タチの優しい温かさが私の中でうごめく。
「ナナ。肉と骨を意識して体を動かすんだぞ?」
自分の中に潜り初めていた私は、タチの言葉でハッと目覚めた。
「…意識してるもん。」
「私に嘘をつくな。ほんのり頬まで染めて…これ以上可愛い感じになったら抱くぞ?」
戦力になりたいと言ったのは私、指導の最中だという事を忘れて何を思い出してたのか…。
「…ごめんなさい。」
「先生とつけろ。」
…まぁ。タチにとっては、遊び半分のお勉強な気もするけど。
それでも、私にはいくらでも学ぶことがある。
足しにはならないまでも、足を引っ張らない程度に体を動かしたい。
なのに、色ボケかました私が悪い。
「ごめんなさい先生。」
「だめだ!!!たまらん!!!」
わかっていたような、いないような。
集中できてなかったことを反省する、私の気持ちは本当だけど、それがまた彼女には「美味しかった」ようで。
「可愛い!撫でまわしたくなる!!」
「せんせー…もう、撫でまわしてます。」
「すべすべの背中だな!!」
ギュッと、きつく抱き締められ、露出した背中を触られる。
やっぱりわかるのは、自分で体を動かしている時より、肉体を確かめられるという事。
「ナナは悪い子だ…!私をこんなにも――」
「まてまてまて!!!」
タチが私を地面に押し倒し、上の服をめくりあげようとした瞬間。
お鍋の煮込みあがりを、じーっと見ていたストレの声が挟まった。
「襲撃者のタメの訓練なはずだろう!?」
「そうだが?」
「黒衣の男はそんな襲い方しない!!なんの訓練にもならん!」
いっつも忘れられるストレの、いっつもまっとうなご指摘。
ごめん。今回は気付いていたんだよ?私たちのやりとりにかかわらないよう、お鍋だけを見つめてたこと…。
「まだ基礎の基礎を体に教え込む段階だ!個別対策など先の先!!」
「ならその手はなんだ!!どんな基礎だ!!!」
私の服をまくりあげるタチの腕を、ビシリと指さすストレ。
「…だから教え込んでるのだ。」
「なにを!?」
「性を!!!」
「ほらな!!!」
とりあえず。とりあえず言い合いするのはいいのだけど、服まくり上げたままはやめて欲しい。
さりげなく引き下げようとするも、タチの手はまんじりとも動かない。
ごめんなさい。ストレさんに見えてます。恥ずかしいです。
「チビ様もちゃんと怒らないとダメです…!こいつはいくらでも調子に乗る種族です!!」
うん。知ってる。
グイっとこっちを見た以上、今更目を反らせないんだろうけど、顔を真っ赤にしながら訴えかけるストレ。
恥ずかしいのは、丸見えの私だからね?
「ごめん。。。でも先生のこと嫌いじゃないから。」
恥ずかしさ増し増しで、乗ったまま行く私。
「たまらん!!!それに減るもんでもない…いや、増している!!キズナ的なものが!だろうナナよ!?」
「…はい。先生。」
恥ずかしくて死にそうだから、このままつっぱしる。
だってもう…上脱がされてるし。
今更冷静につっこんだ所で、客観視があぶりだす間抜けな姿が、自身を殺すだけだし…。
「毒されてる!!!」
一番まともで、まっとうなご指摘。
でもそれが、あられもない姿の私を串刺しにして、抵抗力を奪う…。
今日一番の脱力である。
まさか…これがタチ先生の教え…!
「フル族の元を離れてからというもの…!ちゅっちゅ、ちゅっちゅちゅと!見境もなく唇を重ねて…!!いけません!!!」
悲しい現実逃避に浸るしかない私を置いて、ストレは激しく責め立てる。
だって…求められるの嫌じゃないんだもん…。一緒にいると安心するし。
「気持ちが良いのだ!!なにを自制する必要がある!」
ちょっと私と違う感想で、反論するタチ。
「王子のみならず、私の新たな主までたぶらかすとは…!ゆるせん!」
ブン!ストレの槍が、タチのいた場所で空を切る。
「おい。ナナに当たったらどうする!」
「私の腕は、そんな鈍《なまく》らではない…!っというか!避けるついでに揉みしだくな!!」
槍の一薙ぎを避けるため、私を抱きかかえ転がったタチのお手ては、いつもの位置。
「なつかしいな…出会いはズーミの攻撃を避けるついでに触れた時だ…。」
「ズーミちゃん…元気にしてるかな?せんせー。」
もうここまで来たら、最後まで乗っかり切る。
「今頃、もちもちでも頬ぼってるさ。」
「いいな…私も食べたい。」
言われるとあの甘くもっちりとした触感が口に広がる。
だめだ、お腹がなりそう。夕飯前だし。
「これで我慢しろ。」
チュ。
「きえぇえええええええ!!!!!主をかえせぇええええええ!!!」
銀髪の追跡者が奇声を上げて槍をつく。全力で、命を取りに来るヤツを。
とっても楽しそうに私を抱えて、逃げ回るタチ。
(もう…とっくに煮れただろうな…。)
きゅぅ~。
上半身裸で抱きかかえられ、仲間に追い回されてお腹を鳴らす私。
もう意味が分からないが、受け入れるしかない。
きっとこれも人生なのだろう。
でも本当は、みっともなくて、はしたなくても、ちょっと。少し。楽しめている自分にびっくりする。
これは間違いなく、タチと出会ったせいだ。
こういうのでも、いいのかもしれない。
神として、致命的にダメな気はするけど。
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