「産まれた時から副産物。光を作った道理で「出来てしまった」だけの存在――そりゃ全てを憎んで恨んだって不思議はないだろう?」
影の化身ヤウが表れてから、場の空気は一変した。
圧倒的な力で場を支配していたイトラの輝きがくすぶり、空も厚く黒い雲が覆う。
「やっとコイツがオレの所まで降りて、遊んでくれてんだ。楽しみをすぐに奪おうとするなよ」
ヤウは、イトラと向かい合っているが、けっして私の味方ではなかった。
「地水火風の化身と違い、あなたならこの地上以外が視えているでしょう。神の消えた世界の現状が」
「当然だ。だが解釈が違う。神はここにいる、馬鹿で愚かで、自ら降りて来たうつけ者がな」
イトラとヤウが、互いの力を伺うように言葉を交わす。
「そんなもの神ではない。」
「違うね。元々大したもんじゃなかったってだけだ。だってのに、テメーが神の代わりを気取ってふんぞり返るのは許せねぇ」
「力ある者の役目です」
「つぇーから好き勝手しますって言えや」
「あなたの同じ品性にしないで頂きたい」
バチバチバチ!!
二人が言葉をぶつけるたびに、黒い雲から稲妻が落ちた。
決して交わらぬ、関係を物語る様に。
「そもそものデキ違うんだろ。お前らは「願い」や「信仰」で地上に干渉してきた。オレは「妬み」「嫉み」で飯を食う」
「そうなったのは、あなたが選んだからでしょう。」
「そうさ。俺は自ら選んでこうなった。立派だろう?俺は人を恐れで煽り、魔物を産む。お前らは道徳で導き、信者を作る」
私達より遥かに力の強い者たちのやりとりに、元神である私は口をはさめずにいる。
「人などという、出来損ないの生命……生み出なければ良かったのだ」
「それを俺に言うのかよ」
大きく一つ。音もなく輝く稲妻が二人の間に線を引く。
「おい。悪魔。味方につくで良いんだな?」
身もふたもない言葉で、タチがヤウに問いかける。
「相変わらず意気が良いな。オレはお前と同じ、血や暴力が暗いものが好物なんだよ」
「一緒にするな。根暗なヤツも確かに好きだが、元気で明るいモノだって美味しく食べる。ナナとかな」
口元の血を拭わずに、タチは私を引き寄せてキスをした。
「わかった、わかった。お前は雑食だったな。……だが調子にのるとまとめてぶち殺すぞ」
「ま…まって!えっと……初めましてというか、久しぶり…?というか???」
ヤウとタチの間にまで、ひりついた空気が流れ始めたのを感じ、慌てて私は口をはさむ。
「まぁ……今のアンタじゃ覚えてないだろうな。なにせ、遥か昔に別れた存在だ。安心しろよ、あんたも気に食わなねーが、イトラに統治されるのは尊厳に関わる」
「えっと……それはありがたいんだけど、もし、ヤウがイトラと力を合わせてどうにかできるなら――」
「わきまえろよ。元に戻る事なんで二度とねーんだ。あんたが神をやめたその時から。今のアンタには俺たちみたいに視るコトも、知るコトも、まして救うコトなんてできねーんだ。黙って状況の中で足掻いてろ」
「…」
ヤウの言葉が私の胸に突き刺さる。
「構いません。今この場で、全員粛清しましょう」
「テメーだってオレと同じ「程度」だって思い知れよ!」
パチン。ヤウが指を鳴らすと、タチの背中にも黒い羽根が生える。
ヤウの手には黒い大鎌。それが彼の武器なのだろう。
「こっちの都合だ、羽はタダで力を貸してやる」
「礼は言わん!」
ヤウが加わり、全力jの二回戦が始まった。
――白と黒。
空間がちぎれるような、衝突が起きる。
「世界が一つだった頃――調和のとれた美しい世界!それが戻らぬとしても、変わり果てる前に終わらせる!」
「乱れて、壊れて、ごちゃつけばいいんだよ!!」
ヤウが大きく鎌で薙ぎると、空が千切れ、血のような赤い飛沫が上がる。
飛び散った赤が地面におちると、その場の土も、草も赤色に染まった。
「地上でふる技ではなかろう!」
イトラが輝く翼をはためかせると、開いた空が繋がり、色が戻る。
二人の攻撃は、世界の形を変える強さを持っていた。
パキン!
