かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第四十三話 別れ。

公開日時: 2020年10月9日(金) 12:46
文字数:4,495

「お前がイトラか。」

 タチは裸のまま、壁に掛けた剣をとる。

 今までに感じたことのないほどの、敵意を発して。


「神殺し…その名の通り、彼女に悲しみを与え、時の流れをそいでくれる要素となれば良かったものを…。」

「今の私の呼び名をしらんようだな?ナナを愛する女。タチだ。」

「イトラ…私に怒ってるの?もどったら…ゆるしてくれる?一体なにがおこってるの?」

 今にも斬りかかりそうなタチの腰をそっと押さえ、私は一歩前に出る。

 光の化身イトラ。その姿はまばゆい光に包まれていてよく見えない。


「もどる?世界の中に立ち入ったあなたが、今更「絶対者」になれるとお思いで?」

「今は受肉して人の形をしているけど、私は神だもの…。」

「思い上がるのはおやめなさい、時の化身。」

 イトラが侮蔑ぶべつの色を含んだ声で、私を化身と呼んだ。


「イトラは知っているでしょう!私は神よ!」

「えぇ、かつては。しかし今は違う。もうこの世界は完璧ではない。万物は流転しない、少しづつ衰え、熱をうしない、やがて停止する。絶対者あなたを失ったが故に…。」

「今の私にわかる言葉で教えて欲しいの!イトラは私に何を望んでいるの?」

「そうですね。世界がこれ以上 みにく、肥え太る前にあきらめていただければさいわいかと。」

「諦める…?」

 イトラの瞳は私を見ていない。視線はこちらに向けていても、イトラの意識は私を通り抜けている。


「人間が…神に気づいたりしなければよかったのだ…。あなたが常世とこよに興味を持つこともなかった。」

「…パンテオンに向かえば、私は元に戻れる。人の信仰心で繋がり、受肉したあの場所に行けば。」

 聖地パンテオン。私が地上に舞い降りる際、道しるべとなった場所。

 人々が神を想い、願い、つどったあの場所は、私が現世でいかりを下せた、約束の地。


「もう新たな神への想いは私に集い、あなたへの信仰心は薄れている。それでも、確かに形だけは戻れるでしょうね。絶大な力をもつ、化身として。」

「神に…戻れるはずよ…。」

 それを私は「わかっていた」だからこ、こうして地上に降りたのだ。

 

「既に世界のことわりは変わってしまった。「神のいる世界」から「神のいた世界」へと。絶対の存在も、無限の時の流れもすでに失われているのです。あなたの理屈は通らない。そして、神を失なった世界は、つじつま合わせのために、増え続けている。今も。」

「…」

 イトラが何を言っているのか、今の私ではちゃんと理解できない。

 それでも、私が地上に降りたことで、色々乱してしまったということはわかる。


「世界創生は奇跡なのです。神がいたからなせたこと。しかし今世界に神はいない。…そうですね、今のあなたにわかるように言うと、世界は分母を増やすことで、奇跡のような出来事。世界が産み出されたことを成立させようとしている…。と言ったところでしょうか?」

「それは…なにが問題なの?」

「世界が完ぺきではなく、終わりが来るということです。奇跡も無限も叶える力がない、神が消えたことにより…。元からそうならよかった…しかし神は「居た」のです。そのせいで辻褄が合わなくなっている。誰も理外の存在を信られなくなり、誰にもそなわる魂の輝きすら信じていない。」


「…私になにかできることはあるの?」

「世界に組み込まれたあなたの役割は「時」言いかえると「期限」です。あなたが力を失えば世界は止まる。私が整えているうちにできる限り早く終わらせてほしい。この美しっかった世界がこれ以上醜く肥え太る前に。」

