一日中、好き勝手遊び倒され、次の夜を迎えた。
殴られた痛みや、与えられた快楽への反応じゃない言葉をやっとしゃべる。
優しく撫でられる頭の感触に、傷ついて。
腫れぼったい顔の痛みなんかより、遥かに刺さる痛み。
オレにだって意思はあると発したくなったから。
恐怖におののくだけの、動物ではないんだと…。
「…オレは遂に選ばれたと思ったんだ。神に見いだされ、世界に認められ…。主人公になれたんだって…。」
口に溜まった血を、折れた歯と共に吐き出し、しゃべる。
真っ黒だった世界は、今は真っ赤に染まっている。
何かしゃべりたかったが、話題なんてひとつも持っていない。
だから結局、情けなさと恥ずかしさを重ね塗るような、独白。
血と骨意外に、唯一吐き出せる「お話」を口にした。
「続けろ。喰ってやる。」
タチは食後のデザートが届けられたみたいに、嬉しそうに眼を細めた。
頭を撫でられるのを嫌がる俺を、決して逃さず。
優しく、優しく、俺に弱さと情けなさを思い知らせるように撫で続ける。
「でも違った…。この世界でもただのクズ。小物でゴミクズ…。あんたや…ナナ…神様、イトラのような、主要な存在にはなれない…。それどころか、いっぱしの真人間にすらなれてない。」
言葉にすればするほど惨めさが加速する。
でも、もう今更だろう。今までのコトだって、ついさっきまでだって、こんな有様だ。
恐怖と快楽に怯え、叫んだあとに、気取ってもしょうがない。
「あんたを見てると思うよ…俺もそうありたかった。強く胸を張って生き。仲間を連れ歩く…。」
折れたあばらがビキビキと繋がっていくのを感じる。
この程度の痛みでは、なんとも思わない。
今味わっている、手玉にとられた状態…優しさという名の屈辱より。
「でも、出来が違うんだな。チャンスを与えられて、お膳立てされても。オレにはできない。そうわかっただけだった。」
「いいではないか。お前がクズでゴミだから、この私に抱かれている。これが最善の道筋だ。それに前にも誇れといったろう?替えられぬ部分こそ、お前のモノだと。」
「…誇れるわけない。」
「その変えようのないあり方が、ナナに嫌われる危険を冒してまで、遊んでやった隠し味になったのだぞ?」
彼女の理屈はわからないが、彼女の気持ちはなんとなくわかる。
俺を相手するのが楽しかった。というそのままの本音が。
「どうやったら割り切れるんだよ…。自分が間違った人間だなんて。」
彼女の体に抱き着く。
別に、もう、いいだろう。
情けなさなんて、今更。
「誰がいったんだ?どこで植え付けられた?間違いなどと。神か?」
「神…じゃないだろうな。元居た世界じゃ、俺の周りでは誰も信じちゃいなかった。そんな事いう奴は、壺売りつける悪党か、弱っちまった世間知らず…それが常識だった。」
「神を信じていないのなら、何を正しいだ、間違いだと思い悩む必要などある?」
「教育…かな。学校とか、それか広告か…?正しく生きよう。前を向いて生きようってな。正しきことってのがあるんだよ。「子供」とか「動物」とかは絶対守るべきもので「差別」とか「暴力」は絶対認めちゃいけないもので…。」
ひとつ前の世界。オレにとっての元の世界。現実の価値観。
神様が「やめた」して、消えてしまった「世界創生の奇跡」
つじつま合わせで、増殖した世界の一つ。
0が1へとどうにかしてなろうと、増え続ける可能性。
そう聞かされても、オレにとってはあそこが元で、中心だった。
「だが、その正しさでお前は心休まっていないだろう。だから自らを恥、こうして私好みに仕上がっている。」
たぶん、俺の能力、話術じゃ説明しきれない。
俺の中の常識、人間としてあるべき姿。
倫理とか道徳とかの人として守るべき尊厳。
彼女には伝えたい気持ちと、聞いて欲しい思いが沸く。
「…映画をみているとさ、予告とか広告が流れるんだよ。」
「えいが?」
「凄い人形劇…かな?紙芝居でもいい。ともかく物語さ。正しくて全うな事だけを見るんじゃない数少ない機会。」
