かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第二十四話 よよいの、酔い。

公開日時: 2020年9月17日(木) 07:36
文字数:2,077

 青い空!青い海!青い私!

 同じ青でも一つだけ、爽快さと真逆のイメージを抱かせる。


「う…うぅ…。」

 湧き上がる吐き気との格闘は、まだまだ終わる気配が見えない…。

 眩しい太陽も、羽ばたく鳥も、元気の象徴のように輝いてるけど、足元の私は絶不調である。


 船酔いで。



 ズーミちゃんと泣いて抱き合い、別れを惜しんだのは先日…。

 ピチョン港をでた船は、ずっと、ず~っと波に揺られている。

 

 当然なんだけど、それが私をこんなにも苦しめるとは…。


「初めの元気が嘘のようだな。」

 タチが冷たい飲み物を手に戻り、私の頬に当ててくれた。

「う゛ぅうー…、きもちいぃ…。」

 ひんやりとした木のコップが、私の吐き気を少し押さえてくれる。


「その様子だと慣れるまで、三日四日は掛かりそうだな。」

「み゛っが…よ゛っが…!」

 今の私にとってあまりにも遠い時の果て…。

 いつ吐いてもいいように、甲板で座り込んでいた私の未来は闇に包まれた。


 ホジマリン号。

 大きな船は、百人近い人間と、大量の荷物を運んでいる。

 その中で、一番重い荷物は私に違いない。

 気持ち的に。


「旅を楽しむ事にしたとたん…これとはな。」

「や゛めて…かなしぐなる゛…。」

 船に乗った直後、私はタチに宣言した。

 この十日程を予定している船旅。ズーミちゃんと別れた寂しさに負けず、全力で楽しもう…と。

 涙さんとお別れするための意気込みだったのに、私は今もまだ涙目のままだ。


「俺が介抱してやろうか?じょーちゃんよ。」

 ぐっへっへ。と上半身裸のおにーちゃんが話しかけてくる。

 確かに海の上、特に甲板上は暑いけど…。どこか他所で披露してくれないだろうか?

 今、面倒をあしらう元気が売り切れ中なのに…。


「悪いな。ナナは私の女だ。苦しむ可愛いナナを楽しむのは私だけだ。」

 おにーちゃんの視線を遮るように、立ちふさがるタチ。

 この時ばかりは、タチの彼氏面がこの上なく頼もしい。

 なんか、余計な一言があった気もするけど…。


「女二人じゃよ。何かと不便だろ?あぶねー目にも合うだろうし、慰め合うにも足りねーだろうしなぁ?」

 げっへっへ。と目つきも息遣いまでも鬱陶しい…。

 このままじゃ、私の気分はどんどん悪くなる。

 後は頼んだ…タチ。


「私はとびきり強い。夜も、昼もな。お前などいらん。」

「確かに…夜に強そうなチチをしてやがる。」

 むっへっへ。と引く気はない様子のおにーちゃん。

 やめておけばいいのに…。


「竿役なら私一人で十分だ、気が向いたら抱いてやるから、今すぐ消えろ。」

「女のクセに舐めた口きくじゃねーか。船の上じゃ逃げ場はねーんだぜ?」 

 意味ありげに、腰に差したナイフを一撫でする男。

 逃げ場がないのはそっちだと思うけど…。長い船旅、さっそく暴力沙汰は私たちも困る。

 …私´が´困る。


「男だろうと女だろうと、お前程度で私が受けれると思うな。…抱くぞ?」

「楽しみだぜ…!」

 うぅ…やめてよ。変な想像しちゃうから…。


 男がナイフを構え、結果の見えた勝負が、いま始まろうとしている…。

 騒いでほしくない、私の横で。


 ひんやしりた飲み物で、少し引いてきた吐き気がぶり返してしまう。

 耐えがたい気持ち悪さに、ひえひえの飲み物を一口。グビリと喉に流し込んだ。


「う゛っ…!これ…おさけ…?」

 船酔いで感覚が死んでいてもさすがにわかる。

 これはブドウ酒だ。


「あぁ。魔法使いが乗り合わせていてな、たっぷり冷やしてもらった。美味しいだろう?」

 いや、そういう事じゃなくて…。私…お酒…。

 

 波の揺れよりも大きく、足元が歪み、世界が回り始める。

 万物は流転し。

 ただ、時の流れの中、密度を持っていかりを降ろし触れ合うことがデキタカラニワ…。

 思考が混濁こんだくし、意識が変性へんせいする…。


バタリ

 

「ナナ!?」

「おさけ…むり…。」

 タチが駆け寄り、私を抱え起こす。

 

 見上げた空も雲も、ぐわんぐわんと踊り狂う。

 私の脳みそも意識も。ぐわんぐわん。伸びたり、縮んだり。

 その度に痛みも、もたらす…。ぐわんぐわん。

 

 地上を照らすんだい!と言わんばかりの太陽様が、熱く、眩しく、私だけを焼き焦がす。


「あつい…あつい…」

 たえられない。もうむり。中からも、外からも焼かれている。

 自分のはく息さえ熱い液体のようだ。


「すまない。気晴らしには良いと思ったのだが…。」

 タチがめずらしく、どうようしている。へんなの。

 笑えてきた。


 手袋と靴をもどかしく脱ぎ捨てる。

 汗でびちょびちょになった服も早くぬぎたい…。


「いいねぇストリップか!いくら払えば――。ぐふぁ!!」

 私を抱きかかえていたタチの手が、男の腹にめり込む。

 手首から先が見えなくなるぐらい。

 

 とてもいたそう。


「ふぇっ…ふぇっ…ふぇ~。」

 笑えてくる笑えてくる。

 そのまま放って置いたら、タチの手は男の内臓になるのだろうか?

 男が口から食べたものを、タチの手が消化するんだ。


「誰もみるな!!…このえっちなナナは私のだ!!!」

 タチはやっぱりつよいんだなー。

 こんな大きな声で、船中にいかくしている。けものみたい。


 もう、だめだ。脳みそが回らない。これもにんげん。これがにんげん?


「続きは部屋で二人きりでな…!なっ!!」

 最後に聞こえたいつも通りのタチの声、私はプツリと意識を失った。

 

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