かみてんせい。

挿絵いっぱいな物語。
あゆみのり
あゆみのり

第三十六話 うた。

公開日時: 2020年9月28日(月) 08:36
文字数:2,401

 日も傾いて、空がオレンジ色に染まる頃。 

 小さな仮テントを一つ張ってもらい、馬を繋いで荷も下ろし終わった。

 ストレは既に横になり、親指をしゃぶりながら丸くなっている。


 二人乗りでタチに抱きかかえられ、ウトウトしながら移動していた私と違い、ストレは戦闘の後から活動しっぱなし。

 疲れていて当然だろう。

 

 厚めのかけ布を肩までかぶせてあげて、そっとテントの外に出る。


「あんた!なんだいこの入れ墨は!!」

「いいだろう!私の勝手だ…!!」

 三つ隣の大きなテントから、タチとタチママの口論が聞こえてくる。

(たぶん淫紋、見られたな…。)


 フル族の男の人が、焚火たきびを組んで夜越えの準備をし、また別の人は楽器の準備をしている。

 これから始まるであろう「タチの詩」を待つみなさんが、火を囲み、お食事したり、おしゃべりしたり。


「ほら。対価を払いな。」

 テントから押し出されるようにタチが出てきた。

 緑を基調とした、踊り子みたいな衣裳で。


「へぇ~。似合うね!」

 私はタチのそばに歩み寄り、声をかける。

「田舎の匂いがする。」

 不服そうに、鼻をクンクンさせるタチ。

「傷はもういいの?」

「あぁ。薬草も塗り込んだし、万全だ。」

 お腹のあたりにまだうっすらと傷跡がみえるが、本人は元気で一安心。

 改めて思うけど、驚異的な回復力だ。


「話はあとだよ、さっさとうたいな!」

 タチママに小突かれ、焚火の前に追いやられる。

 フルのみんなが手を叩き、タチをはやし立てた。



「あんたは、そこに座りな。」

 焚火たきびを囲んだ円の最前列。

 タチの真ん前に座らされる。


「えっと…私は後ろのほうで大丈夫です――」

「だまんな。音!!」

 私の事など相手もせず、楽器を持った人たちに合図を送る。


 男があぐらで挟んだ太鼓をポコポコ手で叩き、女はチャカチャカ棒状で無数の紐のついた楽器を鳴らす。

 5人の楽器隊のみなさんが音を重ね、流れを作りだした。


 タチは自然と目を閉じ、ゆっくりと腕を広げ、口を開く。



――――――――――――――――――――

ある日少女は旅に出る。

何もかもが嫌になり、盗んだ馬で旅に出る。


ある朝、彼女は下働き。嫌味な女を張り倒し。

ある夕、彼女は給仕人きゅうじにん。唾吐く男を蹴り殺す。

ある夜、彼女は春を売る。ヤラレた分はヤリ返す。

――――――――――――――――――――


 タチがうたい始めると、彼女のリズムに寄り添うように音も流れを緩めた。


――――――――――――――――――――

何処に行っても何しても、虚しさだけがついてくる。

あっちら、こちらと逃げ回り、わかったことは母の愛。

それでも、彼女は帰らない。彼女が彼女でいるために。


ある日彼女は、傭兵で。

任せた背中を見捨てられ、光も届かぬ崖の底。

なぜか彼女は大笑い。

内から溢れる活力は、業火の如く燃ゆ怒り。


これが彼女の持ち合わせ。

これこそ彼女のお楽しみ。

迫る者ども叩き伏せ。

もひとつ、大きな大笑い。


そこにあらわる影の使者。彼女に契約持ちかけた。

――――――――――――――――――――


 長くはないタチとの付き合い。

 彼女は七色の…いや玉虫色の輝きを私に見せてきた。

 いったい、どれが彼女の芯なのだろう?

 目の前で言葉を紡ぐ、儚い姿を初めて見せつけられ、心が動揺しているのがわかる。


――――――――――――――――――――

ある日も彼女は、逃亡者。

過ち、穢れとののしられ、喜び勇んで迎え撃つ。

例え相手が空の上、天の向こうに居ようとも。


今日も私は血がたぎる。

神を殺すと剣を手に、斬って抱いての日々送り、出会った少女に恋をする。

――――――――――――――――――――


 タチがゆっくり目を開き、私を見下ろす。

 私に向かって、詩を続けてくれた。

 

――――――――――――――――――――

出会った時はただの欲。

気付けばあなたに、とらわれる。

なぜ、どうしてと問おうとも、それこそまさに恋心。

神への怒りは二の次で、今はお前を愛したい。

――――――――――――――――――――


 タチがしなやかにお辞儀をして、詩の終わりを知らせた。

 フル族の人々がパチパチと拍手をし、口笛を鳴らす。

 

 涙が流れていた。

 いつから私はこんな泣き虫になったのだろう?

 今までで一番弱い体だから、心も弱くなってしまっているのかもしれない。

 簡単に影響を受け、心を揺さぶられてしまう。

 

「良いつまみだ。」

 タチママがタチの頭をグリリと撫でる。

 しっとりとした空気に、焚火の燃える音が響く。


「こんな特技まで隠してたんだね。…すっごく綺麗だった。」

 私の前に座ったタチに素直な感想を口にする。


「ただの思い出語りだ誰でもできる。散々聞かされてきたしな。しかし…苦手な風習だ。」

「そんなことない!すっごく綺麗で――」

 称賛しょうさんの言葉を続ける自分の熱気に少し恥ずかしさを覚え、口ごもる。

 これじゃあまるで…。


「素敵だったか?」

 私の両手をとり、微笑むタチ。


「…うん。今ちゃんと自分で言おうとしたのに。」

「わかっている。」

 正面から抱きかかえられて、頭にキスをされる。

 タチの距離感は凄く近い。仲良しになればなるほど近くなる。

 でもそれは、肉体を持つ生命として当然のことなのかもしれない。

 タチといるとそれが、実感として身にしみこむ。 

 

 だって抱きしめられるのを嬉しく思ってしまうから。


「つまみにはなれたようだ。対価は払えたな。」

 気付かぬうちに、周りの音楽は明るく陽気になっていた。

 焚火を囲んで踊る人や、酒を飲む人。

 フル族のみなさんは、とっても楽しそうだった。

 

「健康な人たちだね。」

「面白い言葉選びをする。健康…たしかに健康だが。」

 不意に出た私の言葉にひっかかりを覚えるタチ。

 確かにちょっとズレてるかもしれない。


「じゃあ健全とか?」

「私は不健全だぞ?」

「タチは…みんなと違うもん。」

 いつもの。いつもの。たわいのない会話。

 タチとする交信が大好きだ。

 またちょっと言葉選びがズレてる気がするけど。


「よし。私達も踊るか。」

「やだ!!!」

 反射で発した悲鳴のような大声は、陽気なこの場からだいぶズレていた。

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