しかし……村を出れば、ひとたび荒れた平地が無限に続いているという。頭の中でそのようなことが横切ったので、記憶の片隅に潜む事実とみて間違いない。
それでも道路へと出るというなら、盗賊か詐欺師にバッタリと出くわしてしまう。
例に挙げた二つの名称は少なくとも、自分が保有しているものを命だろうと容赦なく奪おうとする存在だ。幸運にもそれらの存在から逃げることが出来たとしても、食材となるものが安易に見つからないだろう。森林の大半は緑が失われており、活力を失った窮民は間もなく息絶える。
こんなにも荒れ果てた大地を旅行感覚で旅で出る者なんて、今時いるものなのか?
顔も知らない、名前も聞いたことのないお父様へ。
――私は墓守探偵として、いつまでこの村に居ればいいのでしょうか?
小さな叫び声は、小鳥では運べない。もっと大きな何かが必要かもしれません。でも、やり口が理解不能です。
――こんな些細な悩みを考えたのは、いつの日だったか。
これらの答えを探しだそうとして、ル・エンジュ村を隈なく散策したこともあった……らしい。
でも、決して見つからない。誰も住んでいないので、容易に見つからなくて当然だった。
「よいしょっと。あと、もうちょっとだけ穴掘り……げふっ……」
考え事をしていたせいもあってか、私はすでに息切れしていた。
それと、朝から掘り進めて二時間弱も時が過ぎていた。雲一つない空に、太陽が地面を照らしている。
「けど……めげずに……」
頑張らないといけなかった。だって……。
私には使命というものが存在する。――それは墓守である。
そして、一般的な墓守ではなかった。
メアは墓守探偵という肩書きを、三年程前から廃都の者より頂いていた。廃都の者というのは、おそらくこの国の首都圏に住む者のことだろう。
そして、メアのお父様も……墓守探偵として世界のどこかで|一躍《いちやく》|担《にな》った時期があると聞いたことがあるらしい。
どこでっ? ――それは聞いた事が一切ございません。
ですが、私は一人ではありません。皆様が必ずいるのですから……。
トントントン。……足音が聞こえるのを感知した。
すると作業を中断してまで早速、向かうべき場所があると思えた。
それは言うまでもなく村の出入口付近だ。
村に向かって、そよ風が吹き込んでくる場所。平地と村が繋がっている唯一の山道。
その山道付近の登り坂は決して楽な道ではないが、道は綺麗に整備されている。なので、ある程度の登山者ならば、決してたどり着くことのできない領域ではない。
「今日はどんな方をお出迎えできるかなー?」
村の出入り口を示す標識、地面に埋め込んでいる長方形のオブジェクトがある地点まで、出向いてから道案内するのが日課だった。今日もその通りに段取りする。
お墓を作ってくれる。ここへ来れば、埋葬して未練を晴らしてくれる。
そんなメアの頑張りを称賛するかの如く、廃都から訪問者が村へとやってきては、せっせと死体を置いていくのですから。
「……いつも申し訳なく思っております。廃都に住む者は、貴方様のような墓守を険悪する者が後を絶たないでいるのですが、この事実は誠に遺憾でございます」
渋い緑色のフードで、身を包み込む者が立っていた。
その訪問者は不安気そうな顔つきを見せて、絶妙な俯き加減で謝罪してきた。
「ふむふむ……」
耳を傾けて、早速お返事する。
「そうですね……それは」
「もしもアンタが直接的に害をなさないのならば、誰に嫌われていようとも、そんなのお構いなしなんさ。じゃないとやっていけないっしょ!」
勇ましい女性の声は、私の声を遮った。
訪問者は驚き、慌てて頭を起こす。
「ふぉぉ……。んー」
フードから顔がはみ出ると、ボサボサな灰色の髭を生やしたおじさんの顔がみえた。
ちらっと見えると、心を落ち着かせてひと言。
「ですが、今回の魔女に関しては……さすがに我らも……」
「えーっと、その」