「楽しそうだな。ありきたりなものではつまらん。」
「そうだろ?バンバン人を殺したりするヤツが主人公の物語さ。でもその前に色々見せられるんだよ、商品とか、作品の宣伝を。それで短く、まっとうな事いってます。我々は良いモノですよって立ち位置の証明に家族ってのがあるんだ。」
「うむ?」
「てっとりばやく、みんなが不変的に楽しめる良き事として「家族を大切に」ってのが節々でみせつけられるんだよ。両親へのお返しに、とか。子供たちのタメに…とか。商品でも物語でも。」
「私は子供の頃、母を刺したぞ?敵うわけもなく半殺しにされたが、私の成長が嬉しそうだった。」
タチが手で、俺の腹を刺すフリをする。
世界が違う。ただそれだけの事だが、こうして会話ができる以上わかって欲しい気持ちがある。
「うん…。まぁ住む世界が違い過ぎて、わかって貰えないかもしれないけどさ。良き家族ならまだ良かったんだ、どうせ手に入るなんて思っちゃいない。見せつけられ、匂わされ、嫌な気分にはなるが、ご勝手にだけだ。」
元の世界の、しかも文脈の多い話を続けたものか、少し迷ったが、興味深そうに耳を傾けるタチに判断は任せることした。
拷問の様に頭も撫で続けられることだし、こちらも好きに続けよう。
「でもさ、最近は手を変え、品を変え提供してくるんだよ。たとえ血縁でなくてもいいんですよ?大切な仲間。支え合えう仲間ならばそれはファミリーです!ってな。」
「わからんな?血がつながっているから家族だろう?嫌でも、腐れでも、縁なのだ。非対称で理不尽な。嫌なら刺してしまえ。」
「それはちょっと過激な意見だけどさ、ようは「まっとうな家族」は今時難しいかもしれませんから、条件を緩くしましたよ。って歩み寄って来やがるんだよ。大切な人。愛し合う人。支え合う人がいればそれでいいのです。素敵ですね。ってな。」
「誰がだ?」
「色んな広告とか、宣伝とか、作品とかがだよ!それは揺ぎ無く、まっとうで反論の余地がない善きコトとして。条件を緩くされても、オレには手に入らないってのはわかってたさ。でもよ、転生なんて最高のやり直し機会を得てもコレじゃあな…。」
ここはあなたの居場所じゃありませんよ。
そう言われているような気がする、数々の宣伝広告。
そんな教科書みたいな事、言われなくたってわかっているのに。
どこへ逃げてもヤツラは見せつけて来た。
「互いを助け合い…生きていく。笑顔で日々を…。血縁じゃなくても、異性でも、同性でも、誰か一人でいいはずなのに…。ムリだったな俺には。」
「そんなに欲しかったのか?」
ずっと自分勝手に生きて来たであろうタチには「何を下らないコトにウジウジと…」そう思われているのかもしれない。
でも、それでも俺は、俺にとっての世界。元居た世界を基準で考えてしまう。
「何が悲しいかって、俺には無縁とわかっている、その手の物語に感動して泣いたりしちまう事もあるってことだよ。共感なんてビタいちできない作り話でもさ。家族も大切な人も俺には居ないのに…。失う悲しみや、共にいる喜び…。自分が本当に空っぽだって思い知らされるよな。」
いったい。この転生した世界で、なにを俺は独白しているのだろう。
前も含め、全てが幻のような気がする。
全て、なにもかもが夢で、何もなかったかのように終われればいいのに。と。
「やっぱり思うよ。魂なんて存在しないって。少なくとも俺にはね。」
「おいポチ。ひざまずけ。」
突然。タチが俺を突き放し、地に放りやる。
彼女にとってはあまりに絵空事で、つまらない話だったかもしれない。
言われるがまま、仁王立ちになった彼女の前に、膝をつく。2人とも素っ裸で。
この一日で思い知らされているのだ、体も心も、俺は彼女より劣っていると。
抵抗するつもりなんてない。言われるがままに…。
(そういえば…名乗っていなかったな。)
初めて会った時は、敵で、次に会った時も敵。今回は…なんなのだろう?
