「すまん。加減がきかなかった。」
窓から差し込む光と、小鳥のさえずりが朝をお知らせする。
離れ離れだった二人の再会、それも相手がタチとくればそれはもう…それはもうである。
「…でも、体がすごくしっくりきてるよ。…力は抜けてるけど。」
ふかふかベッドと久しぶりのタチ枕の上で、ぐったり横たわる。
私が変わっても、タチはずっと強烈にタチのままなので、彼女に触れられ教え込まれるとそこを起点に体がなじむ。
不思議な事である、ずっと同一主体をもった私が、外部を基準に推し量るなんて。
「まだまだだがな。もっともっと感じさせんと気が済まん…がさすがに休憩だ。その体では心配だ。」
「遅すぎる気遣いだと思うけど…。」
「ナナも望んではないだろう?手加減など。体がもてば…だがな。」
「…うん。」
まったく力の筋が入らなくなるまで負かされ、やっと意識を取り戻したばかりな私。
さすがに口ぐらい閉じていたいけど、それもかなわない。
なつかしい。この目覚めると微笑みながら見つめられてる朝。
またこんな朝が迎えられるなんて…。
(良かった…本当に良かった…。)
確かにタチがここにいる事を噛み締めたくて、抱き着たいのだけど腕に力が入らない。
私の瞳の動きと、微かな体の揺れで察したのか、タチが覆いかぶさるように抱きしめてくれる。
「大丈夫だ…。本当に良く戻ったぞ。」
「…うん。」
私も何か言いたいけど、今この瞬間に満足しちゃって言葉が見つからない。
声を探すのも億劫で、今。今この時をただ味わってたくて…。
「余計なことは考えるな?散々教え込んだだろう?私が上だ。」
「うん。」
そうだった。「それでいいや」で居れるんだった。タチと一緒の時は。
「しかし…ひとつ謝らないといけないな。」
「なに?タチが謝ることなんて何一つないよ。」
「あの犬を一度抱いてしまった。」
「あの黒服の彼…?そういえば様子がおかしかったけど…。」
素直な感想は「なんだそんなことか」だった。
別段その程度のことで今更怒ったりしない…タチが誰かを抱くなんて今更ね。
今更怒ったりしないよね?たぶん。
考えだすとモヤモヤするが、あの黒衣の男の変貌ぶりの方が気になる。
「なんでもポチはポチで昔、女を囲っていたらしいんだが…。簡単にまとめると、持て余して皆殺しにしたそうだ。」
「色々簡潔にしちゃいけない気がするけど…なかなか壮絶な…というかあの人ポチって名前なの?」
「知らん。今となっては名乗る気力も失っていてな。不便だから名前を付けてやった。」
「うん。まったく流れが理解できない。」
私のしってる黒衣の者、現ポチ君は。
始めイトラが差し向けた追手で、次にタチを傷つけた敵で、最後タチの剣で真っ二つになり、謝りたい人がいると言って去っていった。
それが今や犬になりきっている。名付け親はタチ。
変化が急すぎて、事情に追いつけるわけがない。
「ポチを最後まで心配した女だけは、手にかけず捨て置いたそうでな。その女に謝罪しに戻ったのが私達と別れた時だ。」
「なるほど。ポチさんにも心残りがあったわけだね。」
「あぁ。だが拒絶された。」
「…あらら。」
「当然だろう。その女にとってポチを優しく受け入れる道理などない。待つ必要もな。新たなパートナーと幸せに暮らしてたんだそうだ。「もう忘れたい思い出だ」とな。」
詳しい事情をしらないので、なんともだけど。まぁ、タチの言う通り。
ポチ君が無策で戻って許されるものでもなさそうだ。
自業自得と言うやつかもだけど、ちょっと可哀想。
「ボロ雑巾の様子で帰ってきてな。ずっとブツブツ呟いていた…。その崩れ腐った姿が余りに美味そうでな…一発思い知らせてしまった。器の違いというものをな。」
うむ。
ようはしょぼくれたポチさんをみて、タチの攻めっ気が疼き、抱いちゃった。と!