 イトラの願い。それは、神が居なくなった世界が早く終わること。

 奇跡を起こし世界を作り出した私が、期限切れを起こし、全てが終わること。


「私が「時」…この世界の制限時間…?」

「はい。有限になったこの世界の限界リミットです。できるだけ痛み、擦れ、早く終わらせて頂きたい。」


「勝手な事を言うな。私は今楽しんでる最中だ。」

 だまって聞いていたタチがイトラに文句をぶつけた。

「人の視座しざでは見えぬものだ。理解されようと思ってはいない。」

 その言葉は、タチに向けてだけではなく、私も含まれているのだろう。

 もうすでに「絶対者」ではなくなった、ただの「時の化身」の私に。


「どのみち、遠くない未来に世界は止まる。あなたの地上での力は、信仰が元だ。だが、それもだいぶ失われた。」

「もしかして…今回の私が能力も、才能もないのって…イトラが新たな信仰を集めているから…?」

 考えてみると、私は転生を繰り返すたびに、しょぼくなっている気がする。

 最初の方は、英雄、魔法使い、歌姫とか呼ばれるような、能力持ち。

 最近は、調合士、猛獣使い、果ては何にも無し。

 なにせ、元々が神始まりだ。多少力が失われていっても当然と思ってたし、人間として楽しみたかったので気にも留めてなかった。


「それもあります。あなたには早く止まって欲しい。それに誰かが神の代理を務めなければなりません。しかし…そもそも人が神を信じなくなっている。魂の存在すらも。」

「私が…人に転生したから…。」

「主観に断絶がなく、自己を保ち、肉体のみを移り替わることは、転生と呼ばない。」

 確かに。言われてみればそうだけど、なにせ私は元神。人…というより生命とちょっとちがっても仕方がない。


「そもそも、あなたに魂などない。」


 えっ?


「全ての生命にそなわりながら、世の中に存在する限り、決して触れえぬ領域をさす。」

「で…でも私は、ずっと私だもの。神だった頃はちゃんと思い出せないけど、何度転生したって私だったもん。」

「それが可笑しいのだ。現世での連続性を持ち、あなたのように継続的な主観を持ち続けることは、ただの我だ。」

 それは…そうなんだけど。


「魂とはもっと上位にあるモノだ。…世界に組み込まれた今のあなたには知りようもないだろうが。」

 

 元の私にはわかっていたんだろうか?魂とか、世界とか、全部見えて、全部わかってたんだろうか?

 それって、いったいどういう気分で、どういう気持ちなんだろうか?


「ナナ…?」

 タチが心配そうな声を私にかけてくれる。


 人類だれもが私を想ってくれなくなっても、タチが私を想ってくれるなら、それでいい。

 今の、私はそう感じる。 


「今のあなたは人ですらない。魂を持たぬのだから。ただの「時」ただの「流れ」だ。」

「ナナ!!」

 なんだろう。肉体を超えて、意識が膨らんでいるきがする。

 感覚が、体を全身覆うぐらい。


「あれ…?」

 両手をみると。ポコポコと泡が立っている。

 手の平から浮かぶ泡は、小さく薄くはじけて消える。


「あなたを想う信仰心も薄れ。それでも型どれているのは、神としての力の名残りのみ…。」

「あれ…?あれ?」

 私と私の周囲の結合がゆるくなる。


 世界に馴染めていない。


「ナナ!しっかりしろ!」

「タチ…?私ここにいるよね…?」

「いるとも!」

 タチが私をぎゅっと抱きしめる。

 何度も味わってきて、何度でも味わいたい感覚。

 でも、肉体を超えて、膨らみ霧散する私の意識はジンジンとするだけで、しっくりこない。


「やだ…消えたくない…!」

 体が。溶けていくのを感じた。

 タチの方に向き直り、自らもタチにしがみつく。

 ちゃんとしっかり、寄り添えるように。


「!」

 タチの腰にしがみついた私の両腕は、変わらずポコポコと泡立っている。

 だが、強く交わったタチの肉体部分まで、波打ち始めた。

 

「馬鹿者!しっかりしがみつけ!!」

 恐怖で握りを弱めた私を、タチが怒鳴りつける。

「でも…!タチまで…!」

 言いながら、見上げたタチの顔がどんどん遠のいた。

 足元が、地面にズプズプ沈んでいってる。


「ナナ!ちゃんとにぎれ!」

 さっきまで抱き合っていたはずの私達二人の位置は。

 湖に溺れる人と、助けようとする人のように落差ができていた。


「タチ…ごめん…。」

 怖い。怖い。

 中から中から溢れる恐怖と、広がり続ける意識に、溶ける肉体。

 どうにもできない変化に、差し出されたタチの手。

 「助けて!」と握り返したいけど、それはできない。


 タチまで消えてしまうのが、もっと怖いから。


「はなさんぞ…!ちゃんとにぎりかえせ!!ナナ!!」

「…ありがとう。大好き。」

 体が。胸元まで、地面に沈む。

 肉体の感覚は全身あるが、このままどこまでも落ちていくのだろうか?