裸で膝まずく姿は滑稽だろうが、妙に馴染む。
全うでバランスの取れた、支え合う存在など不在の、人未満の俺には。
「ポチ。お前に私のタメに命を使う権利をやろう。どうせこのままじゃお前は寂しく死ぬ。捕らわれた価値観とつまらなく消える。なら私のタメに死ね。私の役にたて。」
なぜだろう、命令口調で発せられる彼女の言葉に、俺の心の穴から、高揚が沸き這い寄った。
たぶん、躾けられてしまったのだ。一晩で。
上から叩きつけられる視線と言葉が心地よく感じる。
「お前の全てがくだらん。だから与えてやろう。お前に必要なものを。」
「それは…いったいなんですか?」
面を上げることもなく、先ほど以上に頭を下げ尋ねる。
俺に、俺に必要なモノ。
何にもなくなって、何にも湧き出ないこの俺に。
なんでもいい。欲しいのだ、すがれるモノが。
「主人だ。」
その言葉を与えられたとき。
完全に人として終わったのを感じた。
体が喜びに、いきり立っていたから。
心が幸福に満ちていたから。
「限りない偏り、絶対の上下、一方的な奉仕、つまり主従。それのみがお前を救う唯一のモノ。つまり私だ。」
投げつけられる言葉の圧に、立てていた膝も崩れ落ち、顔面が地面にこすり付く。
吸い込むだけのはずだった穴から、喜びがとめどなくあふれ出る。
そんなわけないのに、俺はもっとまっとうで、強くなりたかった人間だったのに。
「お前のようなものが、平等、博愛その類の戯言で生き延びられるわけがないだろう。マヌケめ惑わされたな。」
そうか。望むものを間違っていたのか、焦がれるものを違っていたのか。
元の世界、いや俺の価値観では悪しきモノ。
間違って、可笑しくて、ダメなもの。
それこそが…。
「だが、お前に優しくない世界を良く耐え抜いた。もう自分を殺す価値に溺れることは許さん。私の犬となれ。」
「わん!!!」
穴の底から声がでた。誰かの声が。俺の声が。
ご主人様に分かってほしくて、許可もなく顔を上げ。
「いい返事だ。ポチ。」
体が勝手に水分を放出する。
泣くとはこんなにも気持ちがいいコトだと初めて教えてもらった。
これがオレの涙なのだ。
いきり立ち震える心と体。これがオレの愚かしさなのだ。
主人のタメに消費しよう。俺の持ち合わせを全て。
主人と主人の愛するものの役に立つタメに。
* * *
「おい!!貴様!!なんのつもりだ!?」
背後からのストレの慌てた声で我に返る。
そうだ今はダッドの元へ、2人で馬を駆けていた。
広がる大草原と、定期的な蹄《ひずめ》の音。
ついつい思い出に浸ってしまった。
そのせいで、体が少々元気になって…後ろにしがみ付くストレには悪い感触を与えてしまったかもしれない。
でも、あぁ。もう全ていいのだ。
「わん!!!」
主人への感謝と、世界への喜びを一吠えする。
心地よい。全てが心地よい。
体を打つ風も、軽蔑の視線も。全てを愛せる。
ご主人様のポチである俺は。
「怖い…というより心配になるぞ…ポチ助。あんなに強かったお前まで毒牙にかかってしまうとは…。」
他人からすれば、きっとおかしな事になっているのだろう。
「変わり過ぎだろう…」そう呟く、真人間が正しいのだろう。
だがいいのだ。
オレは今喜びに満ちているのだから。
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