「いいよ。タチがこの世に存在してくれてるだけで、私はとっても嬉しいもん。」
「すまんな。ナナの居ない時に夜遊びなどしたくなかったんだが…余りにも哀れでな。上に立つ資質がどういう物か、徹底的に焼きこんでしまった。」
「許してあげる。…でも他にも言う事あるでしょ?女の子達と沢山キスした事とか。」
「それは確認のキスだけだ。一人も抱いてないぞ?ちゃんと我慢した。」
タチの中の謝る線引きが分からないが。抱くかどうかが一応ラインらしい。
「性欲を押さえるのが大変だった…。ナナと離れてから干からびた昆布駄犬しかしゃぶらずに…だが味は濃く――」
「待った!詳しい話はいりません。」
私の頭をなでながら、ポチを食べた時の話を始めるタチにストップをかける。
二人で居た船の上で散々聞いた覚えがある…。
タチの猥談!しかも今回相手は知り合い (一応)
「嫌か?ナナには全て話しておきたいのだが…。」
「そう言われると知っておきたい気もするけど…焼いちゃいそうだから。聞いても絶対嫌いになったりしないけど…。」
なんだろう?独占欲?私にとっては至極当然な嫉妬心と敬愛。
ちょっとだけ食い違った思いがあるのです。
「可愛いなナナは…そう言われるとポチが泣き散らかした話を――」
「きらいになるよ!」
「わかった。わかった。この話はよそう。」
いつの間にか動くようになった手で、タチの頬をつねりひっぱる。
どんなことを聞かされたって、嫌うわけない。
嬉しそうに頬を伸ばされるタチの顔を見ているだけで、私は幸せなんだから。
でも、だから、やきもちも焼くんだよ。
そんな甘噛みをしあって、まったりとお互いを感じる。
夜のぶつかり溶けあう確認も好きだけど、こういうのも大好きだ。
「私の人生で…あれほど恐怖を感じたのは初めてだった…。」
唐突に、真面目な顔で言葉を口にするタチ。
ゆるやかな流れの中、フッと恐れを思い出す感覚は私にもわかる。
「…タチ。」
体の力を取り戻した私は、タチの体を抱きしめる。
体が縮んだ分大きく感じるけど、ちゃんと心の底から全力で。
「生き延びた後…ナナを迎えに行かねばと取り乱し、ストレやナビにも迷惑をかけた…。」
「…」
そう。わかっていた。私が失う恐怖に怯えていた日々と同じ…。いや、それ以上タチだって怖かったはずなのだ。
タチには私を確認する手段がなかったのだから。
「駆けずり回って探し出したかったが、声を上げ、待つのが一番だと頭で判断した…。必至に我慢したのだ。ほめてくれ。」
「…本当にありがとう。タチは良い子だよ。」
私が地上から完全に離れていた2か月も合わせて、ここ数ヶ月。
タチはずっと我慢してたのだ、性欲もさることながら、恐怖から来る無策な行動も。
あのタチが体を動かすことを、抑えていた。
私と再会するために…。
「大好き。ありがとう。」
「…うむ。こういうのも最高だ。待っていた。」
タチの頭を抱えるような形で抱きしめ、ゆっくり撫でる。
ホントは全身を包み込んであげたいけど、体が小さいからね。
タチは甘えるような声を小さくもらし、グリグリと頭をこすり付けた。
こんなタチ。私以外に見た人はいるのだろうか?
安堵にひたり、身を任せるタチなんて…。
可愛くない?
「…痛む?」
昨日から目に入っていた、タチの首元の痕。
ゆっくりゆったタチのり頭を撫でながらも、うっすら残るその線が気になった。
胴と頭が切り離された証拠の痕だ。
「ん?…あぁ大丈夫だ心配ない。」
「どうやって無事でいられたの?」
「…ナビが手助けに来た。自らの土地を護るついでだがな…。」
アルケー湖にダッドが現れた時、ズーミちゃんがした判断と同じだ。
自らの大地。自らの領土の自衛。
「…いや。素直に言うべきだな。一番の要因は「舐められた」からだ。」
タチが私の首元に頭をグリリと、ひと擦りして言葉を続ける。
「私の首を飛ばしたあと、ナナも崩れて消え去った…。イトラの力なら私を消し飛ばすなど容易だったろう、だがしなかった。ナビとストレが駆け付けるの許し、頭を繋げるのを見ていた…。」
「どうして?」
神殺しを望んでいた頃のタチならともかく、今のタチはイトラにとって邪魔者でしかないはずだ。
わざわざ殺すこともないかもしれないが、見過ごす理由にもならない。
「理由はひとつだ…。ナナの前でまた私を殺す。」
「!」
「それが一番ナナに効く。それをあの時奴は知った。」
背骨がぞくりと凍り付いた。
確かにイトラは言っていた。早く私に諦めて欲しいと。
私は何度も転生する。今の私は時の化身だ…と。
世界が乱れ、醜く広がる前に、私に止まって欲しいのだ…と。
「今回…目が覚めるまで二カ月開いたの…。また能力も、才能も、何にも無しで生まれたし…。体も小さくなってる。」
「…イトラの奴は私が殺す。安心しろ。」
タチが私を抱き寄せて、私もタチを抱きしめた。
2人の胸の中は一緒。大切な者を失う恐怖…あの別れの時に味わった、やりきれない思い出。
「…ところで。ナナはナナでいいのか?名前…というか呼び方は。いつも変えていたのだろう?」
「うん!ナナが良い!私はいつまでもタチのナナでいたいから…。」
「わかった。お前はナナだ。私の良い子のナナだ。」
思えば、同じ名前を語るのは初めてだ。
一つの肉体を終える時、そこを切り取り線に名も、関係性も捨てて来た。
そもそも深い関係を持つことが少ないのもある。
特に転生した最初の方は、肉体は持ったものの、どう人間と付き合うかわからなかった。
そんな言葉下手、伝達下手、共感下手の自分に寄って来る者は、能力目当ての人ばかり。それも少し嫌だった。
回を重ねるごとに、色んな考え、色んな性格の人もいると知ったが、それでもまだ他者との接触を避けてた傾向がある。
人とは違う存在とバレるのが嫌だったのか、自覚するのが嫌だったのか…。
何時まで経っても踊れず、歌えず、調和できずにいた。人に興味があるクセに。
だからそのつど、私を使い捨て生きて来た。縁やしがらみを面倒がって。
今は裸で愛する人と抱き合ってるけどね…!
「次は、私の首が落ちたぐらいで離れるなよ?」
「うん。ずっとず~っと一緒にいる。もう離れない。」
タチの言葉とぬくもりが、私にまで自信を分け与えてくれる。
たかたが首が落とされたぐらい、なんだというのだ。
だってタチだよ?
「私を射止めたのだから、ずっと相手をするのが義務だ。沢山抱かれ。沢山そばにいろ。」
「うん…!私がタチを独占する!」
こんな、甘く愛しい朝が何度だって続けばいいと、心の底から願うのだった。
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