神様は音楽を奏でたくない

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始まりの日 3

公開日時: 2021年1月19日(火) 09:00
文字数:2,034

 その子はいじめを受けていた。だから、登下校中では真結がいじめから守ってあげる日々が続いた。

 でも、流石に幼なじみにはもう会えない。その幼なじみは一年前に国立音響学校へ推奨入学して、日本を飛び立っていったからだ。



 いじめという、怪奇をくぐり抜けて。真結の音楽嫌いが進行した。

 これとほぼ同時の出来事として、幼なじみは笑顔を取り戻したという電話の知らせが毎日のように来た。それはとても嬉しかった。音楽が嫌いになっても彼女のことだけは嫌いだと絶対に言えない。


 そして、真結は異世界にいる。だから……もう平気だと断言できる。

 何かと荒ぶりそうな気持ちを切り替えて、目の前の出来事を楽しもうとした。


「もしも、一日にして二人目の訪問者となるならば……。とても珍しいことですけど……」

「えー。もし変な虫とかだったらどうするのよ。アタイは逃げるわ!」


 虫で逃げる幽霊……? ってなんかよく分からない。

 私は探究心を求めることが好きなので、深く考えず正直に答える。


「……やっぱり訪問者なんて気にしてはいけません。単に近くを通りかかっただけで、私は気になったりしませんから」


 乙女チックな少女の声に向かって、すんなりと伝えた。


 もし違うというのならば、たしかに違うけれど、簡単にそうとも言い切れなかった。小鳥のさえずる音に似て非となる笛の音はどことなく聞こえていた。

 そんなことお構いなしで、早めに掘り起こしていた穴に向かって死体を放り投げると、穴の近辺で盛っていた土で埋めはじめた。袋はそのまま返却するので、今は適当に投げ捨てておく。


 その後、背後にある空き家に堂々と立てかけていた、四隅が丸くて縦長い石を太いローブで縛って、埋めた場所まで力強く引っ張っていくのだ。


「――それが、魔女裁判で裁かれた魔女の末路なのか?」


 途方もなく少年の声が聞こえてきた。だが、作業中の私は動きを止めることなく、慣れた手つきで石碑を設置するところまで作業を進行させた。

 ついでに顔をあげて周囲を見渡しておく。


 リコーダーの音は既に途絶えていた。おじさんのような一般男性の人は度々、依頼しに村へとお越しになることがあっても、少年となれば話は別となる。


「何で感覚だけが覚えていて……」


 戸惑いをあらわにする、両手の震えが止まらない。

 それだけ珍しいことが起きていた、らしいのだ。


 そうならば、いっそのこと顔を合わせたほうが早いと思える。

 しかしながら、くるりと一回転半もした私の瞳には人は映らなかった。なんだろう。寂れた登下校の事を思い出しそうで……。

 いつも通りに楽しくする気持ちが徐々に遠のいていった。


 その上、ため息までしそうだった。

 かくれんぼならまだしも、気のせいなら仕方ないけど……。


 それでも目線を泳がせる。

 いるかもしれないという一心で――。


 見渡した。会ってみたい。

 今流れている、ル・エンジュ村の風が止まるまで。


 お湯を注いだカップラーメンが出来上がる三分ほど経過していたが、一向に見えてくる気配はなかった。

 完全に諦めた。立てた石碑を磨くために、体の向きを変えた。


 すると、思わす声を漏らす。


「あっ……。は、じゅあまして……」


 さわやかな赤の前髪。

 見たことのない少年と目を合わせた。


「……お前は、いや違うか?」


 そっぽを向いて視線を逸らす少年。

 言葉を失う私は、その少年から目を話せなかった。


 赤い色をした短めの髪に、一匹狼のような怖い目つきをしていた。紺と黒の中間くらいの色合いに染められている、綺麗な男子制服を着こなしている。

 その少年は黒いナップサックを背負っていた。それから、左手には先程まで吹いていたであろうリコーダーをしっかりと握りしめていた。


「うん。……俺はハンプディー・ソソラだ。――お前は一体、何をやっているんだ?」


 そう名乗った少年は、左手を巧みに動かし始める。


「そのぉ……。お墓を……埋めてて……」


 ペン回しするように、少年はリコーダーをお遊び感覚で操っていた。

 この動きが非常に軽やかで、切れが良くて格好良かった。その出会いに何となく運命を感じたので、とりあえず信用することにした。



「私、メアは墓守探偵です。既にお亡くなりになられた者の遺言を耳にして、残された者に希望を託します。そんな私は、この世界の神様でもあります」


 訪問してきた少年から不審な者だと思われないように、ただ、ひたすらに高尚で忠実な姿勢を見せた。

 その思いはすぐに伝わったのか、少年は高笑いする。


「はははっ、これは参ったなっ!」

「何かおかしなことを言いましたか……?」


 私は軽く首をかしげる。


「そんなことなんて、ちっとも聞いていない。あと、俺の事はソソラで構わない。そんな俺が本当に聞きたいことは別にある」

「何ですか?」


「それは……この村は確かに死んでいる。なのに、どうして普通の生活をしている残骸があるのかを……それを探求したい」


「それは出来ません」

「できない……? どうしてだ?」


 少年はうつろな目で、見つめてきた。

 私は太陽の温もりが感じれなくなり、背筋が震えて亡霊が騒ぐ。


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