「――ははっ。今日の依頼で私が何をしているのかなんて、十分に理解しているつもりですよっ。それとも、あなた方は正直な意見が言えないのでしょうか?」
先程とは別の――。
主である清々しい男性はの声は淡々と述べた。
「ムムム……。死について忠実に理解している我ら……オスティパージの民が、こうして亡き者を死の聖域と呼ばれている村へ運び込むのも、いつまで続けれるかなんて予測すら……」
顎を触って何かと困惑している。私の方が困惑しそうだけど……。
この一連で、万が一にも脅迫まがいと言われてしまうとそれまでだが、言われない理由は明白にある。
何度か振り返って分かったけど、目の前にいるメア以外……一般の人間には姿が見えなくて、声さえなければ何も感じさせないのだから。
正に幽霊といったところだった。
「それじゃあ、いつものお願いです!」
私は両腕を伸ばして小さな手のひらを見せる。
それから、重たい感触を掴んだ。袋のような物を力強く握りしめる。
これにて取引完了。袋の手渡しがなされた。
その袋の中には死体が入っている。こうしてメアに手渡しされては、ル・エンジュ村の何処かに埋葬されるのだ。
「ありがとうございました。一応確認っと……」
早速だが、頂いた袋を開封しようとする。
「……ど、どうぞ……」
――ザザッ、ズー。
袋ごしに鷲づかみしていた私。人の首だと思われる部分を握っていると判断すると、袋の中からそれを半分ほど外に晒した。
少女のような、小柄な骨の頭蓋骨が出てきた。でも一般的な成人サイズだった。
既に白骨化しており、死後数年と鑑定しても問題ない。
何処からこんな死体が、今になって埋葬したいと持ち込んできたのか気になるけど、身元を調べる手段までは兼ね備えていない。
あと……異臭は特に感じなかった。
「ふわぁぁぁあ、これまた立派に殺しちゃって」
興味本位で顔面を押し付けてみた。
「ひぃっ……こっちへは……やめてくれっ……!」
怯えた訪問者は身を震わせ、尻尾を巻いてその場を立ち去ろうとする。身体がこの感覚を覚えているのだろうか、いつもこんな感じにしていそうな気がした。
実は埋葬された亡き者による復讐が怖いだとか。
そんなことは村の中では一度も起きたことがないらしいのだけど、メアは現実から逃げる者には容赦ない。と、どこからともなく伝わってきた。
さらに追い討ちするように、ふわっと人型の影が実体化した。そして……
「墓守という職業はね……時期が来れば、やがて廃業となります。それは代々伝えられてきた墓守としてのルールですよ?」
乙女チックな少女の声。何の変哲もなく周囲に響き渡らせた。すると、遠くの方で訪問者が足をつまずかせて転倒した。そのまま坂を転げ落ちていった。
あまりにも怖い現状から逃げる課程で、ちょっとした災難だと思い込みそうだ。
正義なんていない。――同時に、悪意なんてただの悪戯なことが多い。
埋葬の依頼が来る都度、それらは隠密に行われていた。
だが、今日はいつもの日とは違うらしい。
「――誰かが、聖地に踏み入れた者がいるわね!」と、身勝手な振る舞いをしていた乙女チックな少女の声が助言してきた。
そのアドバイスの必要性は皆無だけど、異世界に転生した現実で通っていた学校へは行けなくなったし、生活基盤が大きく変貌したといえる。でも、それが悪いとも言い切れない。
教室の片隅で黙々と勉学に励み続けた真結は、ずっと黙って見てきたものがある。それらは目に見える形で起きたとしても、学校側が世間上から事実を包み隠すこともあるものだ。
そう、いじめである。さらに、いじめ等によって生まれる不登校の実態を悪と捉えて避難する現状がいまだに残っているというのだ。
なので、真結は通っていた中学校に失望していた。失望していたので何処か遠くの場所へとにかく行きたがっていた。
……それにしても似ている。なつかしい声に。
この乙女チックな声は、今は亡き幼なじみにそっくりだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!