間を抜くように、黒い影が高速でイトラに切りかかる。
「お前たちだけで決をきめるな!!」
タチがヤウから借りた羽を使い、神殺しの剣を手にして二人の戦いに割って入った。
だがその速度に、体がついてこられて無いようで、四肢のいたるところから、血飛沫が上がる。
「タチ!!!無茶だよ!!!」
攻撃を仕掛けている側なのに、損傷が増えてるタチを見ていられなくて、私は声を荒げる。
「私は戦わなければならんのだ!!!ナナを否定するようなヤツを野放しにしない!!!この!私が!!!」
人には無茶をするなと言うのに、自分は平気で無理をするタチ。
羽のおかげで光と影の戦いについていけてはいるが、灰色の「神殺し」では攻撃を当てれていても、ダメージがない。
「どうした……!神殺し!」
「二度も言わせるな愚か者!ソレは神に向けられた増悪だ!!」
イトラが神殺しの剣を掴み、力を込める。
不協和音を奏でながら、灰色の刃にヒビが走った。
「ちがう!ちがうぞ!!迷っているだけだろう!お前らの憎しみは、かつての神などに向かうべき量じゃない!不条理に!理不尽に嘆いた情熱だ!!今更ナナなど斬って報わるものか!!私に続け!私に振るわせろ!!私に使われろ!!!迷うな!!」
タチが吠え、握りを強めたその時。
イトラの拳によって、灰色の刃は崩れ落ちたかのように見えた。
「何故だ!?」
驚愕するイトラの拳は、光の泡になり消えてなくなる。
「そうだ……!それでいい!私と出会ったのだ!いつまでも神殺しでどうする!!」
タチの握った神殺しの剣は、タチの流す血液と同じく、真っ赤な刀身に色変わりしていた。
「相変わらずでたらめな奴だな。腐った奴の扱いが上手い」
戸惑うイトラの隙を見逃さず、ヤウは楽しそうに鎌で薙いだ。
大量の光の泡が溢れて消える。
「調子に乗るな!!」
イトラの体が大きく輝き、無数の光の礫がヤウの体に打ち込まれた。
まともに浴びた攻撃で、ヤウの体に大量の穴が空く。
だが、彼は笑っていた――今の状況が楽しくてたまらないかの様に。
「私はいつでも絶好調だ!!!ナナさえ居ればな!!」
タチは神殺しの剣――いや、「タチの剣」を手にして、光り輝く化身と打ち合う。
今しがた手に入れたばかりの、真っ黒な翼を広げて。
重ねるたびに激しく、速くなる攻防を、何度も、何度も、見せつけるように。
そんな白熱していく戦いを、私はただ見守っている。
一人の人間として。
「ナナ……歯がゆかろうが、そんな顔で居ちゃいかんよ。人になれたことを喜べたお主が」
私の横には、いつのまにかズーミちゃんが寄り添っていた。
気付かぬうちに震えていた、私の手を握りしめて……
「ほれ。これを貸してやる。力の使い方はできとるようじゃしな」
そう言ったズーミちゃんが両手を重ね、体を通して青い光を送り込んできた。
源の力。
ズーミちゃんに残された、残りのもう一つだ。
「ズーミちゃん?」
「その力を使って混じってこい」
ポンと、背中を叩かれた。
優しく、気づかいのある。でも力強い「友」の後押し。
「そうですね。せっかく私達に興味を持ってくださったのです。あなたの意志が見ていたい」
ひとつの優しい風と共に、ナビが現れズーミちゃんに続いて私の手を取った。
体を通して流れて来たモノは、同じく源の力。
かつては同じはずだった、今やまったくもって違う「色」をした、化身の化身たる所以。
「ナビまで……!」
「元より、私とズーミは争い向きではありません。あの次元までいった戦いでは、個々に力を発揮しても影響力が弱すぎます」
ナビは、ぶつかりあうたび世界を揺らす戦いを、遠い出来事のように見上げる。
地水火風よりもっと前に存在した、光と影の戦い。
それに加わるには「力」が必要だ。二人はその権利を私に渡してくれた。
「おぬしなら、二つの源も扱えよう。ちゃんと返せよ?わらわだって死ぬつもりはないからの」
「返せというより、また貸せかの?」そう言ったズーミちゃんの柔らかい笑顔で、ちょっぴりだけ涙か浮かんでしまった。
「うん!!絶対に返す!……ありがとう」
私の体の中に返った二つの源。
青の色が付いた源が二つ。右の手に留まり。
緑の色が付いた源が一つ。左の手に宿った。
二つとも優しい――と、感じる。
確かに元をたどれば私の与えたモノだろうけど、もうとっくに彼女達の一部になっている。
三十伍憶年前ぐらいに生み出され、それぞれが見守り、育んだ大陸と共に変化した化身。
まったく違う色のついた源が、――青と緑が、互いを尊重し傷付けぬように私の中で融和する。
二つの色が互いの積み重ねに敬意を示し、私の体に気遣って「座り位置」を決めた時――
私の体に変化が起きた。
「私とズーミからの影響ですね。なんか少し感動しちゃいます」
ナビが微笑みながら、私の髪を一束すくう。
少し伸びた、左側の緑色の髪を。
「おいしい「もちもち」を一緒に食おうな。アルケーに戻る頃にはきっと、新商品も並んでおるさ」
行ってこい。っとズーミちゃんが髪を揺らす。
私の右側と同じ、青色の髪を。
「うん!!もちもちだ!!!」
受け取った絶大な力が、身にまとっていたユニちゃんの服を破き、新たな服を作り出し体を覆う。
ズーミちゃんの体と同じ、プニプニとした感触の青い衣裳。
ナビの様に、自由に空を舞うための羽を背に生やし。
少し伸び、青と緑の二色になった髪を広げ、愛するタチを助けるために飛び立った。
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