 全身が消えてなくなるまで。

 

 また、生まれ変われるだろうか?

 ちゃんとタチの所にもどってこれるだろうか?

 怖い。ただただ怖い。


 こんな恐怖にまみれた死は初めてだ。


「歯をくいしばれ!ナナ!!」

 握り返すことをしない、私の腕を離したタチが低く拳を構える。

「私はみとめんぞ!!」

 

 ドゴ!!!


「かっ…!はっ!?」

 胸のど真ん中に、タチの拳がめり込んだ。

 激しい衝撃と痛みが体を駆け巡る。


「だめだナナ!勝手にいくな!!!」

 叫んだタチがもう一撃拳をくりだす。

 渾身の。えぐり上げるような軌道で。


 バキリ。と体の内部で骨が弾ける音がして、沈んだ体が浮き上がる。


「ぐっ…!かはっ…!」

 殴られた衝撃で、口から空気が抜け、同時に熱い血も喉奥から吐き出された。


(いたい…いたい…!!)

 激しく鈍い痛みに、体がズキズキする。

 でも、体が地上にはじき出された。

 殴られた反動というより。与えられた痛みで肉体が締まり、意識が縮こまったせいで。


 世界と私の境目がはっきりしたのだ。


「どうだ…感じるか!私を!!」

 また一撃。私の腹部にタチが拳を振るう。

 お腹を突き抜けた振動に胃袋が捻じ曲がる。


「ハァ…ハァ…。…感じる。タチを…。」

 痛みの余り、うずくまったまま立ち上がれない私は、小さく震える声で言葉をだす。

 肉を感じる。骨を。内臓を。

 

 痛みを感じる私自身を…。

 

「言葉にするな…!」

 また一撃。こんどは私の頬を打つ。

 鼻から血が飛び。奥歯がカチャリと弾ける音がした。 


(…感じる。タチの怒りを…恐怖を…。)

 ここまで来ても私は、私の事しか考えていなかったんだ…。

 タチだって、私を失うことをこんなにも怖がってくれているのに…。


 私は、タチが消えるとこを怖がって…自分の恐怖だけを恐れて…握り返さなかった…。


 顔を殴られた衝撃で、混乱する頭。

 脳みそと、体がぐにゃぐにゃになるが、霧散していた症状は収まる。

 タチの強い我のおかげで。


「…タチ…。もっと。」

 よれよれの声で。タチを求める。

 痛みで体は悲鳴をあげているが、恐怖はない。

 

 だって、タチがくれた想いだから…。


「良い顔だ…。」

「すき…。大好きなの…。」

 タチの足元に、ずるずると芋虫みたいに這い寄る。

 もっと感じていたい。タチのくれる痛みなら…。


「私もだ。愛している。」

 タチが、私の両脇に腕を通し抱きしめる。

 今度は始めと違う。

 

 ボロボロの体に痛みが稲妻みたいに走り回るけど、体が泡になることはない。


「…愛してる。」

 ごぽごぽ口から血が溢れる。

 でも口角が上がってしまう。

 タチと出会えてよかった。

 

 例え何もかもが間違っていても、よかったと感じられるから。


「人に慰められるとは…。嘆かわしくはありますが、効果的な手段がみつかりました。彼女を奪えば良いわけですね。」

 イトラの言葉は私の耳に届かなかったけど、輝く光は嫌でも目に入った。


 目の前が白く染まり。


 次に真っ赤に弾けた。


「あ…あぁあああああ!!!」


 タチの首が宙に舞い、地面に転がり落ちる。


 私の体はその光景と共に消えてなくなった。

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